第十四話 学は之を行うに至りて

 受け持ち生徒がないからと、遊ばせてくれるほど学園は甘くなかった。

 暇な者は使えとばかり、埴泰はにやすには様々な雑用が指示されている。

 校舎内外の清掃やゴミ処理、粗大ゴミの分別解体。時には他の授業や講義の手伝いまで命じられ、まるで便利屋扱いだ。

 このままなら講師を解雇されたとして、雑用係で再雇用してくれるかもしれないと思ってしまうぐらいだ。

 今日も授業のアシスタントを命じられてしまう。

 だだし、これについて文句はなかった。なぜなら堅香子かたかご九凛くりんの参加する授業だったのだ。

「一同、気をつけ! 礼! 直れ!」

 整列するセカンド生徒たちは、学園支給の簡易戦闘服を着用していた。

 生徒だと一目で分かる制服を模した形状のそれは、パワーアシスト機能はない。装甲は最低限で、どちらかと言えば性能より見た目が重視されている。

 場所は実技館。

 周囲を分厚いコンクリートと屋根で囲った構造の建物だ。天井が高いため涼しいが、床は土の地面のためか少しばかり湿気があった。

「それでは今日の実技は、いよいよ武器を使用したものを行うぞ」

 ジャージ姿に首から笛を下げた担任教師の荒井が声を張りあげた。

 この男はセカンドだ。

 そのため二十歳になったかどうかの、幼さと甘さを残した顔をしている。生徒と大差ない年齢の者が教師として指導する様子は、子供同士のお遊びにしか見えない。

 埴泰は生徒たちの後ろで教材準備を行い様子を窺っていた。

 幾つかの授業を手伝った事で分かったが、どのクラスにも人気者の生徒がいて、それを中心に人間関係が構成されている。

 このクラスで言えば、凡鳥ぼんちょうナツメという名の少女をトップとした集団が一大勢力だ。取り巻きと、そこから派生した集団で構成されている。

 後は何人かの小集団があるようだが、九凛くりんとユミナはどの集団にも属していないようだった。いつも二人で行動している。

「ようし! まず授業のおさらいだ。どうせ、松田先生の授業なんか聞いてなかっただろ。セカンドの事はセカンドにしか分からんのに、あんな話をされてもな!」

 わはははっと腰に手をあて大笑い。

 そこには軽い嘲笑が含まれ、生徒たちの大半が同調するように笑う。セカンドだからと、心根まで優れているわけではないのだ。

 笑い終えた荒井の腰間から、銀色の煌めきが迸った。

 反りのある片刃の武器を抜き放ったのだ。いわゆる日本刀形状をしたそれは、天井の照明を受け美しく煌めいた。

「これが、ワコニウム合金から鍛えられた『神器』だ。こいつを我々セカンドが使用すれば――」

 軽く振ってみせれば、用意されてあった金属柱が真っ二つとなった。

 ゴトンッと音をたて地面に落ちた部分の断面を生徒たちに向けてみせれば、お調子者が声をあげ手を叩き口笛を吹きもする。

 なお、それは埴泰が重いのを運んで来たものだ。もちろん後片付けも。

 荒井はニヤリと笑う。

「このように金属だろうが簡単に斬れてしまう。そしてアースラバとの親和性が高いので、身体能力も反応速度も上昇する。だが! 一番凄い事は光刃を放てる事だ!」

「かっちょいい!」

「トキヤー、座って静かにしとけよ」

「あははっ、まあ興奮するのも分かる」

 お調子者の反応に荒井は機嫌良く鷹揚に頷きさえした。

「あとはなぁ、ちょっとしたオマケで物を手を触れないで動かせる。だが、まあそんなの意味ないからな。とにかく頑張って光刃を放てるようになれ。出来なければ……セカンド失格で退学だな」

