振り返ればあの時ヤれたかも

後藤紳

第1話 走馬灯とか言われてもピンとこない

 人間、死ぬときには走馬灯のように過去のことを思い出すという話がある。


 走馬灯ってなんだ。

 漢字だけで想像しようとすると頭に懐中電灯か何か付けた馬が走り回ってるような絵しか浮かばない。


 以前検索してみた事があるが、回り灯籠とか舞灯籠とか呼ばれるものらしかった。

 灯籠がわからないのでさらに検索してみたけれど、結局、現物を見たことはないのでどうにもピンとこない。

 二十一世紀にもなって久しいのだから今の若い人にも理解出来るものに言い換えてはどうだろうか。


 人間、死ぬときにはスライドショーのように過去のことがスクショで連続再生される、とか。


 ほら、わかりやすい。

 うん、まあ今はそんな事を言っている場合じゃないのだけど。

 何しろ、俺は今死んでいるらしいのだから。


「下田柊一さん、残念ながら貴方はお亡くなりになりました。つきましては……」


 広い、真っ白な部屋の中で、俺はいつの間にか立ちすくんでいて、そして目の前に真っ白なドレスを着た女性がいる。

 しかもその人に死亡宣告を受けている。

 ドレスというには上半身の露出が激しく、特に胸の辺りをやたらと強調するようなデザインになっているため、自然と視線がそこに集まる。

 部屋は壁も床も真っ白で、目の前の女性以外に本当に何もないので視線はどっちにしろ集中する。

 その中で白くない部分が顔か胸の辺りに集中しているのだから、そこを見てしまうのは仕方がない事と言えよう。


「死んでるっていうのは、どういう……?」

「心肺の停止、体温の低下、死後硬直の発生、ならびに腐敗の……」

「一般的な死亡状態の概念じゃなくてね、俺がどうして死んでいるといわれなきゃならないのかっていうね、そういう事なんだけどね」

「貴方の肉体が、既にそういう状態であるということです」


 そりゃあしょうがないね。

 行方不明だとかそういう事じゃなくてまあ腐り出したらそりゃあ死んでるっていわれるよね。


「いやだからなんで俺の体そんな事になってるのかっていうね! ていうかそしたら俺は何なの? 腐ってないよね? 精神的には今大分腐ってるけどねってやかましいわ」

「現在霊魂が肉体から離れてこの空間に固定されている状態です」

「スルーかい」

「特に音量は大きくありませんでしたが」

「うん、なんでもないです」


 この人にツッコミを期待したりするのは止した方が良い事はわかった。


「死亡の原因を知りたいという事でしたら、トラックに挽かれた事による肉体の損傷という事になるでしょうか」

「……あ」


 そういえばそんな事が、あったような。

 走馬灯改めスライドショーの再生は始まらなかったが、死ぬ直前の記憶は蘇った。

 そうだった。トラックに挽かれたんだ。

 白い犬が道路に飛び出したのを見て、うっかり助けようとした所までは思い出した。


「白いビニール袋を追いかけて道路を飛び出した貴方はトラックに挽かれてしまいました」

「え?」

「白いビニール袋を追いかけて」

「いや二度言わなくてもわかるから」

「聞き返してきたので理解出来なかったのか、聞こえなかったのかと」

「聞こえましたよ! バッチリ聞こえましたよ!」


 ビニール袋。

 いや、あれは犬だった。サモエドとかの。

 たぶん犬だと思う。

 犬だったんじゃないかな。

 まあ、ちょっとは覚悟しておく。


「おかしいなー俺は道路に飛び出した犬を追いかけたと思ったんだけどなー」


 チラッチラッ。

 横目で女性を見るが、まるで表情を変えずに返答してきた。


「ビニール袋でした」


 もう少しこう、表情を和らげてくれると、もっと可愛く見えるんじゃないかな、この人。

 あと優しい言葉をかけてくれるとなお、可愛く思えるよな。

 蒼く澄んだ瞳が僕を真っ直ぐに見つめている。

 その表情は、ほぼ、無だ。

 興味がないなら興味がないという感情が顔には出るものだけど、この人からはそんなものすら感じ取れない。

 事務的というよりは機械的に処理しているような。

 バーコードを何枚も見た所でその違いにいちいち感情を動かされないような。


「つきましては、この後の処理として」

「あ、進んじゃうんだ、話」


 本当に機械的に話を処理しようとしてる。


「転生のパラメーター処理の前に、思い残した事がないのかを確認したいのですが」

「え?」

「転生のパラメーター処理の前に、思い残した事が」

「いや二度言わなくても聞こえてたから!」

「ではなぜ聞き返したのですか」

「情報量が多すぎるだろその言葉!」


 転生するの?

