勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す

大小判

第1話 修羅場から始まるプロローグ



「……何でこうなったんだっけ?」


 ピシャーンッ! と、暴風雨と共に天に轟く雷鳴が鼓膜を揺らし、地表間近まで落ちてきた稲光が窓ガラス越しに彼の顔を照らす。

 赤毛の青年、ローラン・シャルバーツは暗い色彩で彩られた厳かな城、その中央に位置する謁見の間で、玉座の正面に置かれた椅子に座って冷や汗を流していた。

 彼は片田舎で店を構える小さな道具屋の一人息子である。何時かは結婚して店を継ぎ、可愛い子供を育てながら平穏に老いて、そして死んでいくんだろうと、漠然に考えていた。


「我こそが魔族共を統括する王にして全世界の覇者となる者、バルバトスだ。貴様がローランで相違ないな……?」


 なのになぜ、全身に黒い甲冑を纏い、マントをたなびかせる骸骨顔の巨人……魔王の前で椅子に座っているんだろうか?

 魔王と対峙するのは何時だって勇者であると相場が決まっている。互いを倒すには、互いの力でなければならないという根強い風潮があるからだ。

 だがローランはまかり間違っても勇者ではない。戦闘なんて論外でからっきしの道具屋……言ってしまえば名前すら知られないであろうモブキャラとして生まれたような男だ。

 そんな彼は今、なぜか世界支配を目論む魔王に名前を覚えられ、城にまで呼び出されている。 


「あ、はい。トリグラフで道具屋の店長をやってるローランです」

「道具屋などと誰が信じるかと思うが……まぁ良い。愚かな人間どもは貴様の力を正しく見極められなかったゆえに、人の世の住人であった貴様ほどの人材を見逃していたが、この我の前に現れたからには放ってはおけん」


 魔王は玉座の前に突き刺していた剣を抜き、漆黒の炎を切っ先に灯しながら厳然と告げた。


「ローランよ。貴様は責任・・を取るといったな?」

「は、はい。勿論です」

「では選ぶがいい。もし我らと共に人間どもを叩き潰し、世界征服を手助けをすると言うのなら、いずれ世界の半分が貴様のものになるであろう。だが断るというのであれば……ここで死ね」


 勧誘してる割りには「死ね」に力を込めて言い放つ魔王を前に、背中に冷や汗が滝のように流れ、服がビッチャビチャになる。そんなローランの背後に控えていた巨大な狼が唸り声と共に漏らした吐息が、彼の汗を凍りつかせた。


「じー……」


 そしてすぐ右側の椅子の上から感じる、言葉以上に雄弁な、どこまでも真っすぐな視線。


(……誰か、助けてください)


 物理的にも精神的にも底冷えする感覚を味わう。まさに前門の虎と後門の狼とというべき状態を体現したローランは此処に至るまでの経緯を思い返す。が、すぐに思い出したくないとばかりに眉根を寄せる。

 ただのしがない道具屋が魔王の前に座る理由。そのきっかけは、彼が生きてきた十八年の中でも最低最悪の凶事が連続で起こったからに他ならない。

 

 


 ローランという名前は、大昔に女にフラれたショックで全裸になり、大陸中で大暴れしたことで伝説になった騎士と同じ名前らしい。そんな人物と同じ名前だからだろうか……ローランの身に起きたのは青天の霹靂と言うよりも、やっぱりこうなったのかという諦観に似た出来事だった。


「ごめん、ローラン。私、勇者様の事が……アレンの事が好きになったの」


 大昔の騎士と同じように、交際していた栗毛の美少女、アリーシャにそう切り出されたのは。

 ローランの実家は貴族……といっても、その実態はウォルテシアという大陸の東側の国、アステリア王国にある海沿いの小さな町一つ分の領地を任されただけの、平民と変わらない貧乏男爵で、またの呼び名を町長という役職を代々引き継いできた。

 言ってしまえば、国に収める税金を集めるための家。先祖代々貴族生活というのは特に興味が無かったのだろう、町の統治を任されつつも、本職は道具屋であるシャルバーツ家が爵位を持っているなどという認識は、町民からも忘れ去られそうになるほどだ。

 昔、王家に対して功績をもたらしたことから爵位が与えられたが、今の暮らしからは到底想像もつかない。現に、ローランも小さな頃は自分が貴族などとは知りもしなかった。


『ローラン。私ね、魔術の聖女の加護が宿ったの』


 実家の複雑さ以外は至極平凡に育ったローランが十六の時、幼馴染であり恋人であるアリーシャにそう告げられたのが、彼の転機の始まりだ。

 この世界では魔族と人間は長く敵対関係にある。その魔族の王、魔王を亡ぼすために光と戦の女神は五人に加護を授けられると言われているのだ。

 勇者の加護を授けられた若者を中心に、剣の、魔術の、癒しの、弓の聖女の加護を授けられた四人の少女は、人間国家全体からも尊重される人類の希望、勇者パーティとして魔王討伐の旅に出る。

