第3話 We are Quest BOSS
「ほぇ〜、あの人達強いね〜。私もあんなの出来るのかな?ねぇねぇ?」
「聞こえます聞こえてます。肩をパシパシ叩かないで下さい!……言っておきますけど、私には絶対無理ですからね"うい"さん?」
隣で観戦してる上下白い服に白いマントの少女、プレイヤーネーム『うい。』の相手をしながら待ち人を待っている。
「わかってるよ〜。"ジア"先生も"あず"さんも"デリ"ちゃんは回復の要だーって言ってたもんね。……いいなー、ジア先生とあんなコンビネーション出来ないかな??」
「アレはかなり高度な技術と訓練が必要ですから、難しいですね。私とういさんが今から何か編み出すとしたら2年はかかりますよ?」
ういさんのボヤキを聞いていると、わたし達の後ろに赤い鎧に身を包んだ『赤騎士』と呼ばれる高ランクプレイヤーの姿がありました。
「あー!ジア先生やっと来た!!全然メッセ見てくれないしさ!呼んだのそっちでしょうがー!!!」
「すいません、ういさん。デリさんも、待たせてしまいましたね」
「とんでもないです!まぁ多少ういさんのお守りが大変ではありましたが、大丈夫ですよ。それよりも、ジアさん、あずさんとデートだったりしました?……ふふふっ」
「貴女の想像している様な展開はないですよ?あずには今後起こる事態を予測して先に動いてもらってます」
「今後起こる事態〜?」
「それは私達にも直接関係がある事なのですか?」
「そうです。少なくともデリさん以外の我々3人は危ないですね」
「私以外と言いますと、U《ユニーク》レア持ち、つまり二つ名持ちが危ないって事ですか?」
「そうです。まだ確定ではありませんが。……このゲームは平和過ぎたと思うんです。今まではただレベルを上げ、ストーリーを進めて、ガチャドロップや高難易度クエストクリアでレアを狙う。ただただそれだけを楽しむゲームでした」
「それも、やはりもうすぐ終わるみたいだぞ。詳しくは追って伝える。それで頼まれた件だけど……ジア、済まない交渉に失敗した」
女性らしい高い声とは裏腹に男性口調で喋る不思議なプレイヤーが私達の居る2階席へと登ってくる。
「ありがとうございます、あず。やはり情報は間違ってなかった様ですね。このタイミングで"ダイヤモンドダスト"が仲間になれば安定したギルドが結成出来ると思っていたんですけど…」
"ダイヤモンドダスト"?誰かの二つ名だろうか?ジアさんが少し残念そうな顔をしてあずさんの肩をポンッと叩いていた。
「うちらまだ4人のパーティですもんね〜。早く大勢の仲間で戦ってみたいですよ〜」
こちらも残念そうに大口を開けて項垂れている。
確かに多くのプレイヤーと手を組んで戦う事に勝率や効率的な恩恵は大きい事はわかってますの。
でも、私はこの人達だけでも十分だと思う。
「さあ、あず!"部隊"を複数に分けて大闘技場の出入口付近と観客席の各所に配置して下さい!」
"赤騎士"《あかきし》プレイヤーネーム『ファンタジア』さん。
このゲーム内に知らない人は居ないと言われる二つ名持ちですわ。個人の戦闘能力はもちろんですが、何よりも取り乱さない精神力と胆力が誰よりも優れている。
完全無欠、そう称される我らがリーダーですわ。
「わかった。指示は任せていいか?ジア。俺は人命優先で動きたい。俺の能力は自在とは言えないんだ。ある程度の命令なら出せるから、頼んだぞ」
"千兵"《エインフェリアル》プレイヤーネーム『あずきん』さん。
流麗なグレージュの髪をさらさらと靡かせながら重火器を手に装備している。
綺麗でスタイルのいい女性アバター……。
1対他の戦闘に長ける、皆が恐れる文字通りの一騎当千。
でもたまに都市の路上で買い集めた楽器を使ってライブをやっているので聞いてたり手伝ったりしていますの。
楽しいので是非に。
「ね〜先生〜。うちは?うちはどうしたらいいの〜??戦いはまだ苦手だけど走るのには慣れたよ!何か出来る事あるかな?」
"脱兎"《だっと》プレイヤーネーム『うい。』さん。
高難易度クエスト『脱走の白兎』のボス夜喰をジアさんとあずさんのお2人で瀕死にして、ういさんがラストアタックで入手したUレア。
まだ入手したばかりで戦闘ではあまり使った事がないらしいです。
