第126話 死神の監視
シェナミィたちが向かった先、旧魔術研究所ではギルダに雇われた傭兵たちによる厳重な警備が続けられていた。
そこへ森の奥からゆったりとした歩きでユーリングが現れる。彼の綺麗に整えられた純白のローブは、傭兵たちの無骨な装備と対照的で異様な雰囲気を醸し出していた。ギルダの側近である体格の良い魔族が応対に当たる。
「ユーリング・アスタルフォンヌが到着した。扉を開けろ」
「随分物々しい雰囲気だな」
廃れた研究施設の外には、数人の傭兵と巨大なゴーレムが巡回警備をしており、侵入者を阻んでいる。内部にも傭兵と警備用の式神が解き放たれ、中央の檻から人間族が逃れぬよう見張っていた。
「蠱毒は順調に進んでいるか?」
「ヤツらはまだ空腹に我慢していますが、仲間を食い始めるのも時間の問題でしょう」
蠱毒を始めてから数日。閉じ込められている人々の空腹は限界に達しようとしていた。食料も水も与えられず、体力はほとんど残っていない。このままでは脱出できたところで遠くまで逃げるのは不可能だろう。
「ところでギルダはどうした? ここにいると思っていたのだが」
「お頭なら、人間族共を連れてきた日に、ここを飛び出してどこかに行きました。お頭の愛刀が変な魔力を発していて、かなり具合が悪そうでしたけど」
「なるほど」
刀に操られそうになって、どこかへ避難したのだろう。
藍燕は確実に記憶を取り戻しつつあるが、ギルダへの侵食ペースからして、全て思い出すことはまだまだ先の話だろう。ただし、それは誰かが彼に過去を教えなければの話だが。
「まあいい。あの喧しい野猿と顔を合わせなくて済む」
「今の言葉、お頭が聞いたら怒りますよ」
「ヤツは常に怒りをたぎらせているように見えたが、違うのか? 僕も他の研究に忙しいのでね、様子を確認できたらすぐに帰らせてもらうよ」
そのとき、人間族の檻がガンガンと鳴った。ユーリングが振り向いた先には、女魔導士アリサの姿が見える。傷と泥で汚れた顔が、ユーリングを睨み付けていた。
「このクソッタレ野郎! アタシをここから出しやがれ!」
「やれやれ、ここにも喧しい野猿がいたか」
「今すぐここを出て、お前を殺してやる!」
涼しい顔で微笑むユーリングに、アリサの腸は煮えくり返る。
アリサは近くに落ちていた外壁の破片を掴み、怒りに任せて思いっきりユーリングに投げた。
「このっ……クソ
その瞬間、何もなかった空間から突如巨大な影が檻の前に現れる。それは壁となって立ち塞がり、ユーリングを破片から守った。その影は欠片をパキリと音を立てて踏み潰す。
「ひいっ!」
「な、何だこいつは!」
不気味な影の正体は、軍事用ゴーレムだった。全体的に細身で、軽量さと機動力を重視したデザインだ。手には黒光りする刀。全身のメタリックな黒い装甲には魔法陣が彫られている。
そのゴーレムの登場に、アリサは腰を抜かした。驚いたのは彼女だけでなく、周りにいた傭兵たちもだ。
「こいつ、どこから現れた?」
「気配なんてなかったのに、どうやっていきなりここに出てきたんだ……?」
従来のゴーレムならば、動力コアから発する魔力や独特の匂いを察知し、魔族なら大凡の位置を特定できる。
しかし今回、魔族はそれを一切感知できなかった。しかもその原因が一切分からなかったのである。察知できる範囲外から素早く移動してきたとか、周辺の景色に擬態していたとか、そういう次元の話ではない。突然そこに現れたのだ。
「紹介が遅れたね。こいつは僕の用心棒だ」
魔族の傭兵たちは不気味なゴーレムをまじまじと見つめた。ギョロギョロと動くセンサーが、本物の目玉のようだ。ユーリングへ破片を投げたアリサに巨大なブレードを向けて威嚇する。
「こいつは獲物を逃がさない。背後に気を付けることだな」
ユーリングは地べたに座り込むアリサを笑うと、踵を返して外へ歩いていく。
「このゴーレムはここに置いておく。もし人間族が逃げたら、一人残らず切り裂いてくれるさ」
「え、こいつ、残していくんですか?」
「警備は多い方が良いだろう? 頼んだよ、ザンバ」
ユーリングが錆びた扉から外へ消えると、「ザンバ」と呼ばれたゴーレムもその場から忽然と姿を消した。傭兵の一人が恐る恐るゴーレムのいた場所に近づいてみるが、何もない。
「透明になった、ってわけでもなさそうだな……」
「じゃあどうして消えたんだよ……」
「アイツが味方で良かった……あんな不気味なヤツ、相手にしたくないからな」
その場にいた全員、何が起きたのか分からず、しばらく騒然としていた。
「どうして……どうしてアタシの前には化け物ばかり現れるのよ……!」
両親を殺し、故郷を地図から消し去ったダイロン。
プラリムの妹を殺したハワドマン。
自分とプラリムを閉じ込めたギルダとユーリング。
そして、檻の前を警備する得体の知れないゴーレム、ザンバ。
「アイツらさえいなければ」
復讐を望む相手は、並大抵のギフテッドでは到底敵わない化け物しかいない。なぜ神様はこんなに辛い試煉ばかりを与えてくるのだろうか。圧倒的で理不尽な暴力の前に惨敗し、強い波の力に押し流される日々にはもううんざりだ。
「プラリム……プラリム……」
アリサは隣に横たわるプラリムの上に頭を乗せるようにして蹲った。
冒険者になってから初めてできた友達。故郷を失って傷付いた心を支えてくれた彼女も、今は生きる希望を失っている。
もう本当に、ここが死に場所になるかもしれない。
アリサは大粒の涙を流し、プラリムの頬を濡らした。
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