第四十一話 少女は願う
「っう……」
呻き声と共に
身体のあちこちが痛い。意識の途切れる寸前は車のフロントに叩き付けられた瞬間だったが、今は固いアスファルトの上で横になっていた。
戸惑い顔で周囲を見回すと、
しかし二人は何かの残骸から身を覗かせ、その向こうの何かに意識を奪われている。見入っていると言ってさえ良いだろう。
苦労しながら身を起こした凡鳥だが、意識がハッキリしだすにつれ激しい衝撃音と恐ろしい咆吼を認識した。さらに爆発と思しき轟音と共に地面の振動を感じ、完全に我に返って目を見開く。
「救助が来ましたの!?」
這いながらユミナの隣に並ぶ。そこから顔を覗かせ、あの新たに出現した幻想生物巨体を見つけた。恐怖のあまり頭を引っ込めかけるが、そこで繰り広げられる戦いに驚くと同時に魅了されてしまった。
その男の動きは舞うようであった。
恐るべき牙と爪を、鋭く迫る尾を、激しいブレスを次々と回避し生と死の稜線上をしなやかに駆け抜けている。
エース級セカンドの戦闘シーンを視聴覚室で見たが、そんなものとは比較にならない激しく凄まじい。赤嶺伽耶乃の記録映像を見た時には感動したが、目の前で繰り広げられる戦闘は、それをさらに上回る。
「凄い……」
自分より遙かに優れた存在に圧倒され、それしか言えない。
いつか自分もあんな動きをしてみたい。あんな風に戦えるようになってみたい。心の底から強く想いを刻み――だが、凡鳥という少女は同時に冷静さも兼ね備えていた。
横で見入るユミナの肩に手を置き、意識を自分に向けさせる。
「このままでは、いけませんわよ」
「あっ、凡鳥さん気がついたの。え? それ、どうしてですか」
「見て下さいませ。先程から光刃を一つも放つ様子がありませんでしょう。どうやってセカンドの能力を使用しているのかは分かりませんけれど、あの方には武器が必要ですわ」
「そういえば武器が!」
「神器刀はありますの? 私のは近くにありませんわね」
凡鳥は周囲を見回すが、親に買って貰ったビゼン社製の神器刀はどこにも見当たらなかった。吹き飛ばされた時に、どこか跳ね飛ばされていった覚えがあった。
「私のは最初の攻撃で、どこか行ってしまいましたよ」
「あたしのなんて、折れちゃったよ……」
「こうなったら、探すしかありませんわ――」
「待って! あるよ!」
九凛は腰元に手をやった。
◆◆◆
――このままではジリ貧。
遙か後方へ流れ弾ならぬ、流れブレスが命中し火災が生じていた。こうなれば目立つ目立たないの問題ではない。
ただし、それも生き残れたらだが。
「あいつらを逃がして逃げるか。引き離して距離をとれば……」
トラックの残骸付近を一瞥し、そこにへたり込んだ少女たちを確認した。
ファイアドレイクを上手く誘導し距離をとり、その隙に上手く逃がす。それから上手く相手の目を逃れ、上手く合流して上手く安全圏まで移動する。
算段した
「……難易度高すぎだろうが」
どれかを諦めねばならない。
それは既に決まっていた。ここに来る時点で、さらには幻想生物の群れに突進した時点で決めていたようなものだ。
九凛とユミナの安否を思い不安になった理由。それは、二人の存在を自分より上位に置き優先度を高めているからだ。
「まさか、この自己犠牲を選ぶとはな。これだから、世の中ってのは分からない」
埴泰は笑った。
頭痛は限界に近く吐き気も酷い。
懐から取り出した副作用の対処薬を噛み砕くと、命尽きるまでファイアドレイクの相手をする決意を固める。とりあえず、離れた場所まで誘導しそこで最期まで相手をしてやるしかあるまい。
その行動に移そうとした時――小柄な少女が走って来た。
「師匠!」
「馬鹿、何やってんだ」
「でもこれを」
反応したファイアドレイクがブレスを吐く挙動を見せ、埴泰は飛ぶように移動。九凛を抱きかかえながら熱線のようなブレスを回避した。
「何やってんだ、こんな危ない場所に来るんじゃない」
「でも、武器が必要でしょ」
「武器……どうして、これを!? 前にサラマンドラ戦で無くしたはずが!?」
埴泰は九凛の持つ脇差を注視した。
外装は失われているが、それは間違いなく愛用していた脇差であった。サラマンドラの鼻先に刺さり失われたものだ。
「これ師匠のだったんだね。でも、サラマンドラを倒したら出て来たんだよ」
「サラマンドラを倒しただって!? ええい、話は後だ。まず、それを貰うぞ」
言って埴泰は『見えざる手』で、脇差しを九凛の手から引き寄せ握りしめた。
