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 ルナールプロダクションの四階。T字状に廊下がありレッスン室が四つ。各部屋にはAからDまで名前がついている。

 他にはトイレに喫煙所、販売機が置いてある休憩所。休憩所は部屋にはなっておらず、廊下と繋がっている小さな間。


 レッスン室は壁一面に鏡張りで、天井四隅には大きめのスピーカー。明るい照明。

 床は木目調で、照明を反射させるほどツヤがある。

 四室とも同じつくりである。

 

 これからAルームでは面接が行われる。


 Bルームには面接参加者が待機している。今ここにいる人数は18名。皆女性で、以前に行われた新プロジェクトオーディションの一次選考を通った者。

 鏡の前で最終確認をしている者。

 耳にイヤホンを挿し瞑想している者。

 プリントに目を通している者。


 各々になにかをしているが、皆目的は一緒である。

 この二次選考を通過すること。

 

 しかし、一人だけ以前のオーディションを受けずここへ来た者がいた。


 川谷花菜である。


 川谷は部屋の隅にしゃがみ込み怖気づいていた。


 皆の真剣な表情でなにかをしている。

 馴れ合いなどしていない。食い殺すような眼光。

 人目を気にせずダンスの確認をしている姿。

 人目を気にせず歌唱練習している姿。


 それを見て自分はなぜここに来てしまったんだろうと。


 面接開始まであと10分を切った頃。

 レッスン室の重い防音扉が開いた。


 入ってきたのは三人。ツインテール。ゆるふわ。ちんちくりん。

 その三人は楽しそうに話しながら入ってきた。


 川谷はそれを見て顎が外れた。顎が床につくほどに。

 そして顎が外れてしまったのがいけなかった。

 三人に気づかれたのだ。


 川谷は顎を持ちながら慌てる。


「花菜ちゃん!?」


 三人の中の一人が声を上げた。ツインテールである。

 川谷は背を向ける。


 しかし、川谷は肩を叩かれた。


「花菜ちゃんだよね?」 


 川谷はあきらめ振り返る。


あほなおふのへふはっへあごなおすのてつだって!」

「なんて!?」


 川谷は涙目になる。


あほなおふのへふはっへーあごなおすのてつだってー!」

「アホ直すのヘフハッヘー??」


 ゆるふわがツインテールを引き離す。


「海山さん、どいてください。きっと顎を治すのを手伝って欲しいのですわ」

ほうほうそうそう


 川谷はコクコクと首を動かした。



 顎も治り、四人は向かい合うように座った。


「なんで陸ちゃんここにいるの? それに、平野さんと小松さんまで」


 答えたのは平野だった。


「話すと長くなりますが、海山さんに頼まれたのですわ。このオーディションを一緒に受けて欲しいと――」


 平野は川谷に説明した。経緯はこうである。

 男色と虹色と黒色トリプルカラー作戦の後、陸に謝罪をした平野と小松。そして、平野は陸に友達になって欲しいとお願いをした。

 そのときに陸が出した友達になるための条件。これがこのオーデションへ一緒に参加するというものだったのだ。


「そうだったんだ」

「ええ。わたくしはあまり興味はありませんでしたが、三人とも一次を通過してしまいました。まあ、わたくしの美貌があれば当然なのですけれど」


 陸が口を挟む。


「その割には練習頑張ってたよねぇー」


 平野の顔が赤くなる。


「そそそんなことはありませんわ」


 小松がニヤリとつぶやく。


「清香ちゃんダンス楽しいって言ってたじゃん」

「沙耶さん!! 言っていませんわ!!」


 川谷は緊張が和らいでいた。

 あー、アホ三人がいてくれてよかったー。と。


 そのとき、レッスン室の扉が開かれた。

 入ってきたのはルナールプロダクションの女性スタッフ。手にはバインダーを持っている。


「それでは面接を始めます。えー、海山陸さん。Aルームに来てください」


****


 Aルーム。面接会場。ダンスを録画するための器材などが置かれている。


 そして長テーブルが壁際にあり、四人の面接官が座っている。

 

 白紙の丈こと古嶋丈典。

 振り付け指導を担当しているつじ詩織しおり

 楽曲担当の奥村おくむら英男ひでお

 そして、ニット帽にサングラス、マスクで顔を隠している栗崎円。


 21人目の参加者が入ってくる。最後の一人である。


山田やまだ花子はなこです。よろしくお願いします!」


 彼女は自己紹介をして頭を下げた。


 面接を仕切っているのは古嶋。他の三人はチェックシートと参加者に目を光らせ続けている。


「それじゃ先にダンスを見るからね。準備はいいかい?」

「はい! よろしくお願いします!」


 スタッフが曲を再生する。


 山田は真剣だった表情から一変し笑顔になった。

 そして、曲に合わせダンスを披露する。


 山田を見ていた辻は頷く。

 基礎がしっかりしていて笑顔も崩さない。面接官をファンに見立て、視線を送るなどのレスもしっかりしていたからだ。

 辻はチェックシートに高評価をつけた。


 ダンスが終わり歌唱審査。


 山田は表情豊かに歌っていく。

 声量も申し分ない。音域もしっかりしていて、音程を外すこともない。


 奥村は腕を組んで感心をする。

 チェックシートに高評価をつける。


 栗崎は歯をぎりりと鳴らした。

 焦っていたのだ。ダンスも歌も上手い山田に。

 参加者で一二を争う上手さ。そして、知らなければできないレス。

 山田は間違いなく場慣れ・・・している。と、栗崎はそう感じた。

 

 そして、古嶋による質問も終わり、山田はAルームを出ていく。


 面接官の四人は大きく息を吐き、緊張を解く。


 古嶋が全員に聞こえるように声を上げる。


「はい。では一時間後に三階の会議室で会議を行います。それまでは自由ってことでよろしくお願いします」


 古嶋はそう言って足早に出ていく。


 スタッフたちは古嶋がいなくなるのを確認すると、長テーブルに集まった。

 辻や奥村、栗崎も。


 スタッフの一人が古嶋のチェックシートを手に取った。

 21枚ある写真付きのチェックシート。


 そして、一枚ずつ確認しながらテーブルに置いていく。


「白紙……。これも白紙……これも」


 なにも書かれていないチェックシートが並べられていく。

 その中には、さっきの山田花子のものもあった。


 栗崎はそれを見て驚く。

 山田は合格確実と思っていたからだ。


「これも白紙だ……今回は大当たりナシか??」


 スタッフがそう声を漏らした。しかし、すぐに大声へと変わる。


「あった!! あったぞ!! ――え? これも白紙じゃない!! ――これも!!」


 スタッフは記入してあるチェックシートを並べた。


 その枚数は四枚。


 辻、奥村はなにも感じることのなかった四人。

 

 栗崎は驚いた。その中の一人は知っている人物だからである。

 転校した高校の同じクラス。そして同じ班。六班メンバーの一人。

 川谷花菜のチェックシート。


 しかし栗崎も辻と奥村同様に、なにもいいところは感じていなかった。

 むしろアイドルに向いていないと思った程。

 学校では静かで目立ってもいない。誰かと仲良くしているのも見たことがない。休み時間にはいなくなる。


「――なんで??」


 栗崎は心の声が漏れた。


 そして古嶋に不信感を抱く。

 ――本当に信じていいのだろうか。この新プロジェクトは大丈夫なのだろうか。

 せっかく『たら3P』の振り付け担当と、『兄さキッス』の作曲者奥村がバックについているというのに……。

 この企画をつぶす気なのだろうか?


 栗崎はAルームを飛び出していった。


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