第40話 王子は激おこです(ジェード視点)
地下の通路は迷路のようになっていて迷いそうになりながらひとつの出口にたどり着いた。
様子を伺っててみればそこには見張りと思わしき男が三人いる。その先に鉄格子が見えた、牢屋に誰かを捕らえているのだろう。
もしかしたらアリスかもしれない。
「殿下はお下がり下さい」
身を乗り出そうとしていたダニエルを抑える。
「しかし、アリスが此処にいるかもしれないのだろうっ…!早く助けないと!」
私は小声で反論するダニエルを睨み付けた。
「お前だけがアリス様を心配していると思うな」
怒りを露にするとダニエルが目を見開く。
私の役目はダニエルの護衛だ、それが何よりも優先されるべき任務である。
…アリスの無事よりも。
「そうですよ、殿下。皆、王女殿下が心配なんです」
「勿論、殿下のことも心配してます。ですから一人で飛び出していこうとしないで下さい」
「ジェードだっていつも差し入れくれる王女殿下か心配で仕方ないんですから、愛されてますよねーほんと」
意外にも捜索部隊の騎士達が私の言葉に賛同し頷いてくれる。
誰だ、最後に余計なこと言った奴。
後で覚えてろ。
「……そうだな。すまない、ありがとう」
騎士達の言葉に驚きながらもダニエルは嬉しそうに頷いた。やはり味方がいるのは心強い。
「ジェード、差し入れの件については後で詳しく話を聞こうか」
ダニエルはにっこりとこちらを向いて微笑んだ。目が笑ってない。
「……はい」
訂正、余計なことをいう味方はいらない。
ともかく見張りの男達を一気に叩き伏せなければならない。
「私が先陣を斬ります、殿下は安全なところに。お前たち殿下を頼む」
そう言いながら帯刀した剣を抜く。
「…気を付けろよ」
少し後ろに下がったダニエルがそう告げるのを聞いて私は苦笑を浮かべた。
誰に言っている、ダニエル。
私の強さはお前がよく知ってるじゃないか
心の中でそう呟きながら見張りのいる場所へと忍び込む。物陰に隠れながら手近な小石を拾い一番近い距離にいる男の頭を狙って投げ付けた。
「ぐっ…!」
見事命中した。男はそのまま気絶してしまう、まずは一人。
「なんだ!?」
「敵か!?」
気絶した男に気がついた残りの二人が剣を手に取る、けれど気付くのが遅い。
「はぁっ!」
息を吐き出すのと同時に男に切りかかる。
「なっ!?自警団か!?」
切りかかった男は辛うじて剣で受け止めるが脇が甘い、この程度なら騎士団どころか自警団にも仕留められるだろう。
「残念、私は騎士団だ」
ニヤリと笑い剣を振り払えば男はバランスを崩す。
「…っのやろおおぉ!」
もう一人の男が斬りかかってくるがこちらは踏み込みが甘い。
剣先すら此方には届かず空振りする。
全く、情けない。エリックはこんな奴らに遅れをとったのか?
「鍛え直す必要がありそうだな」
そう独り言を呟くと空振りした男の懐へ一気に距離を詰め鳩尾に拳を叩き込む。この程度のやつに剣を振るう必要はない。
「が、はっ…」
ぐらりと男の体が傾き地面に倒れる。
これで二人。
「あとはお前だけだ」
「ひ、ひぃっ…!命だけはお許しをっ!」
残った男をぎろりと睨み付ければ男は剣を投げ捨てて命乞いをする。
「そこまででいいジェード、今はアリスの保護が先だ」
「…畏まりました」
隅で震えだした男を横目にダニエルが制する。私は剣を鞘に納めると牢屋のひとつひとつを確認して回る。
すると奥の牢屋に両手両足を縛られ、目隠しまでされたエリックが転がっていた。
「おい、鍵は何処だ?」
「こ、これです!」
未だに震えている男に声をかけると束になった鍵を渡される。それを受け取り鍵を開けエリックを解放する。
暴行を受けたのだろう、殴られたような痕があるし口の端が切れていて意識もない。
捜索部隊の騎士達にエリックを任せているとダニエルが焦ったように駆け寄ってきた。
「全て確認したがここにアリスは居ない」
「ここじゃないところに捕まっているのかもしれません」
そう告げればダニエルは震えている男に近付いてその胸ぐらを掴み、男の体を岩壁に力任せに押し付けた。
「ぐはっ…」
男が苦しそうに呻く。
「アリスは何処にいる?」
冷えきった声で男を睨み付けなからダニエルは尋ねる。
「だ、誰のことだ…?」
「女の子だ、私と同じ髪の色をした小さな少女が居ただろう!」
男を強く壁に押し付けると男は苦しげに呼吸しながらかすれた声で言葉を口にする。
「だ、旦那がっ……連れていった!ルパートの、旦那が…自分の屋敷に…」
「ルパート……やはりあいつか。それは何処にある」
「地下の通路の、一番…奥だ!これが、地図…」
