90 緒戦

「そうそう、シェリーさんとハインラインさんにはこれを渡しておくよ」


 ベアノフとの顔合わせが済んでから、私はそう言って、シェリーさんとハインラインさんに、無限胃袋にしまってあったアイテムを渡す。


「こ、これは、火吹き竜の剣ではないか!」


 シェリーさんが、私の渡した剣を見て驚いた。


「ああ、うん。サラマンダーが落としたやつだね」


「落としたって……レアドロ以上に落とさない、レア中のレア、実在すら疑われる一品だと聞くぞ? わたしも他国に所用で出向いた時に、王宮の博物館で見たことがあるだけだ」


「あはは……まぁ、そこのところはあまり追及しないでもらえると。

 使いかたは……見たまんまだよ。気合いを込めると火を吹くってだけ」


 炎のように波打った刃を持つ両刃の長剣で、ちょっと私が使うには大きすぎた。

 シェリーさんがおそるおそる剣を振ると、刃を炎が包みこむ。


「クレティアスの闇の炎とくらべてどうかはわからないけど、ただの剣よりはマシかなって」


「マシなんてレベルではない……うちの家宝にしたいくらいだ」


「生き残れたら記念にあげるよ。売り払うのだけはやめてほしいけど」


「な、なんだと!? いや、さすがにこんなものは受け取れぬ!」


「私が持ってても使わないからべつにいいんだけどな……。まぁ、それはあとでいいや。

 ハインラインさんのほうは?」


 私が話を向けると、


「……おいおい、まさかこれって、風羽かざはねの弓なんじゃないだろうな……?」


「あはは……その通りだったりするんだけど。有名なの?」


「有名なんてもんじゃないぞ! 風を矢にして射るっていう伝説の弓じゃないか!

 あっ、先に断っておくが、まちがってもいらんぞ!? こんなすごいもん持ってたら盗賊どもに狙われるし、下手すりゃ上に召し上げられちまう! こんな事態だから使わせてもらうが、用が済み次第返却するからな!」


「まぁ、言うほど強くもない気はするけどね。私なら魔法使ったほうが早いし威力も出るから。物理的な弓と違って曲射もできないみたいだし」


 その代わりにどこまでもまっすぐ飛んでくけどね。


(二人とも、イムソダの誘惑をきっぱり退けた人だから)


 ちょっと珍しいものを持ち出しても目の色を変えたりはしないだろうと思ったのだ。


「ベアノフにもなにかあげたいとこだけど……」


「俺にはこの爪がある」


 言って、しゃきんと爪を伸ばすベアノフ。

 一本一本が短剣くらいの長さと厚みがあって、ゆるく曲がったラインはいかにも切れそうだ。


「じゃあ、分担を決めとこうか。

 私がクレティアス担当なのはしょうがないとして――」


「いや、やつの相手はわたしにさせてくれないか?」


 シェリーさんが意外なことを言った。


「騎士の風上にもおけぬ男だが、剣の扱いは一流だ。魔法主体のミナトでは戦いにくかろう」


「それはそうだけど、ルイスさんはいいの?」


「ルイスを抑えるのはミナトが適任だ。同じ魔術士で、どうやら素質の面ではミナトが上回っている。ルイスは覚醒している分、実力より強くなっているだろうが、これまで覚醒者と戦ってきた感触からすると、それでもミナトに分があるだろう」


 ――ふむ……不確定要素をなくすという意味では、理にかなっておるな……


「だけど、クレティアスとシェリーさんだと、どう転ぶかわからないよ」


「そこは、ベアノフ殿が残り二人の騎士を押さえ、ハインラインがベアノフ殿とわたしのフォローを行う形にすればよい」


 ええと、つまり、


 私 VS ルイス

 シェリーさん VS クレティアス

 ベアノフ VS 残り騎士2


 っていう状況に持ちこんで、ハインラインさんは遊軍として風羽かざはねの弓で支援する……ってことだね。


「うん、それがよさそうだね」


 戦いの素人である私の判断より、騎士団長であるシェリーさんの見立てのほうが確実だ。


 ――どうにか算段が立ったな……そろそろこちらに近づいてくるぞ……


 夢法師の言葉に、私たちは互いにうなずきあった。






 ――ぎぎぃぃぃっ……


 と音を立てて、広間の扉が押し開かれる。


 大きな観音扉は内開きで、私たちは開くのを待ち受ける側にいた。


 よく来たな、勇者よ――みたいなネタに走りたくなるのをこらえつつ、私は空中にエーテルショットのタレットを準備する。


 そして、扉が開ききった瞬間、その奥に現れた人影めがけ、無数のエーテルショットを発射した。


 だが、私の放ったエーテルの弾丸は、膨れ上がった闇の炎にはばまれ消えた。


「手荒い歓迎だな、冒険者」


 エーテルの余波が漂う向こうから、クレティアスがゆっくりと歩み出る。

 片手にぶら下げた剣には、既に闇の炎がまとわりついてた。


 その背後から二人のうつろな表情の騎士が広間に入る。

 その騎士たちに守られるような形で、ルイスも室内に足を踏み入れた。


 私はクレティアスに返事をしないまま、さらにエーテルショットを発射する。

 クレティアスが闇の炎を壁にしてそれをしのぐ。


 その一瞬の隙をついて、シェリーさんが駆ける。


「おおおおっ!」


 裂帛の気合いとともに、赤い炎をまとわせた火吹き竜の剣を振り下ろす。


「ふんっ!」


 クレティアスは、かなり重いはずのその一撃を、片手で握っただけの剣で受け止めた。


「俺はその鼠にしか用はない。のけ、女狐」


「わたしの任務は覚醒者の排除だ。貴様こそ、騎士としての名誉を失ったのなら、そのそっ首をおとなしく差し出せ。せめて苦しまぬように殺してやる」


「ちっ、予定とちがったか。

 まぁいい。そんなちゃちな炎で俺の怒りに抗えるものか、その身で試してみるがいい!」


 そう叫びつつ、剣をひねり、シェリーさんの炎剣をそらせて、返す刀で斬りつけるクレティアス。

 シェリーさんはすばやく剣を引いてこれを受けた。


 そのあいだに、


「ベェアアアアッ!」


 咆哮とともに、ベアノフがはしる。

 巨体ゆえ、動作は緩慢にも見えるが、その実ベアノフの動きは見切れないほどに速かった。


「――迎え撃て!」


 ルイスの号令とともに、騎士二人が槍を構えた。

 槍衾というには少ないが、二人とも技倆はそれなりに高く、間合いの短いベアノフは近づけない。


 が、ベアノフは微妙に位置どりを工夫して、ルイスを護衛する構えだった騎士二人を、広間の隅へと誘導してる。


(私も最初にやられたっけ)


 こうして客観的に見ると、ベアノフの誘導はとても自然で巧妙だ。

 あの獰猛そうな鷹頭熊たかとうぐまは、見た目に似合わぬ戦巧者いくさこうしゃなのである。


 私も、みんなの戦いを見てるだけじゃない。


(ベアノフのおかげで射線があいたね)


 私はエーテルショットの雨を、ルイスめがけて解き放った。

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