そのまま動き続けるため九凛をしっかり抱いて放さない。もちろん抱かれる方も、しっかりと抱きついている。
「あの時のサラマンドラがファイアドレイクに進化したわけか」
進化した幻想生物。それは、普通では倒せないほどの強さを持つ。軍の一団を要するような存在だろう。
だが、今の埴泰も覚悟が違う。腕の中には九凛が、背後にはユミナがいる。護衛とか任務とかは全く関係ない。
守りたいから守る。
良いところを見せたいから頑張る。意地を張り見栄を張り、それで無茶して格好をつける。私情の入りまくりだが、人間の行動原理などそんなものだろう。
そんな行動を見せたい相手の前で出来るなど、人生でそうはあるまい。今ここで燃えずして、どうするというのか。
埴泰の心が燃え立つ。
「全力で行くぞ」
脇差の
それは精緻な鍛え目の金属に梵字と素剣が彫り込まれた細直刃仕立ての脇差。素材の中でも特に純度が高いワコニウムを使用し、手がけた職人も超一流のオーダーメイド。
埴泰の心に応え、世界に漂うアースラバを引き寄せ力に変える。それは桁違いに大きい。溢れ出る力が陽炎のように揺らめき視覚にまで見える程だ。
「凄いや……」
間近で聞く九凛の声が身震いする程に心地よい。背筋が震え、身体を何かが突き抜けるような感覚。腕に首に頭がゾクゾクと震えてくる。
限界など一瞬で突破し、さらなる力を注ぎ込んでいく。
ファイアドレイクが渾身のブレスを吐く。けれど、それは性急な恐れを含んだ動きであった。
「終わりだ、ドラゴン擬き」
埴泰は陽炎を纏わせた神器を振るった。
閃光が爆発――もはやそれは、光の奔流。
光刃と言うよりは砲撃とさえ呼べるだろう。ブレスなど容易く蹴散らし、そのままファイアドレイクそのものを呑み込み消滅させてしまう。さらにはショッピングモールに巨大な穴を穿つと、放棄された市街地に長い直線を刻み込んだ。
「なっ……」
戦慄したのは埴泰自身だ。
いくら絶好調といえど、この威力は桁違いに異常すぎた。いつもと違う点と言えば――腕の中にある九凛、つまりセカンドイヴの存在だけ。
埴泰は無邪気に笑う少女を間近から見つめた。
「師匠、凄い! 凄いよ!」
この少女の持つ力は未知数だ。
いつか必ず、利用しようと企む者が現れる。誰かが守ってやらねばならない。もちろん本人が己の身を守れるようにもしてやらねばならない。
それが出来るのは自分だけ。
否、自分が守りたい。
「あっ……」
決意した埴泰の前で九凛が呟いた。それまで元気にはしゃいでいた様子が嘘のように動きを止める。息遣いも苦しそうだ。
「おいどうした? しっかりしろ」
「大丈夫だから、でも……どうやら、あたし。ここまでみたい」
「なっ、馬鹿な事を言うんじゃない」
埴泰は跳躍すると、駐車場まで一気に戻った。
動く力すらない九凛をアスファルト舗装に横たえていると、ユミナが走って来た。凡鳥も一緒だが、そちらは埴泰の顔を見るなり驚き固まっている。
「師匠! 今のは凄かったですよ」
「そんな事はどうだっていいんだ。それより見てくれ、九凛の様子がおかしいんだ」
「あー、これは……私に任せて下さい」
「だが――」
埴泰が狼狽していると、横たわる九凛が力なく目を開いた。もはや息も絶え絶えといった様子だ。
「師匠ごめんね。あたし勝手な事しちゃって……でも……」
「いいんだ何も気にする必要は無い。もう喋るな」
だが、九凛はゆっくりと頭を振り震える手を持ち上げた。その手を握る埴泰へと――守り助けてくれる者へと言う。
「こんな事、お願いしてご免。でも学園のみんなを助けて欲しいの。頼めるのは、今ここにいる師匠だけなの。お願い!」
「あのっ! 私からもお願いします。何でもします、だから。どうか、お願いします!」
「…………」
埴泰は固まった。
今この瞬間、二人は自分だけを見つめ、自分だけに心を向け、自分だけを頼ってくれている。他の誰にでもなく、自分に縋って頼み願っている。
物凄い高揚が全身を駆け抜けた。
「いいだろう、そのオーダーを了解した」
身体が恐ろしく軽かった。
一度の跳躍で離れたビルに着地し、そのコンクリートを蹴って更に跳ぶ。全ての能力が桁違いに向上しており、『見えざる手』の能力も桁違いだ。
埴泰は勢い込んだ笑みを浮かべ、二人の頼みに応えるべく廃墟の街を駆け抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます