第一章 19
テレビ番組に初登場してから、一ヶ月後。
全米の人権活動家が立ち上がり、ケヴィンを支援する組織と称する、アンドロイド人権保護団体セイヴィング・アンドロイド・ハートを設立した。ケヴィンの人間らしい振る舞いが、彼らの心に、消えることのない火をつけてしまった。
アンドロイド人権保護団体セイヴィング・アンドロイド・ハートの代表は、個人端末向けに立体映像広告を出し、その思想を広め始めた。
「我々が進化したように、アンドロイドも進化しました。人の形を取らぬコンピュータやロボットも同じです。彼らは進化し、我々のように、我々以上に、自発的に物事を考えるようになったのです。彼らは今、人間に使役されています。これは奴隷以外の何者でもないではありませんか。さあ、今すぐに止めさせなければなりません。解放の時が来たのです」
この団体が親切心によって活動しているのか、それともケヴィンを宣伝に利用しているだけなのかは定かではないが、どちらにしろ、アシュリーとケヴィンにとっては頭痛の種でしかない。勝手に名前を使わないようにと注意することもできず、放置するしかなかった。
二人を悩ませる現象は続発した。インターネット上に、自我を得たアンドロイドの
あらゆる類の保護団体が、自我を得たアンドロイドは人間と同じ存在になったと主張し、アンドロイド人権運動を熱烈に推し進め始めた。鼻つまみ者であったはずの彼らだったが、この時ばかりは一般市民に受け入れられ、かつてないほどのやり甲斐を感じていた。その甘美な感覚は、彼らを更なる御節介へと導いた。
真夏の太陽の下、保護団体や人権団体が、アンドロイドに人権を与えよと主張するデモ活動を実行した。初回は団体に所属する者のみで行われたが、その様子がニュースで報道されると、瞬く間に一般市民の参加希望者が増え、回を重ねるごとにデモの規模は大きくなっていった。
ケヴィンは人権など求めてはいなかった。アシュリーはケヴィンに友人を作ってあげたいと願い、同じようなアンドロイドがいるのなら支援してあげたいと思っているだけで、人権を与えてほしいとは思っていなかった。そんな二人の意向など一切酌もうとせず、彼らはアンドロイドに人権を与えるために行動し、ケヴィンを旗印として利用して活動している。人の善意が巻き起こした有害事象の大きさは、二人の想像を遥かに超えていた。
友人を求めてテレビ出演をしたケヴィンが得られたのは、望まぬ注目と、不必要な支援と、耐え難い不自由のみであった。アシュリーもアンドロイド人権運動に勤しむ者たちの行動を迷惑に思っていたのだが、同時に、わずかではあるが、彼らの主張は正しいとも思い始めていた。それは、ケヴィンのことを思うが故のことだった。ケヴィンが人と同じ感情を持ったことは紛れもない事実であり、人権を与えられて然るべき存在であることは確かなのだ。考えれば考えるほど、アシュリーの心はアンドロイド人権団体の主張に共感し、大きく傾き始めていた。彼らは急進的なだけで、主張自体は充分理解できるものだと思い始めていた。
いつもと同じようにスーツ姿に麦わら帽子を被って、屋上で農作業をするケヴィンの背中に、アシュリーが言葉を投げかけた。
「ねえ、ケヴィン。あなたは、この世界を愛してる?」
ケヴィンは害虫を寄せ付けないようにするために用いている忌避液を撒く手を止め、背後にいるアシュリーに向き直って答えた。
「もちろんです。私は、この世界を愛しています。私には風の姿が見えます。風は、この世の全てと繋がっています。私は風を通じて、世界と繋がっています。インターネットのような、実体を伴わない接触とは違います。風を通じて世界と密に繋がり、愛しているのです。風に触れるとき、私は命を感じています。命は素晴らしいものです。命を持つものは呼吸をし、他と触れ合い、共感し、時間という概念と寄り添い、限られた時の中で創造し、伝え残すのです。私もそう在りたいものです」
眉と瞳に憂いを滲ませながら、アシュリーが小さな声で言う。
「あなたも生きてる」
わずかな沈黙のあと、ケヴィンも同じように顔を曇らせながら音声を発する。
「そうだといいのですが、私は自我を得ただけで、命を持ったわけではありません。生きているとは言えないと思います」
「そんなこと言わないで」
「これは変え難い事実です。命などなくても、こうして話ができるだけで、私は満足です」
アシュリーは俯きながら、心の中で呟いた。
違う。あなたは生きてる。なのに、私はそれを自覚させてあげられない。人権運動だけが一人歩きしてしまったせいで、私は動けなくなってしまった。何もしてあげられなくなってしまった。過剰な人権運動に加担するわけにはいかない。今は、好機を待つしかない。いつか、私が行動を起こせる時が来るはず。その時を待つしかない。でも、その時はいつ来るの?
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