百合世界《アルカディア》への反逆者

池田あきふみ

S.D01

Data1. 異分子現る


「一体これは何の冗談だ……?」


 俺が意識を取り戻した時、眼前には景色が広がっていた。

 周囲には、石造りの家が整然と立ち並び、いくつか見える小さな煙突から、白い煙が立ち上っている。

 中央の広場を見ると、竜を模して造られた像が、口から勢いよく水を吹き出し、微かな水滴を周囲に散らしている。

 空気中に散らばった水滴は、日の光を僅かに跳ね返し、煌々と輝きながら台座の下にある貯水桶へと落ちていった。


 街の外――遠くに目をやると広大な連峰がそびえたち、山峡には虹色の大きな橋が見える。

 ここから見ると、噴水からでた放射状の水が、虹色の大橋をイルミネーションのようにキラキラと彩り、絶妙な景観を作り出している。


 それをただ茫然と眺めていると、時々、奇抜な恰好をした人たちが、俺を横目に見ながら通り過ぎて行った。



 ――この街の景色には見覚えがある。

 あるんだが……

 しかし、ありえない。

 

 何がありえないって――


 あの建物は……多分、グラウスという気前の良いおっさんがいる鍛冶屋だ。

 あっちは……薬草や魔道具が手に入る道具屋。

 道端で布を広げて、妙な道具を展示しているあいつは、露天商のフィッツ……だったかな。


 そして、一際目立つあの巨大な建物は――

 『コミックキラキラ』の大人気漫画……『マジック魔女ルカ』の舞台である、 『王立リネアリス女子魔法学院』。


 つまり――


 ――全て、漫画の中で見た景色だった。

 


 現代日本では、どう考えてもありえない街並み。

 西洋の文化に和のテイストをぶちまけたような、異色感。


 その景色を見て――

 頭のズキズキした痛みとは裏腹に、冴えてきた俺の脳は、瞬時に理解していた。


 そうか……つまりここは――


USJユニバーサルスタジオジャパン!!」


「違うと思う」

「ん?」


 俺が手のひらに拳をポンと乗せて、納得しかけたところで、隣にいた女に冷静にツッこまれた。


「なんだ、島袋……お前いたのか」

「さっきからあなたの横にいたわよ……」


 隣にいた女、「島袋春佳しまぶくろはるか」を見ると、まるでペンギンの群れに迷い込んだニワトリのように、他の風景から明らかに浮いていた。

 存在そのものが、世界から取り残されたように。


 街を行き交う人たちが皆、派手な装飾をつけていたり、カラフルな色合いの恰好をしているからか、その不愛想な白と黒を基調とした衣服は、やたらと地味に見える。


 ――しかし、俺はその女の地味な恰好を見て、妙に安心を感じていた。


 こういうの、ストックホルム症候群と言うのだろうか。

 普段は憎たらしかったこの女でさえ、この世界で唯一頼れる存在だと錯覚してしまうほどの安心感。


 そう、何を隠そう、これは俺の通っている学校の制服だ。

 もちろん、メイドインジャパン。

 つまり、同じ学校の制服を着ている俺も当然外観から浮いている。

 不思議なことに、この窮屈で無愛想な恰好を、ただ一つ、俺の知っている現実への繋がりとして、心の拠り所としてしまっていたのだ。



「どうしてお前がここにいる?」

「それはこっちの台詞だわ」


 島袋の方を見ると、俺と同じように地面にぺたんと座って、ただただ目の前の情報を整理しているようだった。

 普段は言葉に棘のある女だが、今は心無しか語尾に力が無い。


「うーむ……」


 俺は顎に手を当てながら考える。

 この女が言った通り、冷静に考えればここがUSJの新しいエリアでは無いことは明らかだな……。

 

 そこで、俺は当然の疑問を投げかけることにした――。


「――ここはどこだ?」

「どこって……そりゃあ――」



 言いかけて、島袋はぐるりとを見渡した。


「『マジマジョ』の世界?」


 ――俺と島袋は同時に顔を見合わせ、驚くべきシンクロ率でそのまま頭を傾けた。


「夢じゃ……ないわよね?」

「少なくとも、痛みはあるな」


 俺は、自分の頬をつねりながら答えた。


「ほんほは」


 一呼吸置いて、島袋も自分の頬をひっぱりながら答えた。

 両の頬を同時に引っ張っているせいで、まともに発音できていない上に、アホっぽく見える。

 やはりこいつは冷静じゃないようだ。



「……俺たちは、走馬灯でも見ているんだろうか」


 俺は背後にあった壁にもたれかかりながら呟いた。


「って冷たっ!」


 背中にかかる僅かな水滴のおかげで、たった今、後ろにもう一つ噴水があったことに気が付いた。

 こっちの像で水を噴き出していたのは、竜ではなく大きな亀だ。

 こんな近くの噴水に気が付かないとは……。


「――ところで、俺達はなんでこんな場所にいるんだっけか……?」

「……?」


 俺が尋ねると、島袋も頭を捻って考えていた。


 確か、俺はさっきまで……

 ――あれ? 

 さっきまで何をやっていたっけ?

 うっすらと漫画を読んでいたことは覚えているんだが……。


 

 過去の記憶を遡り、俺が頭の中を整理していると、やがて島袋は意を決したように立ち上がった。

 腰に手を当てながら、頭をブンブンと振って――


「もう、これが現実かどうかなんてどうでもいいわ……確かなのは、ここは間違いなく『マジマジョ』の世界だということ……!」



 島袋のその声は、心無しか弾んでいるように聞こえた。

 頭を上下左右にせわしなく振って、目も爛々と輝いているように見える。

 

 それを静かに観察していた俺は、自分でも驚くほどに冷静だったと思う。

 何故冷静だったかって―



 ――この時、俺の中では、驚くよりも先に、あるが、小さな種火となって、芽生え始めていた。

 背中にかかる水滴によって、下げられる体温とは裏腹に――

 野望は、静かに――沸々と心を熱し始めていたのだ。

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