After Midnight

 久しぶりの実家でゆっくりし、珍しく圭と二人で遅く起きた。圭に「今日帰るから」と言うと驚いた顔をしたのだが、素直に頷いたので二人で御節を食べに部屋に行く。

 お雑煮や御節を食べ、一旦部屋に戻って荷造りをしている途中で瑠香から『親戚到着』というメールが入り、内心舌打ちする。圭と結婚するまでは、できるだけあの腐れ外道たかりやな連中に圭を見せたくなかったので恐る恐る聞いてみたのだが、俺の言い方に何かを感じたのか


「何かあるの?」


 と聞かれた。どう言っていいかわからず言葉を濁すと、「じゃあ、ここで荷造りして待ってる」と言ってくれたので、圭を残して部屋から出ると、瑠璃と鉢合わせした。


「泪、ちょうどよかった」

「なあに?」

「間に合わせだけど、これをしておきなさい」


 渡されたのは、シルバーのリングだった。


「……は?」

「実は、父さんがね……」


 そう言って瑠璃が話したのは、瑠香の結婚を世話した人が瑠香の離婚を知って飛んでくるだろうし、今度は俺や瑠璃の結婚を世話しに来るかも知れない、と父が言ったと言うのだ。


「冗談じゃないわ! アタシはお圭ちゃんを離すつもりなんか、これっぽっちもないわよ?!」

「私だって結婚するのも、お圭ちゃん以外の女性が義妹になるのも嫌よ!」

「でも、何で父さんがそんなこと……」

「よっぽど気に入ったんじゃない? 『いつか一緒に住んで甘やかしたい』って言ってたから」


 その言葉に内心安堵する。


(あの報告書を見たのね……)


 あれは一種の賭けだった。気に入ればそれでよし、気に入らなければあのビルごと売ってどこかに引越し、尚且つ穂積も辞めるつもりでいた。

 もちろん、圭にはそんなこと言えないが。

 蓄えはそれなりにあるし、圭と二人でバーでも喫茶店でも開いてもいいかと漠然と考えていたのだが。


「そうね……しばらくは二人でいたいから今すぐは無理だけど、お圭ちゃん次第では一緒に住んでもいいかもね。あとは瑠香姉さんと瑠璃姉さん次第かしら」

「る、泪、本気?!」

「だから、姉さんたちとお圭ちゃん次第だってば」


 瑠璃は一瞬唖然としたもののすぐに正気に帰り、「じゃあ、とりあえずはそれを着けておきなさい」とその場をあとにした。


 指輪を左薬指に嵌めながら客がいるであろう座敷に行くと、やはりそこには何人かの親戚筋と、父と瑠香がいた。既にひと悶着あったのか、父と瑠香は親戚筋たちに冷ややかな視線を送っていた。

 新年の挨拶をしながら座敷に入ると親戚筋たちは一斉に俺を見た。目だけを動かしてざっと問題の親戚筋を見ると、見たことのない女性が一人いて、俺を見て頬に朱がさした。


(あらあら……父さんてば、大当たりじゃない)


 内心で呟くと、瑠香のお見合い話を持って来た親戚筋が話しかけて来た。


「泪君、実は……」

「あんたもしつこいな! 当主が嘘など言うはずがないだろう?!」


 別の親戚筋がその親戚筋の話を遮って窘めるが、聞いているのかいないのか勝手にまた話し始めた。


「あれ? 父さん、喋っちゃったんですか? 仕方ないですね……まだ内緒にしててほしかったんですが……。実は、先日籍を入れたばかりでしてね。式の予定はまだありませんが、そんなわけなんでお見合い話なら他を当たってください。尤も、私は借金を返しに来たのかと思ったんですが……違うんですか?」


 遮るように指輪を見せながらそう話す。チラリと父と瑠香を見ると一瞬目が合い、ニヤリと笑ったのでこれが正解だったんだと安心する。そのまま視線をその親戚筋に向けると、その親戚筋と女性は「え……?」と口をポカンと開けたまま青ざめていた。


「用事はそれだけですか? 父さん」

「ああ」

「妻が待っていますので、失礼します」


 妻がのところをわざと強調し、そのまま踵を返して座敷を出たあとで、見えない場所に佇んでいた瑠璃を見つけたので「ありがと。助かったわ」と言って指輪を返した。


「泪、あの……」

「大丈夫よ、姉さん。あの親戚筋、二度とここの敷居を跨げないから 」

「本当……?」

「うん。だから、見合い話も二度とこないわ」


 あの親戚筋に借金があるのは本当だ。尤も俺にではなく、父にだが。

 姉を安心させ、ついでに「プラチナの結婚リングを作っておいてくれないかしら」と頼んでから部屋に戻ると、圭は既に荷造りを終えたのか、所在なさげにボーッとしていた。


「ただいま。あら、アタシの服まで畳んでくれたの?」

「うん」

「ありがと。なら、すぐにでも帰れるわね」

「帰れるけど……おうちの冷蔵庫の中は空っぽだよ?」


 圭に言われ、そう言えばそうだったと思い出し、帰りにスーパーに寄って帰りましょと言って荷物を持ち上げて圭を促すと部屋を出た。そのあとは台所に寄って母や父(抜け出して来たのか父がいた)に挨拶をして実家をあとにした。