 体育座りで話を聞く生徒の間から不安めいたざわめきが生じ、荒井は大声で笑い授業を続ける。

「よしっ! 細かい説明なんて後だ、まずは実際に神器に触りながら説明していくぞ。自分の神器がない奴は、学園が練習用を用意している。そこの人から受け取ってくれ」

 言って荒井は神器の先で埴泰を指し示した。

 その行為を例えるならば銃口を相手に向けるようなものに等しい。非常に失礼な行動だ。

 思わずムッとする埴泰であったが、そこまでだった。

 なぜならば、興奮した生徒たちが殺到してきたからだ。次々と突き出される手に対処するだけで精一杯となってしまう。

「全員分あるから落ち着いて、順番で!」

 声を張りあげるものの、言って聞くような相手ではなかった。奪い取るように取るのはまだまし。勝手に持って行こうとする生徒もいれば、一つのものを取り合う生徒すらいる。

 そして受け取った生徒は新しい玩具を手に入れた幼児のようにはしゃぐ。格好良いと信じるポーズで構える者あり、振り回す者あり、走り回るものあり。声が大きくなるのは普通で、興奮のあまり奇声をあげる者さえいた。

 無秩序の混沌だ。

 そして、自分の神器を持って来た凡鳥の周りでも騒ぎが生じていた。

「どうかしら、私の神器はビゼン社製の特注品なんですのよ」

「凄ーい、凡鳥さんってば、お金持ち」

「私にも見せて。うわぁ綺麗」

「あらそんな。大した事ではありませんのよ、おほほほっ」

 凡鳥と呼ばれた女子生徒は、口元に手の甲をやり高笑いをした。

 ワコニウム合金製の武器の値段は、平均的な世帯年収に匹敵する。それが、特注ともなれば値段は更に跳ね上がるだろう。とはいえ、少なくとも偉いのは買った親であって本人ではないのだが。

 埴泰はこっそり鼻で笑い、不快の念を表明した。

 混雑が終わると、それを待っていた九凛とユミナが、ようやくやって来た。

「一つ下さい!」

 笑顔と共に元気よく言われる。

 苦笑しつつ、残った中から出来るだけ見栄えの良い神器を選んでやる。高強度プラスチック製の鞘には、校章と校名がプリントされているが、使い込まれ擦れて薄れ塗装も剥げかけだ。

 受け取った九凛は、危うく体勢を崩しかけた。

「うわっ、びっくり。これ意外に重いよ」

「それは大袈裟じゃないかと。あっ、確かにこれは重さがありますね。うん、これを振り回して戦うと大変そうですよね」

 目の前の二人はにこやかであり、埴泰に対する親しみの様子があった。

 それで、つい話しかけてしまう。

「これはミノ社の製品で、耐久性が高い代わりに少し重い。値段は安いが性能は良いんで、学校教材として選ばれたのだろう。もし重さに不満があるなら、いつかヤマシロ社の製品を買うといい。あそこは細身系が多いからな」

 余計な口を挟んだと思われやしないか。心配する埴泰であったが、二人は素直に頷いてくれる。

「へえ、そうなんですか。知りませんでした」

「あたしも同じく。でもどうして、そんなに神器に詳しいの?」

「ワコニウム製の武器を使うのは、セカンドばかりでもないさ。頑丈なんで近接戦武器として重宝する者は多くいる」

「へーっ! そうなんだ」

 感心するような態度に、つい舌が軽くなってしまう。

「後は、セカンドにあやかろうって理由で身につける場合がある」

「それどうしてなのか、良く分かりませんが?」

 ユミナは重くなったのか、神器を胸に抱えている。凄いことに神器が挟まれていた。埴泰は思い起こすような様子をしてみせ、視線を天井に向けるしかなかった。

「戦場ってのは死と隣り合わせなんだ。セカンドが振るう力の源となる神器を身につけ、少しでも験を担ごうって事だろう」

「じゃあさ、乃南講師も何か持ってたりとか?」

「あー、それは……今は持ってないかな」

 埴泰は残念そうに肩を竦めてみせた。

 サラマンドラとの戦いで、愛用のワコニウム製の脇差を失ったばかりだ。斬れ味が良く頑丈で良い品であった。目下の悩みはその買い直しだ。何せ高級品なので現状では手が出ない。

