魔族の王子
シグルドは襲ってきた魔族を剣で叩き伏せながら、周りの様子を見回す。
「・・・どうやら、魔族達は退却を始めたようだな」
「そうみたいだね。じゃあそろそろ、オレミズキの所に戻るよ」
「ああ、ロキ助かった。ただミズキには、後で詳しい説明を聞くからなと伝えておいて・・・ん?何だあれは・・・」
「シグルド様?」
突然怪訝な表情で空を見上げたシグルドを不思議に思いながら、ロキもその視線の先を追って空を見上げる。
するとそこには、大きな羽を羽ばたかせながら飛んでいる男がいたのだ。
「あれはもしや・・・カイザーか!?だが、何故奴は退却中のこの最中で退却方向と逆の方に・・・っ!!まさかあの向かっている先は!!くっ!ミズキ!!!」
そうシグルドは気付くと、すぐに踵を返して瑞希のいる森に向かおうとした。
しかし、その時には既にロキの姿はシグルドの近くには無く、遥か遠くを走って行くロキの姿があったのだ。
そのロキの様子にシグルドも自分の考えを確信し、全速力でロキを追い掛けながら戦場の中を駆け抜ける。
するとその途中、ジルがそのシグルドに気が付き追い掛けてきた。
「シグルド様!どうかなされましたか!?」
「カイザーがミズキの下に向かった!」
「なっ!?」
「私はこのままミズキの下に向かう!後の事は頼んだぞ!」
「はっ!了解致しました!」
ジルはそう言い、シグルドを追い掛けるのを止めてその場に立ち止まりシグルドを見送ったのだ。
瑞希は、戦場の様子をじっと見つめホッと息を吐いた。
「敵さんも退却し始めたし、もう大丈夫かな」
そう瑞希はホッとしたような声で呟き、手を下ろして魔力の供給を止め目に掛けていた魔法を解く。
「皆に掛けてある、魔力量アップと魔法攻撃力アップの魔法はこの戦闘が終わるぐらいまでは保つから、もう私が手伝わなくても大丈夫そうだね」
そうして瑞希は、安心した顔で大きく背伸びをしたのだった。
しかしその時、突然瑞希のすぐ後で大きな羽音が聞こえてきたのだ。
「え?」
そのあまりにも近い羽音に驚きながら、瑞希はすぐに後ろを振り返る。
するとそこには、こんな所にいるはずの無い人物が瑞希を興味深げに見つめながら立っていたのだ。
「な、何でこんな所に魔族が!?・・・ってその特長のある姿・・・もしかして、魔族の王子カイザー!?」
「ああそうだ。しかしまだ信じられんが、女・・・お前がこの戦況を覆したのか?」
「え?」
「さっきお前が、あの魔法使い共の力を増幅させたと言っていただろう」
「え、えっとそれは・・・」
カイザーの指摘に、瑞希は目を泳がせて誤魔化そうとする。
「俺はしっかりと聞いたぞ。だが・・・お前一人でそんな事が出来るようには到底見えないんだが・・・お前、一体何者だ?」
「・・・ただの普通の人間だよ」
そう瑞希は言いながら、頬を指で掻いて空笑いを溢したのだ。
「そんな訳無いだろ!・・・しかし、お前変な女だな。普通の人間の女は、いきなり俺様を目の前にしたら恐怖で失神するか泣き叫んで腰を抜かすかするもんだぞ?」
「・・・いや、そんなに怖いと思わないから。むしろちょっと触りたいぐらい・・・」
瑞希はそう言って興味津々の顔で両手をワキワキと動かし、カイザーの羽や角を触ろうと手を伸ばした。
するとその瑞希の様子に、さすがのカイザーも頬を引きつらせながら一歩後退したのだ。
「ちぇっ、ちょっとぐらい触らせてくれても良いじゃん!・・・ケチ!」
「ケチって・・・本当に変な女だな。しかし・・・お前のような女は嫌いじゃ無い」