ただフィールドを駆けてる姿を目撃されていて、クリアしたクエストの名前から二つ名が付けられたそうですわ。
「私はジアさんと共にここで待機、ですわね。何があっても参謀は落とさせませんわ」
そしてこの私。プレイヤーネーム『デリカット』。
数少ない回復系光魔『カーバンクル』レア度SSを従えるヒーラーですの。
このゲーム自体始めたのは最近で皆さんにレベル上げを手伝っていただき、昨日やっと50レベルになったばかりです。
それに対人戦闘にはまだ1度も参加した事がなく、この先いったい何が起こるのだろうかと不安は隠せません。
「ういさんにはあず"本体"と共に行動して欲しいです。もしもの時の為にポーションを渡しておきますね」
「りょ〜かい!あずさん、あんまり早く動かないでよね!一瞬でどれが"本体"なのかわかんなくなっちゃうから!!」
ういさんがあずさんの背中を人差し指でツンツンしながら釘を刺している。
「善処するよ。…それに、全力で走られたら俺の方がうい君に追いつけないんだが?」
「あ、そうでしたね!あははっ、並走頑張りまっす!」
白い髪にピンク色のまん丸な双眸。
全身真っ白な兎がぴょんぴょん跳ねている。
『脱走の白兎』はこの子の為にあったと言われても私は驚きませんわ。
「それじゃジア、デリ君、俺達は"敵"の捜索に行く。何かあればメッセを頼んだよ」
包帯だらけで長身の女性アバターが男口調で話している。
漫画やアニメだったらとても人気が出るキャラクターなのですけど……。
「あ、あの、行ってきますのチューとか、し、しませんの?」
「しない」
「デリさん。期待、し過ぎですよ」
「残念ですわ……」
このお2人はリアルで高校、大学と同じ学校に通っていて、昔からとても仲良しだったそう。
現在はジアさんが"教師"をしていて、ういさんの担任だそうです。
そしてあずさんは"消防士"。
もう皆さんお気付きとは思いますけど、あずさんは"男"です。
このゲームに性別の選択はありません。
ランダムでもなくて、ゲーム開始時に身体をスキャンされる際に性別も確定される。
なのにあずさんはバグによって女性として判別されてしまい、ある程度のレベルになるまでランダム設定だと思いプレイしていた為、GMに相談した時には"千兵"としての名が世界に知れ渡っていた。
GM側もお詫びの品と、アバターを換える事が出来るかやってみると言ってたと聞きました。
でも、あずさん自身が"千兵"というキャラクターはこのままの方がいいと言って断ったそうです。
だから、ジアさんとあずさんはこのゲーム内でベストカップルと噂されてますが、事実を知る側からしたらなんと!とても豊潤なBLの香りが……。
「デリちゃ〜ん?お〜い。……ダメだこりゃ。数分は帰ってこないよ?」
「その様ですね。あず、ういさん、気をつけて下さい。どれ程の数が居るかわかりませんので無理はせず、他のプレイヤーをこの街から離脱させる事を優先し極力戦闘をせずに対処して下さい」
「了解」
「わっかりました〜。2人も気をつけてねっ!」
ふと我に返るとお二人の姿はもうなく、ジアさんは闘技場の中央に立つ『Lorelei』の2人をじっと観察していました。
この先いったい何が起こるのか。
不安が全身を叩い、汗が吹き出てくる。
私だけじゃなく、この大闘技場全体に凍り付くような空気が立ち込めていた。
「さあ、2戦目が始まりますよ。この戦いが終わる頃には"奴ら"は動き出すはず。我々は落ち着いて事に備えるとしましょう。"殺人衝動"《キリングハート》にあまり血を吸わせる事態にならないといいんですが……」
刃先がハートの様な形をした両刃の斧を召喚し、それを地面に突き構えている。
Uレア『ハートレット・クィーン』を扱うこの世界に名を轟かせる騎士。
"赤騎士"の背中はとても広く、今この方の周囲だけが暖かかった。
◇
「さぁさぁ観客席の皆様っ!注目の第2戦目が始まりますよー!!今喝采の中に立つ2人、『Lorelei』の"鳥である"と"Hypnos"バーサスッ!『ジュラシック』第2陣!!いったいどんなバトルを見せてくれるのか!?」
隣に座ってる実況者が大声を上げて会場を盛り上げている。
会場のスタンディングオベーションは収まり、声援だけが残っていた。
ここが1番注目されるところだろうなー。
