88話 高月まことは、王女ノエルから昔話を聞く

俺を見つめるノエル王女の目が少し冷たい。

「勇者まこと様。それは救世主様の伝説の真似ですか?」

「え?」

 急に変なことを言われた。


「救世主様の伝説?」

「……ご存知ないのですか? 有名なお話なんですが」

 ノエル王女が語ってくれた。


 ――千年前、大魔王を倒し世界を平和にした救世主アベル。

 伝説の勇者でもあるアベルは、生き残った人族を集め太陽の国ハイランドを建国した。

 救世暦ゼロ年のことである。

 ハイランドの民は、アベルが国王になることを望んだ。

 しかし、救世主アベルは「待ってる人がいるから」と言って去っていった。

 その後、彼の姿を見たものはいない。

 そんな伝説だ。


「……知りませんでした」

 あー、これはあれか。

 それを真似してかっこつけてると思われたのか。

 それは、ちょっと痛いなぁ。

 ノエル様の冷めた目もうなずける。


「本当にご存知なかったのですね」

 冷たい表情が、もとに戻った。

「まこと様、私はこの話が嫌いなんです! 真似をしてるなら、怒っちゃおうかと思ったんですよ」

 腰に手を当て、むー、という顔をするノエル王女。

 表情豊かな人だなぁ。


「なんで、嫌いなんですか?」

「だって」

 拗ねるような目を向けてくるノエル様。

「救世主アベル様には、聖女アンナ様という恋人がいたのですよ? なのに「待たせてるひとがいる」なんて、他に女がいたみたいじゃないですか!」

「あー」

 なるほどねぇ。

 そう言われると、その通りだな。

 他に女いたのか、救世主様。


「一応、歴史学者の解釈では救世主アベル様は、年老いた母が居て、生家でつつましく余生を過ごしたと言われています」

「へぇ、そうなんですね」

「という、後付の創作です」

「え?」

 作り話ですか?


「救世主様のその後は、まったく足取りがつかめませんからね。それっぽい話を作りませんと。ハイランドの初代国王アンナ様が、恋人を他の女に取られたなんて話は許されません!」

「大変ですね……」

 この国ハイランドは、建国時から面倒なんだな。


「大賢者様なら、詳しいお話をご存知では?」

 あの人は千年前の救世主アベルのパーティーメンバーなんだから。

「大賢者様も、いなくなった救世主様のことは知らないと言い張ってるんです……」

「へぇ……」

 絶対知ってる気がするけど。

 何かあったのだろうか?


「だからこそ、救世主様と同じスキル『光の勇者』りょうすけ様の血筋は絶対に、ハイランド王家に必要なんです。スキルは同じ血筋による発現が多いですから」

「『光の勇者』スキルは千年間、所持者が現われなかったんですよね」

「ええ……ハイランド王家の痛手です」

「千年ぶりに、現われたのが異世界からやってきた桜井くんか……」

 ため息をついた。


 それにしても。

 スキルって血筋で決まるのか。

 どおりで、ソフィア王女やレオナード王子みたいな王族は、強力なスキルを持ってるわけだ。

 おかげで桜井くんの奥さんは二十人。

 ハーレム……では、あるのだろうが。

 お、またダンスの相手が変わったな。

 あの子は、何番目の婚約者なんだろう。


(でも、この国の次の王様はノエル王女だから……。跡継ぎはノエル王女の子供なんだよな?)

 なんとなく横目で、ノエル王女を見てしまう。

 桜井くんは、この清楚なノエル王女とも……。

 やっぱり、恵まれてるわ。

 うらやま、爆発しろ。


 その視線に気付いたのか、俺の顔を見てイタズラっぽい顔をする。

「あら? まこと様。もしかして、私は子供を作らなくてよいのか? って思ってます?」

「!? い、いえいえ。そのようなことは」

 アホなこと考えてるの、読まれた!?

 ここでノエル王女が意味深な表情で、こちらを見てくる。

 

「女神様の巫女は、清い身でなければいけないので。今は子を授かれないのです」

「えっと?」

 どーいう意味だ?

 そんな察しの悪い俺の顔を見て。

 ノエル王女が、すすっと近づいてきた。

 俺の服の襟のあたりを、軽くひっぱり、耳元に口を近づける。


「巫女は処女でなければいけないんですよ。だからわたくし、経験が無いんです」

 そんなことを囁かれた。

「!? の、ノエルさま?」

 その台詞と、耳元にかかる吐息で、体温が上がった。

 か、顔が暑い!

 このひと、ぶっちゃ過ぎじゃない!?


「あら、はしたなかったですね。わたくしったら」

 くすくす、と笑うノエル王女。

 王女さまったら、お茶目過ぎ!


 しかし、そうかー。

 たくさんの美しい婚約者がいて。

 でも、一番綺麗なノエル王女は、おあずけなのか。桜井くん。

 それは残念だったな。

 うーん、まあ、でも。


(やっぱり、姫様と結ばれるのは魔王を倒して世界を救ってからだよな、桜井くん)


 俺の中で、彼の好感度があがった。

(それはまことだけよ?)

 別にいいでしょ、ノア様。

 俺的には、好感度アップなんです。


「楽しそうですね、勇者まこと。ノエル様」

 冷たい声。

 ついでに、空気の温度まで下がった。

 さ、寒い!?


「そ、ソフィア王女?」「あ、あら。ソフィア様」

 ぱっと距離をとる俺とノエル王女。

「いつの間に、仲良くなったのですか」

 いつぞやのルーシーが俺の部屋に泊まっていた時と同じくらい、冷たい目と声のソフィア王女。


「いやぁ、俺の話相手がいなくて来てくださったんですよ。ありがとうございます、ノエル様」

「主催者が、ゲストをもてなすのは当然の務めですから。それでは、まこと様」

 俺はノエル王女に礼を言い、ノエル王女はそそくさと去っていった。


「……こちらに来てくだされば、私が相手をしましたのに」

 ソフィア王女が、ぶつぶつ言っているが。

 俺、そっちの王族エリア行けないんですよ?


 それから、ソフィア王女やらレオナード王子やら。

 さーさんが仲良くなった聖騎士や、ルーシーと親しくなった若い貴族女性を紹介されて。

 後半は、そこそこ盛り上ったパーティーだった。


 最後に、新任勇者の挨拶とかさせられた!

 聞いてなかったんですけど、ノエル様!


 かみかみでした。

 いきなりの無茶振りは、やめてくださいよ……。


 やっぱり気を使うわ。

 太陽の国ハイランド。 



 ◇



 ――その夜。

 夢の中で俺は、女神様の空間にいた。


「ノア様?」

「はろー、まこと」

 やってきたのは、パーティードレス姿のノア様?

 さっきのパーティーを見て、着たくなったのか。

 似合ってますけど。


「何ですか? その格好」

「ふふふー、可愛いでしょー?」

 くるくる回るノア様。

 ちょっと! そんなに動くとスカートの中が……。

 み、見えねぇ!

 女神様の絶対領域は、健在か。


「ご機嫌がよさそうですね」

「まこと、順当に巫女や勇者たちを懐柔してるわね」

 懐柔……?

 相変わらず、嫌な表現をする。

 仲良くやってますよ。


「それは桜井くんやノエル王女のことを言ってます?」

「そ。彼らからの好感度は高いわよー。この調子でいきなさい、私の可愛いまこと」

「え~、太陽の国ハイランドは疲れるんで、もう帰りたいんですけど」

 ガチガチの身分制度に。

 血の気の多い勇者。

 理不尽に恨んできたり、もの珍しげに陰口を言う貴族たち。

 あげくに、亜人の反乱事件だ。

 面倒過ぎだろ。

 そういえば、ふじやんは、何か情報得られたのかなぁ。

 結局、今日は会えなかった。


「亜人反乱計画のリーダークラスを何名かを突き止めたみたいよ?」

「早っ!」

 24時間も経ってないんですけど!?

 FBIなの?

 ジャッ○・バウアーなの?

 てか、ノア様。


「ネタバレはやめて下さいよ」

「いや、私女神だから。使徒を導くのが仕事だから。まこと、私のこと攻略wikiか何かだと思ってない?」

 不服そうな顔をされた。

 

「そ、そんなことありませんよ」

 実際、思ってました。

「ちょっとぉ!」

「それは、そうとどうかしましたか?」

 ノア様が出てきたってことは、イベントだな。


「私の登場イコールイベント開始、みたいな扱いやめてもらえる!?」

 でも、大抵そうじゃないですかー。


「もぉー、『RPGゲームプレイヤー』スキル持ちのゲーム脳の使徒はこれだから」

 ぶつぶつ、文句を言うノア様。

「で、これからの方針を話し合うわけですよね?」

「そそっ。まことの意見を聞こうかしら」

 パチンと指を鳴らすと、空中にホワイトボードが出てきた。

 学校みたいだな。


「やっぱり反乱を止めるべきですよね?」

 大魔王の復活が迫っているのに、身内で争っている場合じゃないだろ。

 ニナさんのお世話になった人も、反乱に参加しているようだし。


「そうねー。止め方も問題ね。人族と亜人たちに遺恨が残るような方法だと、対大魔王の軍勢との戦争で、不利になるわね」

 ホワイトボードに、ささっと文字で書かれる。

 わざわざ日本語なんですね。


「さて、ここで問題よ。今回の反乱、どうしてこのタイミングなんだと思う?」

「それは、階級制度への不満がたまって……」

 いや、そうなのだろうか?

