第88話 カジ邸破壊作戦
窓が割られ、次々と魔族が飛び込んでくる。彼らの主な武器は、狭い屋内でも振り回しやすい短剣。魔術付与が施された代物である。刃先から火球が飛び出し、クリスティーナを襲った。
「やっぱり、クリスティーナが狙いかよッ!」
カジは自分の座っていた椅子を火球に向かって放り投げ、クリスティーナへ直撃する前に球を四散させた。
すかさずマクスウェルが侵入者に対して剣の如く杖を振り、彼らをあっという間に気絶させる。
「まだ来るぞ!」
今度は壁に魔法陣が光ったかと思うと、一瞬にして発破された。外壁に円形の巨大な穴が開き、庭園から巨大なゴーレムが殴り込んでくる。
「アルティナめ、こんなものまで持ち出していたか……」
「ったく、俺の家を好き勝手壊しやがって!」
カジはゴーレムの拳を跳んで回避すると、巨体の頭上に着地した。眼球部分から発射される光魔術レーザーを避けつつ喉元の装甲を強引に引き剥がすと、そこにはゴーレムの動力コアが光っていた。あらゆる世代のゴーレムに共通する弱点だ。それを掴んで奪い取ると、ゴーレムはガタリと暴れるのを止めて倒れ込んだ。
「……俺の家、どうしてくれるんだ」
カジは手に持っていた動力コアをその辺に放り投げた。
そのとき、上空を飛行していたドラゴンから何かが降下してくる。それは庭園に次々と着地し、枯れた薔薇を散らしつつ小規模なクレーターを作り出した。
「またゴーレムかよ……」
それは、闇夜に紛れるように黒色に塗装されたゴーレムたちだった。眼球のような魔導装置がギラリと光り、カジに近づいてくる。
アルティナは高価なゴーレムを一体どれだけこの作戦に投入しているのだろう。魔王時代のカジと比べ、金銭感覚がズレているというか何というか。
戦闘員も次々と邸宅に侵入していた。無数のグリフォンから降下し敷地内に降り立つと、窓を割り、爆破魔法陣で外壁に穴を開け、クリスティーナを抹殺せんと刃を向ける。まるで魔族の総戦力をこの作戦に注いでいるかのようだった。
それをマクスウェルは次々と仕込み杖で峰打ちにしていく。放たれた魔術攻撃は家具を遮蔽物に四散させ、接近戦に持ち込もうとする戦闘員は峰打ちで床に伏せさせる。
「クリスティーナ! 俺たちがここでこいつらを引きつける!」
「えっ!」
「お前はシェナミィを連れて逃げろ!」
「分かった!」
クリスティーナはシェナミィを脇に抱えると、倒壊しかけている食堂から走り出した。食堂の出口で待ち構えていた魔族兵に強烈な蹴りを食らわせ、出口を目指す。
カジとマクスウェルが強襲部隊の戦力を大きく削ってくれたおかげで、他の位置で待ち伏せしている兵は多くない。
「ここからなら……!」
クリスティーナは近くの書斎の窓を割り、そこから庭園へ飛び出した。庭園に降り立ったゴーレムはカジがいる場所へ集中攻撃を仕掛けており、魔族兵の気配も薄い。逃亡するなら最善のルートのように思えた。
しかし突如、クリスティーナの目の前に半透明な光の壁が現れる。彼女はその光に向かって蹴りを放つも、まるで金剛石のように硬く、並大抵の力では破れそうにない。
「何ですか、これ!」
「汎用結界だ。罪人の捕縛や盾としても使われる」
気が付くと、クリスティーナの四方は結界で囲まれ、逃げ道が塞がれていた。
「ほっほぉ! 獣がまんまと罠にかかりおったぞ! どぉれ、儂の思った通りじゃろ?」
天から降ってきた甲高い声にクリスティーナは振り向くと、そこには一際大きく毛並みの整ったグリフォンに跨る男女の姿があった。昼間、演説をしていた魔族の少女アルティナと、その副官であるラフィルだ。
「お前は……魔王、アルティナ!」
「棲み家から追い出された哀れな獣よ。どうじゃ? 儂の考えた罠の配置は?」
アルティナはラフィルと共にグリフォンから降り、クリスティーナたちの前に立った。
敵の前にわざわざ魔王自ら出てくるとは、一体どういう風の吹き回しだろうか。かつて王女でありながら戦場に立った自分が言えた話ではないが。
「まさか、カジを抱き込んで我らの土地に逃げてくるとはのぅ。考えたものじゃな、クリスティーナよ、ホホッ。しかし……儂の魔力探知を誤魔化せると思ったか馬鹿め」
「私を殺すつもりか?」
「当たり前じゃろ。王国最強の女騎士を殺したとあれば、儂の人気は鰻上りじゃ、アッハッハ!」
「貴様の名声のためだけに殺されるなんて、言語道断だな」
国民を守るためでもなく自分の権力を誇示しようと、ここまでの作戦を展開するアルティナに、クリスティーナは心底怒りを覚えていた。それは自分が権力を手に入れたいがために自分を没落させた弟ジュリウスに通ずるものがある。
「残念だが、ここで死ぬつもりはない!」
クリスティーナは奴隷用の外套を瞬時に脱ぎ捨てると、その下に纏っていた鎖抑金の鍵を外した。鎖がガシャリと床に落ちると同時に、彼女の全身から巨大な滝のように魔力が溢れ出す。
「な、何だ! この女の魔力は!」
「ほほぅ。なるほど、それが貴様の本気というわけか」
ラフィルの動揺を他所に、アルティナは余裕の笑みを浮かべて続けていた。
見たところ、アルティナは何の武装もしていない。ラフィルという護衛を倒し、彼女の喉元に刃を突き付けて人質にすれば、この窮地から逆転できるかもしれない。
「まずは、お前だ!」
クリスティーナは外套の中に隠していた長剣を握り、ラフィルに飛びかかる。
しかし――周囲に鳴り響く金属音。
その剣はラフィルのハンマーにあっさりと弾かれた。
「は……!」
今、何が起きた?
クリスティーナには何が起きたのか、よく理解できなかった。いつもの自分なら、膨大な魔力によって強化された剣術で、相手のハンマーなど容易く切断できたはず。
獄中生活のブランクなどが問題ではない。これは明らかに外部からの影響を受けており、彼女の能力を減衰させていた。
剣に力が入らない。抑え込まれていた魔力を全て解放したはずなのに、その動きや威力は常人以下にまで落ちている。
まるで、魔力を全て吸い取られてしまっているような感覚だ。動きが鈍く、剣が異様に重く感じた。
クリスティーナの剣はラフィルのハンマーに軽く弾き飛ばされ、庭園の湿った土に突き刺さる。さらにラフィルは腹に蹴りを入れ、クリスティーナは泥の上に転がった。強化されていない肉体で受け入れる魔族の蹴りは強烈で、胃の中身が溢れ出す。
「ゴホッ……ゲホッ!」
「所詮人間など、魔力がなければこんなものよ」
「わ、私に、何をした……?」
「それは、乙女の秘密じゃ」
アルティナは口の前に人差し指を立てて微笑んだ。
「さぁ、この獣に止めを刺せい! ラフィル!」
「やめて!」
ラフィルの前に飛び出たのはシェナミィだった。クリスティーナを守るように立ちはだかり、大きく腕を広げた。
その様子に、アルティナは眉間に皺を寄せる。鬱陶しい人間族の女は嫌いだ。獣は獣らしく傷でも舐め合っていればいい。
「そのデブ女も、まとめて地獄へ送ってやるのじゃ!」
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