「おーい、ひぷさん!鳥君!ちょっとどっちか"本気"出してくれない?君ら相性微妙だからどっちかでいいから!」
ギルドの連絡に会場のマイクとスピーカー使ったらダメ、絶対。
会場も俺の発言に驚きと期待の声が混ざり合って騒めいてる。
「あいよ〜ヒーさん。……、どうします鳥さん?俺やりましょうか?」
「ヒーさんは盛り上げる事が目的みたいですから…。それならひぷさんの方が長引きそうだし適任でしょう。任せても?」
「りょーかい」
丸聞こえだってのに面白い子達だなー。
話合通り鳥君が後ろに少しさがり、ひぷさんが前に出て戦闘体勢をとる。
対して『ジュラシック』の陣営は…。
どうやら幹部連中が5人揃って出て来た様子。1戦目の余裕ぶっこいた奴らとは纏う雰囲気がまるで別物だった。
狩る者の目ってのはこの事を言うんだろう。
既に全員が武器を装備している。
SSレアの中でも有数な武器が5本鈍い光を放ってひぷさんを捉えていた。
開始5秒前のブザーが鳴り響く。
カウントダウンがゼロになると相手は一斉にひぷさんを囲み中距離攻撃スキルで全方位から中心に攻撃を着弾させた。
砂埃が舞って中心が見えない。
ひぷさんは空に逃げた訳でも地面に潜った訳でもない。
あの人はこの程度の攻撃、避ける必要さえないんだ。
「起きたかい?"イザベラ"」
一瞬の総攻撃に会場が静まった時、砂埃の中から巨大な骨が無数に飛び出した。
これがひぷさんのUレア。
死せる巨龍『
ひぷさんを覆い隠す様に龍の肋骨が地面に刺さっている。
死龍の頭蓋骨が空を仰ぎ会場全体が悲鳴に包まれた。
「おおっと!!なんだこれは!?骨の龍がHypnos氏に覆い被さっているー!!先程の一斉攻撃のダメージが表示されないのは何故だー!?」
「学習してないなー、焦り過ぎだよ。ひぷさんには戦闘開始から初めて受けた攻撃後、30秒間はダメージ入らないんだって」
思わず面白くてケタケタ笑ってしまう。
「ちっ、忘れてたぜ……。おい、てめぇらっ!次のフォーメーションだ!」
敵幹部連中のまとめ役らしきプレイヤーが叫ぶと相手は陣形を変えていく。
ひぷさんを守っていた"イザベラ"が30秒経ち消えていくと先程までの衛兵装備ではなく、Uレア専用の衣装に変わっていた。
全身、骨を彷彿させる白銀の鎧。
「さーて、こっちも頑張ろうか!"抜骨ノ太刀"《ぬきぼねのたち》」
"抜骨ノ太刀"と言う名の武器は太い骨の一本から日本刀の刃が伸びている。
刃の長さはさっきまで装備してたロングソードのそれよりも長く刃の厚みも普通の日本刀よりも厚い。
そして気になるその効果は…。
「相手はUレア持ちだ!気ぃ抜くんじゃねぇぞ!まずは接近して効果を探る、てめぇら下がってろ」
「おーにさんこっちら♪手の鳴る方へ〜♬」
ひぷさんが武器持ったままの手首を開いてる手で叩いて挑発してる。
敵の頭は敏捷力と攻撃力、2つをバランス良く上げる効果を持つSSレア『オルトロス』を装備している。
先鋒に居た奴の『ケルベロス』は攻撃特化のノーキンだが、弟の『オルトロス』の方がバランスが良く愛用する奴が多い。
「てめぇのふざけた面ぁ、拝ませてもらうぜぇっ!!」
相手が手に持つ武器はSSレアの『ウォーハンマー』与ダメージが確立でクリティカルになる代物。最大強化で確率も上がる。
全速力の突進からのフルスイングでハンマーがひぷさんの顔面を直撃する。
カィィィイン!!と金属がぶつかり合う音だけが闘技場に響き渡る。
そしてひぷさんのアバターのダメージの横には『Critical』の文字が浮かんでいた。
「ぐあぁぁぁぁああっ!!」
頭を抑えて後ろに吹っ飛び地面を転がり回るひぷさん。
「随分と軽いUレアもあったもんだなぁ。おい、立てよ!そんなもんかよ、おい!」
「あーもー痛いなー」
半笑いになりながら頭を抑えて立ち上がるひぷさん……。その攻撃を受けた後のHPゲージが、1ミリも減ってなかった。
「この"白骨の鎧"《しらほねのよろい》にかすり傷でも出来たらどうするのさー」
武器を持たない手をヘルムの額に当て衛兵装備と同じく目の見えない顔を傾げてあははっと笑う。
これがUレアの特異性。
「なんとな〜〜んとっ!!Hypnos氏!ダメージ無効のパッシブスキルが切れているはずなのにダメージがクリティカルでたったの2!通常ダメージなら1って事なのかぁ!?」
「そうだよ、これがひぷさんの"イザベラ"の力さ。どんな攻撃も通さない文字通りの"絶対防御"。それに、隠し球がいくつかまだ残ってるしね〜」
そう、ただ硬いだけじゃない。
どんな相手も惹きつけて、どんな相手にも屈しない。この世界最強のタンク(壁役)だ。
「おい、あのUレアにあの名前……。もしかして1年前くらいに突如消えたっていうあのプレイヤーなんじゃないのか?」
「あぁ、俺も今思い出したぜっ!あいつだ!!プレイヤー50人の総攻撃を受けてもダメージが入らず、攻撃しても無駄だと謳われた骨野郎!」
「"無駄骨"のHypnosだ!!」
「あのっ!!二つ名ダサいんで、誰か変えてくれない??最新のやつなんだっけ?……、ダイヤモンドダスト!!あんな感じのかっこいい二つ名ちょうだいよー」
「ふざけやがって……、俺の、"オルトロス"と攻撃力を合わせてもダメージ1、なんてあり得るかっ!!」
「あり得るんだよ。現にこうして俺のHPゲージは確かに2しか減ってない。……ただ安心するといいよ」
目に見える口元だけでにっこり笑ってひぷさんは怒る相手プレイヤーにこう言った。
「君が弱い訳じゃないよ。俺が君の得物よりもちょっとだけ硬かっただけさ。次、頑張ってみよう!ね?」
怒りに震える大の大人をまるで、子供でもあやすように慰めていた。
「さてと、残りの人達から片付けようかなー。"アースシェイク"」
地属性広域攻撃魔法"アースシェイク"。フィールド内に幾つかの震源をランダムで設定して大小様々な振動で相手の撹乱と攻撃を1手で行うとんでもない技だ。
ひぷさんがレベルアップで入手できるSP《ステータスポイント》を使って底上げしているのは防御力と魔法力。
"イザベラ"には魔法力強化の特性はない。
純粋な魔法攻撃によってひぷさんは相手レベル80のプレイヤーに対して2000〜3000のダメージを与えていた。
そして…。
「"アースシェイク"で視界が揺れてるのは対象となったプレイヤーだけ!今の内に全員切るっ!!」
長刀"抜骨ノ太刀"が次々と相手プレイヤーにダメージを与えていく。
だけど、ここが1番面白い。
「やっぱ単純な攻撃だときついなー」
相手プレイヤー全体に攻撃を当て、立ち止まり弱音を吐くひぷさん。
それもそのはず、彼の攻撃の与ダメージは10。
レベル80の現状最大レベルの一撃が10。
なんでこんなに弱いのか?
それは"イザベラ"の特性に原因がある。
"イザベラ"には所持しているプレイヤーの攻撃力を30にするという脅威のデメリットが存在する。
但し、削られてしまう攻撃力ステータス値(ひぷさんの場合)220が無くなる訳ではなく、それが全て防御力値に加算される。
つまりひぷさんは攻撃力皆無、魔法攻撃型、敏捷力普通、防御力最強、HP14500のメ○ルキングって事だ。
「ぷふっ、うわっはっはっは!!なんだてめぇ!攻撃力カスじゃねぇか!笑わせてくれるぜ、本当によぉ…ふひっひ。こいつに攻撃しても意味がねぇ、さっさともう1人を狩るぞ!!」
「いや、待ってくれや……、俺達ぁ今、そいつしか攻撃できねぇみたいだ…」
「何言ってやがる!?そんな訳……っ!」
「やっと気付いてくれた?"この子"はね、寂しがり屋のかまってちゃんなんだ。君達はしばらく俺と"イザベラ"だけ見ていてもらうよ」
これがUレア特有のセット武器"抜骨の太刀"の2つの内、1つの能力。
攻撃を当てたプレイヤーのヘイトを自分に集中させる。
「ありがとうひぷさん。"こっち"も本気で行かせてもらいます。ひぷさんばっかり目立ってて悔しくなっちゃいましてね!」
闘技場の淵に達自身に強化系魔法をかけ戦闘準備を整えていた鳥君が自身のUレアを解放させる。
「Shall We Dance"エキドナ"」
鳥君の身体から紫の炎が流れ出し、やがて大きく燃え上がり舞い踊る。
その炎の中から這い出す上半身は女性、下半身は大蛇の半獣『魅了の火炎エキドナ』。
「鳥さん!助かります。どうにも調子乗り過ぎました〜あははっ!俺じゃ相手のHP削り切る前にMP底ついてラストの3戦目で役立たずになるとこでしたよ」
「ヒーさんの目論見通り、派手に目立ってましたのでグッジョブですよ。後は任せて下さい。僕の"双剣サラマンドラ"が火を噴きます!」
