高丈(開墾足袋)

16 海岸


   大きな流木に腰を下ろし飯を食べながら話している金次郎、山内他三名。


山内

 なるほど。

 吉良とはそれ程信用の置ける男なのか?


金次郎

 はい。

 私の知る限り、平治郎ほど誠実な男はいないと思います。


山内

 では、遭難に間違いない……と?


金次郎

 どういう意味ですか!?


山内

 いや、警察としては様々な可能性を考えねばならんからな。


金次郎

 ありません!


   人足三人驚き、金次郎を見る。


金次郎

 吹雪を避けて親戚を頼る事はあっても、平治郎に限って絶対にありません!


山内

 そうか……二十日は吹雪だった。

 事件に巻き込まれた可能性は少ないと思うが……一応、各駅にも手配をしておこう。


金次郎

 ……はい。




17 高山たかやま 山中


   胸まで雪に埋まり、息荒く前進する中野と山口。


山口

 中野書記官。


中野

 なにか?


山口

 逓送人は、あの吹雪の中、こんな山道を通ったのでしょうか?


中野

 十九日はそれ程吹雪いてはいなかった。

 測候所の資料を見せてもらっただろう。

 二十日午前二時、気温れい四・三度。

 風速十・八メートル


山口

 はい。

 確かに逓送人が局を出た時は、決して猛吹雪というのではなかったですが……。


中野

 だからこそ、私は山道で遭難したのだとみている。


山口

 しかし、この雪では我々二人で探し出すのは不可能に近いのでは……。


中野 …………。


山口

 書記官。


   黙々と先へ進む中野と、必死に後を追う山口。




18 海岸 夕方


   山内、金次郎他三名、捜索中。

   山内、時計を確認。


山内

 もう十六時か……。


   と、夕日を見やる。

   金次郎、山内に歩み寄る。


金次郎

 山内巡査……。


山内

 うむ、今日は一旦戻ろう。


金次郎

 はい。




19 またとき 夜


   息荒く、集落に辿り着く中野と山口。

   民家を訪れ、中へ入って行く。


ナレーション

 捜索初日の二十三日は、こうして暮れた。




20 平治郎の家 中


   闇の中、八郎を抱きながら祈るミノ。


ナレーション

 平治郎の遭難から既に三日。

 この日、手掛かりは何も見つからなかった。




21 昆布森郵便局 外 朝


   中野、山口やって来て戸を叩く。

   咳き込みながら鬼武局長が出てくる。


鬼武

 ああ、中野書記官。


中野

 おはよう。


鬼武

 さぁ、中へお入り下さい。


   と、二人を中へ誘う。




22 昆布森郵便局 中


   相変わらず咳き込んでいる鬼武。


中野

 早速ですが、釧路局とは連絡が取れてますか?


鬼武

 本日はまだ……(咳)


中野

 では、こちらの状況を。


鬼武

 はい。

 昨日来、山内巡査と逓送請負人 石黒金次郎他数名で浜伝いを捜索しておりましたが手掛かりなしです。


中野

 浜伝い?


鬼武

 ええ。

 荒天の折は浜伝いに行くのが常ですから。


中野

 山道の方は?


鬼武

 石黒が昨夜、桂恋まで逓送人の縁者を訪ねて消息を尋ねた所、青年団を中心に捜索中であるとの事で、はい。

 本日は石黒も山内巡査と共に参加しております。


中野

 昆布森からの捜索隊は出ていないのですか?


鬼武

 は?


中野

 石黒は昆布森局の請負人ではないのか?


鬼武

 はぁ……。


中野

 昆布森の青年団はどうなっていますか?


鬼武

 それが……。


   中野、鬼武をじっと見詰める。


鬼武

 それが……断られまして……。


中野

 今、なんと?


鬼武

 ……断られたんです。

 あ、駐在さんにお願いしています。

 きっと……きっと青年団を口説き落としてくれています。

 はい。


中野

 では、駐在所へ行きましょう。

 詳しい打ち合わせはその時に。


鬼武

 はい。




23 高山 山中


   深い雪の中、捜索隊が棒やスコップなどで捜索中。

   川村、雪の中から黒い物を発見。


川村

 ?


   荒い息で必死に掘り起こす。


川村

 おぉい!


   声に気付いて男たちが集まってくる。

   その中に多助もいる。


青年1

 どうした?


