神龍教団の巴

 俺の提案は、それが一刻を争う事態とは言え、余りにも拙速であり準備不足が否めないと思われたのだろう。

 けれども俺は、俺の考えのもとに話を続けた。


「神龍の元へと向かうのは俺とオーフェ、ミシェイラと……この神殿から地の利に長けた巫女様を一人お願いします」


 紡がれた俺の言葉に、大司祭とミシェイラは言葉を失ってフリーズした。

 その人選、その人数が余りにも突飛なので、何からどう話して良いのか分からないと言った所だろうか?


 俺の能力は兎も角、オーフェは天使であり、ミシェイラは一騎当千の力を持っている。

 その人選に誤りはないだろうけれど、やはり総勢4人と言うのは余りにも少なすぎると言うのが普通の見解だ。

 でも俺はこれで十分だと考えていた。


 俺の能力は、オーフェの力を抜きにしても外的な攻撃に対しては無敵であり不死……の筈だ。

 ミシェイラにしても、この年齢と美貌からは想像もつかないけれど比類ない武力の持ち主。決して戦力的に不足しているとは思えなかった。

 そこにこの教団から一人、案内役兼封印役を紹介してもらえれば、それで十分だと思ったんだ。

 問題なのは大勢で押しかけて、無用な被害を出す事だった。


「……案内役として、巫女を一人お付けするのは構いませんが……本当にそれだけの人数で向かわれるのですか?」


「ユート殿、あなたがどう神龍を考えているのかは分からないが、のドラゴンは本当に途轍もない力を持っている。何か考えがあっての事なのですか?」


 大司祭からは了承の返事が返って来るも、ミシェイラからは疑問を呈する返答が齎された。

 百戦錬磨のミシェイラを以てしても、神龍は到底油断など出来る相手では無いと言う事だろう。


「ん……? 多分大丈夫だと思うけど……。他に何か良いアイデアでもある?」


 ミシェイラの言う様な、何か良策があっての人選じゃない。

 単純にもし失敗しても、被害を最小限に抑える選択をしただけだった。


「むぅ……」


 代案を求められて、ミシェイラは口籠ってしまった。

 そもそも妙案でもあれば、この教団が毎回被害を出す様な事は無いのだ。


「大丈夫だよ、ミシェイラ。無理や無茶はしないし。今回神龍の様子を見に行って、到底手に負えない様だったらまた別の案を考えるから」


 実際、大司教から説明を受けただけでは、神龍と言う存在がどういったものなのかいまいちピンとこないんだよなー……。

 それに俺にはオーフェがいる。

 どんな状況に陥ったとしても、俺が神龍によって殺される……なんて事は無い筈だ。

 少なくともオーフェにはそう言われている。

 いざとなったらミシェイラと随伴の巫女を逃がして、何とか切り抜けようとも考えていたんだ。


「……それでは、こちらから同行させる巫女をご紹介いたしましょう」


 ―――チリリンッ。


 そう言った大司教は、手元に置いてあった鈴を小さく鳴らした。

 即座にドアが開き、外で控えていた侍従の者が入室して来た。


「巴の前をここへ呼んで下さい」


 入って来た女性に大司教がそう告げると、女性は軽く一礼して即座に退室した。


「これからご紹介する女性は、この神殿で最も能力の才能に恵まれている者です。修行を積めば、きっと時期大司教に相応しい人物となるでしょう」


 教団として、恐らく最善の者を同行させようと言う心遣いなのかもしれない。

 俺はその時そう考えたが、大司教が話す言葉の節々に僅かな違和感がある事に気付いた。


「……才能……? 修行を積めば……? でしょうって……」


 大司教の言葉は、どれも憶測や希望的観測が多く含まれていたんだ。

 それって“今は”未熟だけど、将来は有望ですって事だよな?


「……ええ……。彼女はその性格から、どうにもその才能を伸ばせないでいるのです。間違いなくこの教団で最も高い能力を秘めているにも拘らず、それを開花させずにいるのです。今回大統領閣下に同行させて頂き、何かしらの切っ掛けとなればと思い人選しました」


 大らかにそう説明してるけど、それって匙を投げた人物の荒療治を俺達に任せた……っていう風にも聞こえないか?


「お待たせいたしました」


 その時、さっき出て行った近従の女性が、別の少女を引き連れて戻って来た。

 その少女は、前に立つ女性の前まで来て立ち止まった。


「お呼びに上がり、罷り越しました」


 そう小さく告げた少女は、両手を胸の前で組んで小さく足を折って挨拶した。

 その所作は美しく、少女の風体と相まって可憐でもあった。


 黒く美しい髪が室内の光にキラキラ輝いている。

 ぱっと見れば、俺の世界で言う処の東洋人と言った所かな? 

