Campari Soda
翌朝、事務所とは別にある、プライベートの玄関のチャイムが鳴った。時計を見ると、まだ七時前だ。
「誰よ、こんな時間に……」
不機嫌な顔でインターホンを取ると、「おはよう!」と姉が手を振っていた。舌打ちをし、ロックを外してドアを開ける。
「朝っぱらからなによ」
「あらひどい、アンタに頼まれたものを持って来たのに!」
「ずいぶん早い……ああ、また喧嘩したの?」
「……」
姉以外にも自分の秘書の小野とボディーガードの前嶋に荷物持ちをさせ、眉間に皺を寄せながら中に入り込む。
政略結婚をした姉は高林 充という夫がいるが、政略故か或いは馬が合わないのか、しょっちゅう喧嘩をしている。俺自身は最初から充の胡散臭い感じが大嫌いだった。
「ま、アタシには関係ないけど。小野さんも前嶋さんも朝早くからごめんなさい」
「「いえ」」
「で? 久しぶりに会った翌日で、その荷物はなに?」
「お圭ちゃんの服よ♪」
「はあ? アタシはそんなに買った記憶はないんだけど?」
「もちろん、半分以上はアタシとかよちゃんと麻ちゃんからのプレゼントよ♪」
途端に機嫌良くなった姉に、二人は驚いている。
「瑠香さん、その『お圭ちゃん』というのは?」
「出来立てホヤホヤの泪の恋人よ。笑うと可愛いの♪ で、いつ渡すの?」
小野の突っ込みに、あっさりとバラされてしまって憤る。
「ちょっと! まぁいいわ。渡すのは今日この部屋に越して来てから……あ、やば」
「えっ?! なに? どういうこと?」
溜息をつき、恋人にした経緯とついでにと謂わんばかりに同棲も約束させたことを話す。
「なにやってんの、アンタは。でも、あのコならいいわよ?」
「そんなに気に入ったの?」
「ええ」
「そ。ならよかったわ」
これから圭を迎えに行くことと、そのあと彼女が住んでいるマンションの契約が今月で切れるので不動産屋に行くと告げると、姉が小野のほうを向いた。
「小野さん、不動産のほうを頼んでもいいかしら?」
「畏まりました」
「ちょっ、姉さん?!」
「泪さんだけではなく、瑠香さんのお眼鏡にまで叶う方はそうはいません。決して悪いようにはいたしませんので」
確かに、一発で姉に気に入られる人物はそうはいない。「じゃあ、お願いするわ」と任せることにした。
「それと泪、前嶋さんにも何か頼んだでしょ?」
あの日、電話をかけたのは前嶋にだった。彼は顔が広くいろんな業種の友人がいるため、調べものを頼むと数日で報告書が届くのだ。
「もう……あれだけ内緒って言ったのに、アンタ喋ったの?」
「喋ってません!」
「ええ、『調べものをしたいから数時間出掛けます』と言われただけで、内容は聞いてないわ。で、何を頼んだの? 泪」
姉の顔は、嘘や言い訳を聞いてくれない時の顔だ。仕方なしに正直に話す。
「お圭ちゃんのことよ」
「お圭ちゃん? どうして?」
「まだ言えない。報告書をもらってないから」
「その報告書は、アタシにも見せてくれるのかしら?」
「もちろんよ、姉さん」
「ならいいわ。で? いつ迎えに行くの?」
九時に行くことと引っ越し荷物が多少あると告げると、前嶋が「この近くに住んでいる農家の跡取りの友人に軽トラックを借りて来る」と言ってくれた。なのでそれをお願いし、小野と姉はそこまで車で送ると言うので圭の家の場所を教え、四人で一旦地下駐車場まで行く。
途中で姉のスマホに喧嘩中の充から連絡があり、引越しの手伝いがあるからと姉が冷たく言えば、男手が必要だろうということで会いたくもない人物も行くことになってしまった。充を拾ってから行くというので先に圭の家に行き、玄関チャイムを押すといきなりロックが外される音がした。
そしてすぐにドアが開いて圭が顔を出し、呑気に挨拶をして来た。
――如何にも寝起きという、ぼーっとした顔と、パジャマを着たままの姿で。
(アブナイ! 危なすぎる!)
