170話 高月マコトは、勝利の恩恵を得る

 ◇オルガ・ソール・タリスカーの視点◇


「何……これ……?」


 目の前の景色を、私の脳は理解できなかった。

 山が動いている。

 グレイトキース城と円形闘技場の二つを合わせたより巨大な氷の山だ。

 それが、王都の真上に浮かんでいる。


「「「「うおおおー!」」」」

「助かった!」

「これはどういうことだ!?」

「水の国の勇者殿の魔法らしいぞ!」

「彼は救世主か!?」

 さきほどまで絶望に染まっていた火の国の軍人たちが、興奮冷めやらぬ声で話している。


 王都に迫る彗星の巨大さから、その破壊力は『神級』に届くのでは? という魔法使い共の見解だった。 

 それが、防がれた。

 あっさりと。

 防いだのは、水の国の勇者である高月マコトだ。

 つい先日、私がちょっかいを出し「大したことない」などと言ってしまった、あのローゼスの国家認定勇者である。


(あの時は、本気じゃなかったんだ……)


 そうとしか思えない。

 10日やそこらで、こんなデタラメなことができるようになるはずが無い。

 高月マコトは、その右腕に、私が本気で聖剣を解放した時をはるかに上回る魔力を、涼しい顔で操っている。


 その時、私はブルリと震えた。 

 目の前の巨大な氷の塊は、ゆっくりと移動している。

 恐らく王都の外に運ばれているのだろう。

 理解ができない。

 あんな巨大なモノをどうやって、魔法で動かせる?

 どれほどの魔力が必要なのだ?

 本当に彼は人間なのか?

 

 その時、大きく地面が揺れた。


 巨大な彗星が、ゆっくりと地面に落ちた衝撃だった。

 王都のすぐ隣にそれは鎮座した。


 そして、高月マコトが、ばたりと倒れた。


「マコト!」

「高月くん!」

「勇者殿!」

 水の国の勇者の仲間や、父の部下が慌てて駆け寄っている。


「早く! 医療魔法が使えるものを!」

「勇者殿を死なせてはならん!」

 火の国の者たちが慌ただしくしている。  


 水の国の勇者が、担架で運ばれていった。

 私は、それを見ていることしかできなかった。




 ◇数日後◇




 私は自分の部屋に引き籠っていた。

 現在の火の国の王都は、武闘大会とその後の騒ぎの話で持ち切りだ。


 一つは、新しい火の国の国家認定勇者『佐々木アヤ』。

 彼女は、勇者を拝命した。

 武闘大会を圧倒的な強さで勝ち抜き、女神の勇者――私を一蹴した。


 デタラメな……強さだった。

 なんだ、あれは!

 聖剣の一撃を無傷で跳ねのけ、片手で折り曲げ、私は一撃で吹っ飛ばされた。

 再戦を挑もうという気も起きない。 

 

 現在、佐々木アヤは、火の国の新たな寵児となった。

 街の民たちは、彼女を祝福している。

 新たな強者の誕生は、火の国の民にとって喜ばしいニュースなのだ。


 ちなみに、王都を救った高月マコトの話は民間ではあまり広まっていない。

 王都を襲った、巨大な隕石。

 その脅威を救ったのは、火の国軍の戦士や魔法使いの総力を以(も)って、と認識されている。


 そりゃそうだろう。

 あんなバカげたテロ攻撃を、個人がどうにかできるはずがない。

 普通は、組織が対応したと判断する。

 避難中の民は、高月マコトの活躍を目にしていない。


 が、火の国の軍人は違う。

 彼らは民を避難させ、王都を救うために短時間で出来る限りのことをしようとした。

 そして、絶望していた。

 あの隕石は防げない。


 それを、高月マコトが一人でやってのけたのだ。

 あの時王都にいた火の国の軍人は、一人残らず水の国の勇者に心酔している。

 火の国の魔法使いたちは、彼への面談を希望して行列ができているんだとか。

 あの巨大な彗星を止めた魔法について、聞きたくて仕方ないのだろう。

 

 ちなみに、水の国の勇者高月マコトは意識を失い、まだ目を覚まさないらしい。

 命に別状は無いらしいが……。

 目を覚ましたら、私も謝罪にいかなければ。

 