鳥君が持つUレアセット武器"双剣サラマンドラ"は通常攻撃を任意のタイミングで3回まで魔法攻撃として相手にダメージを与えると言う物。
それが一体どんなメリットなんだって思うだろ?それは見てのお楽しみ。
「1番強そうなのは最初から喋ってる貴方ですね。安心して下さい。僕はひぷさんと違って硬くないですから」
「てめぇもUレア使いだったとはなぁ。今日はついてるぜ!お頭から褒美が出そうだ」
「残念だけど、貴方には"味方"を潰してもらいます」
「ふははっ、その前にてめぇを潰してやらぁ!!……なっ、く、くそがぁっ!!」
「あーあー、だから言ったしょや。しばらくは俺しか攻撃できないって…、バカなの死ぬの?」
ひぷさんにヘイトを取られて鳥君を攻撃できない相手プレイヤー。
鳥君は燃え盛る紫炎で刃先が見えない魔刀で相手を切り裂いた。
「がぁぁぁああっ!……………………」
2500ダメージを受け、ひぷさんの魔法攻撃と合わせて5000程ダメージを受けてる相手プレイヤーが叫んだ後、不自然に黙り込んだ。
すると、味方プレイヤーに対し突進攻撃を仕掛けた。
「観客のみんなぁ!!これがうちのマスター『鳥である』のUレア"エキドナ"の能力"魅了"《チャーム》だ!魔法攻撃をくらった相手は自分の仲間を無意識に襲い出すぞ!」
「おお!!なんとこれは恐ろしい能力だー!!たちまち味方プレイヤーの攻撃により『ジュラシック』の2名がやられたー!『Lorelei』の2人は今だにダメージ2のまま!誰がこの2人を止められるんだぁ!?!?」
「俺達は誰にも止められやしないぜ兄弟!俺達は近い内にこの世界の頂点に立つ!!」
この仲間達と、いつかできる新たな仲間達とならきっと夢じゃなく現実に出来るって俺は信じてる。
「ヒーさん、大きく出ましたね〜」
「本当に、あの人がギルマスの方がよかったと常々思うんですよね……っと、そろそろあの人の"魅了"状態が解けます!」
「あいさ了解!俺の方もまたヘイト取りに行ってきます!!」
いちいちボヤキながら戦闘をしていく2人。
もっとスマートにやれないもんかね?え?俺が悪いって?冗談だろ……。
そうこうしている内に2人の相手プレイヤーを"魅了"状態にして1人を襲わせる。それでいて残る1人のヘイトはひぷさんに集中している。
2人の勝利は目前だった…。
「……初見殺しなだけで、対処方はいくらでもある。儂等"連合"の力に屈して貰おうじゃあないか……」
「おう、そうだな。厄介な力だが、今後は"俺達の味方"になるんだ。"捕らえて連れて行く"、必ずな…」
何処からともなく不穏な声が聞こえてくる。
"連合"、"俺達の味方"、"捕らえて連れて行く"、それは下にいる2人だけなのか?
それとも……。
闘技場内は何も知らず歓声に溢れかえり、2人の勝利を祝福していた。
何故か上手く行き過ぎてる気がするのは俺だけか?2人共腕の立つプレイヤーだって事はもちろん分かってる。
だがこれは食わされてる、そんな疑念が払い切れない。
「……赤碕、聞こえるか?頼みがあるんだが……」
ギルドコールで赤碕に指示を出す。これはまずい事になりそうだ。
「今からでも遅くない。"Uレア"、"ルーキー狩り"、関連する情報を少し探ってくるか……」
ギルドコールを切り、ため息を1つ。
この後、俺の予感は的中する事になる。
何も知らずに沸き上がる観客達。
その半数が敵の伏兵だとも知らずに……。
◇
「あの人には悪い事しちゃったかな……」
ついさっきまで話していた人物を思い返して1つ溜息をついた。
「とっても綺麗で、とても優しそうな、それでいてあの人の"千兵"の二つ名は伊達じゃない。全然隙がなくて、私でも1on1で勝てるかどうか……はぁ、かっこよ過ぎだよー」
あずきん。そう名乗ったプレイヤーは可愛らしい名前からは想像つかない程凛とした女性プレイヤーだった。
1人称が「俺」だったのもギャップ凄かったなー。
《10分前》
グランベリー大闘技場内カフェテリア。
「こんな所に呼び出しなどしてしまってすまない。私は4人パーティ『グリム・ロック』のあずきんという者だ。以後見知り置いてもらえるかな?」
「以後も何もこの世界で貴方を知らない人の方が少ないですよ"千兵"さん。私は
「ご丁寧にありがとう。さすがに"ダイヤモンドダスト"は親しみやすくないから助かる。お米君って呼んでも?」