男はポケットから折り畳まれた地図を取り出し差し出した、するとダニエルはそれを奪い取り男から手を離して踵を返す。
「お前たち、コイツらを捕獲しておけ」
そういってダニエルは気絶している男達の頭を軽く踏みつけた、その表情は彼の方が悪者のようである。
「…私の可愛い妹に手を出したんだ、まともな罰を受けられると思うなよ?」
長年付き合いがある私もこの表情には恐怖心を覚えた。
男達を捜索部隊に任せ、増援を呼ぶように告げて私とダニエルは地図を片手に地下道を進む。
階段を上がり暫く歩き続けると木のドアがあった、警戒しながら開けるとドアの向こうは廊下のようで誰かがいるような気配はない。
日が昇っているのだろう、廊下が明るい。そんなに時間がたったような気はしていないが一晩たってしまったらしい。
「急ごう」
慎重になりつつも先を急ぐ。
早くしなければ、早くアリスを見つけなければ。
きっと心細い思いをしているかもしれない、考えたくはないが暴行を受けているかもしれない。
そんな不安を抱きながら踏み出した時、私達から少し離れたに場所にある部屋のドアが前触れもなく開く。
そこから出てきたのはアリスを抱き抱えたルパートだった。
「アリス!」
ダニエルが叫ぶけれどアリスはぴくりとも動かない、虚ろな瞳でルパートを見上げている。どうも様子がおかしい。
「チッ…もう邪魔者が来たのか……お前たち、出番だ!」
眉を寄せたルパートが声をあげると廊下の奥から数人の男達が現れる。それぞれ剣やナイフなど武器を持っているようだ。
「ジェード、これは正当防衛だよな?」
にたりとダニエルが笑う。
「あぁ、私が保証しよう。王女殿下を救うために私達は仕方なくこいつらを『血祭り』にあげるんだ」
「何をごちゃごちゃと……お前たち、やれ!」
ルパートの掛け声に男達が飛び掛かってくる。その隙にヤツはアリスを連れて駆け出すが逃がすわけがない。
私は一歩踏み込むと我先に飛び掛かってきた男達を瞬時に切り捨てる、悲鳴と共に血液で床が赤く染まった。殺してはいない、ただ腕に怪我を負わせ武器を持てなくしただけだ。
まだ加減している私に対してダニエルは加減するつもりがないのだろう、ダニエルの方に向かって行った男たちから悲鳴が上がる。
「ぎゃああ!?」
「ぐ、うぅっ!?」
振り替えれば一瞬のうちに切りつけられて血が飛び散る。床にごろりと指のようなものが転がったが見ないことにした。
ダニエルを怒らせると本当に怖い。
「ジェード、いくぞ!」
ダニエルはそれらに視線を向けることなく倒した男達を容赦なく踏みつけて、奥へと走り出す。剣を抜いたままついていけばルパートがアリスをつれ近くの部屋に飛び込んだのが見えた。
後を追うと逃げ切れないと悟ったのかルパートはアリスを降ろし片腕で抱き寄せながら鈍く光るナイフを首元に突き付ける。
しかしそれでもアリスはぼんやりと虚空を見詰めるばかりだ。
「お前、私のアリスに何をした!?」
怒気を含んだ声でダニエルが詰め寄る。
「言うことを聞いてくれるように薬を使っただけだ、この子は俺の運命の相手だ。これからずっと誰にも邪魔されず俺だけのものになるんだよ。……なぁ、そうだろう?」
ルパートがにたにた気味の悪い笑みを浮かべながらアリスに問い掛けると、アリスはぼんやりとした瞳のまま小さく頷く。
「アリス、気を確かに持つんだ!」
ダニエルの声も届かないのかアリスはこちらを見向きもしない、そんな彼女にルパートは別に隠し持っていたナイフを握らせる。
「邪魔なものは始末しないとね…ほら、此れでやつらを殺すんだ」
ナイフを握ったアリスはそのままダニエルの方に飛び込んでくる。
「ここは一旦引くけれどまた迎えにくるからね、俺の愛しい人」
ルパートはその隙をついて窓から外に飛び出していった。しかしそう簡単には逃げられないだろう、彼は身元も割れているし騎士団の増援がすぐ近くにいるはずだ。
「アリス!頼む、正気に戻ってくれ!」
アリスに手を出せないダニエルはナイフで斬りかかってくるのを避けるしか出来ない。このままでは彼女に兄を傷つけさせてしまう。
「アリス様!」
私は剣を捨て二人の間に体を割り込ませると正面からアリスを抱き締める。
「……っ」
鈍い衝撃と共に腹部に痛みが走る、それに耐えながら私は微笑んで見せた。
「アリス様…もう大丈夫です。城に、帰りましょう…帰ったらまた、差し入れを作ってください。貴女の作る菓子は私の楽しみなんですよ」
そう語りかけて優しく髪を撫でると虚ろだった瞳が揺らめき私を見つめた。
「ジェード……様…?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます