Ever Green
自宅に着いたあと、とりあえずクローゼットを漁ってみた。泪の指示に従うためだけれど、やはりパンツスーツしかない。
「うーん……ブラウスとか上に着るものは結構あるけれど、さすがにスカートはないよ……」
そうぼやきつつも仕方なしに母に電話をすると、「父さんにメールした? さっき父さんが『迎えに行ってくる』ってそっちに行ったから、こっちに帰ってらっしゃい」と言われた。
「でも……」
『圭? 貴女、まだ病み上がってないのよ? 薬もこっちにあるし……それに、相談があるから私に電話くれたんじゃないの?』
「うん……」
『もうじき父さんが着くはずだから、帰ってらっしゃい。話はそれからよ? それじゃあ、あとでね』
母が電話を切るの待ってから私も電話を切り、父からの連絡を待つことにする。
(そう言えば、薬を忘れて仕事に行っちゃったんだっけ)
そんなことを思い出していたらすぐに「下にいるから」と父から電話が入る。必要な物を鞄に詰め、下に降りて車に乗り込むと、父の掌が額にあてられた。
「せっかく下がったのに……また熱が上がったか?」
「そう、なの……かな。確かに体は怠いんだけど……」
「ったく……いつも言ってるだろ? 甘えろって」
「そんな歳じゃないし……」
「バーカ。俺や真由にとっちゃ、いくつになっても子供は子供なんだよ。歳なんざ関係ねえ。素直に言うこと聞いとけ」
ぺちんと額を叩かれて、「痛い」と言ったけれど、父はニッと笑うだけだった。
車が出たあと、そう言えばと思い、車の中であることを聞いてみた。
「父さん、今朝『資格オタクだし、役に立つから君にあげるって言っちゃった』って言ってたけど……もちろん冗談よね?」
「冗談だよ。俺は社長じゃないんだ、当たり前だろ? ただ、社長から『穂積から問い合わせがあるんだが、どうなんだ?』と聞かれて、『確かに資格はたくさん持っていますが』とは伝えたが……」
「そう……」
資格を持っているからといって、優秀とは限らない。泪は私の何を気に入ったというのだろう? それがわからない。
「拉致られたあとどうなった? 受付の大橋から『お姫様だっこされてたわよ』と言われたが……」
「拉致っ……?! もう、美香さんたら……そんな報告をしなくてもいいのに……」
溜息をついてから今まであったことをかいつまんで話をしたら、笑い声をあげた。
「ははっ! 日比野が膨れてたのはそういうわけか。で? 穂積のほうは? やって行けそうか?」
「うーん……まだわかんない、としか言いようがないの。連れて行かれたのは穂積本社じゃなかったから」
「ふうん?」
父は何か言いたそうだったけれど、それ以上は何も言わなかった。
「それとね、葎……羽多野君のことなんだけど……」
「……アイツが……羽多野の家が、気になるか?」
「やっぱり気付いてたんだ?」
「まあ、履歴書の名前で、な。時々何か言いたそうにお前を見ている時もあるし。で?」
「最初に遭遇した時、いろいろと聞かれたの。だから『既に赤の他人だ』『理由は貴方の両親に聞け』って言ったんだけど……」
「それでもしつこく、聞いてこようとする?」
父の質問に頷く。
「うん。だけど理由はわかんない。ずっと避けてたし、会社で話すことじゃないからと思って。時間を見つけて質問の答えを書き溜めておいたUSBを渡したんだけど……わからなければ在沢室長に聞けって話しておいたから、もしも質問されたら父さんのわかる範囲で答えてあげて?」
「ふん、アイツらは気にするような奴等じゃないだろ?」
吐き捨てるように言った父の声は、少しだけ冷たく固い。
「そうだけど……気にしてるのは葎だけなの。それに、今更ごちゃごちゃ言われても迷惑なだけだし」
「そうか……。そう言えば、アイツはお前のなんだ?」
「二卵性の双子の弟」
「双子にしちゃあ、似てないな」
そう言われて驚いた。似てないと言われたのは初めてだったから。
「似てない?」
「似てないさ。顔は似てるとは思うが、似てるかもと思う程度で、ほとんど他人の空似だぞ?」
「え……?」
「一卵性の双子ほどじゃないにしても、二卵性の双子でも、性格とか仕草とか、どっかしら、何かしら似てる部分があるもんだ。だが、お前らは全然似てないだろ?」
「……」
父の言葉に黙り込む。確かに私たちに共通点というか、似てる部分はあまりなかった。
「事故の前はどうだったかわからんが、今は似てない。むしろ、真由や俺に近い」
「父さん……」
「だいぶ前にメモに書いただろ? 『お前は俺の娘だ。俺達の家族だ。忘れんなよ?』って。……おい、泣く奴があるか。俺が真由に怒られるだろ? 泣き止め!」
「……じゃあ、角の輸入雑貨屋さんに寄って? コーヒー豆と紅茶の茶葉をおごってね」
泣き笑いでそう伝えると、「現金な奴」と言われ、笑われた。ここぞとばかりに、二百グラム二千円もするハワイ・コナとジャブロー産の豆、ウエッジウッド、ポンパドール、トワイニングのアールグレイとプリンス・オブ・ウェールズを買い込む。
