Hurricane

「おはよう。泪です。今どこ? ――……そう、ちょうどよかったわ。今からメーカー名、商品名、型番、値段を書いたのをメールで送るから、在庫を確認してあったら買って来て。とりあえず一台でいいから。なかったら大至急取り寄せてもらってちょうだい。――……そうね……連絡先はこっちでいいわ。買えたら領収書を忘れないでね」


 泪がそんな会話をしてから電話を切ると、すぐにメールを送っていた。「来るまで我慢してね」と言われ、よくわからないながらも頷く。

 そうこうするうちに従業員も集まり、お互いの自己紹介も済ませた。泪から「アタシの書棚はあとでいいから」と言われ、当面の仕事として「資料室整理を優先して」と言い渡された。

 昨日頼んだらしい穂積本社から事務用品も届き、言い渡された資料室の棚整理を始める。

 資料室の中は一つの棚が四段で、それが三つ一組で一列に並んでいた。同じ状態のものが背中合わせに五列……計六列並べられている。横に長いコの字型が三つあるような感じに作られていた。


 まずはドアに一番近い棚をざっと見る。それぞれ種類別、用途別、保管期間別、必要なものと不必要なものなどを聞きながら、簡単に山を分けていく。途中で布団をひっくり返しに行き、一列目の半分を分けたところでお昼になったので皆にはコーヒーを、私は紅茶を入れ、お弁当をレンジで温めてから外に出た。


 布団を干してあるレジャーシートの上の空いている場所に座り、膝にお弁当を広げようとしてスーツのパンツを見ると、少し汚れていた。慌て汚れを払い、もう一度手を洗いに行って戻る。


(いつの間にか汚れてるなぁ。確かに埃だらけだったから仕方がないし、作業をするならエプロンかジャージが必要かも。うーん……それにしても、暖かい)


 十一月とは思えないほど、今日は日差しが暖かかった。小春日和のその暖かさを確かめるように顔を上げる。どこかで扉の開く音がしたけれど気にすることなく目を瞑る。


「……そんな顔をしてると、キスするわよ?」


 そう言われて目を開けると、目の前に泪の顔があった。


「うわっ?!」

「あら残念! あとちょっとだったのに」

「る、泪さん……! びっくりするじゃないですか!」


 指をパチンと鳴らして残念がる泪を怒ると、クスクス笑われた。


「出前をとるけど、お圭ちゃんも……って、お弁当持参?」

「はい。なので、今日は大丈夫です」

「自分で作ったの?」

「一応……」

「美味しそうね。何かもらっていい?」

「どうぞ。お口に合うかどうかわかりませんが」


 口をつける前だったので箸を渡し、お弁当を目の前に差し出す。


「じゃあ、遠慮なく。いただきます」


 私と家族が食べるぶんだけだからと、今更ながら味見をしていないことに気づく。待ってと言う暇もなくしいたけの肉詰めを口に放り込む泪に、味は大丈夫かなと少しだけドキドキする。

 しばらく租借していた泪に無言でずいっと箸を返されたので、不味かったんだなと見当をつけて俯くと、いきなり両肩をガシッと掴まれた。驚いて顔を上げると、泪の顔と目がキラキラと輝いていた。


(な、なに?!)


 泪の行動がわからなくて、内心ビクビクする。


「本当は、もっと時間をかけて口説いてからにしようと思ってたんだけどね……」


 そう前置きされ、何を言われるのかと身構える。


「……お圭ちゃん! 今すぐアタシの妻……は先走り過ぎね……恋人になってちょうだい!」

「は?!」

「毎日……朝、昼、晩、毎食食べたいわ!」

「あ、あの……」

「あ! 何だったら一緒に住みましょ? 奥の部屋が一つ余ってるの! 掃除すれば使えるから♪」

「だから、あの……」


 いきなり始まった泪のマシンガントークに唖然とする。そこに私が口を挟む余地がない。


「引越しは明日のお休みでいいわよね? 手伝うからね♪」

「いや、ですから」

「そうすれば、ご飯とアンタも食べられ……ごほん。イロイロ教えてあげられて、一石二鳥どころか一石三鳥……お仕置き込みなら一石四鳥ね♪ ハイ、決まり!」


 突っ込みを入れられないうちに自己完結されてしまって焦る。


「ちょっと!」

「引越しついでにお掃除も手伝うからね? あ、ついでにお布団も買い替えちゃおっと!」

「る、泪さん!」

「……なんだったら一緒のベッドで寝る?」

「だから、人の話を聞けーー!!」


 天高く、馬肥ゆる秋も深まり、冬将軍の足音が聞こえ始めたころ。

 私が押したと思われる、何かのスイッチが入った泪のマシンガントークに気圧され、どうしてかオカマで上司な人の……知り合って間もない、まだよくわかっていない人の恋人兼ハウスキーパー(?)に、いつの間にか同意させられてしまっていた……。


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