192話 高月マコトは、戦場へ向かう

 雨と風が強い。

 嵐のような暴風雨。

 それはだった。


 桜井くん――光の勇者の能力は『太陽光を魔力マナ闘気オーラに変える力』。

 なら光の勇者を倒すには、太陽の光を遮ればいい。

 子供でもわかる。

 だから魔王軍は、天候を操って来るだろうと読んでいた。


 その点、俺は『精霊の右手』があれば雲(水)を操って晴れさせることができる。

 俺が空を晴れさせて、太陽光が復活する。

 太陽光で強化された桜井くんが魔王を倒す。

 そんな安易な考えだった。

 が、空に広がる『そいつ』は俺の目論見を打ち砕いてくれた。



「…………暗闇(くらやみ)の雲」

 俺は思わず口に出した。



 千年前。

 大魔王と九人の魔王に支配されていた頃。

 当時、空には決してに覆われ、太陽の光は地上に届かなかったという。

 そのため、救世主アベルが大魔王を倒し、黒雲が晴れるまでの期間は『暗黒時代』と呼ばれる。


 異世界に来て間もない時。

 水の神殿での修行時代に、何度も聞かされた大魔王を倒す救世主アベルの伝説。

 実物を見るのは初めてだが、これは大魔王が扱っていたという・暗闇(くらやみ)の雲だ。

 授業で何度聞かされたかわからないくらい、有名な伝説の魔法。


 空を見つめると黒雲に強い魔力マナが渦巻いているのがわかる。

 この伝説の魔法を精霊魔法で吹き飛ばすのができるだろうか……?

 そして気になる点は、それだけじゃない。


 俺は目を閉じ『聞き耳』スキルを使った。

 耳に届くのは大粒の雨が地面を打ちつける音。

 雨音は五月蝿いくらいだが、それだけだ。


 巫女エステルは、人族と魔族がそれぞれ三十万の大軍で交戦していると言った。

 大勢の軍勢が鳴らす地響き、声、武器のぶつかる音。

 いずれも聞こえない。


 つまり、ここは戦場ではなく、どこか離れた位置に空間転移した。

 ルーシーの心配した通りの結果だ。


「ノア様!」

 俺は空を見上げ大声で叫んだ。


(はーい☆ 呼んだ? マコト)

 ノア様の声が頭に響く。

 それにざわつく心を抑えつつ、俺は短くお願いした。


「桜井くんが居る場所を教えてください」

(北西に約70キロ。今マコトが向いている方向の右斜め前に真っすぐ進みなさい)

 答えはすぐに返って来た。



 ――水魔法・水の不死鳥



 ノア様の言葉が終わらないうちに、俺は精霊魔法で魔力をかき集め、水魔法を発動させた。

 巨大な水の不死鳥が発現するやいなや、俺はその背に飛び乗り北西を目指した。


 横殴りの雨。

 荒れ狂う暴風。

 そして常夜のような、不気味な空。

 その中を全力で『水の不死鳥』で飛ばす。



(そのスピードならあと一時間くらいで到着するわね)

 話しかけてくるノア様の口調は明るい。

 実に、楽しそうだ。

 

「ノア様、いくつか質問があります」

(いいわよ、聞いて)

 俺は小さく深呼吸をした。


「大魔王は復活してますか?」

(してないわ)

 回答は明快だった。


「じゃあ、この神級魔法・暗闇(くらやみ)の雲は……」

 伝説によると大魔王が使っていた魔法のはずだ。


(さぁ? 多分、蛇の教団の連中が信者の寿命を犠牲にして、生贄術を使ったんじゃないかしら。その黒雲は1日もすれば晴れてしまうわよ。千年前のものとは比べられないわ)

「なるほど」

 よかった。

 大魔王は復活していない。

 暗闇(くらやみ)の雲を見た瞬間、嫌な予感がしたが今回の敵はあくまで魔王。

 それは変わっていない。


「じゃあ、次です。暗闇(くらやみ)の雲は俺の精霊魔法で吹き飛ばせると思いますか?」

(……やってみないとわからないけど、多分)

「そう……ですか」

 これも予想通りだが、少々落胆した。

 やっぱり無理か……。

 もしかしたら、という期待があったのだが。

 流石に伝説の魔法が、個人で何とかならないか。


 俺は自分の青く細い腕に視線を向けた。

 その右手に宿る精霊の魔力は力強いが、今回はどこまで役に立つだろうか?


(あら、随分と弱気ね。マコトらしくないわ)

 ノア様の声は明るい。

 俺の心地とは正反対に。


「ノア様……、どうして、そんなに楽しそうなのですか?」

(ふふっ、マコトもわかってるでしょ? 聖神族の女神イラがポカをやらかした。今光の勇者を助けられるのはマコトしかいない。これ以上ないくらいの恩が売れるわよ)

「今の状況はノア様の希望通りと……?」

 ノア様はこの未来を予見していた?


