決戦の後。・上

 丘陵地域にて運用試験を行っていたRICORA・3170_Prototypeが行方不明。

 原型機とはいえ倉方 佐助氏をリーダーの下制作されたその機体の性能は非常に高く、一体につき対人間の殲滅戦においては様々な条件を考慮し、最大で戦車四台分程度の戦力に当たると計算される。

 機体の特徴上、外見ではあまり人と見分けがつきにくく、更には最新鋭の高性能小型バッテリーを用いている為、最大速度(時速五十キロ)で平地を駆け続けるという行動も十時間以上持続することが出来る為、捜索範囲は広大化。

 更には自己学習人工知能も組み込み、いくつかの知識を教えての知能試験を行ったため、物陰に隠れる等の行動を取る可能性も存在し、また学習するため時がたつほど捕獲が困難になる可能性。


(中略)


 運用試験であるため重火器は装備させては居ないものの、握力だけでもオラウータンと同程度はあるものと計測されたため、敵対した際の脅威度は魔獣と呼ばれる生物を同等と見ても良い。捜索隊を編成するが、発見は困難を極めるであろうことが予想される。


    試験機体消失における始末書より


 ********


 ココハ、ドコダロウ。ハカセハ?

 クライ。アンシモード二、イコウ。

 ジョウホウショリ二オケル、ゲンゴイジョウヲカクニン。

 ジドウシュウリソフトヲキドウ。カンゼン回フクまデやく一〇〇ビョウ。


 視リョクイジョウをカクニン。ピンとちょう節機能ノ湖沼トハンダン。ジドウシュウリを開死シマす。

 聴覚キノウ異常ヲかくにん。音性飯響ソウチの故障とはんだん。自動しゅうりを開始します。

 ぴんと調節機能の修里完了。至近に生命体反応をかくにんしたタメ、視認行動をオコナイます。

 銀色の毛髪、顔面の変系+落涙現象=泣いているノだと判断します。和服、袴、草履、刀。生物データベース承合、一部乃データが破損している為修復作業を行います。

 しかシ、おかしいことです。先ほどまで昼デあったはずが、もう夜中になっているとは。体もかなり破損していますし、何が起きてイルのか。

 言語自動修理完了。

 生物照合による結果、七十パーセント以上特徴が被る生物が一種。エルフ、でしょうか。

 しかし、話をかけようにも体が動かないのでは、表情の伝えようがありません。なれば、

 ボディ内応急修理。声帯、口部、腹部、脚部、首、肩、肘、手首の順に優先的に機構の修理をします。末端まで修理することは困難である為、エネルギーを摂取するまでパーツの再成形は後回しとしましょう。


 ☆


「……アリサ! 目の前!」

「え……? うわっ!!?」


 ゼルシエの注意に、アリサが着物の袖で涙を拭って無理やり前方を見ると、そこには一人の女が立っていた。


 艶やかだがどこか無機質な、後ろに束ねられた金色の髪。瞳は紅蓮の色に染まっており、眼下に座っているアリサをこれまた無機質な輝きの中で捉えている。病的なまでに整った顔立ちは無表情で、作り物かと思うほどの滑らかな肌をしていた。秋にも入りそうな時期とはいえ、夏の夜の暑さが残る中で女性が身に纏う黒のロングコートは明らかな違和感を感じさせる。


「あなた達は、誰でありましょう」

「どわぁ!?」


 突如現れた女性に驚き、思わず台座から転げ落ちるアリサ。地面に激突する直前に、マオウに服を掴まれ、てなんとか怪我を負うことは避けられた。

 八人の中でも特に気配というものを察知するのが得意であるアリサだが、感情の昂りにより全く注意をしていなかったことと、そしてなにより女性からは生命活動を感じず、それどころか機壊達のような敵意などの明確な感情さえなかった為に、存在に気がつくことが出来なかったのである。