そうカイザーは言うと、さらに興味深げに瑞希を見ながらニヤリと笑った。
「ミズキーーーー!!!」
瑞希がそのカイザーの視線を不思議に思っていると、大きな声で瑞希の名を呼ぶロキの声が聞こえてきたのだ。
そのあまりに必死な声に驚きながら、瑞希はロキの声がした方に顔を向けると、そこには森から抜け出し物凄い早さで瑞希達に駆け寄ってくるロキの姿があった。
しかもそのロキの手には抜き身の短剣がしっかり握られ、ロキの鋭い眼光はカイザーを捉えたまま離れないでいたのだ。
そしてロキは速度を緩める事無く、その短剣を振りかざしながらカイザーに飛び掛かる。
「・・・邪魔をするな」
そうカイザーが眉間に皺を寄せながら言い放ち、襲い掛かってきたロキの体を腕の一振りで吹き飛ばしてしまったのだ。
するとそのカイザーの一振りで激しく吹き飛ばされたロキは、少し離れた木に背中を強打しながら大きな音を立てて激突してしまった。
「ロキ!!」
「おっと、まだ俺と話し中だ」
「ちょっ!離してよ!!」
瑞希が慌ててロキの下に駆け寄ろうとするが、それよりも早くカイザーは瑞希の腕を掴んで引き留めたのだ。
そのカイザーに、瑞希は目をつり上げながら激しく抵抗して睨み付ける。
しかしカイザーは魔族なだけあって力が強く、瑞希は全くその掴んでくる腕を振り解く事が出来ないでいたのだ。
「うっ・・・」
「ロキ!!」
カイザーを睨み付けていた瑞希だったが、ロキの苦しそうな呻き声を聞き慌ててロキの方を見る。
するとロキは、苦痛に歪んだ顔をしながら震える手を瑞希に向かって伸ばしていた。
しかしそのロキの口から血が一筋流れ落ち、その場から動けないでいる様子から、ロキの体の中は酷い怪我を負っている事が伺い知れたのだ。
そんなロキを見て瑞希は早く治癒魔法を掛けてあげたいと焦り、カイザーに腕を掴まれたまま空いてる方の手をロキに向かって必死に伸ばす。
だがそんな瑞希の腰をカイザーが抱き寄せ、その体を地面から浮かすように持ち上げたのだ。
「なっ!?下ろして!!」
そう瑞希は叫び、腰に回っているカイザーの手を外そうと藻掻き宙に浮いた足をバタつかせていた。
しかしカイザーはそんな瑞希を面白そうに見つめ、ニヤニヤしながら楽しそうに笑っていたのだ。
するとその時、シグルドが険しい表情で森の中から飛び出してきた。
「ミズキ!!」
「シ、シグルド様!?」
「カイザー貴様!ミズキを離せ!!」
そうシグルドは、瑞希を抱いているカイザーを憎々しげに睨み付け、腰から剣を引き抜いて瑞希を抱きしめている腕に斬りかかったのだ。
しかしその剣がカイザーの腕に届く前に、カイザーは瑞希を抱いたまま羽を羽ばたかせて空に浮かんでしまった。
「ちょっ!高い!!」
「良い眺めだろ?」
「全然良くない!!下ろして!!」
瑞希は一気に遠くなった地上を見つめながら、背中に冷や汗をかく。
そしてその地上には、シグルドが鋭い眼差しをカイザーに向けながら瑞希達を見上げていたのだ。
「カイザー下りて来い!ミズキを返せ!!」
「・・・なあお前・・・確かミズキだっけ。で、ミズキ・・・お前ってさ、あのシグルドの・・・女なのか?」
「・・・はぁ?」
「違うのか?だがあのシグルドの様子を見ると・・・そう見えるんだが・・・ああなるほど、あいつの一方通行か」
カイザーはそう一人で納得し、意味が分からないと言った顔をしている瑞希と地上で目をつり上げながらまだ叫んでいるシグルドを交互に見て、面白そうにニヤリと口角を上げる。
「ミズキ、お前下りたいんだよな?」
「え?そりゃ勿論、下ろしてくれるなら下りたいけど・・・」
「良いだろう。今すぐに下ろしてやるよ」
「え?・・・・・きゃぁぁぁぁぁ!!」
瑞希がポカンとしながらカイザーを見つめていると、そのカイザーが突然パッと瑞希を抱いていた手を離したのだ。
すると瑞希の体は支えを無くした事で、そのまま地面に向かって落下していったのだった。
その突然の出来事に、瑞希は激しく動揺し悲鳴を上げながらそのまま落ちていく。
「ミズキ!!!」
そんな瑞希を受け止める為、シグルドは剣を地面に投げ捨て瑞希が落ちてくる地点に両手を広げながら駆け寄った。
そしてあと少しでシグルドの腕の中に瑞希が落ちてくると言う所で、カイザーが物凄い速度で急降下し瑞希の腰を抱いて急上昇したのだ。
そうして再びシグルドを見下ろす位置まで浮上したカイザーは、青褪めた顔で固まっている瑞希を面白そうに見つめる。
「な?ちゃんと下ろしただろう?」
「こ、こんな下ろし方・・・求めてない!!」
そう瑞希は涙目になりながら、カイザーを激しく睨み付けた。
「くくく、やっぱり面白い反応するなお前!気に入った!・・・そうだ!おいシグルド!今回の戦は俺様の敗けだ!だが、タダで帰るのも癪だから代わりこの女を貰って行くからな」
「何だと!?」
「な、何言ってるの!?」
カイザーの言葉に、シグルドと瑞希は同時に驚きの声を上げる。
「と言う訳だから、ミズキにはこれから俺の城に連れていってやるよ」
「なっ!?嫌だよ!私、そんな所行きたく無いから!!」
「まあ嫌だって言っても、俺様が決めた事だから連れていくけどな」
「じょ、冗談じゃ無い!!・・・こうなったら!」
瑞希はカイザーを睨みつつ、手に電流を滞留させてそれをカイザーにぶつけようとした。
しかしそれよりも早く、カイザーが瑞希の目を塞ぐように掌で目元を覆い隠してきたのだ。
「ミズキ、少し眠っていろ」
そうカイザーが囁くと同時に瑞希は急激な眠気に襲われ、そして意識を保つ事が出来なくなり、そのままあっという間に意識を失ってしまった。
そして意識を失った瑞希は、力無くカイザーの胸に頭を預ける格好となる。
「ミズキ!!!」
「じゃあシグルド、ミズキは貰っていくぞ!また次の戦場で殺り合おうな!」
カイザーはそう言ってシグルドに向かってニヤリと笑い、瑞希を横抱きに抱え直してから北の空に向かって飛び立っていったのだ。
「くっ!待てーーーー!!」
シグルドはそう叫ぶと、落ちていた剣を拾って腰の鞘に戻しカイザーを追う為走り出そうとしたのだ。
「うっ・・・ミ、ミズ・・・キ・・・」
しかし一歩踏み出した所で、そんな苦しそうな声と何かが倒れる音がシグルドの耳に届き、驚いてその音がした方を見る。
「ロキ!?まさかカイザーにやられたのか!?」
そうシグルドは慌ててロキの下に駆け寄るが、既にロキは意識を失っており明らかに重傷であるのが分かったのだ。
シグルドはそんなロキの体を支えながら空をもう一度見上げるが、もうそこにはカイザーの姿は何処にも無かったのである。
「くっ!・・・ミズキ、必ず助けに行く!少しだけ待っていろ!」
そう悔しそうにシグルドは北の空に向かって言うと、すっかり意識を失ってしまっているロキを担ぎ上げ、急いで治癒部隊のテントまで駆けていったのであった。
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