18 お買い物

「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは、清楚な店の制服に身を包んだ、若い女性の従業員だった。


「こんにちは」

「ガクト様ですね。ただいまジーモン様を呼んできます。空いてる椅子に腰を掛けてお待ちくださいませ」


 丁寧な対応をして、従業員は店の奥にジーモンを呼びに向かった。

 動作の一つ一つが美しかったな、と感動しつつ、私は店内を見渡した。

 豪華なシャンデリア、壁には本物の宝石が飾られている。床のカーペットには埃1つなくて、かなり清楚な空間だった。


 商品らしき物は置いておらず、このフロアに人もそんなにいない。

 それによって、イルマさんの記憶にある貴族が訪れる店の仕組みを思いだす。

 店に入るとまず、受付をする。すると程なくして、従業員がやってきて、個室に案内される。案内された個室で、ゆっくり商品を見る、という仕組みだ。


 よくできているな、と感心しつつ、私がこんなところにいていいのだろうか?と不安になってくる。

 そんな風に、慣れない場所にどきどきしてあると、


「ガクト」


 と、明るい特徴的な声が聞こえてきた。ジーモンだ。

 ジーモンの姿を見て、私は少しだけほっとすることができた。


「こんにちは、ジーモン」

「こんにちは」


 岳都先輩に続いて、私も挨拶をする。

 すると、ジーモンは目をぱちぱちさせてこちらを見てくる。

 どうしたんだろうと思うが、心当たりがない。


「その黒髪の子、もしかしてアシノちゃん?」


 そのジーモンの一言で、私は自分が“陣上亜忍”の姿をしていることを思い出した。


「はい、そうです」


 そう言って、私は魔法をといて、イルマさんの姿に戻る。


「もう魔法の精度がそこまでなの?凄いな」

「そうですか?だとしたら、岳都先輩のおかげです」

「いや、アシノちゃんの素質だよ。––––––いい弟子を持ったな、ガクト」

「その通りだ」


 会話は何故か、私を褒める方向に向かっていた。褒めらるのは嬉しいが、私の魔法の素質はイルマさんの素質が大部分を占めているので、素直に喜べない。


「それにしても、アシノちゃんの元の体の髪って本当に黒なんだな」

「うん。私たちの国では、黒髪が一般的だったから、こっちにきて黒髪が神聖視されていることに驚いたよ」

「ガクトの話は本当だったんだな」

「疑ってたのか。ジーモンらしいが」

「いや、考えてみろよ。こっちでは珍しい黒髪が、当たり前のようにいるんだぞ?想像できないだろうが」

「確かに」


 私だって、この世界に来て、髪の色が水色だの銀色だの、カラフルで驚いた。


「さて、そろそろ本題に入るか」


 丁度切りが良かったので、ジーモンは話題を切り替えた。

 す、と軽めに息吸って、ジーモンは接客用の表情になる。その変化は見事なものだった。醸し出す雰囲気がまるで別人のようだった。


「本日は何をお求めですか?」

「亜忍に似合う服を一式。レガトゥースたちが集まる会議に着ていく服だから、高くてもいいからしっかりした物を頼む」

「かしこまりました」


 流石、岳都先輩。ジーモンの変化にも難なく対応し、注文の仕方も完璧だ。


「では、こちらへどうぞ」


 そうして、私たちは奥の部屋に案内された。


 * * *


 イルマさんの記憶は持っていても、“知識だけ知っている”のと“経験する”では、やはり大きな差がある。

 特別待遇には慣れなくて、私は心地悪さを感じてしまう。


 –––––––––なんて考えている私は、着せ替え人気と化していた。


「こちらはどうでしょうか、ガクト様、ジーモン様」


 この言葉も何回目だろうか?

 最初の方は、私も楽しかった。イルマ=デューク=シュタインマイヤーの麗しい姿で、フリルのたくさんあしらわれたロリータチックな洋服や少し大人びた銀のワンピースなど、着たことのない服を沢山着ることができたからだ。


 だが、段々と従業員の目がマジになり、本当に1番似合う服を探し始めたのだ。岳都先輩もそこまで、真剣に選んで欲しかったわけではないだろう。

“イルマ=デューク=シュタインマイヤー”という素材が良いが故に、一流としての自覚がある、従業員の力が入ってしまったのだろう。


 かれこれ2時間、ジーモンが扱っている服を全て着たか着てないか、そのくらいのレベルの服を着た。

 そして、従業員が迷いに迷って選んだ1着は、桜色のブラウスに、ふんわりとした膝下の亜麻色のスカート。胸元には主張の激しくない、瞳と同じ緑色のリボンが揺れている。

 イルマさんと服の素材が良いだけあって、完全無欠の美少女となっていた。思わず自分の姿に見惚れてしまう。


「ほう、ますます可愛くなったな」

「ああ」


 ジーモンも岳都先輩も照れずにそんなことを言うので、私の方が照れてしまう。


 やっぱりまだ、今の自分の姿に違和感がある。

 いつか慣れる日は来るのだろうか?


「ジーモン様。メイクや髪型も整えたいのですがよろしいでしょうか?」

「え?」


 気合いの入った目で、従業員が言うので私は思わず声を漏らしてしまう。

“まだやるの?”が正直な感想だ。

 私だって、お洒落はそれなりに好きだが、2時間以上も着せ替え人形となれば、飽きたり疲れたりする。


 ジーモンに助けの眼差しを向けると、彼はにっこりと微笑み返し、


「好きにして良いよ」


 と、従業員に言うのであった。


 この後1時間、私はようやく解放されたのだった。

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