第101話 いつもの宴
夜。
雲がかかり星が見えない空と対照的に、辺境の地にあるアルカ・ディアスは明るく、そして賑やかだった。
宴だ。
中央広場では大きな焚火が焚かれており、一帯を照らす明かりの中心地となっている。
さらに、その周辺では小型の焚火で串に刺した魚や肉が焼かれており、調理班が作った料理と共に皆の胃を満たしている。
「なんというか……事あるごとにお祭り騒ぎだな」
その様子を眺めながら、ジンタロウは思った事をそのまま口にした。
そして、
「というか、良いのかしら?」
そんな彼に対し、疑問を投げかける者が横にいた。
マリアだ。
地べたに胡坐をかいて座るこちらとは別に、彼女は椅子に座りながら魔人や亜人を眺めている。
「何がだ」
問いの意図が判らずに、ジンタロウは思わず逆に問い返した。
「ん……あの魔物たち―――いえ、ここでは魔人というのよね。ここに来るまでの間に家族を失っているのでしょう?」
マリアの言葉に、ああ……、とジンタロウは理解した。
サキトからの報告で、昨夜の一件はわかっている。
アルカ・ディアスの住人はほとんどがサキトの麾下になったその日に家族や仲間を失っている。そんな者たちの心を逆撫でするのではないか、とマリアはそう言いたいのだろう。
「まあ、通過儀礼みたいなもんだ。
……普通に考えればこんなお祭り騒ぎにはならんのだが。サキトなりの歓迎と、励ましみたいなもんなんだろう、おそらく。直接そう言っていた訳では無いがな」
言って、手に持っていた串焼きを一口に食べてしまう。
「それ、そういう風に食べるのね……」
同じく串焼きが乗った皿を持っていたマリアが呟く。そしてジンタロウを真似て同じようにするが、小さな口に慣れない食べ方だ。串から外れた肉はほんの少しだ。
「……もぐ。難しいわ」
「――……これはまあ、行儀の悪い食い方だ。真似したらお前さんの御付きも良い顔しないだろうから止めておけ」
ジンタロウは念押しする。
「え、そうなの? でも、ローラなら未だサキトたちに捕まってるし、大丈夫だと思うけど」
今、マリアが一人で俺の横にいるのはそれが大きな理由だった。
事が魔王絡みともなると、流石のサキトも色々と考えるらしい。客人として受け入れはするが、その後の事はわからない。
アルカ・ディアスも立ち上げから随分落ち着き、せっかくならば魔物側の情勢も知りたいという事で、マリアやオーヴァンから事情聴取中だ。
そして、マリアとローラに関しては、言う事に食い違いが無いかの確認も含めて、別々での聴取を行っている。
マリアが先程終わり、今はローラの番だ。だから彼女だけがここにいる。
「ねえ。それより、この町を案内してよ。昼間は説明を受けただけで実際に観回れていないし、色々把握しておきたいわ」
依頼され、最初に出る言葉と言えば、
「何故俺が……」
元とは言え、勇者であった自分が魔王の娘とこうして話している事自体が状況としてはおかしい。
(いや、それ自体は今更な話だが)
自分の中だけで話を完結させたジンタロウに対し、マリアは話を進める。
「良いじゃない。アタシ、人間にも興味あったし、色々話してみたいのよ」
「興味って……それは、外敵としてか?」
「違うわ」
即答が来る。
「自分で言うのもなんだけど、アタシってけっこう箱入り娘だったから……。これを機に、人間も他の魔物の事も含めて外の事を知りたいって、そう思ったのよ。こんな状況だけど、だからこそ出来る事を増やすためにね」
前向きな娘だな、とジンタロウは内心で思った。
(俺は、どうだろうな……)
この娘の様に前を見る事ができているのだろうかと考えてしまう。
「本当はサキトにも色々訊きたいんだけどね? 彼、魔王だったんでしょ? いずれアタシだってなるつもり―――ううん、なるんだから、心構えとか色々教わりたいのよね」
「あいつにそんなものがあるかよ……。まあ、今は無理だろう」
「そ、だからジンタロウに頼んでるんじゃない。いいでしょ?」
魔人たちもいるだろうに、と思うが、逆に魔王の娘が相手となると魔人たちが気後れしてしまうだろうか。
少し考えるが、自分はマリアの護衛兼見張りの役目を負っている。放っておく訳にもいかないのは事実だ。
