ニライカナイ
『じいちゃん、圭を見た……見つけたよ』
『どこにいた?!』
『今、僕が行ってる会社。でも……』
週末に祖父母の家に行った。家にいたくないのもあったし、祖父母にも圭が見つかったことを知らせたかったから。
『どうした? 何かあったのか?』
そう聞いてきた祖父に、僕は洗いざらい話した。
会社での圭のやり取りのことや、小さいころについた嘘まで、今までした何もかも全部。そうしたら
『お前はバカか?!』
そう言われて、じいちゃんの平手が飛んできた。有段者の、本気の平手打ち。少しだけ目に近い場所に当たり、一瞬、目から星が飛んだような気がした。
『おじいさん!』
『ってぇ……』
『何でもっと早く言わないんだ?! 知ってたら、圭をあの馬鹿娘夫婦から引き離していた!』
『じいちゃん……?』
『……葎……圭はな……あの二人から虐待されていたんだよ……血液型が違う、あの二人に似たところがない、というだけでな』
似たところがないと言った祖父に、『どこか一つでも似てればよかったのに!』と言った母の言葉を思い出し、あれはそう言う意味だったのかと驚く。
『それに……』
曾祖父は十年くらいの前に病気で亡くなったけど、今年八十五になる曾祖母は、毎日畑に出ているせいか滅茶苦茶元気だ。祖父の言葉を引き取るように、その曾祖母が語ったのは、圭の食事事情だった。
『あれは圭が小学生くらいの時だったかの……。泊まりに来た最初の日、ご飯の途中で圭が箸を置いたんだよ。どうした? お腹でも痛いのか? って聞くと、『あんまりご飯を食べるとあの人たちに怒られるし、葎のぶんが無くなるって言われるから』って言ってな……』
『そんなっ!』
『母さん、その話は聞いてないぞ?!』
『言っておらんしな。それに、圭がそう言ったあとでばつの悪そうな顔をしてたから、圭にとってあれは失言だったんだだろう。それに圭に『ひいおばあちゃん、誰にも言わないでね? あの人たちに知られると叩かれるから』って悲しそうな顔で言われてしまったから、黙ってただけだ。尤も、ここにいる時はそんなこと気にしないでもいいし、誰もあの二人には言わないからと言って食べさせたが』
『あいつら……っ!!』
そんなことを言ってたなんて、思いもしなかった。確かに家の食卓では、中学を上がったことには僕が気づくくらい、圭は家でご飯をあまり食べなくなっていた。食が細い、男女の差だと、そう思っていた。
『もうおなかいっぱい……』
そう言ってご飯やおかずを残す圭。僕が『これも美味しいよ?』と言うと、二人のどちらかに必ず『葎!』と怒られた。
けど、いつも構わず圭のご飯の上におかずを乗せていた。それでも圭は『もう入らないから、残したぶんは葎が食べて?』と言って、すぐ食卓からいなくなっていた。
……日に日に減っていく、圭の食事の量。それに、うちの家系は割りと身長が高めだ。男性も、女性も。親戚中で、圭だけが発育が悪く、小さかった。
――それに今更気付くなんて。僕のせいだ。でも、それでも……!
もう、無理だ。両親と一緒にいるのは、もう、無理だ……そう思ってしまった。
『……じいちゃん、僕、あの家を出たい』
『葎?』
『圭は多分、僕や二人のしたことを許してくれないと思う。でも、僕はいつか……圭がいつか許してくれたら、きちんと二人で話したい……僕のしたことを謝って、やり直したい。それにはあの二人は邪魔だし……圭にあの家で話そうなんて言えない。僕自身、もう一緒にいたくないよ……』
こんなこと言いたくないけどさ、と力なく笑った僕を、曾祖母は『親不孝者め』と言った。
――週明け。眼帯をして行った僕は、散々同僚にからかわれたけど、結局本当の理由を言わなかった。
***
圭が出張から帰って来るまでの間、日比野は山下という先輩についていろいろ教えてもらい、僕はなぜか在沢室長直々に仕事を教えてもらった。室長は『今のところ俺しか空いてないし』としか言わなかったけど、圭が帰って来て圭と一緒に仕事をするうちに、その仕事ぶりが室長と似ていると思った時、だから室長自ら僕に仕事を教えてくれたのかなと何となく思った。
二級を取るとすぐに政之の秘書に就かされた。新人の僕がなんでと思ったけど、『小田桐部長直々の指名だ』としか聞かされなかった。もちろん僕一人ではなく在沢室長も一緒だった。
圭が帰って来るまでの間、室長と一緒に政之の秘書に就いてすぐに、室長や政之の様子がどこか変だと感じた。まるで室長は政之を監視しているかのように政之に鋭い視線を送っていたし、政之も普通に話をしていても、部下に仕事の指示をしていても、時々何も見ていないかのような目をしては、突然クスクスと笑いだしていたから。
出張から帰って来た圭が僕の教育とサポートに就くようになって、僕が一人で一通りのことができるようになったころ、あのころみたいに政之が僕と圭を逆に呼び始めた。その目は濁り、何も写していなかった。圭が何度注意しても直らず、日に日に酷くなる。
――そんな政之を見るのが怖かった。多分、政之は、仕事のことや圭のことか何かで、この時にはもう壊れ始めていたんじゃないかと、あとになってそう思った。
「羽多野ーっ! 小田桐部長がお呼びです!」
そう呼ばれて、慌てて必要なものを持って隣の部屋にある会議室に行くと、圭がドアを開け放した状態で立っていた。圭の顔は相変わらず無表情で、その態度は他人行儀だった。
それが辛かったけど、そのことに対して何か言いたかったけど、今は仕事優先と頭を切り替えて圭に近付く。
「それでは、羽多野君、あとをお願いいたしします」
「りょーかいっ!」
「羽多野君、言葉遣い」
「……っ! 申し訳ありません。わかりました」
「本当にわかっているのですか? 仕事はきちんと覚えたのですか?」
無表情でそう言われて言葉に詰まる。『圭』と言いかけて睨まれ、『羽多野』と言いそうになり、言葉を噛みながらも慌てて「在沢、さんほどではありませんが、大丈夫、です」と言い直す。
「そうですか。今週いっぱい……と言っても今日までですが、完全に覚えてください。来週からは、羽多野君が一人でこなすことになりますから」
「……はい」
嬉しかった。
まだまだ半人前の僕だけど、少しだけ圭に認められたようで……それが嬉しい。嬉しくて、思わず顔がにやけてしまい、なぜか圭に睨まれてしまった。
「それでは羽多野君、このあとは来週に備え、一人でやってみてください。小田桐部長の今日のスケジュールは把握していますよね?」
「はい」
「それでは、あとをお願いいたします。私は秘書課で在沢室長の手伝いをしていますので、どうしてもわからなければ聞いてください」
「はい」
圭の指示を聞いて、しっかり頭の中に入れて頷く。
「それから、小田桐部長に名前を正すよう言ってください」
「でも……」
「ある程度のことを諫めるのも秘書の仕事ですよ?」
「……わ、かりました」
「それでは、頑張ってください。小田桐部長、失礼いたします」
そう言ってその場を離れた圭。嬉しいけど、やっぱり不安で仕方がない。
違うことは違うと言ってくれるし、わからなければきちんと教えてくれた。変なやり方をしていれば、もっと簡単にできる方法も教えてくれた。
公私をきちんと分ける圭。
職場なのだから、それは当然。当然なんだとわかっているけど……
――でも、僕にはそれがなかなか上手くできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます