第109話 稽古の成果は
カジはシェナミィを奪還した頃、一方でクリスティーナとカイトの戦闘は続いていた。
地を駆け、巨木の幹を蹴り、刃同士のぶつかる音が周囲に響く。常人の目では追えない速度で行われる、剣術の駆け引き。
「どうだあ! 俺の剣は!」
「確かに、ラフィルから聞いていたとおり、力強いし、速いな!」
膨大な力を授かり、カイトは敗北の恐怖を失っていた。以前よりも攻撃に積極的で、クリスティーナが反撃の構えを見せても距離を取らない。
彼の戦い方は、以前の方が上手かったように思えた。
「貴様の剣は……見切った!」
何度も繰り返された、洗練されていない剣術。
カイトに剣術を教えたクリスティーナはよく知っていた。彼が渾身の力を剣に込める際、余計に一歩踏み込む癖を――。
あとは、彼の動きに合わせて、空中に刃を置くだけ。クリスティーナの剣に、肉と骨を切る感触が伝わる。
カイトが気づいたときにはもう遅い。剣を握る手が、腕の先からポロリと離れた。
「ああああああああああああああああああああっ! 腕があああああああああ!」
森林地帯に絶叫が轟く。
カイトの剣は地面に落ち、切り落とされた腕は地面の上に落ちて泥だらけになった。
「利き腕を失ったお前に、もう勝ち目はない! 諦めて投降しろ!」
「このクソ女アアアアアアアアアアアアアッ!」
これまで、カイトは二つ以上の精霊紋章を持つことに強い憧れを持っていた。冒険者組合ではマーカスが、勇傑騎士ではクリスティーナが、それぞれトップの座に君臨し、どちらもカイトに屈辱的な思いをさせられた経験がある。
自分も精霊紋章を持てば、あちら側に回れる――はずだった。
地面に転がった剣は、敗北の象徴。
初めてクリスティーナと出会った闘技大会でも似たような光景を見た気がする。目の前に落ちた剣と、目と鼻の先で平然と立つ彼女。
紋章の数は、こちらが圧倒的に有利なはず。
どうして自分は彼女に勝てないのだろうか。
「どうして……この俺が……!」
「今の戦い……私が教えたことを、お前は何も活かせていなかった!」
「お前の教えたこと……?」
「剣の振り方も! 間合いの取り方も! 踏み込み方も! 私が教えたはずだ!」
クリスティーナが国境付近の街に滞在していたとき、カイトに剣の稽古をつけたつもりだった。
しかし、まるでそんなことを忘れているかのようなカイトの戦い方に、クリスティーナはもどかしさすら覚えていた。
「あのときの稽古が活きていれば、私はお前に倒されていたかもしれないのに……」
「うるせえ! こんなの、変だって! 精霊紋章を沢山持ってるヤツが強いんじゃなかったのかよ!」
「力は持っているだけじゃダメなんだ……どう使うかが問われるんだよ、カイト……」
どんなに膨大な力を持っても、それを使う技がなければ宝の持腐れだ。
「あの稽古で、お前にそんな大事なことも教えられなかった……師匠失格だな、私は」
クリスティーナの亡くなった師匠は、毎日のように門下生へ話していた。力にはそれぞれ使い方があり、それを発見し、覚えていくことが修業の本質なのだ――と。
「うるせえんだよ! 化け物に孕まされた汚れた女がよ!」
「なっ……!」
汚れた女という言葉に、クリスティーナの胸はズキリと痛んだ。ギルダを倒すはずが、逆に嫁入り前の純潔な体が汚され、人生が一変したあの夜。
醜い化け物を産んだ自分を、周りはどう見るのだろうか。
人生最大の敗北の記憶であり、これからの異性との付き合いに不安を感じさせる言葉でもあった。
クリスティーナが動揺した隙にカイトは踵を返し、どこかへ走り出した。藪に飛び込み、クリスティーナの視界から消える。
「待てっ! カイト!」
クリスティーナも彼を追い、藪の中へ入っていった。地面を覆い隠す落ち葉の上には、彼の血が残っていた。
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