2001年8月25日(土)

 夜、寝る前に電話がかかってきた。

 母親は仕事でいない。出るなら俺が出るしかない。

 怖かったけれど、まさか電話で殺されることはないと思い、勇気を出して受話器を取った。


 安愚楽だった。


「天ヶ瀬くん、ちょっといいかい? ……僕だよ。実はね、事件のことが少し分かったかもしれない。本当だよ。……僕ね、夏休みの間、袴田みなもさんと何度か会って、事件のことを調べていたのさ。調べるといっても、過去の新聞記事を読んだりするくらいしかできなかったけど……」


「みなもと……会っていた……?」


 その名前が、やけに懐かしく聞こえた。

 俺の電話に折り返しもせず、家に行っても誰も出なかった、袴田家のみなもが、安愚楽と会っていた……。

 それも事件調査のために? タフなこったな、と思った。こっちは長谷川が殺されて以降、グロッキーなのに。


 安愚楽は、なお続ける。


「どうだろう、天ヶ瀬くん。明日、会わないかい? 天ヶ瀬くんの家の近くに、コンビニがあるだろ。そこで会って、話をしないか。袴田さんも行くからさ」


「……会って、なにを話すんだよ」


「いろいろさ。過去の事件のこと、御堂さんや長谷川くんの事件のこと。分かったこと、いろいろあるからさ。過去の新聞記事も見せたいし。電話じゃ伝わらないことって、あると思うんだ」


「…………」


 正直、家から出るのは怖い。

 だけど、事件のことが気にならないといったら嘘になる。

 安愚楽とみなもが、事件について、過去に起きた出来事について調べていて、なんらかの結果が出たのであれば、俺はそれを見てみたい。聞いてみたい。そう思った。


 家の近くのコンビニ。

 歩いて3分もかからないところだ。

 そこなら、なにが起きるってこともないだろう。

 それに――ある意味安愚楽は、俺にとって安全パイでもある。

 安愚楽が俺に危害を加えることはまずない。だってあいつ、■■■■■■■■■■■■■■もんな。


 俺はそこまで考えて、答えた。


「分かった。じゃあ、明日会おう。午後1時にコンビニの中で待ち合わせ。どうだ?」


「OKだよ。それじゃ袴田さんには僕から伝えておく」


「……頼むよ。あいつ、俺のこと、避けてるみたいだからさ」


「え? なんで? それはないでしょ。だって袴田さんは――っと」


「……みなもは、なんだよ? ……あいつ、俺が携帯に電話しても、折り返し電話してこないんだぜ?」


「……んん? おかしいな。それは……ああ、そうか、そういうことか!」


 安愚楽は、そこで初めて明るい声を出した。


「あっはっは、天ヶ瀬くん。君、勘違いしているよ。それは単純な話だ! あっはっはっは……!」


「な、なんだよ、お前。いきなりバカ笑いなんかして。どうした!?」


「いやいや……くっくっく。本当になんでもない。あはは、明日、袴田さんと会ったときにちゃんと話してごらんよ。こういう事件が連続したから、疑心暗鬼になるのも無理はないけど、うふふ、大丈夫だ。袴田さんはなんてこともないよ。あっはっはっは……!」


 な、なんなんだ、いったい。

 よく分からなかった。みなもがなにかあったのか?

 しかし、俺はちょっとだけ気持ちが楽になっていた。同級生と電話で笑い合うなんて、久しぶりな気がする。


「じゃあ、明日、コンビニで。絶対に来てくれよ?」


「ああ、行く。それじゃ、みなもにもよろしく。――あっ、それから……」


 俺が言いかけたそのとき、電話はプツンと切れてしまった。

 しくじった。――キキラについて聞きたかったのに。あいつは結局、家に戻ってきたのかどうか。

 殺されたって話は聞かないから、まだ無事だとは思うけれど……。


 まあいい。

 キキラについても、明日、安愚楽たちと会ったときに話をしてみよう。


 不思議だ。

 少しだけ勇気が湧いてきた。

 一度は諦めた、事件解決への挑戦。

 もう一度、やろうという気になった。若菜と長谷川の仇を討つために。


 みなもと安愚楽は、この1か月、俺が腑抜けていた間、ずっと過去の事件について調べていたんだ。

 こうして日記を書いていると、恥ずかしく思う。どうして俺はそういう行動が取れなかったのか? ……だがまだ遅くない。きっとまだ間に合う。


 一連の事件について、みなもたちと話し合い、そして調べてみよう。

 学校のこと、袴田工務店のこと、キキラのこと、過去の事件のこと……。

 必ずすべての謎は解ける。そう信じて、戦うんだ。




 俺の初恋の女性の、鎮魂のために。










(筆者注・■部分は、やはり、黒マジックで塗りつぶされている部分。そこに書かれてあったであろう内容は読むことができない)

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