「……はあ……。別にそこまで楽しい場所なんて無いぞ?」
そう言ってジンタロウは立ち上がった。
それに合わせてマリアもまた立ち上がり、
「初めてのものばかりで既に楽しいわよ?」
「それはなによりだ」
●●●
「……直下の問題が、増えたなあ」
俺はテーブルに肘をつき、拳で顔を支えながら言った。
部屋には俺の他、ゼルシア、ミドガルズオルム、ジョルト、バルオング――、新顔として
「昨夜まではフランケン、とりわけモンドリオ様との交易についてが主題でしたが……ここにきて魔物絡みの案件が出ましたね」
「魔人が増えたのは歓迎だけどなー」
「私としてはやはり吸血鬼なる者が気になる。伝承や噂などでしか聞いた事がない魔物だが……」
ジョルトが手を挙げて言う。
「俺もそんなに相手した事の無い種族ではあるなあ。解る事と言えば、血を主体とした存在である事と、太陽に激弱って事ぐらいしか。
―――その辺りはローラの方が詳しいだろ、さすがに」
話を振られ、ローラが頷いた。
「概ねサキト様の言葉通りです」
ローラの主はマリア、とりわけその両親でもある夢魔女王と吸血魔王だとは思うのだが、俺が魔王を経験している事もあってか、様付けだ。
「吸血鬼を語る上で外せないのはやはり『血』です。彼らは血を糧とし、また武装にも用います」
「それはやっぱり一緒かー」
何処の世界でも、そのステータスは同じようだ。
「そして陽光に弱いのもまた事実。日の光を浴びると、死に至る事はほとんどありませんが、極端に弱体化します。故に、彼らが活動できるのは夕方から早朝までとみて良いでしょう。これは魔王クラスとて例外ではありません」
「マリアの父親っていうヴァンギルガスと―――叔父のヴァンジェイラもか?」
後者の名前に、ローラが顔を曇らせるが、すぐに表情を戻す。
「はい、ヴァンギルガス様とヴァンジェイラもやはり太陽を嫌います。
―――例外は姫様ぐらいでしょう」
「そういえばマリア様は日中においてもその活動に制限があるようには見えませんでしたね」
「おそらくは
「魔物側だと他種との共存はあっても、異種族間で子孫を残すっていう発想は出ないもんなあ。いくら、魔物が生物学的に普通の動物とかけ離れた存在だとしても」
いくら魔物とて、他種は他種だ。見かたによれば、ある種族の魔物からは人間と他の魔物種はそう変わらなかったりもする。
だから、マリアのような混血種は稀だ。世界中を探せば、いるにはいるだろうが、魔王同士の子孫というステータスを持った存在としては異例中の異例と言える。
「そういや、少し確認しておきたいんだけど……この世界の吸血鬼は眷族化能力とかそういうものを持っているのか?」
「眷族化、ですか?」
「ああ。血を吸ったら下僕にできるとか」
眷属とは異なる、『眷族』。
魔力と信頼を絆とし、互いに強力な力を得る主従関係である眷属化と違い、眷族化は固有能力による一方的な隷属化だ。
無論、それが出来る者は限られるのだが、地球時代に読んだ漫画ではいくつかそのような設定を持つ吸血鬼を描くものもあった。
「出来ます。しかし、誰でもという訳ではありません」
一呼吸置いて、
「その吸血鬼自体が高位存在―――つまりは魔王クラスでなければ不可能です。それに、色々と制約もあるようですね」
「ふむ、言葉尻を取るならば、伝聞の知識のようだが?」
バルオングの指摘にローラが頷く。
「私自身、姫様から概要を聞いたまでですから。ただ、おいそれと出来る事ではないのは確かなようです」
『制限なくできる隷属可能となれば、その数を以ってこの世を占めることもできよう――否、彼の女神と勇者どもがいる限り、それは不可能か』
ミドガルズオルムの言葉に、俺はそうなー、と肯定するしかない。
「……」
他の面子はゼルシアを除き、オーディアと対面した事も無いので、この手の話にはどうも加わりにくいようだ。
話が途切れた――その時、ふと、ユキが手を挙げた。
「あ、ちょっとよろしいです? 話が変わってしまうですが」
「何ですか?」
「率直な疑問、というか確認なのですが……ぶっちゃけた話、サキトくんはアルカ・ディアスを国家にするつもりですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます