Fairy Belle

 家に帰っても、圭のことばかり考えていた。レポートを提出しなければならないのに、なんで、どうして、という言葉ばかりが頭の中を支配して、レポートを書くことに集中できなかった。

 明日会ってもう一度話を……あの言葉の意味を聞かなければ。

 そう思った僕は明日また会えるだろうからと、とりあえず頭を支配していた言葉を追い出してレポートを書いたけれど、結局圭と会えたのはその三日後だった。ペットボトルのお茶を買うために寄った先……お昼休みも終わりに近い時間で、食堂で先輩と思しき人とコーヒーを飲みながら喋っている圭を見つけた。


「やっと見つけた!」


 そう言って圭に話かけたのに、男女の先輩社員は僕の言葉を遮るように、圭をからかっていた。それに、圭は僕を見ようともせず、二人と話していた。

 それに苛ついた僕はそれを圭にぶつけるように「……圭、コイツらなに?」と、きつい口調で言ってしまった。二人の先輩に睨み付けられ、しまったと思ったけど、出てしまった言葉は戻せない。

 怒らせたのか、女性の先輩にボウヤと言われてしまい、内心びくびくしていると圭が溜息をつきながらお互いを紹介してくれた。……やっぱり、他人行儀で。

 そして『羽多野』という言葉。圭も羽多野でしょ! という言葉を吐く暇もなく。


「つまり、お前の先輩」

「厳密に言えば、圭もアンタの先輩だってこと、わかってるのかしら?」


 先輩社員二人から言われて、息を呑む。先日言われた言葉を思い出したから。『追いかけて来たのは、あなた方のほうだ』という言葉を。

 呆然としている間に圭が立ち上がって動こうとしていたので、あわてて圭の手を掴む。


「圭、待って! 父さんと母さんが心配してるんだ! 家に連絡して!」

「……もう貴方の嘘には騙されませんよ。あの二人が心配している? あり得ないですね」

「嘘じゃない!」


 そう、それはある意味嘘じゃなかった。尤も心配していたのは祖父母と親戚たちで、親戚の集まりにさえ出なくなった圭を心配した親戚が、家に閉じ込められていると思っている親戚が、圭に縁談を持って来ていたから。


 会社で圭に会ったと両親に言うと、顔を歪ませながらも『家に連れてこい』と言った。どうして『連れ帰って』じゃないの? と、『自分たちの子供』じゃないの? と疑問に思った。疑問に思いつつも、なんて言って連れて来ればいいかと聞くと意外な言葉が帰って来た。


『心配していると言え!』

『自分で連絡して、そう言えばいいじゃないか!』

『あいつにか? 心配もしてないのに? そう言えと言ったのは、自分たちの保身と世間体の……』


 そこまで言ってからハッとして言葉を切った父のその言葉に、唖然とする。とても親の言葉とは思えなかった。


『保身?! 世間体?! 自分のことだけなのかよっ! 心配もしてないのにだなんて、自分の娘に対して言う言葉かよっ!!』


 この時、初めて自分の両親のことを変だと思った。一緒にいたくないと思った。


 掴んでいた手を強引に引き離され、我に返る。やっぱり圭の腕力が落ちている。その理由がわからない。圭が怒っている理由も。

 そして聞かされた、衝撃的な言葉。


「今までさんざん『お前はいらない』だの『産むんじゃなかった』だの言われ、無視され続けてきたんです……今更心配? あり得ないですね」

「け、い、……?」


 頭が真っ白になった。自分の子供にそんな言葉を吐いた両親が信じられなかった。そして突き付けられた、僕の行動。圭が知っていたなんて思いもしなかった。でも、違う。全て圭のためだった。圭のためだったはずだった。


「圭、違うんだ……!」

「何がどう違うと? 寮に入り、さらに高校生の時からバイトをしてる私と違って、何から何まで親の脛をかじって遊んで来たのでしょう?」


 確かに一時期就職をしたものの、結局は大学を卒業するまで親の脛をかじっていた。でも、それよりも、寮にいたこととバイトをしていたことに驚いた。

 同じ親から生まれたのに、両親からの愛情も態度も、その人生も、その育ち方にも落差がある僕と圭。


 どうして?

 なんで?


 その言葉ばかりがぐるぐると頭を巡る。

 圭が歩き出したのでそれに付いていくと、圭が更に衝撃的な言葉を吐いた。


「あの人たちに何を言って何を言われたのか知りませんが、中学卒業と同時にあの人たちからは『子供は葎だけだ』と絶縁状をいただいており、紆余曲折あって既に貴方とも姉弟ではありません。なので、あの二人が心配している、というのもあり得ないんですよ」


 嘘だ!

 そう叫びたかった。もう姉弟じゃないなんて、信じられなかった。無表情でそう告げた圭の顔を見下ろすと、無表情のその奥で、圭の目が怒っていた……僕に憎しみを向けて。どういうことか問い詰めても、返って来た返事は『詳しくはあの二人に聞け』と言う言葉だけ。


 僕の知らないところで、圭にひどい言葉を投げつけた両親に怒りを覚える。この時の僕は、まさか自分のついた嘘が原因だなんて、少しも思ってなかった。

 去っていく圭の後ろ姿を見つめ、先輩に抱き付かれ、照れたような笑顔を向ける圭を見る。それは初めて見る笑顔だった。



 ――そんな顔、僕は知らない。見たこともない。どうして僕じゃないんだ、どうして僕の前で笑顔を見せてくれないんだ。



 ぐるぐるまわる思考の中で、絶対に両親を問い詰めてやるとギュッと拳を握り、内容次第ではあの家を出る……そう、決めた。


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