135 責任の押しつけあい
私は、エルミナーシュの糾弾の言葉を、ゆっくり噛み砕いてから静かに答える。
「まず、歴史っていうのは勝者が作るものだ。勝者が、その後の世界のありかたを決める。この世界で起こったことは規模が大きいけど、そのこと自体は異常とまではいえないだろうね」
「ミナト! グランドマスターどもの人格はいやというほど見せられただろう!?」
グリュンブリンが噛み付いてくる。
金髪碧眼の戦乙女、闇の槍を手足のごとく操る四天魔将きっての武闘派。
そんな相手に睨まれるとさすがに怖い。
「エルミナーシュが見せたものが事実かどうかは、他に証人がいない以上わからないよ。
それに、もし事実だったとして、どうなんだろう? いつの時代も、支配者ってのは多かれ少なかれ人格破綻者だよ。善良な人が権力を握る幸運なんて滅多にない。もしあったとしても、あっというまに権力を奪われるか、権力に魅了されて暴君と化すかだ。名君がまったくいないわけじゃないけどね」
「だけどよ、だからってこんな不条理に遭わされたら、魔族たちが怒るのももっともだろう? 獣人や一部の知恵あるモンスターだって、真実を知ったらグランドマスターどもを呪うだろう」
ボロネールがそう言った。
無数のボロで身体を覆うさまはロフトの街にもいた浮浪者を連想させる。
しかしその隙間から覗く目は鷹のように鋭かった。
「そうだね。これはおかしいよ。不正義だ。なんとかしなくちゃいけない」
『では――』
「でも、正しいことなら実現できるってのは思いこみだ。力があって初めて現実を変えられる」
『そのための力を得る鍵を、汝はもう手に入れている。アルミラーシュ・システムとエルミナーシュ・システム。魔王の最強の矛と盾があってなお不安か?』
「不安だね。もしグランドマスターの作り上げた現在の仕組みを破壊できたとして、そのあとはどうなるの?
魔族は人間の身体を乗っ取って現世に現れて復讐に走ってるし、真実を知った獣人や一部のモンスターもそれに加わるかもしれない。
その過程で、たくさんの人が死ぬ」
『では、グランドマスターの作り上げた仕組みを温存するというのか? 魔族や獣人の怨嗟の声を抑えこんで』
「そうは言ってないよ。
むしろ、それはどうにかしたいと思う。
でも、アーシュの人格を消して魔王剣アルミラーシュとやらを使う気はない」
『それではグランドマスターどものシステムを破壊できぬ』
「そうかな? エルミナーシュ、あなたは希望の村の冒険者に魔王の加護を与えたね?」
『ああ……まさか』
「それができるんなら、同じことを世界中でやればいいんだ。魔王の名の下に魔族を、獣人を、人間を集めて、魔王の加護を与え、忠誠を誓わせる」
『グランドマスターの加護はどうする?』
「どうもしないよ。もう持ってる人から取り上げるのは難しいだろうし。でも、グラマス加護ってギルドで忠誠を誓わないとつかないでしょ。魔王の加護のほうが便利だったら、グラマス加護は自然に使われなくなってくはずだ。魔王の加護がほしかったら、グラマスへは忠誠を誓うなと言ってもいい」
「なるほどな……グランドマスターの作ったシステムは放っておいて、べつのシステムをこっちで用意しちまう。そうすれば、新しい便利な街道ができて旧道がさびれるみたいに、グラマスのシステムは忘れ去られる」
ボロネールが顎を撫でながらそう言った。
「待て。人間はそれでいいかもしれない。だが、魔の者の多くは幽世に閉じ込められたままだ。獣人や獣はモンスター扱いされ、人間の因子を食わねば生きていけないよう設定されている」
「まだ思いつきの域を出ないんだけど、案はあるよ」
『ほう? 何を考えた?』
「ダンジョンって、なんだろうね?」
私の言葉に、グリュンブリン、ボロネール、アーシュ、エルミナーシュが黙りこむ。
「私は異世界から来たからわかるけど、あんな不自然なものはないよ。モンスターは基本的にダンジョンの中から出られない。ダンジョンマスターも、たったひとりで最下層にこもってモンスターを生産するだけだ」
『それはむろん、グランドマスターどもが冒険を楽しむための施設として作ったのだから当然だ。人間の冒険者が命をかけて挑戦し、運が良ければ希少な品が手に入る。食い詰め者の賭博と同じだ』