青年3

 何か見つけたのか?


   川村、発見した物を突き出す。

   破れたたかじょう開墾かいこん足袋たび)だ。


多助

 高丈か……破れてるな。


青年3

 それがどうかしたのか?


川村

 あ、いや……吉良さんのじゃねぇかと思ってな。


   間。


多助

 そんな馬鹿な……。


青年1

 いや……それでも昨日から捜して初めての発見だ。

 手掛かりかどうか、カミさんに確認してみるベ。


多助

 お、おぉ……。




24 昆布森駐在所


   織田巡査、電話中。

   そこに鬼武に連れられてやって来る中野と山口。


織田

 はい……はい。

 そうです。

 ……えぇ、そういう事で、はい。

 是非役場の協力をと……はい。

 よろしくお願いします。


   受話器を置いて、三人に気付く。


織田

 お。

 鬼武局長。


鬼武

 織田巡査……あ、こちら釧路郵便局から来られた……。


中野

 書記官の中野です。


山口

 局員の山口です。


織田

 これはこれは。

 ご苦労様です。


中野

 早速ですが、状況の確認を。


織田

 はい。


   と、奥へ案内。


織田

 えー……昆布森駐在に第一報が入ったのは昨日午前十時頃、逓送請負人の石黒金次郎からでした。

 その後、釧路署からも電話があり、昆布森局からも鬼武局長直々にここに来られて……。


   鬼武、咳き込む。


中野

 大丈夫ですか?


鬼武

 すいません……数日前から風邪をこじらせておりまして……。


中野

 釧路局への第一報は釧路警察署からでした。

 報せを受け、私とこの山口が先発隊として出発。

 春採で逓送人の妻および関係者に聞き取りをして、山道を通り又飯時で一泊しました。


織田

 山道を。

 ……大変でしたでしょう。


山口

 ええ、又飯時に着いたのは午後十時でして、それはもう我々が遭難するのではと……。


   中野、咳払い。


織田

 釧路署から山内巡査が訪れ、昨日から請負人石黒他三名と捜索しておりますが今の所手掛かりは見つかってないようです。


中野

 逓送人行方不明までの経緯ですが……。


鬼武

 あ、はい……吉良逓送人は、十七日に臨時逓送人として職務に就き、職務三日目の十九日、昆布森を出発。

 行方不明となっております。


   中野、山口を振り返る。


山口

 十九日深夜日付の替わる頃、逓送人は釧路局に到着しております。


鬼武

 日付の替わる頃ですか?


織田

 何か問題でも?


鬼武

 通常十一時には着いているはずで……。


山口

 馬の負傷で徒歩だったからではないでしょうか?

 逓送人は、左手左足が不自由でしたし……雪も積もっていました。

 道中相当困難だったと思われます。


鬼武

 なるほど。


中野

 二十日深夜れい二十分過ぎに釧路局を出た後、逓送人は自宅に立ち寄り、芋粥を食べて一番鶏の鳴く頃に出立したとの事です。

 これを最後に行方知れず。


織田

 本日まで手掛かりなし……か。


   間。


中野

 捜索状況ですが。


織田

 山内巡査が本日の出発前に確認した所によりますと、釧路郵便局から四名と猟犬一頭、春採青年団が十六名、桂恋青年団からは十二名が山道を昆布森方向に捜索中との事です。


中野

 昆布森からは?


織田

 それが……。


鬼武

 駐在さんの頼みでも駄目だったんですか?


織田

 ええ……実は、昆布森青年団に捜索の協力を頼んだんですが……その…………逓送人が……アイヌであるという事で……。


鬼武

 団長の遠藤くんは話の判る青年な筈ですが……。


中野

 判りました。

 私が改めて依頼に行きましょう。


鬼武

 書記官が?


中野

 アイヌを捜すのが嫌だというなら、彼らには郵便物を探してもらう事にしましょう。


山口

 ?

 同じ事なのでは?


中野

 まぁな。

 しかし、ものは言い様だ。


織田

 村役場には応援を頼み、人を出してもらえる話がついております。


山口

 では、早速青年団へ行きましょう。


織田

 私も行きましょう。


鬼武

 私は一旦局へ戻ります。

 何か発見の報せがあるかも知れません。


   全員立ち上がる。

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