201話 高月マコトは、運命の女神と語る


 ――運命の女神イラ様。


 別名『幸運の女神』様とも呼ばれている。


 運命の女神様を信仰しているのは商業の国キャメロン

 その名の通り商業が盛んで、商人が多い。

 現実主義の商人が多い国としては意外にも、商業の国キャメロンは、非常に信仰深い人が多いらしい。

 そして、その信仰形態が独特だとも聞いたことがある。


 商業の国キャメロンの信仰の話はさておき。


 俺はエイル様の後ろに立っているイラ様を観察した。

 じろりと、その小柄な女神様がこちらを睨んでくる。


「あんた……女神を直視して正気を保てるのね」

「……?」

 それは以前、エイル様にも言われたセリフだ。

 女神イラ様のご尊顔は人外に美しく、口から発せられる声はこの世の者とは思えぬ響きである。 


「だから言ったでしょ? 私の使徒なんだから当然よ」

「イラちゃんもビックリでしょ? マコくんって神族を直視できちゃうの」

 もっとも、慈愛溢れるエイル様や万物を惑わす色香を持つノア様には及ばないが。

 その心を読まれたのか、イラ様の眉がひくり、と動いた。


「ムカつくわね、私がノアに劣るって言うの」

「まぁまぁ、イラちゃん。好みの問題だからね」

「ふん」

 エイル様がイラ様をなだめるが、イラ様はご機嫌斜めのままだ。


「ふふふっ、可愛い子ねー」

「わっ、ノア様!?」

 反対にご機嫌なのはノア様だ。

 頭をくしゃくしゃされた。

 夢の中だというのに、甘い香りが漂ってくる。


 にしても、運命の女神イラ様はなんでここにやってきたんだろう?



「高月マコト」



 俺の心の声に呼応するように、イラ様に名前を呼ばれた。

 

「光の勇者を助け、魔王を討伐……よくやったわ」

「はぁ……」

 別に、あんたのためにやったんじゃないんだけど。


「は?」 

 あ、やべ。

 口に出さなくても、心を読まれるんだった。

 失言失言(言ってないけど)。


「くくく……正直過ぎよ、マコくん」

 エイル様が肩を震わせている。


「マコト、このツンデレっ子は自分のミスをフォローしてくれた『お礼』がしたいって言ってるのよ。折角だから、吹っ掛けてあげなさい」

 ノア様が、人差し指を立ててウィンクしつつ教えてくれた。


 ほう!

 そういうことなのか!

 わかり辛い女神様だな!


「ちっ」

 腕組みをしたイラ様は、不機嫌そうだが否定しない。

 てことは、ノア様の言う通りらしい。


 この世界を統べる女神様の一柱にお願いをしてもいいとは。

 これは大事な場面だ。

 俺は、イラ様に向き直った。


「どんなお願いでも、言っていいんですか?」

「当り前でしょ! 私は女神よ。どんな願いでも叶えてあげるわ」

 ふん、と薄い胸をはって威張る運命の女神イラ様。




「さぁ、好きな願いを言いなさい!」




 おお!

 女神様からのこのセリフ。

 これはテンションが上がらざるをえない!


 よし、なら俺のお願いはただ一つ。 



「ノア様を海底神殿から解放してください!」



 これでノア様が解放される……やったね!

 が、俺の言葉にイラ様の顔が引きつった。


「で、出来る訳ないでしょ!?」

「え~」

 返って来たのは『No』の返事だった。

 なぜ?


 ちらりとノア様とエイル様を見る。

 エイル様は、はぁ、とため息をついた。

 ノア様は肩をすくめている。


「マコくん。ノアが海底神殿に封印されてるのは聖神族からのペナルティなの。まあ、刑務所みたいなもの? 魔王を倒したくらいじゃチャラに出来ないわ」

「エイル、人聞きが悪いわね。まるで私が犯罪者みたいじゃない」

「まるでも何も昔、天界でノアが色々やらかしたせいなんだけど……」

「別にいいでしょー、神王の宝物庫から神器をチョロまかしたくらい」

「ダメよ!? パパの神器って惑星を壊せるくらいの威力が出るのよ!?」

 エイル様とノア様がわーわー、言い合っている。


 神王ユピテルの神器!? 