「魔族はさておき、獣人やモンスターはダンジョンの維持要員だ。ダンジョンがあれば生きられる。人の因子の問題は厄介だけど、モンスターの身体がエーテルでできている以上、取り込む人の因子もエーテルのはず。ダンジョンマスターなら、生産設備を利用して『人の因子』を直接生産できるかもしれない」
霧の森で夢法師がモンスターを作ろうとする様子を見た。
結局は私のイメージのせいでベアノフを召喚することになっちゃったけど、そうでなかったとしても私のイメージ通りのモンスターを作れたはずだ。
「そこは、案外いい加減に作られてるんじゃないかな。『人の因子』とやらが本当に人にしかないものなのかもわからない。魔族も獣人も人間ももとは同じ種族なんだったら、人間限定でそんなものがあるのはおかしいし。
そもそも、『人の因子』なんて話自体がでたらめで、『ダンジョン内で人間を倒した』というフラグを立てることが、モンスターが延命できる条件なのかもね」
「……言ってることがよくわからん」
グリュンブリンが首をひねった。
「魔族のほうだけど、現世での肉体が調達できればいいんだよね。
で、実際にここに現世での肉体を人間を乗っ取らずに手に入れた魔族がいる」
「わ、私?」
アーシュが自分を指さして言った。
「そう。圧倒的な魔力を持つアーシュにはそれができた。
でも、これと似たことをやってる人たちがいる」
「なるほど、ダンジョンマスターか」
ボロネールがうなずいた。
「うん。ダンジョン内でなら、エーテルで肉体を造ることはおろか、そこに魂を宿すことまでできちゃうんだ。魔族が身体を得ようと悪戦苦闘してるのがおかしくなるような手軽さで」
『ふむ……たしかに、ダンジョンマスターには……正確にはダンジョンマスターに力を与えるダンジョンコアには、特別な力が備わっている。なにせ、もとは魔王陛下のお力なのだ。魔王陛下亡き後、残されたお力は結晶化した。あまりに強力なエーテルゆえに、持ち主を失ったことで地上へと析出したのだろう。それをグランドマスターどもは微塵に砕き、そのかけらを世界中にバラまいてダンジョンコアとした』
「うん。だから、ダンジョンコアを回収して、新しいダンジョンを作ればいい。できれば、一箇所に集めたいね」
「しかし、じめじめしてて陰鬱なダンジョンなどを住処にあてがわれたところで、魔族の不満が抑えられるとは……」
「ダンジョンっていうけど、明確な定義はないよ。私の世界ではもとは『暗い地下室』みたいな意味だったはずだけど、テレビゲームが出てきてモンスターのいる地下迷宮って意味合いになった。グランドマスターたちも、その線で『ダンジョン』を造ったんだろうね。
でも、ダンジョンのことをダンジョンコアの影響下にある空間って考えれば、形にこだわることはない。たとえば、ダンジョンコアの力で、地上に大きな都市を築くこともできるはず。そこは、ダンジョンマスターの想像力次第なんじゃないかな」
「な、なるほど……」
グリュンブリンが感心してる。
なお、私がこの着想に至れたのは、ロフトのダンジョンでアーネさんに教えてもらった、ダンジョンの綻びを聖域化する技術のおかげだ。
ダンジョン内のエーテルの流れを見ているうちに、なにもいかにもな迷宮にしなくてもいいはずだと気がついた。
実際、霧の森の地下にあったダンジョンには、水流を利用したかなり豪快なギミックがあったらしいし。
キエルヘン諸島で見つけたへそへのトランスゲートのあった転送遺跡も、けっこう自由な発想で造られてる。
『グランドマスターどもの成れの果てである神との直接対決を避け、グランドマスター・システムの無力化を狙うということか』
「現実的な路線ではあるな。いや、世界自体を書き換えようって話に比べればの話で、規模の大きさはとてつもないんだが⋯⋯」
「それなら、魔族と人間の争いも防げるねっ!」
アーシュが明るい顔でそう言った。
でも、私はそこは疑問に思ってる。
なにせ、魔族はもう動き出してしまっている。
四天魔将の要だったイムソダの消滅で統制の取れなくなった魔族たちが個々に人間への復讐戦をはじめているのだ。
魔族たちの怒りは本物だが、それを向けられる人間からすれば、身に覚えのない怨みをぶつけられてることになる。
魔族に大事な人を殺された人間に、こういう事情だから許せと言ったところで無理な話だ。
「あと……これだけははっきりさせときたいんだけどさ。
私、魔王をやるつもりはないから」
「「「えっ」」」
『なんだと?』
四人の声がハモった。