 将軍である私の父は、毎日水の国の勇者の見舞いに行っているらしい。

 元々父様は、木の国で魔王を倒した高月マコトを火の国に引き入れたいと考えていた。

 が、今は完全に彼の信者になっている。

 私の父もまた、水の国の勇者の魔法に魅了されてしまった一人だった。


 恐ろしい男だ。


 かつて、たった四人で百万の大魔王の軍勢と戦ったという救世主アベル。

 話が誇張されているだけだと思っていた。

 だが、現在の火の国の軍人たちの間で、高月マコトもまた救世主では、という話題まで上がっている。

 

 あり得ないことをしたからだ。

 奇跡を起こすと、人はそれを崇める。


 ただ、私には気になることがあった。



(……あの時の光……あの人影は……)


 

 彗星が落ちる直前、他の火の国の戦士と共に、私は彗星の軌道を逸らそうと魔力を溜めていた。

 

 その時、突如莫大な魔力の高まりを感じた私は、円形闘技場コロシアムの最上段へ飛んでいった。

 そこで私が見たものは、水の国の勇者マコトの隣に在る神聖な姿をした何かだった。


 

 ――それを見てはいけない



 脳が、目に映る何者かを見ることを拒否した。

 見続けては、正気が失われる。

 

 幸い、それが居たのは一瞬だった。

 時間にして一秒に満たない、瞬きよりも刹那。

 それが消える瞬間、


 ――ニヤリと、その美しすぎる存在の口元が大きくゆがんだ。


 それを直視した私は

 全身に鳥肌がたち、身体が硬直し、声すら発することができなくなった。

 

 最初は、神様かと思った。

 しかし、私の知っている火の女神ソール様とは明らかに異なった。

 

 

(なんだったんだ……あれは)



 ――ガチャリ、と。


 ドアが開いた。

 

「オルガ、今いい?」

「ノックくらいしなさいよ」

 入ってきたのは、幼馴染のダリアだった。

 私が守護騎士を務める、火の女神の巫女だ。


「参ったわ、水の国の勇者にちょっかいを出したのを、国王陛下とおじ様にこってり絞られたわ」

 はー、とため息をつきながら私の部屋にあるベッドに腰かけた。

 そのまま、ぱたんと後ろに倒れ、上半身だけベッドに寝転がった。

 おじ様というのは、私の父のことだ。


「仕方ないわよ。私も父様にさんざん叱られたし」

 私はため息をつきながら、答えた。

 自業自得ではあるが、気分が重い。

 そして、恥ずかしい。


 十数日前に、高月マコトと佐々木アヤを相手に粋がっていた私を、殴って止めたい。

 天井を見上げながら、そんなことを考えていると、ダリアがつぶやいた。


「あいつ……高月マコトは『邪神の使徒』らしいわ」

「え?」

 ダリアの言葉に、私は思わず振り返った。


「邪神?」

「そ、かつての神界戦争で負けた古い神々。その古い女神を信仰しているらしいわ」

 その時、私の脳裏に浮かんだのは先日見たあの神聖な光だ。

 神聖だが、私には受け付けられなかったもの。

 人外の何か。

 

 古き神。

 邪神。

 ティターン神族。

 呼び名は様々だが、現在の女神教会においては敵視される存在だ。

 当然、その信者も敵である。


「それは……陛下に言ったの?」

 邪神の使徒。

 それは、千年前の戦いで多くの勇者を葬った忌まわしき存在。

 最後は、救世主アベルによって滅ぼされたらしいが。


 女神教会では、未だに禁忌として扱われている。

 一般人にとっては、蛇の教団ほどメジャーな存在ではないが。 

 決して、無視していいものではない。


「国王陛下にも言ったけど、……その前に火の女神ソール様に言われちゃったの。今回の『邪神の使徒』は、役に立つからほっとけって。あと、水の女神様が見張ってるから大丈夫だろうって」

「そ、それでいいの?」

 私は、戸惑った。


 ただ……、王都中が高月マコトと佐々木アヤを讃える中で。

 今さら、彼らと敵対しろと言われても困るのも確かだ。


 火の女神ソール様が手を出すなと言う。

 ならば従うしかない。


「喧嘩売る相手間違ったね」

「うん、間違ってた」


 私たちは、顔を見合わせもう一度ため息をついた。

 



◇高月マコトの視点◇



 目が覚めた。


 見知らぬ天井。

 硬いベッド。

 薄いシーツ。

 白い部屋。


 そこは、病室だった。

 ちょっと、水の神殿に似てる。


「ん?」

 右腕に違和感を感じた。

 正確には、


(右腕の感覚が無い……だと?)


