Cloud Buster
時折鳴る電話に対応しながら、頼まれた仕事をこなしていく。時には質問をし、時には質問をされながら、確実に文書を作成していた。
周たちが第二会議室に行ったすぐあと、葛西専務と企画室を統括している営業部の長崎部長、在沢室長が三島を連れて企画室に来た。
三島本人曰く「文書は完璧にできている」とのことだったのだけれど、さっそく添削しようと担当者がUSBの中身を見ると全てが中途半端で、『出来ている』というレベルではなかったという。
「……三島? これは何だ?」
担当者の一人である横沢の声が静かに響く。声は静かではあるけれど苛立っているのか、指先がコツコツと机を叩いていた。
「横沢さんや田中さん、中山さんに頼まれた文書ですが」
「ほう……? これのどこが完璧なんだ? どうして三人分の文書がごちゃ混ぜなんだよ?」
「え?」
自分は完璧だと本気で思い込んでいるのか、横沢の指摘に不思議そうな顔をする三島に、三人の顔が怒りに歪む。
「俺は英文、念のために日本語文も作っておけって言ったよな?」
「自分は英文とフランス語と日本語」
「……俺はロシア語」
横沢、田中、中山の三人に詰め寄られ、三島は狼狽えていた。
「聞いて……」
「聞いてないとは言わせないぞ! お前なんつった? 『三日で提出できます』って言ったよな? ここにいる企画室メンバーも、その場にいた長崎営業部長も葛西専務も聞いてるんだぞ!」
「じゃあ、在沢さんが勝手にUSBの中身を弄ったんじゃ……」
「弄れるわけないだろう! 在沢さんが来るまで……昨日までお前が持ってたんだろうが! しかもこの部屋を出る時、お前は俺に預けてったのも忘れたのか?! 自分の責任を他人に転嫁するんじゃない!」
しかも約束の日より三日も過ぎてるし、と誰かがぼやいた。
「俺は在沢さんに頼んだ……」
「どっちのだ?」
怒気を含んだ、在沢室長の声が響く。
「俺は頼まれてないから知らんが……まさか圭、とは言わんだろうな?」
「も、もちろん……」
「それはおかしい。在沢さんはずっと一昨日まで営業部内で仕事をしていたはずだし、昨日は朝から新人教育をしていたはずだが?」
「私のサポートをしてくれていましたよ」
長崎部長と葛西専務がそれぞれに言う。
「……っ! 俺は優秀なんだ! コネ入社の女なんかに俺が負けるわけないだろう!」
「優秀なやつは、言い訳も責任転嫁もしなければ、ましてや女だからって理由で蔑んだりしない!」
逆ギレした三島に、横沢が怒りをあらわにして三島を怒鳴る。
「三島……お前、本当にこの会社の秘書か? これは誰もが知ってることだ。コネ入社? たとえ社長の息子だろうと、あり得ない」
「……え?」
長崎部長が呆れ顔で、そして冷たい視線で三島を見る。
「もうこの会社にはいませんが、以前、とても優秀な人物がいるからとのことで、試験もせずに入社させたことがあるんです。ところがその人物は優秀などころか、何をやらせても駄目だった。唯一得意だったお喋りを生かすために営業につかせたんですが、今の貴方のように言い訳をして、クライアントを怒らせましてね」
ふうと息をはいた葛西専務は柔らかな言葉とは裏腹に、目は全く笑っていない。
「当時は大変でしたよ、いろいろと。結局その人物は辞めましたが、居たたまれなかったのか紹介した人物も辞めてしまいました」
「……っ」
「それ以来、コネは受け付けていない」
最初は本当に優秀だったのにな、との長崎部長のぼやきに、三島はギュッと拳を握る。
「俺……私、は……」
「あの……お話中のところ申し訳ありません。葛西専務、お電話が入っているそうなんですが、折り返しますか?」
電話が鳴ったので出ると、専務あての電話だった。申し訳ないとは思ったものの相手を待たせるのも失礼なので、三島の声を遮るように専務に告げる。
「いえ、出ます。ありがとう」
「それと三島さん、これはどういう意味ですか? 専門用語ですか?」
「あ、在沢さん……っ! 俺……」
作成文書でわからない部分があったので、三島に聞くことにしたのだけれど、私が話しかけると彼は後悔したような顔をして私を見た。
「……私は馬鹿なのでわかりません。教えてください。在沢室長たちも話すなら会議室に行ってください。邪魔です」
「圭に邪険にされた……」
「お前……本当にあの鬼の在沢か?」
「あ?」
「どう見ても親馬鹿だ」
「親馬鹿で結構!」
在沢室長と長崎部長の言い合いに、張り詰めていた空気が少し緩む。すると三島は表情を引き締める。
「横沢さん、田中さん、中山さん、申し訳ありませんでした。今すぐ直します。……在沢さん、手伝ってくれ」
担当三人に謝罪後、三島に手伝ってほしいとお願いされた。だから私は「もちろんです。指示をくださいね」と言い、三島の「ごめん」との言葉に笑顔で返すと、その場にいた人間がなぜか息を呑んだ。
「在沢の笑顔……!」
「マジか?! ラッキー!」
「勝利の女神が微笑んだぞ! 行ける!」
その場にいた人たちが、なぜか沸き立つ。
(……何が?)
さっぱりわからなくて首を傾げる私を他所に、企画室のメンバーから「うおおおっ!」という叫び声がした。その声は隣の部屋まで木霊したという。
そんな経緯があり、今に至るのだが。
「ロシア語じゃなく、リトアニア語、だと……?」
「申し訳ありません! 僕の確認ミスです!」
それを見つけたのは、最後の確認作業をしている時だった。
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