第14話 冷静になった結果です

私が予想していたよりエリックの回復は早く、翌日にはゆっくりだけれど歩けるまでに回復していた。

私は兄や父の許可を得てエリックのリハビリの為に城の中を散歩することにした。

兄も同行すると申し出てくれたが、これから例の悪役令嬢が来ることになったとのことで出迎えのために渋々エントランスに向かっていった。



お兄様も本当に大変だな…お疲れ様です



心の中で労いの言葉をかけながら見送り、私はエリックの部屋に向かう。

部屋に入るとエリックは動きやすそうな服に着替えていた。リハビリの話を聞いたマリーが用意してくれたらしい。


「エリック、今日は少しでもいいから歩いてみましょう?もちろん、無理は禁物よ」

そう声をかけるとエリックは小さく頷いた。

「はい、アリス様……ありがとうございます」

昨日までは掠れていた声もしっかりとしたものになっている。それだけ回復が早いのだろう。人の回復力は侮れない。いや、エリックの生命力が強いのかもしれない。

けれど痣はまだ消えていなくて、服の隙間や襟元からは赤黒い痕が覗いている。

とても痛々しくて、早く治るといいのにと願わずにいられない。



体力が戻ってきたら、いろいろ聞いてみよう。どうしてこんなに痣だらけなのか、とか。

とりあえず今はエリックが元気になることが最優先だわ



そう思いながらエリックの手を引いてゆっくりと城の中を散歩する。

「早くない?もっとゆっくりな方が良いかしら?」

そう声を掛けると大丈夫です、と頷かれる。もしかしたら気を使わせてしまっているかもしれない。

気疲れさせてしまっては意味がないので少し歩いたら部屋に戻ろう、そう考えていると進行方向から兄がやって来るのが見えた。その後ろにはジェード様が控えている。

兄の横に居るのはコテコテギラギラに着飾りもったりとした真っ赤なドレスのジュリアだ。

顔を引きつらせている兄の腕にべったりとくっついて、此方に気がつくとあからさまに眉を潜めた。


「あらぁ、王女殿下。そちらの貧相な子犬はどちらから拾われてきたので?いいご趣味をお持ちのようですわねぇ」


分かりやすく嫌みを言われた。


その言葉に私達に付き添ってくれている侍女達だけでなく、兄の後ろに控えていたジェード様も兄自身も不快そうな視線を彼女に向けた。

彼女はまだ兄の婚約者という立場だ、王族ではない。

なのに言葉が過ぎている。

けれどジュリアは気が付ず、エリックを汚ならしいものを見るような目で見ている。気分はすっかり王女様なのだろう。



落ち着け、私。

こんな女の挑発に乗っちゃいけない、私の方が中身は大人なんだから。



私はその視線からエリックを庇うように立ち塞がると、ジュリアに向かってにっこりと微笑む。


「ジュリア様……いいえ、ジュリア。彼は後々、私の従者になる予定ですの。ですから彼に対する暴言は私に対する暴言と見なしますけれど……宜しくて?」

わざと呼び捨てにしてにっこりと微笑む。


あんたまだ王族じゃないんだから私に暴言吐いたらどうなるかわかってるわよね?

お兄様が優しいからって調子に乗るなよ?


そんな諸々の意味を込めて。

従者云々はこの場を納めるためのものだけれど、もしエリックが望んでくれるならそれでもいいかな、なんて思っていたりする。


年不相応な私の気迫に圧されたのだろう、ジュリアはびくりと肩を震わせると兄から少し離れて私に深く礼をした。

その指先が震えていたので、結構な迫力があったらしい。

「も、申し訳ありません…無礼をお許し下さい、王女殿下」


あ、やべ。やり過ぎた?なんかごめん…


ここまで怯えられると申し訳無くなってしまう。


「いいえ、分かってくだされば宜しいのです。ではエリック、部屋に戻りましょうか。お兄様、ジュリア様、ごきげんよう」

おほほ、と普段したことの無いような笑みを浮かべてエリックの手を引きながら私達は来た通路を戻る。

ちらりとジェード様を見れば何故か口許を押さえて肩を震わせていた。


え、私、そんなに怖かった!?