 惑星を破壊!?

 すげーな、女神様の会話はスケールが違う。

 そして、これは無理なお願いらしい。


「マコくん。ノアを解放する手段は一つだけ。ノアの信者が海底神殿に出向き、事だけよ」

 以前から教えてもらった条件だ。


「それしかありませんか……」

「ま、イラでどうにかできるなら私も苦労しないわ」

 ノア様が苦笑した。


 はぁ……いい案だと思ったんだけど。

 まあ、そんなうまい話ないよな。

 ノア様の解放は、別途計画を立てよう。

 さて、イラ様へのお願いは……。


「じゃあ、ノア様が邪神というのを取り消して、女神教会の8番目の女神信仰対象にしてください」

「む、無理よ!」

 イラ様が悲鳴を上げる。

 え、これもダメなの?

 ノア様とエイル様のほうを見ると、二人して「他にしなさい」という目をしていた。

 

「ほ、他に何かないの……?」

 うーむ。

 ノア様に何か利点になることは……。


「じゃあ、せめて……ノア様の信者の数を一人じゃなくて沢山作れるように」

 これくらいはできるだろ。

 が、イラ様の表情は暗い。


「………………で、できません」

 え? それも?

 何もできないじゃん!


「ぐぬぬぬ……」

 イラ様が悔し気に顔を伏せている。

 えぇ……、俺としても、とても悲しいんですけど。

 女神様が『何でも叶える』って言ったじゃん?



「あー、マコくんマコくん。今、あなたが言ったのは全て聖神族とティターン神族の戦後に取り決められた神界協定に関わる部分だから」

「それを覆せるのは神王ユピテルか、その代行である太陽の女神アルテナだけね。私を助けようとしてくれるのはありがたいけど、七女神で一番年下のイラには無理なものばかりよ」

「そうですかー……」

 二柱の女神様に説明され、俺はしぶしぶ納得した。

 

 ふと見ると、運命の女神様が顔を赤くして涙ぐんでいる。

『なんでも』と言った手前、恥ずかしいらしい。

 そんな俺の心情を読んだのか「きっ」とこちらに視線を向けた。 


「ほ、ほら。私、商業の国キャメロンの女神だから。お金とかいっぱいあげれ……王女と大賢者にお金貰ってるのね。恋人は……勇者だけあって、いっぱい居るわね。じゃあ、伝説の剣とか鎧とか……え!? あんた装備出来ないの!?」

 さすが運命の女神様。

 俺の返事を待たずに、俺の未来の答えを視ているらしい。


「短剣より重い武器は振り回せないんですよ……」

 これに関しては、俺としても少々情けない顔になる。

 ルーシーの杖ですら、俺には重過ぎるからなぁ……。

 身体も鍛えてるんだけど。


「そ、そんな……あげれるものが無いじゃない……」

 さっきまで偉そうだった運命の女神様が、今はおろおろとしている。

 それをニヤニヤと眺めるノア様とエイル様。

 助けてはあげないんですね。

 うーむ、何かほどほどのお願いは……。



「じゃあ、せめて何かスキルくれません?」

「え?」

 使えそうなやつ。

 それくらいできるっしょ。


「イラ、ちなみに『ギフト』スキルは私が『精霊魔法』をプレゼントしたわ」

「うぅ……ギフトスキルは……」

 イラ様が俯いている。


「イラ様?」

「マコくん、前も言ったけど『ギフト』スキルを得るには信仰対象を変更しないといけないの。だからイラに『改宗』すれば、スキルを貰えるわよ?」

 改宗かぁ……。

 

