第10話企んでいたら拾ったようです
部屋に案内されると既にお菓子が用意されていた。私とフィオナが向かい合う形でソファーに座ると、私の座るソファーの後ろに護衛であるジェード様が控える。
執事と思わしき男性が紅茶を淹れてくれ、礼を言うと執事は驚いたように目を見開くとどういたしましてと微笑んだ。
私が礼を言ったことに驚いたのだろう、王女って威張ってそうなイメージがあるのかな?
ふんわりと漂う紅茶の香りに気が緩む。
「それで…お話、と言うのは?」
フィオナが恐る恐ると声を発する。
おっと、これはまだ私が叱責しに来たと思ってる!?
誤解を解かねば!
私は敵意が無いことを示すように紅茶を一口飲んで、唇を湿らせてから微笑む。
「兄からフィオナ様のお話を聞いて興味が湧いたのです。フィオナ様とお友達になれたらと」
「まぁ……、王女殿下にその様なお言葉を戴けるなんて…身に余る光栄ですわ」
よっし、掴みはオッケーみたいだ!
それから私は他愛の無い話から、フィオナや兄の通う学校の様子に話をスライドさせてみた。
「フィオナ様、学校は楽しいですか?」
「えぇ、いろんな事を学べますし友人もたくさんできるのでとても楽しいですよ」
「…お兄様は、たくさんお友達がいるのでしょうか?」
「………ダニエル殿下は、皆さんから慕われていらっしゃいますよ」
慕う人間はいても友達ではない、と言うことか。
「フィオナ様、どうか今後とも兄を宜しくお願いいたします。妹の私では友人の代わりにはなれませんから」
そう言って目を伏せるとフィオナは優しく微笑んで頷いてくれる。彼女の目には、私が『兄を思いやる妹』として映っていることだろう。
お優しいヒロイン様は、『兄を思いやる妹』のお願いを無下にしたりはしないでしょう?
そんな事を思う自分は悪役っぽいと思う。けれどこれも悪役令嬢を兄から離す為、そして兄に幸せになってもらう為必要なことだ。
私が転生したからには、お兄様には幸せになってもらうよ!その為ならヒロインだろうと利用させてもらうわ!………うん、やっぱり悪役っぽい!
「王女殿下はダニエル殿下を本当に大切に思っていらっしゃるのですね」
微笑ましいといった様にフィオナは微笑む。
「えぇ、たった一人の兄ですから。フィオナ様もお兄様がいらっしゃるのならわかっていただけるかと思いまして…」
「ふふ、わかりますよ。私も兄の事は大事ですから」
そこからは同じ妹としての兄談義に夢中になった。
私はお兄様の事をたくさん話したし、フィオナもフィリップさんの失敗談から一緒に出掛けた思い出などをたくさん話してくれた。
その時間は私の目的とは関係なくただ普通に女友達とお喋りするような楽しさがあった。
さすがヒロイン、私までほだされそうになってしまう…これが魅力スキルというやつか!