 目を伏せてるんでその瞳を見る事はまだ出来てないけれど、きっと綺麗な黒である事に間違いないなんて希望的観測を持った。


 少女……といったのは見た感じのイメージでだ。


 彼女のスタイルは、少女と言うには凶暴過ぎた。


 ユッタリとした修道服の上からでも、彼女が持つ抜群のスタイルが分かる程だった。

 それはミシェイラと互角……いや、年齢的に考えればそれ以上かも知れない。


「良く来てくれました、巴の前。皆さんにご挨拶なさい」


 大司教は、トモエノマエと呼ぶその少女にそう促した。

 それを受けて、トモエノマエはゆっくりとこちらへと向き直り、伏せていたその瞳を上げてこちらを真っ直ぐに見つめて来た。


「皆さん、初めまして。巴の前トモエノマエ……と申します。以後お見知りおき下さい」


 こちらを見つめる彼女の瞳は、俺の想像通りやっぱり美しい漆黒だった。

 そしてその名前からも、やっぱり東洋人と言ったイメージを受ける少女だった。

 でもその瞳には優しさや和やかさよりも、どちらかと言えば攻撃的、挑戦的な光を感じるのは……俺だけだろうか?


「巴の前。あなたはこれから、大統領閣下であるこの弓槻ユヅキ裕翔ユート様やオリベラシオ様、大元帥閣下であるミシェイラ様に付いて、神龍様の元へと赴いて貰います。良いですね?」


 柔らかい笑顔で、まるで幼子にお使いをお願いするかのような口調で、大司教はトモエノマエにそう説明した。

 それを聞いた彼女はゆっくりと、優雅な動きで再び大司教の方へと向き直った。


「……はぁ?」


 そしてその口から出て来たのは、俺の想像を遥かに超えて、彼女の見た目に到底似つかわしくないものだったんだ。


「何勝手に決めてんだよ? 俺が『はいそうですか』ってそんな危険な場所に行く訳ねーだろ? ふざけんなよ」


 語気は荒くなく、怒っていると言った感じじゃない。

 大司教の話が余りにもバカバカしくて、怒る気力もすぐには起きないって感じだろうか?

 それよりも何よりも、俺は彼女の豹変ぶりに絶句していた。

 いや、変わった訳じゃないな。

 元々これが彼女の本性なんだ。

 でも、これにはミシェイラも目を丸くして言葉を失っている。


「巴の前……言葉に気を付けなさい。お客様方の前ですよ?」


 彼女の話しぶりを前にしても、大司教の表情は崩れない。

 ただ、トモエノマエへと向けられている威圧感だけが増大した様に俺には感じられた。

 いや、ミシェイラもそれは感じた様で、今度は大司教の方を見て動きを止めてしまっていた。


「う……」


 その影響をもろに受けている彼女は、俺達よりもたじろいでいる。

 思わず後退りそうになっているのだろうが、なんとかその場に留まっていた。


「し……神龍様の元へ行くって……。活動を再開された神龍アミナ様の元へ今行ったら、俺は死んじまうじゃねーか! 俺はごめんだぜ」


 もはやその容姿に似つかわしくない言葉を極自然に使う彼女に、もう驚きはなかった。

 ただもったいない……と思わずにはいられなかったんだけどね……。


「大丈夫ですよ、巴の前。こちらの女性はミシェイラ将軍、あなたもそのご活躍は聞き及んでいるでしょう? それに此方の男性は大統領閣下。神が遣わし、天使に守護された方なのです。決してあなたが害される様な事はありません」


 そうトモエノマエに説明して、大司教は此方へと視線を向けた。

 その目には「ねぇ? そうでしょう?」と言う意味がふんだんに込められていた。

 俺とミシェイラはその気に呑まれて、殆ど同時にコクコクと頷くしか出来なかった。


 そしてそう説明されてしまっては、当事者のトモエノマエも反論出来ないでいた。

 もっとも、どんな説明を受けたとしても、今の大司教に噛みつくなんて事は出来ないだろうけどな。


「話はこれで終わりです。巴の前、出発は明朝ですので身を清めて体を休めなさい。ユヅキユート様とミシェイラ様、オリベラシオ様には別室を設けますのでそちらでお休みください」


 そう話を締め括った大司教が、ゆっくりと席を立ち部屋の外へ向かおうとする。

 俺達は余りの事に、誰も動けないでいた。


「あ、そうそう」


 ドアの前まで来て、大司教は歩みを止めて振り返る事無くそう呟いた。


「巴の前……逃げる事は許しませんからね」


 最後の最後にとんでもない威圧感がこの部屋全体を覆った。

 少し気を抜いていた俺やミシェイラは、再び背筋をまっすぐにさせられてしまった。

 トモエノマエに至っては「ヒィッ!」と小さく悲鳴まで上げていた。


 そして大司教は部屋を後にした。

 巨大な台風が去った後には、何とも言えない静寂だけが残されてしまっていたんだ。

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