 途中でスーパーに寄って買い物をしたのだが、実家で御節を堪能したので「御節はいらないから」と言い、その代わりにお雑煮や鍋が食べたいと言うと、圭はそれらの材料やパンなど他の食材や水を買い、家に戻った。

 圭が洗濯している間に布団に布団乾燥機を突っ込み、『お願い事』のためにリネン類を予備に数枚用意しておく。

 ゆっくりしててと言う圭の言葉に甘えてパソコンを弄っていると、父から『例の書類を郵送した』とメールが届き、ひとまずホッとする。あとはテレビを見たりしていたのだが飽きてしまったところにお雑煮やお惣菜が出て来たので、二人で食べたあとで珍しく「今日はお風呂は別々に入りたい」と圭に言われた。


 昨日から……いや、年明け早々から変だなと訝しみ、「何かあるの?」と聞いても「先に入りたい」と言うだけで理由を教えてはくれなかった。

 圭の顔を見ながらしばらく考えていたが、変なことではなさそうだったので、たまにはいいかと圭を送り出した。その間に布団乾燥機をしまい、リネン類をもう一度確かめ、念のためにバスローブを付け足してからダイニングに戻り、見るとはなしにテレビを見て待っていた。

 あがったよと声をかけられたので、圭と入れ違いで入る。


(やっと朝からヤれるわ……)


 湯船に体を沈めながら息を吐く。圭へのお願い事は朝からヤることだった。今まで何度か朝から仕掛けているのだが、必ずといっていいほど拒否されてしまう。ヤれてもせいぜい愛撫止まりだ。


(今夜は淡白に一回で済ませて、そのぶん朝から一日中抱いちゃおうかしら)


 休みはもう一日あるしねー、と直哉あたりなら確実に『お前鬼畜すぎ』と言うであろうことを呟き、鼻歌交じりで風呂から上がるとスウェットを着て冷蔵庫に向かい、ペットボトルの水を三本取り出して寝室に行くと圭が布団に潜っていたので驚いた。


「……圭? どうして布団に潜ってるの?」

「んと……せ、説明するから、水を置いたらベッドサイドに立って目を瞑ってくれる?」

「どうして?」

「いいから。私が『いいよ』って言うまで目を開けないでね」

「なんなの? もう……」


 本当に今日の圭はわけがわからない。ブツブツ言いながらも言う通りにすると、ベッドが軋む音のあとですぐに「いいよ」と声をかけられ、目を開けて驚いた。


「――っ?! 圭?! その格好……!」

「あ、あの……泪さんのプレゼントを用意してなくて、瑠香さんが泪さんは絶対に喜んでくれるからって、その……」


 ベッドサイドを椅子代わりにしてちょこんと座っている圭は、妖精のようだった。

 細い肩紐と胸を強調するようなカップは、トップから三股に別れた紐があるだけで、かろうじて乳首が隠れている程度だ。カップの上下にはリボンがついており、それをほどくと脱がせることができるようになっているようだ。

 アンダーバストから伸びて外に広がっている布地はギリギリお尻の半分までしかなく、前がパックリと開いているため紐で結んであるだけのショーツが丸見えになっていた。

 同じ布地でできている上衣を羽織ってはいるがそれも透けていて、胸や肌を完全には隠してはいないうえに、圭は恥ずかしいのか布地の裾を持ってモジモジしており、その動きと一緒に胸も緩やかに揺れているために、逆にエロく見える。


(こっ……これは……!!)


 憧れの下着……所謂オープンベビードールという、セクシーな下着だった。お願いしても絶対に着てくれなさそうな代物だった。


(誘ってる……誘ってるのね……!!)


 そんなお誘いは大歓迎! とばかりに圭に近づく。


「お、お誕生日おめで……きゃっ! る、んんっ!」


 プツリと理性の糸を何本もぶっちぎって圭に抱きつき、口を塞いだ。


「は、んっ、んうっ、んんっ!」


 蹂躙するように激しく舌を動かして圭にキスをする。唇を離したあとの圭はぐったりとし、俺に寄りかかって来たので、変なことじゃなくてよかったと安心する。


「何をしてんのかと思えば……」

「泪さ、んっ」

「こんな格好をしてくれるなんて思ってなかったから……すごく嬉しい」


 姉さんありがとー! と頭の隅で呟き、空いていた手で圭の腿を撫で上げ、秘された部分にも愛撫を施すと、圭を抱いた。

 いろいろと文句らしきことを言っていたが、そんな格好をした圭が悪いのよっ! とは口には出さず、二度と着てはくれないであろう格好をしたままの圭を抱いた、深夜。


「アタシのお願いは、明日言うから」


 リネンを圭に巻き付けて別のリネンに取り替え、バスローブを持って寝仕度のために入ったお風呂の中でそう言うと、不安そうな顔をしつつも約束だからと素直に頷いた。


(言わずにヤるけどね)


 言ったら拒否されそうだし……と内心で一人ごち、いつの間にか眠ってしまった圭にバスローブを着せて抱き締め、淡白に済ますはずだったのにと溜息をつき、そのまま眠りについた。

 そして、俺の願いは、朝からずーっと圭を抱くことだった。強引過ぎるとは思ったが、結局は圭を朝から抱き、自分の性欲の強さに、ちょっとだけ呆れたのだった。

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