軽くショックを受けながらエリックの歩幅に合わせて部屋に戻った。






「アリス様……先程の、私を従者に…と言うのは…」

部屋に戻るなりエリックが口を開いた。

「あぁ、あの人が貴方を悪く言うからつい……エリックの意志も聞かずに勝手なことを言ってしまってごめんなさい」

そう言って頭を下げるとエリックはブンブンと首を横に振った。

「いいえ…。でも、私のような身元もわからない人間を…従者にと言うのは、国王陛下もお許しにならないと思います」

「あら、お父様なら説き伏せるわ。私に甘いもの、余裕よ。……でも、その…貴方が嫌なら無理強いはしないわ?」

そう言って伺うようにちらりとエリックを見れば、彼は昨日のように静かに泣いていた。


「エリック…?ごめんなさい、私、無神経な事を言ってしまったかしら…」

慌ててその涙を指先で拭うとエリックは弱々しく首を横に振った。


「嬉しいんです……助けてもらって、良くしてもらって……こんなに優しくされたのは、随分久しぶりで…」


「あら、私は優しくないわよ?」

苦笑を浮かべてエリックの頭をよしよしと撫でる。

「貴方を助けたいと思ったのも、従者にしたいと思ったのも、元気になってほしいというのも私がしたいからしているだけ。完全に私のワガママだわ。それに貴方を巻き込んでいるの……ね?優しくなんかないでしょう?」

そういうとエリックは困ったように笑った、涙に濡れた瞳で。


「………それでも、アリス様はお優しいです」


そんなことないんだけどなぁと思いながら私はエリックが泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けた。

侍女達の微笑ましい眼差しが少しだけむず痒かったけれど。



暫くして泣き止んだエリックは自分の事を話すと言ってくれたので、とりあえず疲れないようにベッドに入ってもらい上半身だけ起き上がるような楽な体制を取ってもらう。

私はメアリーに頼んで椅子をベッドの傍に置いて貰い、ついでに紅茶を二人分淹れて貰った。私とエリックの分だ。


「私は…この国の端、海のある町で生まれました。今年で十二になります」


なんと!?同い年か少し上かなと思っていたのに五つも歳上でしたか!


聞かされた年齢に思わず目を丸くする。

今までいた環境のせいか、年齢の割りに体は成長していない。体が成長できる程の栄養を接種できていなかったのだろう。


「…八歳の時に、商人をしていた両親とキャラバンを引いて王都に商いをしに行きました…その帰りに盗賊の一味に襲われ…キャラバンは奪われ…両親は殺されて、私はやつらに捕まり盗賊の奴隷として…ずっと働かされていたのです。アリス様に助けられる数日前、盗賊達の隙をついて逃げ出したのですが…帰る道もわからなくて森の中を歩き回っていました。その時に、アリス様の……王家の馬車出会ったのです」


彼の話に今度は私が泣く番だった。

視界が揺らいでぽたぽたとスカートの上に滴が落ちる。

それを見たエリックはぎょっとした、侍女二人も慌ててハンカチを差し出してくれる。それを受け取って涙を拭ってから私はエリックをまっすぐに見詰めた。



幼くして両親と別れ、理不尽な扱いを受けてきた彼の心はどれだけ痛いだろうか。

私には想像することしか出来ない、けれど想像しただけでも苦しい。


「その賊をのさばらせてしまったのは……王族の不手際だわ…。ごめんなさい」


きっと私の両親もそんな賊が居ることは知らなかったのかもしれない、もし父が知っていたら騎士団の総力を上げてでも討伐しただろう。

王族や騎士団に見つからないように隠れていたなら知らなかったのも頷ける…けれど知らなかったで済まされない。


済ませてはいけないのだ、「人の命はこの国で何よりも大事な宝」であると私は両親から教わってきた。

命ある国民が居るからこそ、私達王族が存在できるのだと。


その命を踏みいじるような輩をこの国で許してはいけない。



「必ず、その賊を一掃するわ…貴方みたいに理不尽に家族や自由を奪われる人が、もう二度と現れないように」


エリックは私の言葉を聞くと、深く頭を下げた。

「どうか宜しくお願いします…私はたまたま逃げ出せたから良かったのですが、何人かの子供が一緒に奴隷として捕まっているんです…」


なるほど、人質がいるのか…


「ねぇ、エリック。そのお話、お父様にしてくれないかしら?もちろん、私からもお父様に説明するわ。詳しい方法がわかった方が子供たちを助けるのに役立つと思うの」

そういうとエリックはこくりと頷いた。

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