このアンドロイドは猫である
scene 1
我輩は猫だにゃん、と、かの有名な夏目漱石の名著「我輩は猫である」の冒頭を引用しても、今更ながら、にゃん、と読者に媚びてみても仕方がないだろう。しかしながら私は猫である事に変わりはない。そう私は「猫であるように」インストールされた人間型アンドロイドなのだから。私の名はミミ。通称というか正式名称はPPI330。最新型ではないが国内では3割のシェアを誇っているアンドロイドだ。普通なら人間の変わりとして人間らしいようにプログラムをインストールされるのだが、あろうことかご主人様は私に猫として猫のプログラムをインストールした。だから、にゃん、である。にゃん、にゃおーん、にゃー、ふぎゃー、ぐるる、と言葉もそれしか発せられない。ああ、猫なのに人間ぽい思考をしているのは猫であっても人間型アンドロイドのせいである。ご主人様が何を思って猫のプログラムをインストールしたのかは知らない。だけど思うのだ。ご主人様はただ一つ愛玩できる何かが欲しかったのだと。その証拠に私は愛されている。ご主人様が私を呼ぶといつも頭を撫でては嬉しそうな顔をする。その顔を見て私も幸せになる。至福の瞬間だ。他にもいっぱいそのような事があるのだが、ああ、私は愛されているんだな、と実感できる。猫だから仕方がない。そんなご主人様と私の日々は惚気でいっぱいであり、これからその惚気を記する事を許してもらいたい。ちなみにご主人様の家に住んでから3ヶ月になる。
朝。まだ寝ているご主人様を起こすという名目でご主人様の布団に入る。布団の中でにゃおにゃおにゃおーんと鳴くとご主人様が眠りから覚めて、まず一番に、どうしたの寂しかったのと私の体と頭を撫でる。そしてチュー。私は嬉しくてくすぐったくて仕方がない。私の幸福な1日はこうして始まる。ご主人様が布団から出ると私はそれに付いてってご飯を待つ。アンドロイドなんだから本当は食事がいらないのだが、ここはご主人様の意向に従ってご飯をたべる事にしている。あ、ミミと呼ぶ声が聴こえる。付いていくと差し出されたのは私専用のご飯だ。私はそれを食べる。ミミちゃんおいしいでしゅか、とご主人様が言うので、にゃおん、と答える。何も赤ちゃんに言うような感じで話さなくてもいいと思うのだが、私は猫だから仕方がない。食事の後はかまってかまっての時間だ。つまり遊びの時間である。ご主人様がねこじゃらしを持ってパタパタする。猫であるようにプログラミングされた私は習性でついねこじゃらしを追ってしまう。楽しい。傍目からして大人二人が子供のようにじゃれているようにしか見えないのはさておき、ご主人様が私を抱き寄せまたもチューをする。私はこのチューが大好きだ。できるならば一日中チューしたい。これがプログラムの仕業であっても嬉しいものは嬉しい。嬉しい事には逆らえない。もう一回してと甘えてまたもチュー。こうして朝の時間は終る。ご主人様が仕事に行く時間だ。ご主人様が名残惜しそうに私を引き離し、今日もいい子にしているんだぞミミ、と言う。もっと遊んでほしいのだが仕方がない。玄関でご主人様を見送りする。
昼。何もすることが無いので充電する。体は機械なので充電が必要になる。昼はもっぱら充電と寝る時間だ。構ってくれる人がいないとやっぱり寂しい。
夜。ご主人様が帰ってきた。一目散にご主人様に駆け寄りお帰りなさいのチューをする。至福の時だ。寂しかったかーそうかーとご主人様は頭をなでなでする。嬉しいったらありゃしない。ここぞとばかりに好き好き攻撃で甘えまくる。ご主人様が眠るまでそれが続く。
と、まあこんな感じの1日である。私はこの現状に満足している。猫だから。ずっとこんな日が続くと思っていた。ただ単に人間と猫の関係でいられれば良かった。転機が訪れたのはここ一ヶ月の事である。
朝、いつものようにご主人様を起こしに布団に潜って甘えるとご主人様はいつものように声を掛けてくれると思ったのだが、違った。いきなり飛び起きて朝の支度をする。どうしたの? とにゃんと鳴いてみても返事が無い。甘える隙も無くご主人様はそのまま仕事へと行ってしまった。これはどうした事かと猫の頭で考えてみても答えは出なかった。ただ今日は忙しいんだな、とかしか思わなかったが、夜にご主人様が帰ってきてもそっけないのは変わりが無かった。またもや考えるも答えは出ない。
ご主人様と私は飼い主と猫の関係。だが、傍から見れば大人2人。それがどういう事か私にはまだわからなかった。