 その内の一人として、自分の恋人が選ばれた。そう聞いて心中穏やかではないローランに追い打ちをかけるように、義妹である緑髪の美少女、ファナがローランに告げた。


『兄さん、私にも治癒の聖女の加護が宿ったんです』


 父の友人夫婦が無くなった際に引き取ったという、可愛い妹までもが勇者と共に旅をする聖女に選ばれてしまうなど誰が想像できるだろう。最初はそれを拒んだアリーシャとファナだが、勇者パーティの魔王討伐は国から課せられた義務。家族が国を追われかねないとなれば、彼女たちに拒否権は無かった。


『なら俺も行くよ。戦えるわけじゃないけど、裏方仕事でよく冒険者パーティに付いて行ってるし』

『ほ、本当ですか!?』

『ありがとう! ローラン大好き!』


 ローランは徹底的なサポート役としての腕を町の冒険者たちから買われて、ギルドに登録している人物だ。正面から戦える者ではないが、自作した魔道具で自力で生き延びることや囮になることは出来たし、何より旅先で見つけた材料などで罠や各種ポーションを作ることを得意としている。

 アリーシャやファナもそうだが、聞けば勇者や剣と弓の聖女は旅などしたことのないというではないか。ならば自分が付いて行って、魔王討伐を手伝うことは出来るだろう。そんなローランの考えは国によって採用され、彼は両親を説得し、勇者パーティの直接サポート要員として付いて行くこととなった。 

 

『君たちがアリーシャとファナだな? 俺の名はアレン! 魔王を倒す勇者様だ!』


 そして初の勇者との顔合わせの時、ローランがアレンを見て初めに思ったのは軽薄で軟派そうだという印象だった。

 艶やかな金髪で端正な顔つきをした、自信満々な雰囲気を醸し出すローランと同じ年頃の青年だったが、彼はアリーシャとファナの顔や体を舐め回すかのように眺めたかと思えば、初対面にも拘らず馴れ無しく二人の腰を抱き、共に旅をすることとなったローランを無視して歩み去ろうとしたのだ。


『ちょっ!? いきなり何なのよ!?』

『おい、止めろって。初対面にしては馴れ馴れしすぎる』

『あー? 誰お前?』


 ローランは自分の恋人や妹に対して随分馴れ馴れしいアレンを諫めたが、勇者は聖女たちに向ける優しそうな顔とは正反対に、まるで鬱陶しい羽虫でも見るかのような目でローランに凄む。


『待ってください! この人は私の兄で、魔王討伐の旅をサポートとして付いて行くことになったんです!』

『あぁ……何か王様がそんなこと言ってたな』


 心底煩わしそうにローランを見据えるアレン。その目に宿る得体の知れない感情に悪い予感を感じたが、ローランを含めた勇者一行は無事に旅に出ることが出来た。

 伝説に語り継がれる勇者や聖女なだけあって、彼らの力は凄まじい。音速を超える正確無比な矢、大群すら薙ぎ払う魔法、致死に繋がる深手すら瞬時に癒し、鋼鉄を容易く両断する剣。特に光り輝く勇者の鎧を身に纏ったアレンの実力は圧倒的で、大した苦も無く魔物を倒ししていく。

 そんな勇者だが、とにかく女癖が悪い。見目麗しい少女がいればすぐに言い寄り、剣と弓の聖女とはローランたちと出会う前から懇ろの仲。ファナは勿論のこと、恋人がいるアリーシャまで口説こうとしているのは流石に目が余った。

 アリーシャもファナも頻繁にボディタッチを繰り返したり、しつこくデートに誘ったりする上に、美女以外には高圧的な態度を取ったりと、人格にも問題があり、二人はとにかくアレンの事を毛嫌いしていたのだ。

 だからローランも美男美女な組み合わせであるアレンとアリーシャたちが並んでいる姿を見てもなんとも思わなかった。 


『ホントなんなのアイツ! 彼氏がいるって言ってるのにしつこく口説いてきて! ……まぁ、ちょっとは良いとこあるけど。なんだかんだで私たちには優しいし、強いし』

『勇者と言うには品位を疑います! ことあるごとにセクハラばかりして……! ……でも、だからこそ目が離せないというか……』


 まぁ、そういう結論に至ったのが間違いだったのだが。

 旅に出て半年経つ頃には毎日のように聞かされていた勇者への愚痴の後には必ずフォローや称賛が入るようになったのだ。やれアレンが敵の攻撃から庇ってくれただの、訓練相手の騎士団長を倒した姿が凛々しかっただの、他の聖女を筆頭に多くの美女とイチャついていて胸が締め付けられるようだの、いつしか愚痴と称賛の割合が逆転し、遂には恋する乙女のような嫉妬すら見え始めた。

