259話 聖女アンナは、思い煩う

◇ アンナの視点 ◇


「うーん……、あれはないわー……。あんなん、攻略できねーわー……。イラ様も知ってたなら教えて下さいよ~……」

 マコトさんが、ベッドでうなされている。

 戻ってきてもう3日。

 ずっとあの調子だ。

 ……イラ様ってだれだろう?

 まさか女神様のことじゃないと思うけど。


マコト様ししょう……、喉が渇いていませんか? はい、水を飲んでください」

「ん……、サンキュー、モモ」

 モモちゃんが甲斐甲斐しく、マコトさんにコップで水を飲ませている。

 マコトさんは、なされるがままだ。


「ふふふ♡、美味しいですか? 昼ごはんは私が作りますからね」

「助かるよ、モモ」

「いいんですよ~、マコト様ししょうはずっと無理してたんですから~よしよし」 

 モモちゃんが、マコトさんの髪を撫でながら優しく声をかけている。

 駄目男を甘やかす女にしか見えない……。

 あれでいいのだろうか?


「なんだ、まだあの調子なのか? 精霊使いくんは」

 後ろから呆れた声が聞こえた。


「白竜様」

「あれが半年後に魔王と戦おうと言っていた男か……、随分と情けないものだ」

「それは、マコトさんは海底神殿で恐ろしい存在と出会ったからだと……」

「わかっているが、そろそろ復活してもらわんとな」

 そう言って白竜様は、マコトさんに近づいて……蹴った!?

 マコトさんがゴロンとベッドから転がり落ちる。


「痛い」

 マコトさんがぼやく。

 あんまり痛くはなさそうだ。

 

「白竜師匠! 何をするんですか!」

 モモちゃんが怒りの声をあげる。


「ええいっ! 軟弱な。それでも私を力ずくで従えた男か!」

「……そろそろ起きます」

 マコトさんが「んー」と伸びをしながら、ベッドから立ち上がった。

 三日前と比べると、顔色はすっかり戻っている。


「あの……、マコトさん。一体何があったのですか? 海底神殿で」

 僕はおそるおそる尋ねた。

 実は、マコトさんのあまりの落ち込みように何があったかを詳しく聞けていないのだ。


「あー、それはですね~……」

 マコトさんの口から語られたのは、とんでもない内容だった。

  



 ◇




「神獣リヴァイアサンに邂逅した……だと……」

 白竜様が、顎が外れそうなほど大きな口を開けて驚いている。


「マコト様、神獣とはそんなに恐ろしい相手だったのですか?」

「まあ、神獣もヤバいやつだったけど、それよりも問題がね……」

「問題?」

「申し訳有りません……我が王……」

 マコトさんの隣にふわりと現れたのは、水の大精霊ウンディーネのディーアさんだ。

 いつもの傍若無人な振る舞いはなりをひそめ、小さくなっている。


「精霊魔法が……無効化される結界が張ってあるんだよ……」

「えっ!? じゃあ、水の大精霊ディーアはどうしたんですか?」

 モモちゃんが聞くと、水の大精霊ディーアさんは悔しげに俯いた。


「近づけないのです……、あれは海神ネプトゥスが創生した、すべての精霊を拒絶する結界……、くそっ! 忌々しい聖神オリュンポス族共め! 我らの主が復活した暁には……」

「はい、ストップ。ディーアは黙ろうか」

 マコトさんが少し慌てた風に、水の大精霊ディーアさんの口をふさいだ。

 海神ネプトゥス様は、太陽の女神アルテナ様のおじにあたる高位の神様のお一人だ。

 そんな神様が、精霊を防ぐ結界を張った……?


「えっと、じゃあディーアは役に立たないので、海底神殿は諦めるってことですか?」

 モモちゃんの発言に、水の大精霊ディーアさんが「何をー! このチビ!」とつかみかかる。

「本当のことでしょー!」

 モモちゃんが応戦している。


「ケンカしない、二人共。海底神殿の攻略は続けるよ。……攻略方法は思いつかないけど。精霊魔法無しってのがきつ過ぎるんだよなぁ……」

 マコトさんが大きくため息を吐いた。


 その口調は、いつもの彼だった。

 調子を取り戻してきたのかもしれない。

 その時だった。



「待て待て待て待て待て待て待て!」



 固まっていた白竜様が、慌てて会話に割り込んできた。


「せ、精霊使いくん! わかっているのか!? 相手は神獣リヴァイアサンだぞ! 神話時代に、神々の戦争で使われた『』兵器だぞ! 敵うわけがないだろう!」

 その言葉に、僕とモモちゃんがキョトンとする。

 ……せいかん戦争、という言葉は初めて聞いた。

 おとぎ話で聞いた『神界戦争』のことだろうか?