(何言ってるのよ。運命の女神が見落とした未来を、封印されている私にわかるわけないでしょ)

「そう……ですよね……」

 この状況は、誰にも予想できなかった。

 そういうことみたいだ。


「エイル様は何と?」

 ノア様とよく一緒に居る水の女神様は現状をどう思っているんだろう。


(エイルなら慌てて天界に戻っていったわよ。緊急の女神会議があるんですって。まあ、内容は時の今後の方針と、イラの処遇でしょうね)

「……桜井くんはまだ生きてるんですよね?」

 諦めが早すぎないだろうか。

 光の勇者は、女神の道具なんですか?

 死んだ時の話なんて、するな。


(聖神族にとって地上の民は、全て駒よ。勿論、私は違うけどね☆)

「信じてますよ、ノア様」

 といいつつ、少しづつ不安が募る。

 今までは色々とラッキーが続いて、俺の周りで身近な人が命を落とすことは無かった。

 しかし、今の状況は過去最悪な気がする。

 運命の女神様が桜井くんが今夜死ぬと断言している。


(大丈夫よマコト。危なくなったら逃げればいいだけよ)

「それは……そうなんですが」

 ノア様は優しい。


 俺が負けないように、色々な情報をくれる。

 俺が死なないように、力を貸してくれる。

 俺がたった一人の信者だから。

 俺が居なくなれば、ノア様は地上との繋がりを失う。

 だから、ノア様にとって俺は最重要な駒だ。


 だが、俺以外の人間は?

 桜井くんは、太陽の女神様の信者だ。

 この大陸で最も信者人口が多い女神様。

 ノア様にとっては、居ても居なくても大きな問題は無い。


 だけど、俺は何とかして助けたい。

 異世界に来てすぐの頃、最弱のスキルとステータスで途方に暮れていた時。

 いつも通りに接してくれたのはふじやんと桜井くんだけだった。

 当時の俺などただの役立たずとしか思えなかったろうに、一緒に来ようと言ってくれた。


(マコト)

 ノア様の声が優しく響いた。


「なんでしょう?」

(気負い過ぎよ。もっと気楽になさい)

「そんなことは……」

(はぁー、仕方ないわね)



 次の瞬間、ふわりと俺の隣に光が現れその中からノア様が現れた。



「え?」

 暗闇の雲のした。

 暴風雨の中。

 夢でなく、現実の世界。

 女神様が俺の隣に座っている。


「の、ノア様? 出てこれるんですか!?」

「ま、誤解するのも仕方ないけど。これはただの『幻術』よ? 実際にはここにはいないわ。マコトの頭の中にだけいる姿よ」

 俺の頭?

 イマジナリーフレンドみたいなもんだろうか?


「ちょっと違うわね。この会話は私が海底神殿から声を届けてるから。ただ、この身体は実際に存在しないってだけよ」

「へぇー」

 そう言われても目の前のノア様は、実物にしか見えない。

 夢の中よりも、さらに現実感リアリティがある。


「じゃあ、触ろうとしてもすり抜けたりするわけですね」

 といって俺がノア様の腕に手を伸ばすと



 ――むにゅ



 という感触が手に伝わった。

「え?」

 何度かむにむにと指を動かすと、ノア様のぷにぷにとした二の腕の反応が返ってきた。

 というか、ノア様柔らかっ!

 なんだこの肌!

 天使の柔肌か!?


「天使なんかと一緒にしないで貰える? 神界一だって言ってんでしょーが」

 ジトっとした目で、ノア様が俺の頬をつねった。

 痛くは無いが、確かにつねられている感触が伝わる。


「これ、本当に幻術なんですか……?」

「神級の幻術なら、人族にとっては現実と大差ないわ。それより、いつまで私にセクハラしてるのよ」

「し、失礼を」

 ぱっと手を離した。

 永遠に触っていたかった……。


「今度は緊張感がほぐれ過ぎたわね~……」

 ノア様が頬をぽりぽり掻きながらため息をついた。

 その何気ない仕草ですら美しい。

 にしても。


「ノア様、こんなことができるならもっと前から」

「違うのよ。今は暗闇の雲で天界の力が弱まっている。代わりに魔族たちが信仰する魔界の力、そして私たちティターン神族が司る自然の力が『均衡』しているわ。だからこうやって『幻術』だけでも、マコトの前に出られたの」