 その事に慌てて勇者の普段の行いや、男女であからさまに態度を変える性格で不信を訴えかけてみたのだが。


『何? ローランってばアレンに嫉妬してるの? 二人のスペックは違うんだから嫉妬するだけ無駄だって』

『アレン様は誰にでもできる雑用しか能のない、特に長所もない兄さんとは違うんです。重責を背負う彼の癒しに必要なら許容するべきです』


 とまぁ、やけに心を抉る言葉を煩わしげに言われる始末。しかも無自覚にアレンと比べてこき下ろしてくるから質が悪い。

 アリーシャやファナが勇者になびくなど考えられず、特に二人を惹きつける努力もしなかったせいで、気が付いた時には、二人は既にどうやっても取り返しのつかないレベルでアレンに惹かれていたのだ。


「ゴメン、ローラン。ローランの事が嫌いになったんじゃないの。でも、私は本当の愛を見つけっちゃったから……私は聖女として、一人の女の子としてアレンと共に生きていきたい」

「兄さんの気持ちは分かります。私たちを任せる相手というには、アレン様の事を軽薄な性格だと思っているんですよね? でも大丈夫です、それはあくまで表面だけであって、本当の彼は豪放磊落でカリスマに溢れる素晴らしい方ですから」


 どこか見当違いな思い違いをしたままアレンに媚を売る義妹と、茫然自失のローランを一方的に振って、返事も待たずに勇者の元に駆け寄る恋人。そこからのローランの人生の凋落は早かった。

 ショックから立ち直気れずに、ただ機械的に道具作成作業や囮役をこなすローランだったが、なまじ優秀な上に責任感が強い彼は勇者パーティから抜ける踏ん切りがつかず、間近でアリーシャとファナを含めたいけ好かない勇者のハーレムを間近で見続ける羽目に。

 四人とも平時の時はローランなど居ない者と扱っている上に人目を憚らず、夜に泊まった宿屋の隣の部屋から幼馴染と義妹の喘ぎ声が聞こえ始めた時は、鏡もないのに自分の目が死んだ事を自覚したくらいだ。


「恋人だった幼馴染と義妹が、富と名誉に集るビッチだった件について……どう、思います?」

「…………」

「こ、これは……?」

「……ただの注文ミスだ。捨てるのも勿体ないから、飲んでくれると助かる」


 自分は今まで二人の何を見て来たんだと、夜の酒場で(酒は飲めないが)愚痴を零していた時、渋いマスターがぶっきらぼうな言葉と共にミルクを差し出してくれた時には思わず泣いてしまった。旅に出てから一番良い思い出と言えば、マスターの人柄に触れたこの時くらいである。

 恋人と義妹がローランの元から離れて、誰にも憚ることなくアレンの愛人になるなどと頭の悪い宣言をしてから僅か一ヶ月後。ローランを更に追い詰める事態が発生する。


「ローラン、お前パーティから抜けろ」

「は?」


 アレンから告げられた突然の追放宣言に呆然となるローラン。一体どうしてと理由を聞くと、勇者はさも当然とばかりに答えた。


「だって勇者パーティって言ったら、俺の女たちだけで構成された俺だけのハーレムであるべきだろ? 最初は冒険に不慣れだったから仕方なくお前を入れてたけど、もう要らねぇや。男は邪魔なんで、とっとと田舎に引っ込め」

「そうよローラン、空気読んでよ。私たちは聖女としてアレンを癒してあげないとダメなの。他の男がいたんじゃ、アレンが休まらないじゃない」

「それに、ハッキリ言って邪魔なんですよ。私たちは堂々とアレン様とデート気分を味わいながら旅をしたいんです。兄さんが居たらそれが出来なくなるので、さっさと田舎に引っ込んでください。あと、お父さんとお母さんに私は魔王討伐後もアレン様に付いて行って、そのまま王都で暮らすって伝えておいてください」

「あ、私のパパとママにも伝えといて」 


 勇者と剣と弓の聖女、更にアリーシャとファナまで同調した結果、ローランは実に阿保らしい理由でパーティを追い出されるが、これ自体はまだよかったのかもしれない。寝取られた恋人と義妹が目の前で間男とイチャつくのを眺めながら旅など、精神的に悪すぎる。