 パラメーター処理って何するの?

 というかパラメーターって何?


「貴方はこれから別な世界へ転生して頂きます。そちらでは特殊な能力を使い、魔王を討伐して頂かなければなりません」

「魔王を」

「貴方はこれから別な世界へ」

「いや三回もやらなくていいから!」

「いえ、二回しか話しておりませんが」

「あ、うん、そうだね……」


 多分この人に天丼とか言ってもわかんないんだろうなあ。

 とにかく、何となく話はわかった。

 あれだ、チート能力で異世界に転生して女の子にモテモテになれる奴だ。

 きっとそうだ。

 モテるとは一言も言ってないけどきっとそうに違いない。

 まさかそんな事が現実に起こるとは思わなかった。男子高校生が見る夢ナンバーワンの事象じゃないか。


「まったくもって神か」

「はい」

「あ、いやそうじゃなくっていうか、え? そうなの? 神なの?」

「あなた方の概念に合わせるなら、神と呼ばれる存在が一番近しいものでしょう」


 マジか。

 もっとも、そうでもなければこんなシチュエーションを用意出来ない。

 この現実味のない真っ白な部屋も、普通に作れるものではないだろう。


「思い残した事はありませんか」

「あると何か問題があるの?」

「今までの人生の記憶が残ったまま転生しますので、前世におかしな遺恨があっては新たな世界での冒険に支障を来す恐れがあるという事です。また、パラメーターの調整にも影響を及ぼす可能性があるとの事です」


 もう今までの人生が前世扱いされてるのが違和感。

 さっきまで生きてた人生ですよ?

 もう気持ちを切り替えて新しい人生に目を向けようと?

 新しい人生って比喩でも何でもないし。


「突然帰りたがったり、何もかも投げ捨ててしまったりして討伐を諦める人もいました」


 過去にそういう例が出たから対応してるというわけか。

 心残りがあるといえば、ある。

 今日俺が出かけた事と関連する。


「俺、トラックに挽かれなかったら、やりたい事があったんだよ」

「それは無理です」

「うん、まだ俺何も言ってないよね?」

「貴方の人生はトラックに挽かれた所で終了してしまいました。それ以後の事は干渉出来ません」

「じゃあどうしようもないじゃん」


 やりたかったのは、女子に告白する事だった。

 莉奈という名の幼なじみで、ずっと好きだった人。

 今日、勇気を出して呼びだして、そこに向かっている途中でトラックに挽かれたのだ。

 これ以外に、特に心残りといえるような事はない。

 これが解消されないというのなら、もうどうしようもないのだが。


「過去であれば、改変が可能です」

「マジで。じゃああの時とか、あの時とか……」


 莉奈とは家も近いしよく会っているので、過去にも何度かチャンスはあった。

 過去に戻れるというのなら、その辺りに飛び込めば、もしかしたらチャンスがあるかもしれない。

 あれは、いつだったか。


「ああ、そうそう。去年の春にさ、もう高校二年生になるし、受験とか色々始まる前にって思ってね」


 一応、目の前の女神に話しかけているつもりなんだけど。

 瞬きもせずに俺を見つめるだけで相づちを打ったり表情を変えたりするつもりもなさそう。

 聞いてないのかなと思って一歩動いたら視線は付いてくる。

 何この人。怖い。


「ラインで近所の公園に呼びだして、桜見ながら告るかーってやったんだけどね」


 もちろんそんな気楽な雰囲気で切り出した訳じゃない。

 何日も前から色々と計画を練ったり、眠れない夜を過ごしたりしながら、何度もメッセージを書いては消してを繰り返していたのだけど。


「それはいつですか」

「聞きたいところは日時だけ?」

「他に聞くべき事が?」

「いや……ええと、去年の四月の……一六日かな、日曜日だったから」

「そうですか」


 聞いておいてその薄すぎるリアクションはどうなの、と思ったのもつかの間。

 顔に何かが飛んできた。

 何もない空間のはずだったのに、どこから飛んできたのだろうか。

 手に取ってみると、それは小さな白い花びらだった。


「しゅうちゃん、どうしたの?」

「え?」


 花びらに視線を落としていると、突然聞き覚えのある声がした。

 さっきまで話していた謎の女神ではない。

 顔を上げると、そこには莉奈がこちらを不思議そうな顔をしてのぞき込んでいた。


「え!」


 若干素っ頓狂な声を上げてしまった。

 莉奈だけではなく、その背景には桜の木があり、池があり、ベンチがある。

 目の前には、近所の公園の風景が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る