 

「知ってますよ。イ……女神様に教えてもらったので」

 マコトさんは、うんざりした顔で言った。


「神獣リヴァイアサンの能力は、大洪水によって、世界のすべてを海に変える……らしいですね。『神界戦争』における三大戦力の一つ。流石にあれとまともに戦おうとは思いませんよ。なんとか、やり過ごすしかないですね」

「できると思っているのか!? 古い神族や、外なる神々とすら戦ってきた神話の怪物だぞ! 魔王なぞとは比較にならんぞ!」

「生憎、そっちが俺の主目的なんですよ。……まあ、メルさんには迷惑かけないようにするので」 

「いや、神獣リヴァイアサンを怒らせると世界が滅ぶのだが……。君は一体何を考えているんだ……?」

「大丈夫ですって、アレにはケンカを売りませんから」

「なら良いが……」

 白竜様とマコトさんの話に、僕はついていけない。


 ただ、マコトさんはそのとてつもない相手に対しても、目標を諦めていないのだけは理解した。


「さて、修行するかー。モモ、行こうか」

「えー、もっと甘えてくださいよー。ほら、膝枕しますよー」

「これ以上は寝てられないかなー。1週間分くらい寝溜めしたから」

「あーあ、師匠がもとに戻っちゃいました」

「留守の間はどうだった?」

「ふふふー、見てくださいよ。バッチリですから、師匠は驚きますよ!」

 話しながらマコトさんとモモちゃんは行ってしまった。

 

「やれやれ……」

 白竜様は、安心したように神殿の椅子に腰掛けた。

 自分でお茶を入れてくつろいでいる。

 僕はどうするか迷った末、マコトさんとモモちゃんが修行しているほうへ向かった。

 外からは、二人の声が聞こえる。



「え?」

 外に出て、二人の姿を見て僕はあっけにとられた。



「分身魔法! そして空間転移テレポート!」

 モモちゃんが、不規則に移動、もしくは空間転移テレポートをしながらマコトさんに攻撃をしかけている。

 僕の目では追えない!

 モモちゃん、いつの間にこんな魔法を取得してたんだ!?



 が、そこからがすごかった。



「水魔法・水牢」

 慌てる様子もなく、マコトさんが魔法を使う。

 シュッと、水の捕縛魔法が出現して、七人のモモちゃん全員が捕まった。


「ぎゃー! 全員同時に捕まった!? 完全に死角から仕掛けたのに! 何で!?」

「さっきの攻撃は、なかなか良いね。焦ったよ」

「全然焦ってないじゃないですかー!! どうやったんですか!」

「360度視点と精神加速マインドアクセルを使って。あと俺の水魔法は発動が早いからね」


「むぅぅぅ、師匠を驚かせられると思ったのに!」

「驚いたよ」

「全然、驚いてない! スカした顔も今のうちですよ、私の必殺技を見せてやります!」

「いいだろう。俺の『明鏡止水』は、神様でも崩せないからな」

「ちょっと海に修行に行って、怖い目にあったからって引き篭もっていた師匠の平常心を崩すなんて、チョロいもんですよ!」

「それは言うな!」

 会話をしながらモモちゃんが落雷サンダーボルトを放つ。

 発動が早い!


「甘いですよ、チビっ子」

 マコトさんの隣に現れた水の大精霊さんが、落雷サンダーボルト

 落雷サンダーボルトって、超級魔法なんだけど!?

 それを落ち葉を払うように防ぐなんて!


 それからも次々に、多彩な攻撃をしかけるモモちゃん。

 それをすべて余裕で受け流すマコトさん。

 マコトさんは、弟子の成長を見て楽しそうに相手をしている。



(あ、あれ……モモちゃんがすごく強くなってる……?)



 マコトさんは言わずもがな。

 白竜さんも凄まじい魔法の使い手で、古竜の身体能力を持っている。

 も、もしかしてこのパーティーで、僕が一番弱い……?


(マコトさんを心配している場合じゃなかった!)

 このままじゃ、僕がお荷物になってしまう!