きちんとしたお仕置きは俺の部屋でやると決め、圭を押し込んでドアを閉めて鍵をかけ、まずは圭を叱ることにする。
「……!! お圭ちゃん! アンタってコはっ!」
「え? 専務、どうして怒って……」
きょとんとした顔に、いっそう怒りが増す。
「また専務って言ったわね? 二回も! しかもそんな無防備な格好で……お仕置きよ!」
「えっ?! ここは職場じゃ……」
そう言った圭に、ハタと気づく。それもそうだと思い、先に恋人になった圭に挨拶をすることにした。
「……と言いたいとこだけど、それはあとで! 今は恋人同士の挨拶が先ね。お圭ちゃん……オ・ハ・ヨ・♪」
「あ……おは……んう?! んんーっ!」
顔を近付け唇を塞ぎ、舌で唇をゆっくりなぞる。少しだけ離して下唇を自分の唇で優しく噛むと、圭の口が開き、甘い吐息がこぼれる。
上顎を舐めると身体が震え、反応する。顔を背けて逃げようとしたため、圭の顎を掴んでまた唇を塞ぎ、今度は舌を絡める。
初めてのディープキスに夢中になりつつあったので、左腕で圭の背中を支えるような体勢にし、そっと顎から手を離してパジャマのボタンを全部外し、前を開いて驚いた。
開いた途端に胸が揺れ、その隙間から体についた傷が目の端に映る。けれど、完全に意識を持っていかれたのは、胸のほうだった。
思わず胸を持ち上げ掴むと、頭を仰け反らせ、声をあげた。
想像以上に重い。そして、白くてすべすべしているのに、もちもちした柔肌はまるで設えたように俺の手に吸い付く。寒さのためか、或いは快感のためか、硬くなった先端は紅く色付き始めていたが、なんとか自制した。
もっと圭を堪能したかったが、姉たちがいつ来るかわからないので、仕方なしに五分で解放した。
「ところでお圭ちゃん?」
少し荒い息で答える彼女に、扉を開ける時は確認くらいすることと、見知らぬ誰かだったらとっくに犯されていると叱りながら、パジャマのボタンを留めてちょっとした悪戯を思いつく。
「今のが恋人同士の朝の挨拶よ♪ 毎朝しましょうねー♪」
嘘を教え、「愛撫をする」なんて言われたことがないであろう圭は、突然真っ赤になった。またもや無理矢理「はい」と言わせ、すぐさま「却下」と言われたが、それすらも拒否をする。
真っ赤になって可愛いとからかい、恋人同士なんだからちょっとずつ慣れなさいとまたキスをした。
「お仕置きは帰ってからよ? さあ、着替えてらっしゃい。引越しよ! ……何ならお着替えも手伝う?」
「ばっ! バカー!!」
クスクス笑うと食器を新聞紙でくるむように言い付けられ、圭は部屋へ篭る。そのあとすぐに姉たちが到着し、「良くも悪くもシンプルね」と言いながらも五人で食器を丁寧にくるむ。
「泪さん、ダンボール……」
着替えて戻って来た圭は、姉と増えた人数に驚いたように口をあんぐりと開いた。
少し怒られ口調で詰問され、口を滑らせたことを謝る。
「それは別に構わないんですが……。あ、先にコーヒーを淹れるので、座ってください。狭くて申し訳ないんですけれど……」
梱包前のサイフォンを引っ張り出し、コーヒーを淹れ始めた圭。
待っている間に自己紹介を済ませる。そのうちに部屋中にコーヒーの香りが漂い始めると圭は人数分のカップを用意し、それぞれに注ぎ入れ、「カップがバラバラで申し訳ないんですが」と持って来てくれた。
「ありがと♪ 構わないわよ、そんなこと。……あら、美味しいわね」
本気で美味しいと言った瑠香に皆それぞれに頷く。
「ありがとうございます」
