One Exciting Night

 圭を抱き抱えてエレベーターに乗ると圭はすぐにのジャケットに隠れて何やらごそごそとしていたのだが、「ベタベタして気持ち悪い……」と呟いたことで、あの男に触られたことが嫌だったのだとわかった。そのせいでまた怒りが増し「あとできっちりみっちり消毒してやるから」と、つい怒りに満ちた声で吐き出してしまった。

 怖がらせたかと思い圭の顔をちらりと見ると、なぜか頬を朱に染めていた。

 マンションを出ると婦人警官が近づいて来て「何をされたのか話してください」と圭に言ったあとで俺を見たので、小さく頷く。

 警察官との簡単な自己紹介のあと彼女が寄ってきて


「彼女を保護したあと、彼女にとって辛いお話を聞かなければなりません。貴方にとっても辛いお話になるかと思いますが、貴方はそれを黙って聞くことができますか?」


 と聞かれた。圭のことで焦り、頭がいっぱいだったので「あとで返事をします」とそのまま圭のところへ駆け付けたのだ。


 一旦車の中へ入り、圭を真ん中に座らせて俺と婦人警官が両サイドに座ると、圭を安心させるように手をギュッと握り、婦人警官は圭に話を促した。聞くにつけ、どんどん怒りが増す。

 もっと蹴っ飛ばしてやればよかった! と思ったが後の祭りだ。

 心療内科カウンセラーもお教しえしますとも言われたのだが俺はきっぱりと断り、圭も無表情ながらも大丈夫だからと断っていた。そのあと二人で何かやり取りをしていたが、ちょうど前嶋が戻って来たので二人のやり取りを聞くことなく、前嶋の運転で会食会場返事向かった。

 会食会場であるホテルに着くと、「俺はもう少しあいつらの話を聞いて来る」と言って出かけたのでそのままフロントへ向かって部屋を取ると、圭の手を掴んで部屋に連れて行った。「気持ち悪い」と言った圭にシャワーを浴びてもらうためだった。


「気持ち悪いんでしょう? シャワーを浴びて来なさい。父さんたちに先に始めるよう言って来るから」


 部屋を出て父親たちがいるラウンジへ向かうと、「大丈夫だったのか?!」と口々に聞かれた。


「大丈夫よ。ちょっと胸を触られたようだけど、それ以上はされてないから。部屋を取って、今はシャワーを浴びてもらってるの。時間がかかるようなら、先に始めてて」


 踵を返そうとしたら、瑠香に呼び止められた。


「泪、これを持って行きなさい」

「でも、圭への誕生日プレゼントなんでしょ?」

「そうよ。だけど、お圭ちゃんはあの服を着たくないって思うはずよ? 少なくともアタシなら、忌まわしい記憶を呼び起こす服なんて、着たいとは思わないわ。だから持って行きなさい」


 そう言って紙袋を押し付けられた。


(そうね……アタシもあの服を着て辛そうな顔をした圭を見たくないわ)


 そう思い、有り難く紙袋を受け取る。


「あっちは全部処分するから、持ってきてね」

「わかった。ありがとう、姉さん」


 お礼を言ってから踵を返し、部屋へ戻るとバスルームへ向かう。圭に声をかけようとしたが、足元にあったものを蹴飛ばしてしまった。

 下を向くと畳まれた服が置いてあったため、それを拾って紙袋を置いて中を確かめると、服やら下着やらいろいろ入っていたうえに、靴や予備の紙袋まで入っていた。


「用意周到ね……」


 苦笑しつつも予備の紙袋に忌まわしい服を入れて部屋を出ようとして、何も書いていないことに気づく。備え付けのメモとペンを取って書き、バスルームにある紙袋の上に置く。

 部屋を出て瑠香のところへ戻り、「これよ。お願いします」と紙袋を渡し、急いで部屋へ戻るとがさがさという紙袋の音がしたあとで、圭がバスルームから出てきた。


(あら、素敵じゃない!)


 目を見開いて、上から下までまじまじと圭を見たあとで、口を開いた。


「あら、さすが姉さん。良く似合ってるわ……」

「泪さん……ありがとう」


 圭の側に寄ってギュッと抱き締めると、圭も俺の背中に手を回し、ギュッと抱き付いて来た。その腕と体は微かに震えていた。

 あとちょっと遅かったらと思うと、今更ながらゾッとする。取り戻せた。取り戻すことができた……自分の腕の中に。


「本当に無事で……間に合って良かった……っ」


 震えている自分の腕を圭に悟られないよう、さらにきつく圭の体を抱き締めた。



 ***



 圭と手を繋ぎながら両家が集まっているラウンジへ行くと、奥のほうに両家の集団がいた。あとのテーブルは女性客が数組いるだけでほとんどが空いていた。

 彼女たちに視線を向けられていたのはわかっていたが、悉く無視をした。


「始めててよかったのに」


 全員こちらを向いたが、圭の装いを見て両家の母親たちはほしいと言い出し、瑠香も採寸に来るなら作ると話している。


「元々これくらいに料理を出してもらうよう指定していたんだ。とにかく座ってくれ。……では、始めよう」


 父の合図で、両家の会食が始まった。

 改めてお互いに挨拶を交わし、料理を堪能しつつ、いろいろな話を交わす。父親同士はなぜか半分喧嘩状態(恐らく今まで穂積に誘っても来なかったことを言い合っているか、圭のこと)で、母親同士も馬があうのか、服装のことなどを話をしていた。