 右腕に目を向けると、腕に包帯がぐるぐる巻きにしてあった。

 動かそうとして……動かなかった。

 え? 嘘。

 まじか。


「マコト! 目が覚めたのね」

 ルーシーが近くにいた。

 その後ろに、フリアエさんの姿が見える。


「さっきまで王女様と勇者さんが待ってたわよ。半日、看病したから私たちは入れ替わったところ」

 フリアエさんの説明を聞くに、ソフィア王女とさーさんはさっきまで傍に居てくれたらしい。

 あとで、御礼を言っておかないと。

 勇者さん……って、さーさんのことだよな?


「俺って、どれくらい寝てた?」

「四日よ」

「四日!?」

 ルーシーの答えは、予想外のものだった。

 そんなに俺は気を失ってたのか……。

 精霊への『変化へんげ』スキル。

 ノア様に助けられたけど、やっぱ無茶だったのかなぁ。


 俺は再び、動かなくなった右腕を見つめた。


「私の騎士……その腕、一生治らないかもしれないわ。」

 フリアエさんが、沈んだ表情で告げてきた。

「そっか……」

 俺は包帯でガチガチに固められた腕を見た。

 

 その腕は、包帯越しにも魔力があふれ出しているのが判る。

 うっすら発光もしている。

 本当に、俺の腕か? というほどの魔力だ。


(うーん、もしかしたらアレで動かないかな?)


 俺は、筋力でなく魔法力で腕が動かせないか試してみた。

 今回、右腕を水の精霊に『変化へんげ』した。

 その後遺症で、腕が上がらなくなった。

 が、魔力は腕に残っている。

 水魔法の『水操作』で、動いたりしないだろうか?


「私の騎士……、あなたはよくやったわ」

 俺が腕の方を見つめて、水魔法で動かないか試しているのを、フリアエさんが憐れんだ目で近づいてきた。

「でも、その腕は『呪い』に近い症状なの……しかも、私でも解けないほどの呪い……だから」 



 ――むにゅ


 

 フリアエさんの言葉の途中。

 右手に感覚は無かったが、何か柔らかいものを触った気がした。

 右手が動いていた。


 触っているのは、フリアエさんの胸だった。

 どうやら俺の右手が、フリアエさんの胸を鷲づかみにしているらしい。

 手の感覚が無いので、どうにも他人事のようだが。


「いや、ゴメンゴメン、ひめ……」

 腕を動かすのに失敗しちゃって、と言葉を続けることはできなかった。

「なにすんのよっ!」

 鬼の形相をしたフリアエさんが、俺の側頭部に綺麗な回し蹴りを放った。

 

「ま、マコト!」

 ルーシーが慌てて駆け寄って、俺を起こしてくれた。

「痛てて……」 

 と言ったが、そこまで痛くない。

 一応、怪我人ということで加減してくれたらしい。


 さっき、回し蹴りをくらった時にフリアエさんの下着が見えたが、それを言うと今度こそ本気の蹴りが飛んでくる気がする。

 だから、言わないけどね!