日が暮れて、変える時刻が迫る頃には私とフィオナはすっかり打ち解けていた。
「それではフィオナ様、また今度是非お話をさせてください。今日はとても楽しかったです」
そう言って微笑めばフィオナも楽しげに頷いてくれる。
「勿論です、王女殿下。またお話しできるのを楽しみにしております」
そう告げて手を振るフィオナに馬車の中から手を降り返す。彼女は姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
「楽しい時間を過ごされたようで何よりです」
帰りの馬車の中、ジェード様に声をかけられてつい頬が緩んでしまう。
「はい、とても楽しかったです!あのようにたくさん話をしたのは、お兄様以外では初めてでしたから……お兄様とも仲良くしてくだされば良いのですけど」
お城での茶会には何度か参加したことがあるけれど、王女という立場から遠巻きに見ているような子達しか居なかった。こちらから話し掛けても挨拶だけで去っていってしまう。
そのせいもあって少しだけ嬉しかった。
フィオナが兄ルートにそのまま乗っかってくれると後は言うこと無しなんだけどなぁ…
そんな私の企みも知らず、ジェード様はそうですねと頷いてくれる。
その時だった、いきなり馬の嘶きが聞こえ馬車が激しく揺れる。私が座席から落ちそうになるとジェード様が慌てて抱き止めてくれる。急にゼロになった距離に心臓が早鐘を打つ。
やがて馬車が停まると、ジェード様は腕の中から私を解放してくれた。
「お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「よかった、外を確認して参ります。暫しお待ちを」
そう告げてジェード様はそっと馬車のドアを開けると様子を伺いながら外に出た。
馬車の御者となにやら話しているようだ。そしてジェード様は戻ってくると状況を報告してくれた。
「どうやら子供が飛び出してきたようです、賊ではありません」
その言葉に私は慌てて馬車から身を乗り出す。
「その子に怪我は!?」
「只今御者に確認させています」
ジェード様に手を取られ馬車を降りると男の子が一人、馬車の前で倒れていた。
意識がないのか御者がおろおろとしている。
近付いて見れば、男の子の腕や足には痣がいくつもついているのが目にはいる。顔を見ればその頬は痩けていて、十分な栄養を取っていないことが分かった。
御者に話を聞けば馬に驚き転んだ男の子は一度起き上がりまた歩き出そうとしたところで突然倒れたのだという。
「城へ連れて帰ります。ジェード様この子を馬車に運んでいただけますか?」
「…お言葉ですが王女殿下。城でなくとも近くの診療所に連れていけば宜しいのでは…?」
ジェード様が戸惑ったように私を見る。
護衛騎士としてはいくら怪我人を前にしても私を守ることが優先されるからだ、もしこの子が私に危害を加えるようなことをした場合を懸念しているのかもしれない。
「この子の様子を見る限り、診療所に連れ行ったとしても元気になればまた同じ目に合う可能性があります」
男の子の親が危害を加えたのか、それとも回りがしたことなのかはわからない。
けれど、ひとつだけ確かなのはこのままではこの子は死んでしまうということ。
このまま放置すればもちろん、仮に診療所に連れていったとしてもこんな小さな子供がこんなにボロボロになるまで放って置くような人間がいるかもしれない場所に残すことはできない。
犬猫を拾うことと訳が違うのは知っている。
この子が回復した後も手を差し伸べた私にはこの子の命を守る責任が生じる。
その責任を私は背負えるのか…否、こんな小娘一人に背負えるはずもない。
けれど、命を粗末にすることなど出来はしない。
「ジェード様、この子を城へ。城に着き次第すぐに手当てと医者を手配してください。……これは第一王女アリス・ディアナ・フォトンとしての命令です」
生まれて初めてかもしれない、こんな風に誰かに王女として『命令』を下したのは。
「御意」
ジェード様は一瞬目を見開いたが直ぐに男の子を抱き抱え馬車に乗せる、その後に私も乗り込むと城に向けて出発した。
△△
城につくと直ぐに少年を清潔な部屋に運んでもらい、医者を手配し手当てして貰った。
私も手伝おうとしたが「医者に任せよう」と兄に止められてしまった。
なので厨房に向かい料理長に彼が目覚めた時に何か消化の良いものを出してもらえるように頼んだ。
それでも少年が心配で、せめて何か出来ないかと思案していると兄に頭を撫でられた。
「アリス、今日はもう休むと良い」
「でもお兄様、私が連れてきたからにはただ他の人に任せて見ているだけという訳にはいかないのです」
「なら、今日はゆっくり休んで明日また何か出来ることはないか探してみよう。もしアリスに何かあれば、私達が悲しむことを忘れないでくれ」
兄の言葉に私はこくりと頷く。
そうだ、今は出来ることがない。
なのに何かしたいだなんて子供の癇癪でしかない、兄の言うとおりだ。
私は自分を落ち着かせるように胸元で手をぎゅっと握り締めると、休むため侍女と共に部屋に戻ることにした。
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