結局おごってもらったのはハワイ・コナのみで、残りは自分で出した。
在沢家に着くと「わーい! お姉ちゃんお帰りー!」と葵に飛び付かれる。「ただいま」と言うと、ニコーッと笑って手を引いてくれた。
「お父さん、お疲れ様。圭、お帰り。で、相談って?」
「私の自室で……」
圭、ご飯は? と聞かれ、食べたと言うとその前に薬を飲めと言われて薬を飲む。冷えピタを持って自室に行くと、母の他になぜか真琴もいた。
「あれ? 真琴、バイトは?」
「今日は休みだよ。ママに相談なんだって? お姉ちゃんにしては珍しいよね?」
「あら、言われてみればそうね」
「うん……あのね……」
泪に言われた服装のことを話す。
「あら、いいじゃない!」
「え?」
「だよね! お姉ちゃんは細いから、何でも似合いそうだし」
「真琴……私、全然細くないよ? 太ってるよ?」
「「何処が?!」」
私の太ってる発言に、母と真琴の二人が同時に突っ込んでくる。
「だって、身長が小さいわりに、胸は大きいし……」
「ちょっと、お姉ちゃん、なにそれ……自慢? 自慢なの?! もう……ちょっと待ってて」
そう言って真琴は自分のクローゼットからスカートを出して来て、それを手渡された。
「お姉ちゃん、このスカート履いてみて」
「え? 真琴のスカートなんて入らないよ」
「いいから!」
言われた通りに履く。けれど。
「う、そ……」
「やっぱし……」
「あら。意外とおでぶさんねぇ、真琴」
「太ってないし! お姉ちゃんが細すぎるの! あたしは標準!」
真琴に渡されたスカートは、私にはゆるかった。そのことにフンと鼻を鳴らす真琴。
「全然太ってなんかないんだから、もっと自信持ちなよ、お姉ちゃん」
「でも……」
「真琴、固定観念はなかなか変えられないわ。でも、困ったわねえ……」
「だよね」
「……」
「「見事にパンツとかばっかり」」
「……仕方ないから、明日はパンツを履いてくよ。お休みの時、買い物に付き合って?」
そうお願いすると、二人は頷いてくれた。
ポンパドールを入れ、自室のローテーブルを囲んで三人で話をしているうちに、いつの間にかガールズトークになっていた。
「その穂積さんてどんな人?」
眠いなあと思いつつ、真琴の質問に答える。
「切れ者と評判の、仕事のできる人。……オネエ言葉だけど」
「ええっ?! オカマなの?! キモッ!」
「気持ち悪いかなぁ? そんなふうに見えなかったよ? 言葉はオネエだけど、ちゃんと男の人だし」
「オカマなのに男? なんでわかんの?」
眠気に勝てず、だんだん瞼が落ちていく。
「……『アタシ好みのサイズで嬉しいわ』って言って胸を触ってセクハラ……して、来たし……」
「……はい?」
「男の人と、付き合ったことなくて、その……手を繋いだのも初めてだっていったら『アタシが徐々に教えてあげる。だから、圭。……いつか、アンタの全てを――、アタシにちょうだい』って、言われ……」
「はぁ?! ちょっと、お姉ちゃん、それ、問題発言! って……お姉ちゃん?」
「あら、いよいよ圭にも春が来たかしら?」
「ん……上司だし、恋人じゃないから……恋ばなじゃないんだ……け……ど……」
眠気に勝てず、真琴が何か言っていたような気がするけれど、私はそのまま眠りについてしまった。だから知らなかったのだ……このあと、年甲斐もなく父にベッドまで運んでもらったなんて。
***
「おーい、お姉ちゃん? って、ママ……お姉ちゃん、寝ちゃったよ……」
「あら、珍しいわね。どれ……んー……ちょっと熱があるかな? このままだと風邪をぶり返すから、ベッドに寝かせなきゃ」
「あたしが手伝おうか?」
「保さんに頼むから平気よ」
リビングにいた保に声をかけた真由は、娘の圭をベッドに寝かせてもらうと、ローテーブルに置いてあった冷えピタを額に貼る。
飲みかけのカップを持ってそのままリビングに移動し、もう一人の娘である真琴と続きを話す。保は電話がかかって来てしまい、リビングを出ていった。
「それにしても、男と付き合ったことないなんて、びっくり!」
「確かに男っ気はなかったわね」
「お姉ちゃんはさ、自信なさすぎだよね」
「それは仕方ないわ。小さいころに受けた傷は、案外治んないものよ?」
「入院してた時、あたしより傷だらけだったのに、あたしをたくさん励ましてくれたし」
「……そういう意味じゃないんだけどね……まぁいいわ」
真由の話に真琴は不思議そうな顔をしていたが、真由は敢えて何も言わなかった。
「それにしても、オカマの上司かぁ……セクハラ発言と言い、変なヤツだったら伸してやる」
「真琴がやると洒落になんないからやめなさい」
真由と真琴の間でそんな話をしているなど、露ほども知らない圭だった。
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