第31話

 買い物から帰った大石は、玄関の戸を開けて部屋に入ろうとする。

 いつもは消えているはずの電気がついていて、中から音が聞こえてくるのは違和感だった。

「ただいま帰りました……」


「あ、おかえりなさいです」


「………あの、保永先生……」


「はい?」


「右手に持ってる物はなんですか?」


「先生のパンツです」


「返して貰えますか?」


 エプロン姿の女性が、自分を出迎えてくれるまではよかったと大石は思ったが、流石に右手に自分のパンツを握りしめるのはやめてほしかった。

 

「今、洗濯機を回していたんです。先生随分溜めていたようだったので」


「あぁ、そうだったんですか、なんかすみません」


「いえ、気にしないでください、好きでやっているだけですから!」


 なんで自分にここまでしてくれるのだろう?

 大石は疑問に思ったが、考えるのが面倒だったので、考えるのを途中でやめる。

 愛奈の作ってくれた料理が机に並べられており、大石はその出来映えに驚いていた。

 

「凄いですね……結構凝った物が……」


「私、料理が好きなんです。ささ、座って食べてください!」


「じゃあいただきます……」


 テーブルの前に座らされ、大石は愛奈の手料理を口に運ぶ。


「ん! ……上手いですね」


「それは良かったです。どんどん食べて下さいね!」


 大石は空腹だった事もあり、愛奈の手料理を夢中で食べた。

 愛奈はその様子を嬉しそうに見ていた。


「大石先生、お酒もありますよ~」


「ん、ありがとうございます」


 大石は愛奈に注がれた酒を飲む。

 愛奈も酒を飲み始め、本格的に二人の飲み会になってきた。

 少し時間が経ち、大石は若干酔い始めてきていた。

 しかし、大石以上に愛奈が酔い始めていた。


「大石せんせ~い。もう一杯~」


「あの……保永先生……近いです……」


「ん~酔っちゃったみたいでーす!」


「はぁ………」


 大石の隣に座り、顔を真っ赤にしながら愛奈は缶酎ハイを飲む。

 ベタベタと大石の体をさわりまくり、完全にエロ親父みたいになっている。


「大石先生って~意外と筋肉ありますねー」


「あの……あんまり触らないでもらえませんか?」


「え~いやでーす! ウフフ~」


「………」


(面倒くさい……保永さんって酒飲むとこんなになるのか……)


 大石は愛奈の酒癖の悪さに驚き、黙って酒を飲んでいた。

 

「先生~この部屋……熱くないですかぁ?」


「冷房強くしますね」


「え~だめですぅ~」


「……なんで……」


 大石は愛奈に抱きつかれ、体を硬直させる。

 女性から抱きつかれるなど、久しく体感していなかったので、大石は酔ったのを忘れて緊張する。


「あ、あの……離れてくださいます?」


「う~ん……嫌ですぅ~」


「だからなんで……」


 大石は酔っ払った愛奈から離れ、水を取りにキッチンに向かう、

 愛奈はソファーに寄りかかって何やらぶつぶつ独り言を呟いている。


「はぁ……保永先生はお酒の席では気を付けた方が良いですよ」


「そんらん、わかっへますよ~だー」


「本当にわかってるんだか……」


 ため息を吐きつつ、大石はベランダに出てたばこを吸う。

 

「フー……全く……」


 たばこを吸いながら、大石は昨日の肝試しの後の事を思い出す。

 瑞希の両親は毎年、この時期になると夜中に学校の屋上にやってきて瑞希の冥福を祈る。

 当時、大石は瑞希のクラスの担任では無かった。

 それどころか、まだまだ新米の教師で、あるのは熱意くらいのものだった。

 

『先生! なんであの子に何もしてあげないんですか! いじめがあるのは確実なんですよ!』


『はぁ……大石先生、わかってませんねぇ~、我々教師が口を出したところで解決するわけでもないんですよ?』


『だからって! 教師として見過ごすわけにも!!』


『先生、ドラマの見過ぎですよ、我々教師というのは、生徒に勉強を教える立場の人間、ただそれだけなんです』


 当時、瑞希のクラスを受け持っていた先生の話しを思い出し、大石は眉間にシワを寄せる。

「んな訳あるかっての……」


 結果として瑞希のクラスの担任をしていたその先生は、そんな発言をしていたこともあり、責任を取ってやめさせられた。

 しかし、あの先生が責任をとっても瑞希は帰ってこない。

 あのとき、もっと自分が動いていれば……。

 大石はこの時期になると、そんな事ばかりを考える。


「まぁでも……捜し物は見つかったし……今年は良かったな……」


 土井から渡された遺書は瑞希の両親の手に渡った。

 当時、遺書は発見されず、彼女の日記から自殺であることがわかったのだが、真面目な彼女が最後に両親に宛てた手紙。

 遺書とはいえ、それは娘からの最後の言葉だ。

 親だったら大切にとって置きたい。


「………見つけてもらうまで、瑞希はあそこに縛りつけられてたのかもな……」


 あの後、土井からざっくりと話しを聞いていた。

 たばこの火を消し、部屋の中に戻る。

 

「あ~大石先生何してたんれすか~?」


「……保永先生も何をしてたんですか?」


 先ほどまで数本しか空いてなかったはずの缶酎ハイは、すでに十本を越えていた。

 この数分で一体どれだけ飲んだんだと思いながら、大石は愛奈の手から缶酎ハイを奪い取る。


「これ以上は本気でヤバイんで、没収します」


「え~なんれれすか~」


「もうろれつが回ってないじゃないですか、送って行くので」


「ん~……もうたてないれす……」


「はぁ……じゃあ、少しベッドで休んで下さい。ほら水飲んで……」


「ん……おおいしせんせぇ……わらしにへんなことするきでしょ~?」


「しません」


 酔っ払ってヘベレケ状態の後輩を襲う趣味を大石は持っていない。

 肩を貸して、隣の寝室に愛奈を連れて行き、ベッドに寝かせる。

 

「ん……せんせぇのにおいがします~」


「え? このまえ布団干したばっかりなんですけど……」


「そういうことじゃないれすけど……」


 愛奈は酔いが回ったのか、そのままベッドで横になり眠ってしまった。

 

「はぁ……こんなのうちのクラスの男共に見つかったら大変だな……」

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