「そうなんですか」

 じゃあ、これは良いこととは限らないんだな。



「さあ、戦場に到着するまで三十分くらいあるわ。それまでに魔王対策を考えるわよ」

「魔王について知ってるんですか!?」

「新魔王については、詳しくないけどね。先代はわかるわよ。その子供ってことなら似たようなもんでしょ」

 心強い。

 

「じゃあ、まずは……」

 俺はノア様と対魔王戦について話し合った。



 

 ◇




「そろそろね」

 ノア様が立ち上がる。

 時間にして数十分。

『魔王との戦い方』について、多少の知識を得た。


「ありがとうございます、ノア様。では桜井くんを助けに行ってきます」

「私は一緒に行けないけど、無理しちゃダメよ?」

「一緒はダメなんですか?」

 隣に居てくれると心強いんだけど。


「んー、私が隣に居て話しかけても、マコト以外には見えないから空中に話しかけている危ないやつになっちゃうわよ?」

「……やめておきましょうか」

 変人認定されても困る。


「じゃ、いってらっしゃい」

 頭をぽんぽんとたたかれ、ノア様はふっと消えた。

 残された俺の周りは、再び雨音だけになる。

 憂鬱は消え去った。


 遠くから、何かの音が聞こえてきた。

 大勢の叫び声、金属同士がぶつかる音。

 魔法による爆発音。

 そして、大軍の移動による地響き。

 戦場が近い。

 俺は音のするほうに真っすぐ飛んだ。


(見えた!)

  

 波のような人の群れ。

 いや、人族と魔族がぶつかる戦場が見えてきた。

 ただ、予想したような劣勢ではなくその様子は拮抗しているように見えた。

 決して魔族側が優勢ではなく、一進一退の攻防のように思える。

 まあ、俺は素人なので見ただけでは判断がつかないが。


(……あれが気になる)


 多くの人族、魔族や魔物たちが争う戦場で異彩を放っている奇妙な物体。

 それは半円形の黒いドームだった。

 色は真っ黒で中は見えない。


 敵の魔法だろうか?

 嫌な感じをうける魔力(マナ)から味方のものとは思えない。

 が、どうにも情報が少ない。

 もっと近づいて情報を集めたい。


 戦争の様子を上空から眺める。

 そして周りの精霊たちの様子を。

 雨のためか、暗闇の雲による聖神族の加護の弱体化の影響か、水の精霊は多い。

 そして、もう一度戦場を眺める。


(混戦だ……)


 魔族だけで集まっていれば、戦の始まる前なら月の国に魔物が攻めて来た時のようにまとめて攻撃できるのだが。

 こう敵と味方が入り混じっていては、攻撃は難しい。

 そもそもここに居るのは、魔王軍の中でも精鋭。

 月の国を襲った、陽動のための雑魚魔王軍ではない。

 俺の攻撃力の低い精霊魔法が通じるかはわからない。

 じわりと、再び焦りが忍び寄ってくる。

 


 ――明鏡止水



 落ち着け。ノア様と話したことを思い出せ。

 俺が今出来ることをやる。

 何ができるかはわかっている。

 あとは、いつ、どこでやるかだ。


 

「ガアー!」「ゴォォ!」

 こちらに向かって獰猛な獣による威嚇の声が聞こえた。

 あれは……ドラゴン!?

 しかも、気性の荒い火竜が二匹。

 こいつらを相手すると精霊魔法を消費してしまう。

 が、敵の数を減らすなら相手をしたほうがいいはず。

 少し迷った末、俺は『精霊の右手』を前に突き出した。


  

 ――水魔法……



「聖剣技・ソニックスラッシュ!」

 俺の魔法より先に、二本の閃光が走ったかと思うと火竜の翼がバラバラに切り裂かれた。

 翼を失った火竜は悲しげな鳴き声を上げながら、落下していった。

 代わりにこちらへ近づいて来たのは、天馬(ペガサス)に跨った白い鎧を着た女騎士だった。

 そしてその女騎士には見覚えがあった。


「高月くん!? 助けに来てくれたの!」

 女騎士は、クラスメイトの女の子だった。

 横山サキ。

 桜井くんの嫁兼副官だ。

 桜井くんと同じ部隊、てことは桜井くんも近くに居るはず!


「ああ、桜井くんはどこ?」

「リョウスケが、リョウスケを助けてっ!」

 前に会った時の気丈な表情でなく悲痛な声を上げる姿が、危機的な状況が伝わってきた。


「落ち着いて、桜井くんはどこに?」

「……あそこよ。もう24時間以上閉じ込められて出てきていないの……もう生きているかどうか…」

 横山さんが指さしたのは、戦場の中央で異様な存在感を放っている黒いドームだった。


 やっぱ、あれに入らなきゃダメかー……。

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