 全くと呆れつつも圭を見ると、辛い思いをしたにも拘わらず、珍しく……本当に珍しく、ずっとニコニコしていた。さらに父たちの奥のほうにテーブルがあり、いつの間に来たのか男性客が座り、漏れ聞こえる「美人」「可愛い」という会話から、瑠香や圭のことを言っているのだろうと察しがつく。

 が、瑠香には既に前嶋という婚約者もいるし、圭には俺という夫がいる。そのテーブル客の一人と目があったため、睨み付けてやるとさっ、と目を逸らされた。


 ざまあみろと内心笑いながら圭を見ると、瑠香がいつの間にか圭に抱き付いていた。そのうち離れるだろうとしばらくそのままにしていたのだが、一向に離れる様子が無いため、業を煮やす。


「姉さん、いい加減離してくれない?」

「イ・ヤ・よ・♪」

「……」


 瑠香の言葉にいらつく。


「お圭ちゃんはアタシのだって言ってるでしょ?!」

「あら! 普段から散々独り占めしてるくせに! たまに会った時くらい、いいじゃないの!」

「何ですって!」


 ギャイギャイ騒いでいると父に煩いと言われてしまい、黙りこむ。でないとあとでまた説教をくらうからだ。


「で、そろそろ本題に入りたいんだが」

「なあに?」

「結婚式を挙げろ」

「いきなりねぇ。全然考えてないし、なんでそんな話になったのかわかんないんだけど?」


 確かに早めに式を挙げろとは言われてはいるがまだまだ先のつもりでいたので、なぜ父がそんなことを言うのかわからず、圭と顔を見合わせて首を捻る。


「二人がいない間に、どちらからともなく出た話なんだが……」


 父はそう前置きをし、その話した内容に納得する。

 確かに俺は父が何かしらのアクションを起こすと考えていたから穂積本社に行っても何も言っていない。いないが、指輪をしていれば大丈夫だろうと思っていた。

 だが、指輪をしているにも拘わらず言い寄って来る女性はあとをたたず、正直に「結婚したから」と言っても「単なる虫除けでしょ?」と一向に信じない。


「でも…」

「泪、御披露目の意味もあるが、んだよ」

「……」


 そう言われて少し考えていると、圭が現実的なことを言い出した。さすがは秘書、と思わず苦笑していまう。


「あ、あの、準備とか会場とか……それに、招待する人とか……」

「会場は穂積うちの系列でも構わんが?」

「服の準備はアタシが、と言うか、アタシの店でやるわ」


 と、とんでもないことを言い出した。


「姉さん?!」

「瑠香さん?!」

「会場は私にまかせてくれる? 伝があるから」

「あら、私もよ。真由さん、一緒にどうかしら?」

「もちろんよ、百合さん」


 母親たちまでとんでもないことを言いだし、挙げ句に瑠香は店に電話までかける始末。


(め、目眩がする……)


 どうしてこう、穂積家うちの面々は強引なんだと自分のことを棚にあげ、口の中で呟いていると「し、招待客……」と圭が言ったが、圭も俺もお互いの親に言い当てられてしまった。そうこうするうちに瑠香の電話が終わったのか「服はOKよ!」と言ったため、ぎょっとするも瑠香は父から一週の休暇をもぎ取り、俺と圭に


「二人とも、一週間後、店にフィッティングに来てね!」


 とさっさと席を立ち、ラウンジを出てしまった。そして二人の母も「私たちもいろいろ詰めたいから」と別の席へ行ってしまった。


 誰が瑠香の仕事をやると思ってるのだと内心頭を抱えていると「慌ただしくて済まないが……」という父の声が聞こえ、そちらに意識を向ける。


「いいわよ、父さん。アタシも、また圭が拐われるのは嫌だから」

「泪さん……。うん、私も、泪さんが狙われるのは嫌だな」


 ポツリと呟いた圭の言葉に嬉しくなる。


「決まりだな。今更だが……勝手に決めてすまん」

「ほんと、今更だわ。でも、ありがとう、父さん」

「ありがとうございます」


 苦笑しつつも「これからもよろしくお願いします」と、二人揃って二人の父親に頭を下げた。



 ***



「痛い! 泪さん、痛いってば!」

「あの男の痕跡を落としてんだから、我慢しなさい!」


 あのあと父二人はどこかへ出掛けたため、母二人に早く帰るように言って圭を部屋まで連れ帰ったあと、圭を言いくるめて服やら何やらを買い、部屋に戻って来た途端、服を全部剥ぎ取った。


「あとできっちりみっちり消毒してやるって言ったでしょ?!」


 抗議した圭にバスルームに連れて行き、あの男の痕跡を消すために皮一枚をひんむくように、ゴシゴシと圭の全身を擦る。当然、キスマークと舐められていた先端は重点的に、だ。