「こっちこそ聞きたいんだけど……あなたこそ誰?」


 手元に銃を出現させ、いつでも撃てるようにしながらゼルレイシエルが女性に質問をした。


「……そうですね、博士にも言われていたことでありました。私の機体名はRICORA3170_Prototypeであります。どのようにでもお呼びください」

「え?いや、いやいやいや……機体名ってなによ……」


 冗談はよせとばかりに右手を左右に勢いよく振るリリア。時刻は既に十二時を過ぎており、日中の移動と先ほどまでの戦闘によって疲れがかつてない程一同は疲弊していた。そんな事情など知る由もない女性は軽く首をひねると、表情を微塵も変化させずに声音だけ不思議そうに答えた。


「機体名……わかりませんか? RICORA(リコラ)でもプロトタイプでもご自由にお呼びください。ところで、ここはどこでしょうか」

「ねぇ……」


 リリアが前方に居たマロンの肩をつつき、口を隠しつつ耳元で囁いた。


「このヒト危なくない……? なに機械って……」

「私は機械であります。ヒト……言語上、ヒトと人間のどちらの意味を持っているのかは測りかねるのでありますが……ふむ、これなら信じていただけるでありますか?」


 一様に九人が「は?」というような表情をするなか、マザーコンピュータの土台の上から九人を見下ろす形の女性は地面に降りて同じ目線に立つと、おもむろに左腕を台座に打ち付けた。


「ひっ……!」

「機壊の残党かテメェ!!」


 近接格闘の得意な花の騎士の六人が、エントとマロンとゼルレイシエルの三人を守るように武器を抜いて前に出た。その動きは迅速ではあったものの、九人の目には驚愕の感情だけが浮かんでおり、ただ形だけ警戒しているような状況であった。

 女性が腕を打ち付けたことより、コートの袖とその下にある腕にガラスのようにひびが入った。衝撃によって服と腕は砕け散り、粉々になって地面にジャラジャラと音をたてて落ちる。そして、金属製の棒、ボルトやナット、銅線や歯車など、様々な部品によって複雑怪奇に組み上げられた機械が露出した。

 女性――RICORA3170_Prototypeは、修理の完了した右腕の手首を使って右手の平で左手を示しながら言った。


「機械……ですが、どこかニュアンスが違うものを感じるものでありますね。見ての通り、倉方博士に作られたRICORA3170_Prototypeであります。それ以外の何物でもありません。残党とは? 私に姉妹機というものは居ないと聞かされているのでありますが」


 八人がただ唖然とするなか、マロンが携帯端末をカプセルから取り出すと、おずおずと声をあげた。


「あの……リコラっていうのは、どういうスペルなんですか?」

「アール、アイ、シー、オー、アール、エー。数字のサン、イチ、ナナ、レイ、アンダーバーに……プロトタイプはカタカナでもよいかと」

「わ、わかりました」


 少なくとも腕が機械の女性の言うとおりに携帯端末にてインターネットを開き、文字を入力して検索した。ヒットしたページのトップにあるのは、とある事件についての記事。


「『試験運用機の喪失。明るみになった、倉方新機械研究所の杜撰な管理体制』……?」

「杜撰……? どういうことですか。博士がそんなことをするはずが」

「……この記事、百年くらい前のを、引用したものみたいです……ね」

「はぁ?」


 レオンが素っ頓狂な声をあげ、レオンとゼルレイシエルが画面を覗く。そこにはたしかにマロンの言った通りのことが書かれていた。


「百年……いえ、九十九年。でしょうか。その時に、あなたの言っている名前と同じロボット……アンドロイドが盗まれたと……そう、書いてあります」

「そんなはずは! 私はたしかに先ほどまで博士立会いのもとでテストをしていたはずであります」


 表情は変わらないものの、どこか震えた声で叫ぶ女性。そんななか、彼女の左腕に地面に落ちた金属音のする粒が浮かんでは収束し、粒が肌を形成し、粒がロングコートの袖を形成していく。ついには腕を土台に打ち付ける前と遜色かわりない形に戻った。


「九十九年前……? それって機壊達が現れたのと同じころだったような……」


 アリサがボソリと、復讐を成した存在の情報を呟く中、ゼルレイシエルがその記事の文を読み上げる。

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