冬桜
年末独特の忙しさを乗りきり、既にお正月飾りも済ませた晦日。在沢家に向かう車の中で、先日のことを思い出していた。
あのドタバタ劇があった日の夜、食後のコーヒーを飲んでいる時に次期社長――瑠香のことを聞いてみたのだ。
「泪さん、瑠香さんが次期社長って……」
「ん? ああ、組織図にも姉さんの名前が載ってるわよ。見る?」
そう聞かれて、そう言えば穂積の組織図はまだ見せてもらっていないかもと思って頷くと、持って来てくれた。
「上層部だけだけどね」
そう言っていたわりにはかなりの名前が書いてあったけれど、女性の名前はあっても瑠香らしき名前が見当たらなかった。
「泪さん、瑠香さんの名前がないよ? どこにあるの?」
「あ、そっか。お圭ちゃんは知らないのよね」
穂積では当たり前だったから忘れてたわー、と言って「これがそうよ」と指差したのは、副社長と書かれた場所の「
「ええっ?! だって、字が……」
「ああ、変換ミスをそのままにしてあるの。どのみち結婚してるし、また刷り直すのも紙が勿体無いから、とりあえず組織図が新しくなるまではそのままでいいっていう姉さんの指示みたい」
「え? でも、ブティックは?」
「あれは姉さんが個人的な趣味で経営してるの。普段はかよちゃんと麻ちゃん、他にバイトが何人かいて、そのメンバーでやってるわ。姉さんがいるのは週末だけよ。ああ見えて姉さんは多才でね。アタシは切れ者なんて言われてるみたいだけど、姉さんはそれ以上なの。未だに追い付けないわ」
ちなみにかよちゃんが店長よ、と教えてくれた。
(瑠香さんが店長さんだと思ってた……)
店長が違っていたことに脱力しそうになったのを堪え、思わず苦笑してしまう。本当はもっといろいろと聞きたかったのだけれど、泪が仕掛けた軽く触れ合っていただけのキスで火がついたのか泪が本気になり、そのまま抱かれてしまってうやむやになってしまったのだ。
その後も仕事に追われ、「今更だけど」と歓迎会を兼ねた忘年会をしてもらい、今日に至る。
前回来た時に停めたコイン駐車場に車を停め、「ただいま」と玄関を開けると、珍しいことに葵ではなく真琴が抱き付いて来た。
「お姉ちゃん! 久しぶり!」
「うわっ?!」
頭一つぶんは身長が大きい真琴は、よろけた私をものともせず、ギュッと抱き締める。
「ちょっと! 危ないじゃないの! お圭ちゃんが怪我をしたらどうすんのよ!」
「なんだ、オカマもいたの。てか、そんなヘマするわけないじゃん」
「なんですって?! アタシの未来の妻なんだから、いて当然でしょ!」
「はあ? 寝言は寝てから言えば?」
ぎゃいぎゃい騒ぐ二人に辟易しつつも「真琴、苦しい」と言うと、ごめんとパッと離してくれた。
「パパもママも居間にいるよ」
そう言って真琴は先に中に入り、私と泪を促すと「またあとで」と自室に引っ込んだ。
「ただいま」
「お邪魔します」
リビングに案内して両親の前に座ると、「首尾は?」と父に聞かれた。意味不明な私は首を傾げ、泪は目を泳がせながらもきちんと話し始めた。
「……先日、お嬢さん……圭にプロポーズして、OKをいただきました」
「それで? 例のやつは?」
父の言葉に例のやつってなに? とまた首を傾げる。二人は一体なんの離しをしているのだろう?
私には全くわからないけれど泪はわかっているのか、「じ……上々です」とだけ呟く。その答えに満足したのか、二人はうんうんと頷いた。
「それで……順番が逆になってしまいましたし、婚約もしたので、できるだけ早めに結納の品々を納めたいのですが……」
「「いら
「……は?」
よくわからないながらも泪を見ると、二人の言葉に顔が少し強張っている。
「あの……それは……」
「ああ、違うのよ、泪君。簡単に言っちゃうと、仲人が見つからないの」
「見つからないというより、『圭の仲人なら自分がやりたい!』と煩いヤツが多くてな……。一人に絞るとのちのち困るから結納はしないと決めたんだよ」
「はあ?!」
素っ頓狂な声をあげた泪を見て母は苦笑し、促すように肘で父を小突くと、父はローテーブルの上にあった封筒を泪に渡した。
「その変わりと言っちゃなんだが、これをやる。できるだけ早く、穂積さんの親にも書いてもらってほしい」
「……は?」
泪と顔を見合わせて首を傾げるけれど、「いいから見てみろ」と言う父の言葉に促されるように、封筒から紙きれを出す。
「え……」
「父さん……?」
紙きれには「婚姻届」の文字と、既に書き込まれた承認欄にある、両親の名前があった。
「早っ!」
「ちょっ、父さん?!」
泪は突っ込みを入れていたけれど、私は慌ててしまう。
「圭の顔を見れば、君が圭を大切にしていることがわかるからな」
「お
「…………なんて言うと思ってんのか?! 圭はまだこんなに小さいのに……!! まだ嫁に行くのは早い!!」
「お、お義父さん?!」
いきなり豹変してしまった父に、泪が驚く。
それに小さいって……。そりゃあ、皆に比べたら私の身長は小さいけど……と溜息をつきそうになるのをぐっと堪え、豹変してしまった父が心配になり、母に聞く。
「母さん、父さんはどうしちゃったの?」
「あー……ごめんなさい。弱いくせに、さっき圭に教わったお酒――『冬桜』を飲んでたから……」
おいおい泣く父を他所に、「酔っ払ってるみたいよ?」と母は苦笑をした。
「嬉しいって言ってたから大丈夫よ。ところで、指輪を見せて?」
「うん」
左手をスッと出して母に見せると「あらまあ、すごい!」という言葉が返って来た。
「やるわねぇ、泪君」
「本当は別のデザインがよかったんですが、サイズが無くて」
「あらあら」
私も初耳の泪が貴金属店での話をしていると、「ただいまー!」という声とドタバタという騒音と共に翼が入って来た。
「圭姉おかえり! そっちが彼氏? ……って、ああっ! 公園の人!」
「え? ……あっ! あの時はありがとう。本当に助かったよ」
「へえ……何が縁になるかなんてわかんねえもんだな。で? 圭姉とはもうヤった?」
「た、翼ーーー!!」
高校生らしい好奇心で爆弾を落とし、ニヤニヤ笑う母と弟、ただただにっこり笑う泪を他所に、私は真っ赤になりながら叫んだのだった。
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