第12話 生きて欲しいと願うのです

翌朝、朝食を取ろうと広間に向かうと両親と兄が揃っていた。挨拶をして私も食事を始める。

食べ終えたら直ぐにでも男の子の様子を見に行こうと考えていると父から声をかけられた。


「昨日少年を一人、連れてきたそうだな。体には怪我をしていたとか」

「はい…」


怒られるのだろうか、と身構える。

今まであまりきつく両親から怒られたことはなかった。けれど今回ばかりはいくら子供で怪我人と言えど、身元の分からないものが城へ入ることを私の独断で許してしまったのだ。怒られても仕方がない。



「アリスはとても優しい子に育ってくれたのだな」



聞こえてきたのは予想外の言葉だった。驚いて顔をあげると両親は優しく微笑んでいる。


「この国の子供たちについて、しっかりと親が保護責任を果たしているのか調べさせることにしよう。それから孤児の子達も不当な扱いを受けていないか、孤児院でしっかり面倒を見てもらえているか新たに調査する必要があるな」

そう言って父は近くにいた家臣に、今日の会議の議題に組み込み、直ぐにでも調査隊を手配するようにと伝える。


「あ、あのっ……お父様…怒らないのですか?」


私が目を瞬かせて尋ねると両親はそろって首をかしげた。

「何故、怒られると思ったんだい?」


私は食事をしていた手を止めると、椅子に座ったまま体ごと父の方に向き直る。


「私は…独断で、あの男の子を城に連れてきたのですよ?…お父様やお母様、お兄様を危険に晒したかもしれないのに…」

そう言ってうつ向くと父は目を瞬かせた。


「けれどアリスが彼を連れてこなければ、私はこういった子供が居ることを知らなかった。彼だけではない、他にも同じ扱いを受けている子供がいるかもしれない。教育の支援や片親家庭の支援は行っていたつもりだったがこうして行き届いていない事が分かった。ならば改善しなければならない、国民が安全に暮らしていけるように。アリスのお陰で私は国の現状、その一端を知ることができた。だから怒ったりなどしない」


「そうよ、アリス。それに貴女は彼を助けようと行動したのでしょう?その行動は誉められるものだとお母様は思いますよ」

そう言って母はにっこりと笑う。


「当然ですよ、母上。私の可愛いアリスはとても心根が優しい子ですから」

顔をあげるとここぞとばかりにどや顔をしている兄が見えた。


「何を言うかダニエル、私の娘だ」


「あら、私の娘でもあるわよ?」


「多忙な父上や母上より私が一番アリスの傍に居ます」


「お前は休暇が終われば学校に戻るのだろう?その間一番同じ時を過ごすのは私だ」


「あら嫌だわ。二人とも大人げない、アリスは私と過ごす時間が一番長いに決まっているでしょう、私がお腹を痛めて産んだ可愛い娘なんですもの」


父や母の言葉を嬉しく思ったのも束の間、いつの間にか三人の間で誰が一番私と過ごす時間が長いかという議論が交わされていた。



いや、私が言うのもなんだけどどんだけ溺愛されてるのよ!

お兄様がシスコンなのは知ってたけど、両親ってこんなに親バカだった!?



思いもよらない両親の一面を見た私は、驚く反面少しだけ照れ臭かった。






△△


朝食を終えて侍女のマリーとメアリーを引き連れて男の子の部屋へと向かう。「心配だから」という理由で兄もついて来ようとしていたが、これから剣術の稽古があるのを知っていた私はやんわりとお断りした。


ノックをして部屋に入れば男の子は目を覚ましていた。

マリーの話によると、私達が朝食を取っていた時に目を覚まして丁度医者の診察を終えた後だと言う。


料理長に消化の良いものを作るように言伝てをメアリーへ頼み、私は男の子の傍に歩み寄った。

近付いても男の子は起き上がろうとはしない、もしかして起き上がれないのかもしれない。


「待っててね、今、食事の用意をしているから」


そう声をかけると男の子はのろのろと視線を私の方に向けた。その瞳には生気がない。喋る元気も出来ないのか、唇が少し震えるけれど声は聞けなかった。


「お待たせしました」

その時、水とお粥を運んでメアリーが戻ってきた。

何日もまともに食べ物にありつけていないとすれば、いきなり味の濃いものや固形物はまず無理だろう。

料理長もそう判断したようだ。


マリーに頼んで男の子の上半身を起こしてもらう。

グラスに注いだ水を男の子に差し出す。ゆっくりとした動作で受け取り、口をつけたかと思うと一気に飲み干した。

空になったグラスを受け取り、私はベッドの端に座るとスプーンでお粥を少しだけ掬って彼の口許に差し出した。


男の子は戸惑ったようにメアリーやマリーに視線を向ける。


本来ならば怒られるだろうけど相手は怪我人だし、私が連れてきたのだから責任をもって看病したいと言うとメアリーもマリーも了承してくれたのだ。


「大丈夫、誰も怒ったりしないわ」

そう言って微笑むと、男の子は何度かスプーンと私の顔を見比べようやくお粥を口に入れた。


こうやって食べさせていると、餌付けしてるみたい…


彼には少し失礼かもしれないが、ゆっくりと私の手からお粥を食べる姿は鳥の雛のようだ。


三分の一ほど食べ終えたところで一度スプーンを置く。

「いきなりたくさん食べると体が驚いてしまうから少しずつにしましょう?」

そういうと男の子は不安そうな顔をしてお粥の器に視線を向ける。


もしかして、誰かにとられるとか思ってるのかな?

食べられるうちに食べておかなきゃとか…。


幸いなことに私は食べ物に恵まれたから、飢えを感じたことは前世でも現世でもない。けれど、私の感じたことのない不安をこの子は感じているのだろう。


「誰も取ったりしないから。ここに貴方を傷つける人はいないわ」


そういって微笑むと男の子はじーっと私を見つめてくる。信じて良いか迷っているのだろう。


「絶対よ。貴方は私が守ってあげる」


「………っ」


男の子は目を見開いたかと思うとはらはらと泣き出した。



おぉふ、何で?何で泣いたの?

守るとか言って傷つけちゃった!?



私がおろおろしてるとメアリーがいつの間にか準備していたタオルでそっと男の子の目元を擦らないように、拭いてくれる。


「ど、何処か痛いの?私…何か酷いこと言ってしまったかしら?」

慌てる私に男の子は首を横に振ったかと思うと、掠れた声でこう言った。


ありがとう、と。


聞き逃してしまいそうな小さな声だったけれど確かに聞こえたその言葉に、単純な私は嬉しくなってにっこりと微笑んだ。



「貴方、名前は?」


水を御代わりした男の子に水入りのグラスを差し出しながら尋ねると、男の子は掠れた声で言葉にしようとするがうまく行かないらしい。

困ったように首をかしげてから、彼はシーツの上に指先で文字を書いた。


"エリック"


「……エリック?」

声に出してみると男の子はこくこくと頷く。

「私はアリスよ。こっちは私の侍女のメアリーとマリー」

自己紹介と合わせて侍女達を紹介すれば、彼女達は軽く頭を下げエリックもペコリと頭を下げた。



今あれこれ聞いても疲れちゃうだろうし、事情を聴くのはもう少し回復してからで良いよね



「エリック、今日はゆっくり休んで。早く元気になってね」


そう言って私が倒れた時に兄がそうしてくれたように、グラスを持っていない方の手を握る。


私が助けた命だ、なんて烏滸がましいけれど。元気になって、精一杯生きて欲しいと思う。



その思いを受け取ってくれるかのようにエリックは目を少しだけ見開いて、こくりと小さく頷いた。

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