 それから、必死で魔法剣や回復魔法の修行をした。




 ◇




「……マコトさん、寝ないんですか?」

 深夜になっても、水魔法の修行を続けているマコトさんに僕は声をかけた。


「昨日寝たんで、今日は大丈夫ですよ」

「……そ、そうですか」

 冗談ですよね?

 本気で言ってるように聞こえて怖い。


「ふわぁ……、我が王、私は寝ますね~」

「ああ、おやすみ。ディーア」

 水の大精霊ディーアさんが寝てるのに!


 モモちゃんは、とっくに寝ている。

 早寝早起きの吸血鬼もどうかと思うけど……。

 白竜様も規則正しい生活なので、一番人間離れした生活をしているのはマコトさんだ。

 

「アベ……アンナさんの修行は、順調ですか?」

 マコトさんに聞かれ、僕は「うっ」と言葉に詰まった。

 どう答えようか考えた末、僕はマコトさんの隣に腰掛けた。


「アンナさん?」

 戸惑った声で名前を呼ばれた。

 すぐ隣のマコトさんの肩に、少しだけ身体を預ける。


「正直、行き詰まっています……」

 マコトさんの肩に頭を乗せて、弱音を吐いた。

 肩を抱き寄せてくれないかな、と思ったけどそれはしてもらえなかった。

 マコトさんは、魔法の修行の手を止めて、僕のほうに顔を向けた。

 

「メルさんから聞いた話だと、『光の剣』は発動できるようになったんですよね?」

「……はい、でも使用できるのはほんの数秒です」

 僕は小さな声で答えた。


 大迷宮で魔王カインに、唯一攻撃が通った魔法剣技。

 太陽の光が届く環境下で、ほんの数秒、一撃を与えられるくらいの時間しか持たない。

 その後、もう一度発動するためにはしばらく時間がかかってしまう。

 正直、実戦で使えるとは思えない。

 が、マコトさんの考えは違ったようだ。


「十分ですね」

 悪いことを企んでいるような、顔でニヤリとした。


「十分?」

 意味がわからない。

 たった数秒しか使えない魔法剣技が使い物になるはずがない。


「魔王の配下は、ジョニィさんたちに頑張ってもらって、側近の『セテカー』と『シューリ』は……メルさんと俺でなんとかするとして、問題は魔王か。水の大精霊ディーアの姉妹に力を借りるか、また寿命が減るなぁ……」

「あの、マコトさん……?」

「アンナさんは、『光の剣』が撃てるように準備だけしておいてください。魔王が避けられないように、俺が動きを止めておきますから」

「……」

 本気で言ってるのだろうか? この人は。


「冗談ですよね?」と言おうとして気づいた。

 その目はふざけていなくて、




 ――その程度は、特に大したことはない




 マコトさんの目を見て、僕はそう感じた。

 この人は、一体何者なんだろう……?

 これまで出会った誰とも違う。

 魔王に支配されるこの世界で、マコトさんだけは僕たちと見ている世界が違うような気がした。



 トクン、と胸が高鳴った。


 

 マコトさんが居ない間、彼のことを考えていた。

 マコトさんが戻ってきて、彼のことをずっと目で追っている自分がいる。


 火の勇者ししょうが、死んでしまって夜寝る時はいつも泣いていた。

 でも、最近は泣かなくなった。

 マコトさんのことを考えると、気持ちが安らぐ自分がいる。


 モモちゃんにからかわれて、それを否定してきた。

 でも、誤魔化すのは……無理みたいだ。



(魔王を倒したら……、僕の気持ちを……でも)



 今は、自分の責務に集中しよう。

 僕にしか使えない魔法剣技――『光の剣』を使いこなす。

 そして、育ての親である『火の勇者』の悲願である魔王を倒し、この大陸を人族の手に取り戻す。



 だから、それが終わったら――マコトさんに想いを伝えよう。




 ◇




 それから半年。


 僕はモモちゃんと一緒に、可能な限り自分を鍛えた。

 白竜様に魔法を教えてもらい、剣は『火の勇者』の教えを思い出し、合間で太陽の女神様へ祈った。


 モモちゃんは、どんどん実力をつけていった。

 マコトさんは、モモちゃんの修行の相手をしたり、僕の相談相手になってくれたり、たまに『海底神殿』へ行ったりしている。


 


 そして時が流れ――――魔王との決戦の日がやってきた。

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