 人族と亜人の住む街は、明確に分かれていた。

 トラブルは起きづらそうだし、今日のパーティーで貴族の若い女性はエルフのルーシーに好意的だった。

 なんでもノエル王女が、身分制度に反対の立場だからそれに倣っているらしい。

 ノエル王女は、種族差別をするようなイメージないし。


「単純な階級制度への不満ではない……?」

「そうかもねー、何か心当たりは?」

 トントンと黒いマジックで、ホワイトボードをたたくノア様。 

 ハイランド王都シンフォニアで計画されている反乱。

 それによって、得をするのは……。


「魔人族……『蛇の教団』ですか?」

「調べてみる価値はあると思うわよ」

 ウインクしてくる女神様。

 それを俺は、しらけた目で見てしまう。


「女神様は、全部知ってるんですよね? 今回みたいな反乱が起きてしまうと、死者の数も増えてしまいますし、全部教えてくださいよ」

「な、なによ。そんな顔しないでよ」

 ノア様が焦ったように、後ろずさる。


「蛇の教団の連中は、狂信的な悪魔神王の信者が多いから、私みたいに『他の神』には動きが読めないの! それは聖神族の信者も一緒だと思うわよ」

「じゃあ、ノエル王女やソフィア王女も女神様に教えてもらえないというわけですか」

 なるほどねぇ……。

 信仰心が強いと、他の神からは視えなくなってしまうのか。


「ノエルちゃんは、女神の巫女の力だけじゃなくて、神殿騎士を動かす権力や、王族としての立場があるから一番情報を持ってるはずよ」

「そっか、パーティーで聞けばよかったですね」

「……さっきのパーティーで、亜人の反乱や蛇の教団の話するのは、空気読めないにもほどがあるけどね」

 ちょっと、残念な子を見る目で見られた。

 なんですか、聞き込みは効率よくしたほうがよいでしょ。


 そういえば、昔は巨神のおっさんに言われた事を思い出す。

「前に会った、ノア様のお仲間の巨神のおっさんに助けてもらうのは有りですか?」

「ああー、じいね。うーん、難しいんじゃないかしら。タイタン神族は、戦闘力は高いけど、細かいことは苦手だし、そもそも神族は地上の民に直接干渉をするのは禁止されてるのよ」

「そうなんですか?」

 聞いた話だと。

 神族は、加護やアイテムを与えるくらいはよいが。

 地上の民の争いに直接介入することは、禁じているらしい。


「聖神族や魔神族や、ティターン神族が直接争うと、地上なんてめちゃくちゃになっちゃうから。昔の神界戦争ティタノマキア巨神戦争ギガントマキアで、地上は一度、全部壊れちゃったからねー」

「……じゃあ、ダメですね」

 助けてもらうつもりで、より大きな戦争を引起こしてしまう。

 

「じいに助けを求めるのは、仲間の誰かに加護をつけたいとか、土属性の強力なアイテムが欲しいとか、そういう時にしなさい」

 タイタン神族は、土の精霊の力を持っているから、らしい。

 今のところないなぁ……。

 さーさんは、魔法使い適正無いし。

 ルーシーは、すでにアイテムを強化してもらってるし。

 この方法は、保留かぁ。


「あ、そうそう。1点、注意点があるわ」

「なんでしょう?」


「私は太陽の女神アルテナとは仲が悪いから」

「……そうなんですか?」

「あいつ頭カチカチの融通が利かないマジメ女神だからねー。というわけで、水の国みたいな裏取引はできないから気をつけてね」

 水の国ローゼスだと、勇者になったのに改宗はしなかった。

 ノア様が、水の女神エイル様と話をしてくれたからだ。

 どうやらハイランドでは、それが難しいらしい。


「太陽の女神信仰は、六女神の中で頭の固い信者が多いから、気をつけてね」

 太陽の巫女のノエル王女を見ると、イメージが湧かないけど。

 太陽の女神信仰の信者は、真面目な分、目をつけられると厄介らしい。

 トラブルは起こさないように、気をつけるか……。

 俺は、マイナー信仰(信者一人)だし。


「じゃあ、最後に」

 これが本題とばかりに、ホワイトボードに『九区街』と書かれた。


「第九区のスラム街へ行ってみなさい」

「スラム街?」

 なんだって!

 九区は、スラム街なのか。

 RPGゲーム的には、これは探索しないと!


「宝箱は無いわよ? でも、隠し通路はあるかもね?」

 ニッと笑いかけてくる。

 さすが、ノア様。

 わかってる。


「でも、なぜスラム街を調べるんです?」

「第九区には、魔人族が住んでるわ」

「!? 魔人族って王都にいるんですか」

「住むだけなら可能よ。犯罪者やらマフィアと同じ街だから、快適ではないでしょうけど。他に住める場所が無いのよ。くだらないことしてるわよね」

 つまらなそうに言うノア様。

 なるほど……王都シンフォニアの最下層の街。

 魔人族の住む街なら、蛇の教団のことも何かわかるかもしれない。


「わかりました。ノア様の助言通り、九区街へ向かいますね」

「まこと、危険な場所もあるから。気をつけるのよ」

 そう言いながら、ノア様は消えていった。


 ……危険なのか。

 でも、少し冒険の匂いもする。

 次の目的地が決まったな。

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