クールビューティー。そんな言葉がしっくりくる綺麗な顔立ちなのにあだ名付けてくれるなんて、なんて素晴らしいギャップ。
「勿論いいですよ。折角なので私も仲良くなりたいですし!私は何とお呼びしたらいいでしもうか?」
「俺はあずで構わない。"千兵"も気に入ってはいるが、堅苦しいしな」
ははっと軽く笑った表情は少し可愛らしくてなんなんだろうこの人。
「それで、あずさん。私にお話というのは?お誘いがあった時点で軽く想像はしてたんですけど、"赤騎士のギルド計画"の噂は本当だったって事でしょうか?」
「おお、噂になってたのは知らなかった。それなら話が早い、つまりはそういう事だな。どうだい?お米君。俺達とギルドを作らないか?」
「……目的はなんですか?」
「目的はマスターになる予定の"赤騎士"『ファンタジア』というんだが、そいつは"備え"だと言っていた」
「備え、ですか?」
「そうだ。次のアップデートの内容の噂は耳に入っているかい?」
「……はい。でもそんな事があり得るんでしょうか?"Uレアが対人戦での敗戦で譲渡しなくてはならなくなる"なんて事が許されていいんですか?私はそんな世界嫌です。だってそれを得る為にどれだけの時間と財産を使った人が居ると思ってるんですか!?それに、クエストドロップの場合はそれにかけた時間の分、思い出だってあるはずなんです!それを……」
つい熱くなって一気に喋ってしまい、我に帰ると目の前のあずさんは真剣な眼差しで話を聞いてくれている。
「すいません、熱くなってしまって……。でも、本当に許さなくて」
「いや、俺もその通りだと思う。ジアのUレアはガチャドロップなんだが、俺の『
そう、クエストクリアには挑戦する全てのプレイヤーが心血を注いでいる。
クリアして手に入れた自分だけの特別な力が無理矢理に奪われてしまうなんて……。
「話が変わってしまいましたね。すいません。その、"赤騎士"…ジアさん?が言う"備え"と言うのは?」
「おっと、そうだった。今からここグランベリーで悪質で名高いギルド『ジュラシック』と、まだ無名だが俺とジアが注目してるギルド『Lorelei』の内2人が大闘技場で決闘を行うんだが、そこに良くない噂ばかりのギルドがいくつも集結しているらしい。今後来るだろう時代と今日起こるだろう事態に対して、早急に安定したギルドの結成が必要とうちのマスターは判断したと言う事だ」
「なるほど。確かにこの街に入った時から妙な空気を感じてましたけれど、そんな事になってたんですか。今日起こる事態については"単独"で協力させて頂きます。それで、"千兵"の、あずさん自身のお心を聞いてもいいですか?貴女にとって私は必要な人間なのか。ギルドを結成したい理由は何なのか…」
知りたい。こんな"大物"に私が注目されてる理由を。
"赤騎士"の右腕と名高い"千兵"だけど、私は"赤騎士"が名を轟かせてる理由がこの人だと思っている。
伝説の支えとなってる人物の目に私が映る理由とは……。
「今日、君の力を借りたかったのは"人命救助"の為だ。多くの人々が恐怖に陥れられてしまう事を止める為。君の氷の力、その噂を聞いてその力が必要だとジアに説いたのは俺だ。ギルドを結成したい理由は、俺もジアも同じ二つ名持ち。この先、互いを守り合う存在が多い方がいいに決まってる。その2つから、君の力が欲しいと願いここに居る」
鋭く真っ直ぐに私の目を見つめている黄色い双眸に目を奪われてしまう。
「それにこの先多くのプレイヤーの"討伐対処は俺達"になるだろう。大型クエストボスよりも頭の回る、自由性のあるレイドボスにな。そんな状況下で
この人は自分よりも人を、そして自身の大事な仲間を守る為に戦っているのだろう。
背丈も女性にしては高いプレイヤーだとは思うけど、それ以上に人としての器が大きな人だ。
……なのに、なのに私は、何て小さい"女"なんだろう。
何の手違いなのかアバター設定時に男のアバターになっていて、何も知らない最初のうちはまぁゲーム世界でくらいいいかと楽観視してしまっていたのだけれど…。
いざ慣れてきて、ギルドやパーティに入ろうと思うと何か後ろめたい気分になってしまう。
それに男性プレイヤーに肩でも触られようものなら悲鳴をあげてしまう……。
いっその事この人になら、本当の事を話してもいいのだろうか?