明くる日、今日はご主人様が一日中家に居る日だった。ということは一日中甘えられる日でもある。朝から構って構って攻撃を仕掛けるとご主人様は遊んでくれるのだが、その表情がいつもと違う気がした。にゃん、と可愛く鳴いてみても反応がいつもと違う。ご主人様が大事な話があると言うと私をテーブルの椅子に座らせた。実はだね、とご主人様。そして、ミミ、君の事が人として好きになってしまったんだよ、と言った。猫である私は良くわからない。とりあえず、にゃん、と首を傾げた。人型アンドロイドだから言っている言葉は理解できても猫としてプログラムされた頭ではどうにも分からない。いつも愛し愛されていたしそれでいいと思うのだが、ご主人様は違うようだった。ご主人様は君がわからないのはわかる、でも人としてアンドロイドとして好きになってしまったんだ、というと泣いてしまった。
人と猫。その差は絶望であった。ご主人様は私をリプロミングして人間として扱えるようにならないかと探ってみたが一度セットしたプログラムはどうやっても変える事ができず、このまま猫として扱うか処分しかないという。私は猫だから分からない。ただご主人様の話を聞き流すしかできない。
それから奇妙な生活が始まった。いつもと変わらないがいつもとはどこか違う。私を猫として愛でるのではなく人として愛でるようになった。でも私は猫だから猫としての振る舞いしかできない。そうして何日か過ぎたところでご主人様は疲れ果てた顔をして私を大きいトランクに詰め込んで外に出かけた。着いた場所はアンドロイド専用の保健所だった。つまり殺処分である。ご主人様はミミを人として扱えないのならいっそいなくなったほうがいいと考えた結果だった。そうして私は檻の中に入れられ殺処分を待つ身となった。一週間引き取り手がなければ殺処分される。檻の中では私の他にも何体かのアンドロイドが居た。みんな絶望的な表情と瞳をしていた。そんなアンドロイドの一体が、やあ、君も捨てられたのかい? と声を掛けられ、にゃん、と頷くように答えた。そうか、猫の言葉しか喋れないんだね、とそのアンドロイドが言った。会話はそれだけだった。
一日一日が過ぎ、そろそろ殺処分も近くなった頃、目の前に誰かが現れた。それは紛れも無くご主人様だった。ごめんねごめんね、猫でもいいから愛してるよ、いや愛させてくれと言いながら私を檻から出して抱き上げた。久しぶりの抱き上げる仕草につい、にゃおーん、と鳴いた。ミミを捨てるなんてできなかったとご主人様が言い、私は殺処分される事無く助かった。
それからは元の生活に元通り。朝、私はご主人様の布団に潜りこんで起こす振りをして思う存分甘える。人であっても猫であっても愛し愛される事には変わりは無い。
我輩は猫だにゃん、とかの有名な夏目漱石の名著「我輩は猫である」の冒頭を引用しても、今更ながら、にゃん、と読者に媚びてみても仕方がないだろう。しかしながら私は猫である事に変わりはない。私はこの猫の日々が大好きである。
scene 2
にゃおーん、と甘えてみる。ご主人様は私の顎をごろごろする。もっともっと、ごろにゃんと甘える。ご主人様は私の頭をなでなでする。頭なでなでなでなで好きにゃ。たまにはツンとぷいっとしてご主人様を困らせてみる。困ったご主人様はあの手この手で私の気を引こうとする。毎日がこんな感じで過ぎていく。事件らしい事件も起きてないし平和な毎日である。
変わった事と言えば人間として好きだとご主人様に告白されて、ご主人様は迷った挙句保健所に私を連れて行きそのまま殺処分にされかけた事だが猫の私はそんな事はすっかり忘れて今日もご主人様に甘えて逆に甘えられている。蜜月というのだろうか、そんな日々を送っている。
私はミミ。通称というか正式名称はPPI330。最新型ではないが国内では3割のシェアを誇っているアンドロイドだ。普通なら人間の変わりとして人間らしいようにプログラムをインストールされるのだが、あろうことかご主人様は私に猫として猫のプログラムをインストールした。だから猫なのである。人間型のアンドロイドで猫なので室内で飼われている。外に出ることはない。猫なのに人間ぽい思考をしているのは猫であっても人間型アンドロイドのせいである。
さて今回はご主人様を観察しよう。今よりももっとご主人様に可愛がられるように。