 俺は失敗を学習するからね。


「もうー、胸が触りたいなら私のにしときなさいって」

 呆れた風に言われ、ルーシーが胸を押し付けてくる。

 背中は、普通に感触が伝わるんだが……。

 ルーシーの表情を見るに、からかってきているのだろう。

 しかし、さっきは右手で触ったから何にも感覚なかったんだよなぁ。

 何もしないのも癪だ。


「まあ、ルーシーがそう言うなら」

 俺は動く左手で、ルーシーの胸に手を乗せた。

 そのまま柔らかい感触を楽しむ。


「へ!?」

 顔を真っ赤にしたルーシーが慌てて身をよじる。

 そして、自分の身体を抱きしめてこちらを上目遣いで睨んだ。


「ど、どうしちゃったの? こんな時、いつものマコトならクールぶって触ってこないのに!」

 さすが付き合いの長いルーシーだ。

 俺のことがわかってる。

 昔の俺なら『明鏡止水』スキルを使って、冷静なふりをするのが精いっぱいだった。


 しかし、ここ最近生死をさまようことが多かった。

 最近の俺は、本能に忠実なのだ。

 俺は、ニヤリとした表情でルーシーに告げた。 


「いつまでも昔の俺と思うなよ、ルーシー。俺は日々成長している」

「女の胸を触ってそんなドヤ顔されても……」

 ルーシーのノリは、あまり良くない。

 フリアエさんは「阿呆ばっかりだわ」と言って黒猫を連れて、病室を出て行った。


 部屋には、俺とルーシーだけだ。

 二人きりだ。


「ま、まあ、そーいうことなら好きなだけ触っていいわよ」

「ええ!?」

 ルーシーが形のいい胸を突き出してくる。

 何言ってんのこの子?


「ほら、どうしたのよ? 王都を救った英雄なんだから、堂々と女の一人や二人、好きに抱きなさいよ」

「くっ!」

 予想外だ!

 ここまで積極的に攻めてくるとは!

 やはりロザリーさんの血筋か。

 が、流石に恥ずかしいのか、顔はずっと真っ赤だが。


(どうしよう……?)

 病室には二人きり。

 これをスルーしては、ルーシーに恥をかかせてしまう。


「じゃあ、遠慮なく」

「ん」

 俺はルーシーの身体に手を伸ばし、ルーシーが身体を寄せてきて


「高月くん?」

 すぐ真横に、さーさんが立っていた!

 い、いつの間に。


「何やってるの? るーちゃん」

 さーさんの淡々とした口調が怖い。

 が、ルーシーはあまり慌てていない。


「マコトが目が覚めて欲求不満だったのか、フーリの胸を触って怒られてたのよ。だから、私で我慢しなさいって言ったの」

「へ!? へええええ! 高月くんが!? ふーちゃんの胸を!? どうしちゃったの!」

 中学からの幼馴染に、驚愕された。


「ほら、マコト。アヤのも触りなさい」

「るーちゃん!?」

「おい、ルーシー!?」

 こいつ無茶言うな。


「アヤったら、折角『ラミア女王』に進化したのに胸が大きくならなかったって気にしてたの。マコトが協力すればいいでしょ」

「るーちゃん! それ、言っちゃダメなやつ!」

 ルーシーの言葉に、普段はあんまり慌てないさーさんがルーシーの口を塞いでいる。


 俺はその言葉を聞いて、さーさんの身体を眺めた。

 さーさんの体形は、高校一年からあんまり変わっていない。

 正確には、ラミアが正体なのだが、胸の大きさはラミアでもあまり変わらなかった。


 本来、ラミア族はグラマラスな体形が多いらしいのだが……。

 さーさんは『変化』スキル持ちなので、好きな姿になれる。

 が『変化』で水増しするのは、プライドが許さないんだそうだ。

 そのため、人間形態でもさーさんの胸は慎ましやかだ。


「高月くん、……何見てるの?」

 さーさんが、じっとこっちを見てきた。

  

「大丈夫、俺は(小さくても)好きだよ!」

 ぐっと、親指を立てて明るく伝えた。


「「……」」

 ルーシーとさーさんが、変な顔をしてこっちを見ている。


「マコト、変よね?」

「高月くんは、もともと変だけどね」

「失礼な」

 ルーシーとさーさんの言葉に、異を唱えた。

 

「まあ、いっか。高月くんに、好きって言ってもらえたし」

 そう言ってさーさんが、俺の寝ているベッドに上がり込んできた。

「あ、ちょっと、ずるい」

 ルーシーまで、入ってきた!?

 さすがに三人はきつい。



 そんな感じで。

 三人で、わいわい騒いでいると。



「……勇者マコト?」

 氷のように冷たい声と表情。

 そして、極寒の冷気を発しているソフィア王女が微笑んでいた。

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