皆の感想に圭は照れ笑いをしていた。そしてコーヒーを飲みながらサイフォンを片付け、ついでに持って行くものといらないものとに分けているようだった。
「冷蔵庫とかどうしよう」
そう呟く圭に「いらないのがあるなら、引き取らせるわよ?」と姉が言ってくれたので、「お願いできる?」と話すと快く頷いてくれた。それを受け、姉の指示を待つことなく小野が携帯で電話し始めたのには驚いた。コーヒー好きな彼は、よほどコーヒーの味が気に入ったのだろう。
おろおろする圭に甘えるように言い、それでも言い募ろうとする圭に「お仕置き追加」と脅して黙らせ、さらにいるものといらないものを分けさせると、あまりの荷物の少なさに驚いた。
コーヒー豆と茶葉、サイフォンやティーポットやセット、奥から出てきたシェイカー等のカクテルを作る道具、鞄に入っている服と炬燵、食器棚と食器だけだと言うのだ。
箪笥は備え付けのクローゼットで間に合っていたと言い、家電品もノートパソコンはA5サイズなので鞄に入るし、テレビも持っていないし電気もここに付いてたものなので、冷蔵庫と炬燵、洗濯機くらいだと話していた。
洗濯機と冷蔵庫は向こうにあるから処分しようと話し、炬燵は置くスペースがないからと伝えると「処分してください」というので、「いいの?」と聞く。
「足が冷えるのは困るんですけど、そのぶんヒートテック素材のスパッツとか毛布とかで我慢……」
そこまで聞いて、圭の痩せ細った足の傷を思い出し、辛くなって抱きついた。
「うわっ! ……泪さん?」
「……ごめんなさい、考えなしだったわ」
小さな声で謝ると、巻き付いている腕に圭の手が乗せられ「大丈夫ですから」と言ってくれた。
「では、お布団をもらいに行く時、膝掛けを買ってください」
それでも申し訳なく思っているとと、笑顔つきでそう言われてしまった。
「まあああ! なんて可愛い笑顔なの?! お圭ちゃんの初おねだり、嬉しいわ! もちろん、好きなのを買ってあげるからね♪」
初めてのおねだりに上機嫌で頬にキスを落とすと、照れてあたふたする圭をからかう。あっという間に引っ越し準備も終わり、そうこうするうちに小野が手配した人たちが来て不要なものを全て引き取って行った。
前嶋が乗って来た軽トラックに荷物を全て運ぶと、小野が「書類などをお渡しいただければ、私が手続きをいたします」と圭に言っているのが聞こえた。
書類を渡された小野はその場で確認したあと、すぐに目的の不動産屋に出向き、戻って来たのは引っ越しが終わる直前だった。
戻って来た小野に「ありがとう」と告げると書類と一緒に紙袋を渡された。
「これは?」
「簡単に言えば、彼女……『お圭ちゃん』さんへのお礼、でしょうか」
紙袋を覗き、驚いた。
「ちょっと……なにこれ?!」
「千疋屋のフルートジェリーとフルーツポンチ、鶴屋吉信の京観世と柚餅、タカノのパフェです。他にもユーハイムのバウムクーヘンや風月堂のゴーフルもありますので」
他にもゴディバやメリーチョコのチョコレートまである。
「アンタねえ……お礼にしては、度が過ぎるわよ……」
「久しぶりに、心から『美味しい』と言えるコーヒーを飲みましたので」
そう言ったあと、すれ違い様に「前嶋さんが」と言われ、ちらりと前嶋を見ると目配せをされる。小野は俺の話も聞かずに姉の側に行き、姉にも似たような紙袋を渡していた。仕方なしに要冷蔵のものは一旦冷蔵庫にしまい、あとで圭に伝えることにした。
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