「授業を続けるぞ。お前ら集まれ!」

 その時、荒井が手を叩き注意を集めた。今まで女子生徒と嬉しげに喋っていたが、ようやく自分の職務を思い出し授業を再開する事にしたらしい。

「あっ、いけない。行かなきゃ、またお話し聞かせてね」

「それでは、また後ほど」

 九凛とユミナは小走りで行ってしまった。

 もちろんそれは当然の事だ。それなのに、それを少しばかり寂しく思う気持ちがあった。

 荒井が神器の刀を手に白線の前に立つ。

「じゃあ、まずは俺が見本を見せてやる。攻撃目標はあそこだ」

 切先で示すのは、かなり離れた位置にある幻想生物を模した標的だ。その背後には、数メートルの高さを持つ盛り土がバックストップとして設けられている。

「今から攻撃するから、よく見ておけ」

 荒井は神器を大上段に構え、ゆっくりと時間をかけ吸って吐いての集中。息が止められた次の瞬間、鋭い気合いと共に振り下ろされる。

「どりゃあっ!」

 刹那、弧を描いた光の斬撃が飛び、幻想生物を模した標的を一刀両断にした。

 生徒たちは隣同士で騒々しく喋り、指笛や拍手が鳴らす。振り向いた荒井は誇らしげに手を振り応えていた。

――下らない。

 埴泰は笑いを堪えるのに苦労した。

 生徒に手本を見せるためとはいえ、溜めに時間をかけすぎだ。その割には威力が低すぎる。戦場で見てきたセカンド――たとえば、あの元生徒会長など――とは比べものにならない。

 これが自慢できるのは、習い始めた子供相手が関の山だ。井の中の蛙という言葉がピッタリだろう。皮肉な気分もあって、そんな評価を下した。

「白線の前で横一列に並べ。危ないから充分に距離を取って隣に注意しろ。そこっ、まだ神器を抜くな。合図をしてからだ!」

  荒井は手を叩き声を張りあげる。口喧しく中止するのは無理もなく、興奮した生徒たちは再び無秩序な群れと化していたのだ。

 これを見ると、講義に生徒が来なかった事を負け惜しみなしに喜んでしまう。

「やり方は簡単だ。世界に漂うアースラバを感じ取り神器へと纏わせるだけだ。いいか、今日は感覚を掴むだけで構わない。無理して焦る必要はないぞ。それでは――開始!」

 合図に従い、生徒たちが一斉に神器を振り回しだした。

 刃のついた武器が闇雲に振り回され、自分の間合いも周囲との距離も気にした様子がない。体力の足りない生徒は、振り回した神器の勢いで蹌踉めいてしまい安定感に欠けている。

 見ている方がハラハラするぐらいだ。

 もちろん誰一人として、光の斬撃を飛ばす事ができないでいる。

 ただの素振りに……五分もしない内に一人また一人と飽きていく。やがては休憩と称して座り込み、雑談なども始まっている。

 それでも真面目に続ける者はいるが、数えるほどだ。

 その中に凡鳥という少女も含まれるのが意外だ。他の者から誘われる休憩を断り、流れる汗をハンカチで拭いながらも続けている。思ったより真面目で努力家なのかもしれない。

 他が静かになった分だけ、別の場所から可愛さを含んだ声が良く響いてくる。

「とりゃあーっ、たーっ、やーっ!」

 小柄な九凛がポニーテールをぴょこぴょこ揺らし、頑張っていた。身長に比して大きな神器を振るう姿ときたら、微笑ましさを覚えてしまう。だが、それだけだ。

「やっ! ……はぁっ! ……えいっ!」

 隣ではユミナが神器を振るう。どうやら荒井の行った見本を参考にしているらしく、目を閉じ呼吸を整え一撃ずつ心を込め振り下ろしている。長い金髪が美しく流れ絵になる姿だろう。だが、それだけだ。

 なんにせよ初回の授業で光刃が発動した者は居なかった。

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