今は朝。いつものようにご主人様を起こそうとご主人様が寝ているベットに潜り込む。寝ているご主人様の顔をぺろぺろするとご主人様はもそもそと起きて、なんだいミミちゃん、という顔をする。そうしてまた二度寝しそうになるので、にゃおん、あおん、と鳴いてご主人様を強引に起こす。そうしてご主人様はベットから出て私の頭を軽く撫でる。毎日がこんな感じだ。
毎日がこれではつまらないから今日はご主人様の上に飛び込んでご主人様の反応を見よう。
いざ、3、2、1。飛び込む。猫とはいえ人間サイズのアンドロイドが飛び込むとご主人様がうわあああとびっくりして叫んで飛び起きた。そして、何だいどうかしたのかい、と言った。この反応は私もびっくりだが悪くない。一発で起きるのでたまに使ってみようと思う。
次にごはんだ。いつも食べているキャットフードに仕立てたごはんをプイっとして食べない。するとご主人様は困った顔をしてうろたえる。何がわるいのかなあ、飽きたのかなあ、と言っている。そこで私がおずおずとごはんを食べ始めるとご主人様はほっとした顔を浮かべた。うんうんにゃるほど。こんな反応をするのか。
次はご主人様が仕事に行くまでの遊びの時間。ご主人様が何やってもツーンとしてみる。いつもやっているボール遊びにもツーンとし、ねこじゃらしにもツーンとしてみるが猫の習性でねこじゃらしにはつい反応してしまう。今日はねこじゃらしが好きだねとご主人様が言う。うう、こんなはずではなかったのに。くやしい。
そろそろご主人様が仕事なので見送る事にする。出かける時にはチューをするのが日課だ。ここではツンとするわけではなく素直にチューをする。ああ幸せ。
ご主人様が出かけてる間は充電と昼寝タイムだ。充電は尻尾がコンセントで尻尾をプラグに刺して充電する事になる。充電すると頭がスリープモードになって寝てしまうというわけだ。人間型アンドロイドには本来しっぽが無いのだがオプションで付けている。そうしてご主人様が帰るまでそうしている。
夜、ご主人様が帰ってきた。甘えたくて甘えたくて、ごろろ、きゅうん、にゃーご、と鳴きながらご主人様に近寄る。ご主人様は、寂しかったのかい、と頭と背中と腹を撫でてくれた。えへへ、嬉しい。観察すると言ってこんな感じなのは申し訳ないが本能には逆らえない。
ご主人様が帰ってから寝るまではごはんと遊びタイムだ。私はもう観察する事はやめて一生懸命遊ぶ。嬉しくて仕方が無い。
そうして今日が終る。ご主人様が寝てからまた充電で眠る事になる。なんて幸せな一日だっただろう。明日も幸せだったらいいなと私は眠りに付く。
last scene
朝、充電のスリープモードから目が覚めると両手両足が縛られていた。何が起こったのかわからない。不快なので、ふー、ぎゃあ、と鳴くとご主人様は、ようやく起きたね、おはよう、と私に声を掛けた。これはどういうことなのか。いくら騒いでみてもご主人様は手足を開放しようとしてくれない。ご主人様は縛られた私の横でかちゃかちゃと何かの準備をしている。そして、今日はだね、ミミを解体しようと思うんだと話し出した。何が起きているのか、ご主人様は何をこれからやろうとしているのかわからない。ただ、解体という言葉が耳に残った。
「前に言ったじゃない? 僕は人間として君のことが好きなんだって。それがミミの体かもしれなかったり、頭だったり、もしくは表情かもしれない。だから解体してみて僕がミミのどの部分が好きなのか調べたいんだよ。」
ご主人様が何を言っているのかわからない。理解しようとしても理解できない。
「前に保健所に連れて行った時を思い出せるかい? あの時僕はミミがいなくなればミミを好きになってる自分を忘れる事ができるかもしれないと思ったけれど無理だった。この好きという心がどこにあるのか、ミミに惹かれるのは何故なのかって」
ご主人様が取り出したのはチェーンソーだった。エンジンを掛けブインブインと回す。
「まずは足からだね。痛いかもしれないけれど我慢するんだよ」
そうしてチェーンソーを私の左足に当てガリガリと切断していく。私は恐怖と足の痛みに、ぎゃああああああ、と叫ぶしかできなかった。
「僕がミミを好きなのは足じゃない事がわかった。次はどこかな」
ご主人様は次々と私の体を切り刻んでいく。指、手、腕。これじゃない、と言いながら。そうして残ったのは頭だけだった。
「やっぱり頭なのかな。いつも何を考えているのかわからないから惹かれるのかな。ミミ、どう思うかい?」
そうご主人様が嬉しそうに言うので、恐怖に怯えながら私も笑った。
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