第22話 好きな人は美化されるようです

ジェード様と二人きりの時間を過ごした日から一週間。

私は差し入れとしてラング・ド・シャを作り、騎士団の稽古場に向かう。そこでは第一騎士団が戦闘の訓練を行っていた。

ジェード様の姿を探してきょろきょろしていると私の姿に気がついた一人の騎士が此方を見た。


彼はエリックの義父になったマーカスだ。彼がエリックの義父に抜擢されたのは面倒見が誰より良いからだと父に聞いている。

その面倒見がいい彼は私の姿を見ると首を傾げ近付いてきた。


「こんにちは。マーカス様」

私が挨拶するとマーカスは深く頭を下げてきたので慌てて普通にしてくださいと告げると、すぐに顔を上げられる。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「あの…ジェード様はいらっしゃいますか?少し用事があって…」


「暫しお待ちください」

マーカスはすぐにジェード様を探しに行ってくれる。



忙しい訓練中だったよね…時間を考えてくればよかった。

次は休憩時間を狙ってこよう…



ジェード様に会いたいという気持ちのままに稽古場に来てしまったが、相手にも都合がある。

忙しい時に来てしまえばただ迷惑なだけだ。

自分の軽率な行動を反省していると第一騎士団は休憩にはいったのか、雑談する声が聞こえてきた。


「アリス様?」


ふとその中から一人の騎士が私の姿を見つけ近付いてきた。

誰だろうと首を傾げると騎士の少年は私を見てにっこりと微笑む。


「えっと……」

思い出せずにいると少年は眉を下げ「エリックです、御無沙汰しております」と頭を下げた。


エリック…!?

嘘でしょ!?だってエリックはもう少し身長も低くて年齢の割りに幼かったはず…


それだというのに今目の前にいるエリックを名乗る少年は随分と背も伸びて、僅かに声も低くなっている。

髪は短く整えられて、顔付きも男っぽく見惚れてしまうほどに美形になっていた。


しばらく会わないうちに爽やかなスポーツ飲料のCMとかに出てそうなイケメンになってるとかどんな補正よ……。エリックは攻略キャラじゃないはずなんだけど…



「本当に……エリックなの?」

信じられないと目を瞬かせる私に彼はくすくすと笑う。

「えぇ、本物です。あれから体が成長して義父のマーカスも随分と驚いていました」


「大きくなったわね…」

つい親戚のおばちゃんのようなことを呟いてしまう。

今まできちんとした生活を送れていなかったことの反動なのか、それくらいエリックはこの三ヶ月ですっかり変わっていた。


「お待たせ致しました、王女殿下……あぁ、エリックとお話中でしたか」

そこへジェード様をつれたマーカスが戻ってくる。エリックの成長に驚いてる私を見てマーカスがくすりと笑う。


「驚かれましたか?」


「えぇ、とても……男の子は成長が早いと聞きますが本当なのですね」


「こいつの場合、環境の変化もあるでしょうけどね。さ、エリック、道具の片付けを手伝ってくれ」


「はい、義父さん。それではアリス様、失礼します」


そう言ってエリックとマーカスは私に頭を下げると稽古場に戻っていった。


「彼は体だけでなく、剣の腕も日々驚くほどに成長しています。この調子で鍛えれば騎士団の大きな力となるでしょう」

エリックを見送る私にジェード様がまるで弟を見守る兄のような口調で話しかけてくれる。



エリックも、頑張ってるんだ…前に進むために。

私も頑張らなきゃ。



私とエリックを一緒にしては申し訳ない気もするけど、彼の変化に少し勇気付けられる。

前に進むことが変化をもたらす事だと確信できたからだ。


「ジェード様、お忙しいところ来てくださってありがとうございます」

私が礼を言うとジェード様は優しく微笑み首を横に降った。


「いいえ、構いません。それで私に用事とは一体……」

なんですか、と言い終わる前に私はずいっとジェード様に差し入れのラング・ド・シャが入った籠を差し出した。


「今日はこれをお届けに……、以前言っていた差し入れです。美味しくできてるのは保証します!侍女たちにも味見してもらいましたから!」


「………本当に、王女殿下がお作りになられたので?」


「はい…!よかったら召し上がってください」


ジェード様は暫く籠を見つめた後、大事なものを手にするようにそっと籠を受け取ってくれた。


「ありがとうございます、嬉しいです」


そう言って微笑む顔は今までみた事ないくらい優しい気がした。

もしかしたら私の目にはジェード様を美化するフィルターでもついているのかもしれない。そのくらい見とれてしまった。


「……王女殿下?」

声をかけられてはっとする。

ヤバイ、もしかしたら今の私は目がハートになっていたかもしれない。


「なんでもないです、それじゃ私はこれで」

慌てて取り繕い微笑むと私はペコリとジェード様に軽く会釈してくるりと背を向け歩き出す。

本当はスカートの裾を上げて全力ダッシュで逃げたかったけれど、そんな気持ちを押し込めてできうる限り競歩で自分の部屋まで戻った。

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