「改宗は無しですね。それにもし改宗するにしても、運命の女神イラ様じゃなくて水の女神エイル様にしますし」

 ちらっとエイル様を見ながら言った。

 エイル様なら『水魔法・聖級』を与えてくれると前に言ってた。

 断然、そっちがいい。

 まあ、改宗自体しませんけどね。 


「ふふふー、私はいつでもマコくんの改宗を待ってるからねー」

「……あんた、マコトの改宗は諦めたんじゃなかったの?」

 じろりとノア様がエイル様を睨む。


「諦めなければ試合は続くのよ、ノア☆」

「とっとと試合終了しなさい!」

 お二人は仲良しだなぁ。

 そして、その会話はうちの世界の漫画ネタですよね。

 何で知ってんだ? ……神様だからか。

 

 ここでエイル様が何かを思いついたように、ぽんと手を打った。


「こういう方法はどう? マコくんがイラちゃんに『改宗』してギフトスキルを得たら、ノアに再改宗、『出戻り』するの。一度得たギフトスキルは無くならないからお得よ?」

「そ、それよ! さすがはエイルおねー様! そうしましょう! ノア! どう!?」

「んー、私はいいわよ。マコトが戻って来てくれるなら」

 

 そ、そんな反則技が使えるのか……?

 水の神殿だと、非常に恥ずべき行為として天罰が下ると教わったのだけど……。

 しかし、当の女神様自身がおっしゃっている。

 きっと問題は無いんだろう。


「さぁ! 一時的に運命の女神わたしに『改宗』しなさい! そしたら『ギフト』スキルを与えてあげるわ! 運命魔法は強力よ! 空間転移や時魔法を与えてあげるわ!」

 自信を取り戻したのか、イラ様が笑顔で宣言してきた。

 確かに……運命魔法の使い手は非常に希少で強力だ。

 きっとそのスキルは、今後の冒険に大いに役立つだろう。



『運命の女神に改宗し、『ギフト』スキルをゲットしますか?』

 はい

 いいえ




 選択肢が浮かび上がった。

『RPGプレイヤー』も教えてくれる。

 ここは重要な局面だと。

 しかし、まぁ……俺の答えは決まっている。




「イラ様……有り難いお話ですが」

 お断りします、と告げた。




「え? ええええええっ!」

「マコくん、どうして?」

「マコト、貰えるものは貰っておけば?」

 三女神様が、驚きの声を上げる。


 わかってない。

 わかってないよ、お三方。

 俺の心が読めるんでしょう?



「一時的に改宗して、また出戻る? そんなものは『信仰』じゃないですよ」

 改宗した瞬間。

 俺のノア様に対する『信仰』が死ぬ。



「「「……」」」

 俺の言葉に三柱の女神様が押し黙った。 

 理解してくれたようだ。


「ノアの使徒って……毎回、狂信的よね……」

「ふふふー、マコトは可愛いわねー。うりうり」

 呆れた顔でエイル様はため息をついた。

 笑顔のノア様は、引き続き頭を撫でまわしてくる。

 くすぐったい。


「く……これじゃあ、私にできることがないじゃない……」

 一方、イラ様はがっくりとうな垂れた。


「もう! 知らないんだから! 何かお願いが思いついたら、エステルに会いに来なさい!」

 そう言って運命の女神様の姿は、ふっと消えた。


「あーあ、イラちゃん。へそ曲げちゃった」

「短気ねー、イラってば」

「悪いことしましたね」

 口は悪いが、純粋な好意で提案をしてくれたみたいだった。

 なんか思いついたら、お願いに行こう。

 


「でも、イラ様って未来視えるんですよね? だったら俺の希望くらい事前にわかってたのでは?」

「んー、マコトの未来が視えなかったんだと思うわよ。だから直接聞きにきたんじゃないかしら」

 へぇ、何でだろ?