受け入れてもらえるだろうか?
不安が顔に出ていたのだろう。目の前の女性は心配そうな顔をして立ち上がった。
「すまないな、お米君。困らせたり悩ませたりするつもりは無かったんだ。許して欲しい。俺達の意思を押し付ける気も無い、ただ助け合えたらと思っただけだ。ジアには交渉決裂と伝えておく、そうすればまた押し掛けずに済むだろう。ただ、今日人々を守ってくれたならその時は"個人的"にお礼をさせて欲しい」
礼儀正しく会釈をすると私に背を向けて歩いて行く。
"千兵"命を使うプレイヤーだと聞いて恐ろしく思っていました。
でも噂は所詮噂だったのだと少し反省します。
彼女は……、誰よりも"命を尊ぶ"プレイヤーでした。
そして私は、いつかあの人の様に誰かを守る為に戦える騎士になれる様に……。
「ありがとう、ございます」
立ち上がり背筋を伸ばす。もうすぐ見えなくなるその背中に深く頭を下げた。
◇
「先生っ、この子の容態はどうなんですか?」
岐阜県の、ど田舎の厩舎の一角に俺、井上
「井上さん、現状はあまり良くはありませんね……。ロバは本当に頭の良い動物です。人に慣れ、愛情を理解し、そして人と同じ"ストレス"も感じます。ロバの病の中で最も死亡件数が多いのは心の病です……。この子は今とても衰弱しています。この子を助けるには1度ストレスを遠ざける必要があるでしょう」
俺のロバはオスで、名前は『スイプニル』。現在6歳になる頃のはずだ。
「この子を助けるにはどうしたらいいのでしょうか?」
焦りと不安が入り混じった表情で聞くと獣医は驚くような事を口にした。
「この子の意識を仮想ネットワーク空間に飛ばしましょう」
「はい?」
いや、待って。え?こいつをあっちの世界に??
「先生、そんな事が可能なんですか?」
「はい、可能ですよ」
えぇええ!?40になるおっさんを驚かせないで貰いたい。どうにも最近体の要が……。
「現在の仮想ネットワーク空間を作り出している企業のいくつかが開発している動物用のダイブ装置がありましてね。それを試しに使って見ましょう」
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!それがもし使えたとしても、仮想ネット世界には今ゲーム世界しかないんですよ?その動物用のダイブ装置にゲームが対応してなかったらこの子の意識はどうなるんでしょうか?」
「すいません、そこまで詳しくはないので何とも……。どうしますか?この子の回復の為に、試す価値はあると思いますが?」
迷っていても、こいつが辛いだけなのか…。
もしこいつが帰って来なかったらどうしたらいいんだよ……。
戸惑う俺に、今まで目も開かなかったはずの『スイプニル』が両目を開き、眼差しで訴えている。
どうしても俺にはこいつがあの世界に行きたがってる様に見えたんだ。
ちょうどその時、ポケットの中のスマートフォンが震え始めた。
画面上に浮かぶ『elice』の文字。
斜めになった受話器のボタンをタップし、耳に当てる。
「もしもし、eliceさんですか?ご無沙汰です。何かご用ですか?」
「ノイさんっ!!急いでこっちに来て!!ヒーが、鳥が、みんなが大変なのっ!!」
電話に出ると悲鳴のように叫ぶeliceさんの声が俺の鼓膜に突き刺さった。
みんなが大変?ギルメン達に何か良くない事が起こってるのだろうか?