 あとで舐め回すとは言え、あの男の痕跡など一ミリも残したくはなかった。


「もう少し力を……痛い!」

「ここで終わり!」


 俺の気持ちも察してくれよと思いつつ、最後に頭からお湯をかけ、髪を丁寧に洗ってやる。体が冷えてしまったため、自分の身体は後回しにしてジャグジーのスイッチを入れ、圭を引っ張って湯船に浸かった。


「はあーっ。極楽、極楽」

「またおじさんみたいなこと言って……んっ」


 ほっと一息つき、いつかのように思わず出た言葉にまたおじさんみたいと言われてしまい、思わずムッとする。思わず圭の顎を取ってキスをするが、キスをしているうちにまたもやあの男が圭の身体を触っていたことを思い出し、圭が辛そうに目を閉じて泣いていた顔を思い出して、あの男に対する怒りを抑えながらも、あの男の記憶を消すように愛撫を施す。


「あの男は、圭の胸これを触ったのね」

「あっ」

「そして、ここも」


 アタシが消してあげるから……。アタシに抱かれたという記憶に書き換えてあげるから……。


 だからもうちょっと我慢してねと心の中で呟き、そっと目を瞑る。「今度はみっちり消毒よ?」と圭を先に上がらせ、自分の身体を洗う。水滴を拭き、バスローブを羽織り、バスルームから出るとベッドルームに行くが、ベッドルームには既に水が置いてあり、圭は大きな窓に張り付いて赤く染まった町を眺めていた。


「圭、こっちへおいで」


 呼ぶとすぐに来たので、そのままベッドへ押し倒す。


「泪、さん……」

「みっちり消毒」


 つらい記憶を塗り替えるよう、ヤツにされたことを確認しながら愛撫をし、圭を抱いた。乱暴されそうだった記憶ではなく、俺との幸せな記憶に書き換えられているといい……そう思う。

 途中でお腹が鳴ってしまい、圭もお腹が空いたと言うのでルームサービスを頼み、軽く食事をしたあとでジャグジーに浸かる。圭の身体から力が抜けたところでまた思う存分圭を抱いた。


「……泪、さん、のバカっ」

「んふふ……何とでも言いなさいな。お水、いる?」

「うん……」


 水を飲むと言うので体を起こし、側にあった水を取ると蓋を捻ってから手渡す。美味しそうにのむ圭を眺めながら俺も水を飲んでいると、セットしてあったスマホのアラームが鳴っ た。


(危なかった……アラームをセットしといて正解だったわ……)


 アラームを止めると裸のままジャケットの側へ行き、ポケットから指輪の入っている箱を取り出して手に隠し持つと、その手を後ろに隠してまたベッド に潜り込む。


「圭、手を出して」

「こう?」


 水の入ったペットボトルに蓋をしてから手を出した圭の手のひらに、包装された箱を乗せる。


「お誕生日、おめでとう」


 そう告げると驚いた顔で「あ……。ありがとう」と呟いた。「開けてみて?」と促すと、圭は包装を丁寧にほどいて箱の蓋を開け、さらにビロードの箱を取り出して蓋を開けると、目を見開いて指輪を凝視したあとで俺の顔を見た。


「泪さん?!」

「綺麗でしょ? 本当はこれでプロポーズしようと思ってたの。だけどサイズがなくて、姉さんにサイズ直しを頼んだの……誕生日プレゼントにしようと思って」

「こんな高価なもの、もらえないよ!」


 始まった。圭は遠慮する質なのか、#高価な物をプレゼントすると必ずもらえないと言うのだ。


「けーい? アンタ、いっつもそう言って受け取ってくんないじゃない。それに言ったでしょ? 誕生日プレゼントだって。何ならその婚約指輪と取り換えて、こっちを婚約指輪にしちゃいましょ♪」

「でも……」

「いいから! 両手出して!」

「うう……」


 しぶしぶ出された手を掴むと左手に嵌まっていた婚約指輪を右手に移し、誕生日プレゼントの指輪を箱から出して左手に嵌めた。


「……うん、いいわね♪」


 左手の薬指にキスを落とすと、圭の顔が朱に染まる。


(いやーん、可愛い!)


 俺にだけ見せる反応に悶えていると「泪さん、ありがとう」と抱き付いて来た。


(なに、この可愛いイキモノ! 可愛い!)


 新たな圭の反応に悶え、それを隠して「どういたしまして♪」と頭のてっぺんにキスをした途端。


「今日の泪さん、普段の何倍もかっこよかったよ」


 圭が首を伸ばして来て、唇にキスをした。


(え……う、そ……)


 マジですか?! 夢なら覚めないで! と思い、ふと、エレベーターでのことを思い出す。


(圭の頬が朱に染まったのって……!)


 俺のことかと思った途端……我慢できなかった。


「なんでそうアンタは、アタシを煽るの?!」

「るっ、明日、仕事っ!」


 この天然! と押し倒す。明日は仕事だと言う圭に「アンタが悪いんでしょ?!」といい放ち、満足するまで抱いたのだった。


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