第107話 炎の魔導士も良い女
カジとクリスティーナが目的地である旧森林開拓基地にもう少しで辿り着けそうなとき、カジは進行方向に異様な気配を察知した。
木々の間を漂う魔力が、乱気流のように吹き荒れている。
廃墟の手前で乗っていた山岳地帯移動用ゴーレムを止め、クリスティーナに静止の合図を送った。
「どうした、カジ。目的地はすぐそこだろう?」
「様子がおかしい。周辺の魔力が異様に乱れている」
「何か感じるのだな?」
その魔力の乱れ方には特徴があった。様々な精霊紋章を持った人間族が、技を四方八方に放っている。耳を澄ませると、何かが風を切る音や、燃える音まで聞こえた。
「おそらく、戦闘が起きている」
「どういうことだ? シェナミィの救出に来たのは我々だけのはずだ!」
てっきり、相手はどっしりと待ち構えているかと思っていたのに、こんなことは完全に予定外だ。カジとクリスティーナは互いに困惑した表情を見せ合った。
「俺にも分からん。だが、敵には俺たち以外にも別の敵がいるということだ。状況によっては、そいつらを利用してシェナミィを奪還する」
「承知した」
本来の敵である冒険者が何者かと戦っているのならば、それは好都合かもしれない。相手にとっても予想外の事態であり、こちらも不意を突きやすくなる。
「ゴーレムはここに置いていくぞ。隠密に敵の様子を探るには、こいつは目立ちすぎる」
「ああ、そうだな」
カジとクリスティーナはゴーレムを降りると、冒険者たちの待つ廃墟の奥へ駆けていった。
* * *
一方、カジたちの向かった先では、カイトとアリサたちによる戦闘が繰り広げられていた。剣が風を切る音と、炎魔法の熱風が周囲に広がっていく。
「アンタ、どこでこんな力を手に入れたのよ! アタシの知ってるアンタは、こんなに強くなかったのに!」
カイトの強化された肉体から繰り出される素早い動きに、アリサの発射した炎魔術は悉く回避され、魔力を消耗させる。
「こんなに結界を張ったのに、防ぎ切れない!」
プラリムが次々に結界を張っても間に合わない。カイトはそれを上回る速さで結界を切り裂き、徐々に距離を詰めてくる。
「ダメです! このままじゃ――!」
「俺にやられる――ってか?」
「あぐぁ……!」
カイトに近寄られた瞬間、プラリムは首にチクリと刺すような痛みを感じた。すると、一瞬にして意識が飛び、彼女はその場に倒れ込んだ。
「アンタ、プラリムに何をしたの!」
「眠らせてやっただけさ」
カイトがプラリムの首に刺したのは、ハワドマンから支給された魔法睡眠薬だ。
「後でこいつの精霊紋章も欲しいと思ってな」
「『精霊紋章が欲しい』? アンタ、何を言って――」
「俺、精霊紋章を移植したんだよ」
その言葉に、アリサの顔は真っ青になった。
精霊紋章の移植手術と言えば、王国が禁忌としている重大犯罪だ。かつての仲間が、そんなことに手を染めてしまっている。
プラリムの戦闘不能と、カイトの罪の告白。
アリサは酷く動揺し、頭が真っ白になりそうだった。
その隙にカイトが駆け、アリサも少し遅れて杖を構え直すも、カイトの剣に高く弾き飛ばされた。
「お前の精霊紋章も、後で移植してもらおうかな」
「ぐっ……!」
アリサの腹に強烈な蹴りが当たり、彼女は後方へ大きく転がった。服と顔は泥まみれになり、あちこちで骨折したような痛みが走る。仰向けの状態から起き上がることができず、こちらに近づいてくるカイトの足音に恐怖を覚えた。
「前々から、アリサって良い体してるな――って思ってたんだよな」
「アンタ……何言って――」
「性格はキツいから恋人とかにはしたくないなと思ってたけどさ、体だけの関係なら丁度いいかなって」
「ふ、ふざけないで!」
アリサはローブの内側――太股に巻かれたベルトから護身用のナイフを抜き、彼を不意打ちしようと試みた。
しかし、突如ナイフを持つ手を掴まれ、地面に強く押さえられてしまう。
「おっと! そういえば、お前はここにナイフを隠し持っていたっけ」
「あっ……」
「俺たち、どれだけ一緒に依頼をこなしてきたと思ってるんだ? 互いに隠し持ってる武器とか、その場所くらい分かってるさ」
あっさりとナイフを取り上げられ、カイトはそれを遠くに放り投げた。
さらに黒い魔導士用ローブを破かれ、下着も剥ぎ取られる。黒のローブと白い肌の美しいコントラストに、カイトの性欲はさらに膨れ上がる。
「どうせ死ぬんだから、移植手術前に楽しませてもらおうか」
アリサの下腹部に、裂かれるような激痛が走った。
* * *
カジとクリスティーナは現場に到着すると、まずは木陰に身を潜めて周囲の様子を窺った。
シェナミィは見つけれなかったが、アリサやプラリムなどカジやクリスティーナにとって見知った顔が多い。
「アイツは、カイトか……!」
クリスティーナの視界に留まったのは、アリサの上に跨るカイトの姿だった。衣服を破き、彼女を一糸纏わぬ姿に仕上げている最中だ。
「クリスティーナ……」
「どうした、カジ?」
「あのカイトとかいう男から、奇妙な魔力を感じる。魔力同士が調和していない」
カジがカイトから感じ取ったのは、膨大だが構成が滅茶苦茶な魔力だった。
普通、ギフテッドから溢れる魔力というのは、一輪の花のように色や形が調和し合っている。しかし、カイトから感じるものは、色が何色にも分かれ、花弁の形が不揃いの、気色の悪い魔力だ。
「まさか、精霊紋章を移植したという冒険者は――」
「あのカイトとかいう男で間違いない」
「そんな……!」
真相を目の当たりにし、クリスティーナの体は怒りと悲しみに震えていた。
カジも、彼女がカイトと行動を共にしていた様子を何度か見たことがある。ギルダ襲撃の際、彼に犯されて以降、彼女がカイトのことを口に出すこともなかったが。
「カイトっ!」
クリスティーナは木陰から飛び出し、彼に向かって叫んだ。
「婦女子を犯すだけでなく、精霊紋章の移植にまで手を染めたな!」
「何だよ、やっぱり魔族に匿われてるじゃねえか」
カイトはゆっくりと振り向いて立ち上がり、自分の得物を抜いた。
ハワドマンの予想通り、クリスティーナは魔族領に潜んでいたらしい。ずっと自分の追い求めていた最高の女性を見つけ、カイトはニヤリと笑みを浮かべた。
「どうして、移植手術なんか受けた……? お前なら、修行を積めば、勇傑騎士クラスの剣士にもなれたのに……」
「俺にはもう、お前の稽古なんて必要ない。最初から生まれ持った紋章の数が違うのに、強くなろうとするなんて無駄なんだよ!」
「私だって、私だって、ただのダブルフォースギフテッドじゃヤツに勝てないと思って……」
愛する師匠をギルダに殺害された日から、クリスティーナは復讐を成し遂げたいという欲望に駆られていた。師匠でも勝てなかった相手を倒すには、他のギフテッドよりも秀でた能力が求められる。そのために様々な鍛錬の手段を自分に試してきた。
「この鎖も、将軍に無理を言って作ってもらったのだがな」
クリスティーナは自分の上着を脱ぎ捨て、鎖抑金に固められた肉体を曝け出した。
「最初から本気で行く」
鎖同士を繋いでいた錠前が鍵によって外され、クリスティーナの体内に押さえ込まれていた魔力が一気に溢れ出す。クリスティーナとカイトの魔力が周囲に満ち、まるで海底にいるような感覚をカジは覚えた。
これはまずい。
クリスティーナを援護するべきか。
カジもクリスティーナの横に立ち、メリケンサックを装備した拳を構えた。しかし、クリスティーナは彼の前に腕を伸ばし、参戦を制止させる。
「カジ、お前は手を出さないでくれ」
「いいのか? ヤツの魔力はお前のよりも大きいが……」
「こいつには、紋章の数だけが勝敗を分ける要因ではないことを教えてやる」
「そうか……」
「それよりも、お前はシェナミィを探せ。魔族の嗅覚なら見つけられるだろ?」
「お前がそう言うなら、そうさせてもらうよ」
クリスティーナがカイトに勝利することを信じ、カジはシェナミィの気配を追いかけ始めた。
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