何もかも迷ってる暇はないんだろう。
「eliceさん、わかりました。急いでそっちに向かいます!場所は?……、はい『グランベリー』の大闘技場ですね。はい、任せてください!では、また…」
電話を切ると、獣医が持つ動物用のダイブ装置をロバにつけて家から厩舎に引っ張っていたネットワークコードに接続した。
「先生、ありがとうございます!!俺は急ぎの用が出来たのでこれで失礼します!」
「いったい、そんなに急いで何処へ!?」
慌てふためく獣医に最高の笑顔でこう答えた。
「錆びれた主人公に、ご指名だそうで!」
ポカンとした獣医そっちのけで自室へと駆け出した。
厩舎の外は嵐が近いのか強い風が吹いていた。
◇
敵が何処に潜んでいるか判らない。
どんな対戦系のゲームに於いても心拍数が跳ね上がる状況。
大森林や岩石鉱など遮蔽物ばかりのフィールドでは常に敵プレイヤーの存在を意識して行動しなくてはならない。
そして、僕が所属するギルド内でピュアファイターは僕、プレイヤーネーム『赤碕』こと赤碕
僕が居るのは『グランベリー』の大闘技場1階席。そこを何も知らないプレイヤーと同じように歩く。
隣には職場の先輩であり、直属の上司の奥さん『elice』さんが歩いている。
「……ねぇ、赤碕君。ヒーは何て言ってたの?私には良く聞こえなくて」
「先輩は、eliceさんを安全な街へ避難させるようにと仰ってました。何やら会場全体がおかしな雰囲気になってる様で、念には念をと」
先輩、ヒーさんはこれから情報を集めると言っていた。
その間に出来るだけ早くeliceさんをログアウトできる安全な場所へ逃せ。
それが僕に与えられた使命。
このゲームは意識と体感覚が仮想ネットワーク内に作成したアバターに投影される。
リアルのeliceさんは現在妊婦。
アバターのお腹が大きくなる事はないけど、体感覚ではお腹が重くて走る事すらままならないと聞いた。
「赤碕君、今ここが危ないのよね?だから私を逃がそうとしてる…。そうでしょ?」
「はい」
「嫌」
「却下です」
「何で」
「先輩の指示だからです」
「ヒーの言う事なら何でもするって言うの!?」
「はい、上司の言う事ですから」
「思考停止人間っ!」
「何とでも」
「みんなが、仲間が危ないのに!私だけ、…私だけ、逃げられないわよ…」
「eliceさんそれは間違いです」
「何が?仲間の為を思う事が間違いだなんて何で言えるの??赤碕君は、何の為にここに居るの?命令だから、指示だから、貴方はあいつのロボットじゃない!!少しは自分でっ」
「考えていますっ!僕も先輩も鳥さんもひぷさんもここに居ないけどノイさんも!全員が同じ事を言うはずです!僕達は貴女1人だけ逃がそうとしてる訳じゃありません」
「みんなを避難させるなら私だって力に」
「eliceさん、それも違います。僕達は"貴女とお腹のお子さんの2人"だけを逃す。その為に戦うんです。僕はあまり話すのが得意じゃありませんのでうまく伝わらないけど。でも自分の考えで行動しています。大切にしたいものは貴女と同じです」
僕は二つ名持ちではない。
使う光魔も武器もSSレアだけ。
ステータスアップと属性効果付与のみの単純な物しかない。
「この装備でどこまで戦えるか……」
推測でしかないけど、転移盤の周囲は敵に囲われてるはずだ。
まずは様子を見て、囲まれてたら相手を数人引きつけて……倒す。
都市内での戦闘は不可能だ。だが闘技場などは例外とされていて、観客席でも戦闘が行える。
闘技場の設定を考えた人が乱闘も醍醐味だと言ってゴリ押ししたらしい……。
なんて事をしてくれたんだろうか。
今、その馬鹿なノリの所為で大多数の人々が危険に晒されているのに。
「恨みますよ、運営」
後ろのeliceさんの安全を確認しながら歩き進める。
そして転移盤へと続く道にぶつかった。
曲がり角の壁からそっと転移盤の方を観察する。
明らかにガラの悪い連中が居守してる。
ざっと数えて10数人。
ここの占拠を命じられたギルドだろう。
覚悟を決めろ、赤碕。
僕の武器は『流水槍』《スプレッド》。
SSレアの中でも攻撃力85アップとステータス値が大きく上がり、敏捷も30上げてくれる水属性武器。
光魔もSS『戦士ベオウルフ』。
敏捷を50上げて、相手プレイヤーを撃破する毎に10づつ敏捷が上がっていくという高性能な風属性光魔。
属性を不揃いで装備するプレイヤーはあまり居ないので珍しいと良く言われるけど、僕はこの組み合わせをとても気に入っている。
「eliceさん、僕が道を作ります。行けるタイミングで歩き出して、なんとか転移して下さいね。よろしくお願いします」
小声で話す僕にeliceさんは頷いて返事をくれた。
とても思いやりが強く、優しい人。
そして僕の先輩の大切な家族達。
それを守る事が僕の使命。
僕が水属性の武器を愛用するのは先輩に、ヒーさんに逆らわず、雷属性のヒーさんを支える絶対の誓い。
踏み出せ、赤碕。
赤い短髪を揺らし、シルバーのライトアーマーを軋ませて走り出す。
深緑の双眸に全ての意識を集中し、敵を見定め蹴散らす。
切り開け、赤碕。
大切な人の家族をクエストのボスモンスターなんかにさせてたまるものか!
眼前に現れた大男に、流水渦巻く矛先を一直線に突き出した。
「貫けぇぇぇええっ!!!」
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