「いや……たった今、その理由を見せつけられたんですけど。蛇の教団にも劣らない『邪神』ノアへの狂信っぷりを……」

「ちょっと! 私を邪神って呼ぶのやめなさい!」

「痛っ、叩かないでよ、ノア」

 エイル様の発言を聞いて、ノア様がぽかぽかと叩いている。  

 なるほど、たしか『聖神族』以外の神の信仰心が高いほど、未来は視え辛くなるんだっけ?


「今回のイラちゃんのミスもそう。魔王軍の作戦を考えたのが『蛇の教団』の連中だったの。蛇の教団の悪神に対する『信仰心』って狂気の域に達してるからねぇー。魔族たちは悪神への信仰ってあんまり高くないから、今までは気にならなかったんだけど『蛇の教団』はやっかいよねー」

「ま、イラも反省してたじゃない? さっき『手を打った』って言ってたし」

「そうなんですか?」

 蛇の教団はやっかいだ。

 連中の対策ができるなら、非常にありがたい。


「それより、マコくん。イラちゃんへのお願いを考えておきなさいよ。あれで、今回のことはマコくんに本気で感謝してるっぽいからね」

「そーそー、マコト。あの生意気なイラが珍しく殊勝にしてたから。ふふふー、しばらくからかってやれるわ」

「もー、ノアってば。あの子、強がってるだけでメンタル弱いんだからほどほどにしておきなさいよ」

 確かに、さっきのを見てると実は強がっているだけのような感じだった。 

 イラ様……打たれ弱いのか。


 

 ふっと、景色がぼやけてきた。

 どうやら、タイムリミットらしい。



「それでは、ノア様、エイル様」

 俺が挨拶をすると、ノア様がすっと近づいてきた。


「マコト」

「は、はい」

 ノア様の美しい手が俺の頬にふれる。


「魔王討伐、よくやったわ。お疲れ様」

「……はい」

 ノア様の言葉が心にしみる。

 俺が返事をすると、ノア様の美しい顔がすっと迫った。


 

「でも……、無理しちゃだめよ」

 耳元でノア様のささやき声が聞こえ、俺は意識が遠のいた。





 ◇




 目を覚ますと、宿のベッドの上だった。

 

「無理しちゃダメ……か」

 ひとりごちる。

 そういえばルーシーやさーさんにも、最近同じことを言われたっけ。

 

 今度二人を誘ってどこかに遊びに行こうかな……、と思いつつベッドから起き上がろうとしたとき、身体に何かが当たった。


「ん?」

 ルーシーが寝ていた。

 ええええっ!

 慌てて飛びのこうとして、反対側にも何かがあることに気付く。


「さーさん!?」

 俺を挟むようにさーさんが、くーくー、寝息を立てていた。

 なんで、こんな状況に?



 昨夜、何があった……?

 確かフリアエさんに睡魔の呪いをかけられて……。



 その時、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

 この足音は。



「大変ですぞ! タッキー殿!」

 俺の部屋に飛び込んできたのはふじやんだった。


「大ニュースが………………いえ、失礼しました。ごゆっくりですぞ」

 勢いよく飛び込んできたふじやんだったが。

 ベッドの上の俺とルーシーとさーさんを見た途端、ゆっくりとドアを閉めて出て行こうとした。


「ちょっと、待ってくれ!」

 俺は慌ててルーシーとさーさんを起こした。



「んー、よく寝た。やっぱりマコトの側がよく眠れるわ」

「やっぱり高月くんのベッドが一番だねー」

「二人とも、ここ俺の個室なんですが」

 なぜに所有者には無断使用なんですかねぇ。


 ルーシーとさーさんは、顔を洗ってくると言って出ていった。

 しばらく帰って来ないだろう。


 それより、ふじやんの話だ。


「で、ふじやん。大ニュースって?」

「そうでした!」

 俺の質問に、ふじやんの表情が真剣になった。




「蛇の教団が壊滅しましたぞ!」




 な、なんだってー!!

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