「魔王はこれまで通りアーシュ。残りの四天魔将がアーシュを支える。私は一介の冒険者として協力するだけ」
「いやいやいや、待ってくれよ嬢ちゃん! あんたが上に立たないでどうするんだ! アルミラーシュ様もお強くなったが、魔族全体に睨みを利かせるには足りねえよ!」
「そうだ、ミナト! おまえが圧倒的な力で魔族も人も黙らせる。そうしてこそ今の構想は実現可能となるのではないか!」
「わ、私にそんな重責は負えないよ!」
『我が魔王の後継と認めるのはあくまでも汝なのだぞ、ジョウレンジ・ミナト!』
「いや、だって……私部外者だし。人の上に立ちたいタイプでもないしさ。今説明した通りにやってくれればいいだけだから、あとのことはみんなにお願いしたいなーなんて」
「たしかに見通しは立ててくれたけどな! これだけの発想力を持った人間を手放せるか! この先イヤってくらいの問題が降ってくる! 嬢ちゃんの常識はずれの発想力が必要なんだよ!」
「悔しいがボロネールの言う通りだ! 武辺者のわたしではどうしようもない。堅忠のハミルトンも堅物だ。ボロネールは謀略にこそ長けているが、長期的な展望を描く才はない」
ボロネールとグリュンブリンが私に詰め寄ってくる。
「あはは……そこは、エルミナーシュと相談しながらやってもらえばいいんじゃないかなぁと……」
『我はあくまでもエルミナーシュ・システムの管理者にすぎん。次代魔王以外の者に忠誠を誓ういわれはない』
「そこをなんとか」
『ならん。我の管理者権限は魔王陛下と次代魔王にしか与えられぬ』
ううむ。管理者権限ならしかたがない。
うちにあった家族共用のパソコンも、管理者権限がないからゲームをインストールしたりできなかった。
「み、ミナト! ここまで来て見捨てる気なの!?」
アーシュがしがみついて言ってくる。
「いや、見捨てるとは……」
「見捨てるのと一緒だよ! ミナトは私に魔王なんて役割が務まると思ってるの!?」
「うっ、それは……」
この幸薄そうで自己主張の下手な気の弱い少女に、有象無象の上に立って世界を制する力があるかっていうと、絶対ない。
(だって、私にそっくりなんだもん)
私に魔王が務まらないなら、アーシュにも務まらないことになる。
しかし、このまま魔王なんてものに祭り上げられてはたまらない。
「くっ、アーシュ、あなたに魔王が務まらないとしたら、性格そっくりの私にも務まらないことになるんだからね! アーシュが自分には魔王が務まると認めない限り、私を魔王にするって案は成り立たないから! はい、論破!」
「ぐぅっ!? で、でも、もし私に魔王が務まるんだったらミナトでもいいはずじゃない! そもそも魔王の資格があるのはミナトで、私なんておまけみたいなものなんだよ!?」
『ま、魔王陛下の最強の矛たる魔王剣アルミラーシュ・システムがおまけだと……?』
「でも私はこの世界の人間じゃないし、魔族でもない! どうして異世界人が魔族の王になんなきゃいけなんだよ!」
「力あるものには義務があるんだよ!」
「もともとの私の力は神のチートとグラマス加護なんだけど!?」
「ここでの修行でもう半分以上は魔王の加護になってるって言ってたよね!?」
「ええい、自分の宿命から逃げるな、この根性なし! もともとアーシュの問題でしょうが!」
「なっ、根性なしはあなたでしょ、ミナト! 大人しく運命を受け入れてください!」
「困ったら誰かが助けてくれるみたいな態度はやめてくれないかな!? 顔が似てるだけに無性に腹がたつんだよ! この軟弱者!」
「なんですって! ミナトこそ散々事態に関わっておきながら自分は部外者だから関係ないですみたいな態度は改めてくれないかな! この卑怯者!」
「ううううう!」
「ぐうううう!」
醜く罵りあいながら、私とアーシュが睨み合う。
「……なあ、やっぱりわたしがこいつらを倒して魔王になるんじゃダメか?」
「できるもんならやってみろ。こいつらの力はもう残りの四天魔将が束になっても敵わねえよ……」
グリュンブリンとボロネールがため息をつく。
いよいよ着地点が見えなくなってきたところで、エルミナーシュが言った。
『……よろしい。ならば、こういうのはどうだ?』
微妙に疲れたような声で言ったエルミナーシュの提言は、ギリギリの妥協案ではあった。
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