『見てよ。あれって確か、勇者様のパーティの雑用じゃない?』

『あまりに役立たずで足手纏いだから切り捨てられっていう? 確かに、言われてみれば冒険者なんて顔じゃないな』

『うわぁ……関わりたくねぇ。英雄一行に無理矢理付いて行って、何度も勇者様に助けられたっていう、正真正銘の役立たずなんだろ?』

『何でも勇者様の恋人を寝取ろうとしたとか……とんだ最低野郎だな!』


 しかし、アレンは国王公認で勇者パーティに参加した、何の非もないローランを追放する大義名分を得るために、ありもしない数多くの醜聞を世間や王族に吹き込んだらしい。恋人を寝取ろうとしたとか、どの口がほざくのかと、抜け殻状態のローランの心に言い表し難い激情が宿ったのは丁度この頃だった。

 見ず知らずの大衆からも嘲笑われ、冒険者ギルドでの信頼も失い、なんだかもう全てに疲れてトボトボと故郷へ戻ってきたローラン。しかし、更なる追撃が彼に襲い掛かる。


「た、大変だローラン! お前の家が……親父さんとお袋さんがっ!」


 勇者と別れた場所からようやく故郷の町に戻ってきた夜。町に残してきた友人がローランを見かけるや否や、血相を変えてローランの手を引いて走り出すと、連れてこられた先には轟々と燃え盛る実家だった。


「お、親父!! お袋っ!!」

「駄目だ、ローラン!! 近寄ったらお前まで!!」


 思わず家に入ろうとしたローランを友人が羽交い絞めにした。火の手は家全体を呑み込み、消火隊は燃え移らないように周囲の建物の一部を崩し、必死に水の魔術で消化する。

 後日分かった事だが、原因は火の点いた葉巻のポイ捨てだったらしい。炎は黒煙を巻き上げながら、在って無きが如しとはいえ貴族の証である爵位証明書も、店も、道具も、住む場所も、両親すらも焼き尽くし、明け方になってようやく鎮火。唯一残ったのは鉄製の煤けた店の看板だけ。

 もう何も残ってはいない。そう自覚して思わず抜け殻のようになってしまったローラン。後日、焼けた店から父母の遺骸を棺桶に詰めて、アリーシャの父ジョニーと、母セリカに支えられながら葬式が執り行われた。


「ローラン君、辛いことだらけだったんだから、いくらでも不満を零していいのよ?」

「友人の息子である君は、私の息子同然だ。遠慮なく頼ってくれていい」


 勇者に恋人と幼馴染を寝取られ、信頼を失墜させる悪評付きでパーティから追放された挙句、家も両親も失ってしまい、もう泣くことすら出来ず呆然とするローランの唯一の救いは、故郷では親交があった人々は変わらず接してくれて、心配してくれたことだ。

 幼馴染の親だけあって、普段から面識のあるジョニーとセリカ、友人たちの支えがあったからこそ自棄にならず、ゆっくりと心を整理しながら両親をきちんと墓の下に埋葬する事が出来た。


「しかしアリーシャめ……葬儀の時まで帰ってこないとは、何を考えているんだ!?」

「ファナちゃんもよ……手紙はちゃんと届いているのかしら……?」


 ファナにとっての義理の両親。アリーシャからすれば昔からたびたび世話になっている夫婦。せめて冥福の言葉くらい掛けに帰って来いと手紙を出し、葬式も可能な限り延期したにも拘らず、二人は故郷に帰ってくることはなかった。


『おい聞いたか? 先日の祭りの話』

『あぁ、聞いた聞いた。何でも、勇者様の婚約披露宴ってやつだろ? 四人の花嫁の内の一人である剣の聖女様が王女様ってことで、国主催のパレードとかあって大盛り上がりだったとか。あんな美人を四人を娶るなんて、羨ましいこった』


 葬儀から一ヶ月後、王都から田舎の故郷に伝わってきた話を、両親の墓参りの後に冒険者たちから聞いた時は思わず耳を疑った。しかも詳しく聞いてみれば、その披露宴とやらが開催されたのは葬式と同じ日だったらしい。


「……上等だ」


 その事にジョニーもセリカも、ローランと親交のあった者は皆憤慨していたが、それ以上に当の本人であるローランはキレた。人生でも類を見ないほどのマジギレである。今まで溜まっていた鬱憤にまで燃え移り、怒りの炎が抜け殻だった彼の心を奮い立たせる。


「上等じゃボケェッ!! 勇者がなんだ! 聖女がなんだ! 親の死に目にパレードとかふざけんのかクソがぁッ!! 今に見てろ、連中が土下座して媚びてくるような、世界一の道具屋に成り上がって見返してやる!!」


 焼けた店に残ったシンボルである看板を背負い、ローランは実家であるシャルバーツ道具店を継ぎ、勇者も聖女も王族も土下座するような店にすると決意。

 それから一年以上が経った頃だった。資金稼ぎに奔走している間に訪れた、ローランが成人である十八歳を迎えた日に、亡き父から遺言状と一枚の書類が届けられたのは。

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