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ホームルームが終わりそうになった頃、小清水が教室に戻ってきた。
机の上に椅子を乗せて持っている。
「せんせー! 持ってきましたけど、どこに置きますか?」
藤崎は片眉を下げて腕を組む。腕を組んだせいで豊満な胸が圧縮され、ブラウスのボタンがはじけ飛びそうになる。
「よし。栗崎は六班ってことで!」
「ういーっす」
小清水は机を自分の席の後ろに置いた。
「じゃホームルーム終わり!」
小清水が椅子を下ろす中号令がかかりホームルームが終わった。
「円ちゃんお待たせ。先生の言ってた六班てのはここだからよろしく」
栗崎は立ち上がった。
「ありがとう」
お礼を言われた小清水は照れるように頭を掻いた。小清水は湊の般若のような顔には気づいていない。
栗崎が小清水の運んできた机に座ると、教室内は戦争のようになった。
栗崎の机を囲むように皆集まり、質問という銃撃をしていく。
栗崎は笑顔でそれに答えていく。
****
放課後。
クラスメイトの質問攻めも納まり、栗崎は帰りの支度を進める。
教室内にいるのは空と数名。
空は帰るために席を立ちあがった。
すると栗崎に呼び止められた。
「あの。すみません」
「はい」
栗崎はいきなり空の手を両手でつかみ、うるんだ瞳で空を見上げる。
空は動じない。
栗崎の容姿にクラスの男子が皆ハートを撃ち抜かれたというのに、空は手を握られても顔色一つ変化しない。
栗崎は自分の唇に指をつけて、さらに空の顔に近づく。
「…………なに?」
栗崎は次に、Yシャツのボタンを数個外しチラリと胸元を開けた。
空は栗崎がなにをしたいのか全く分からない。
「だからなに? 俺は帰りたいんだけど」
「やっぱり」
「やっぱり?」
栗崎は服を直し、空から離れて人差し指を指した。
「うん! 君に決めた!」
「だからなに?」
「君は名前なんて言ったっけ? たしか自然っぽい名前だったよね」
中休みを使って六班メンバーは自己紹介をしていた。しかし、栗崎は空の名前を忘れてしまっていた。
「海山空」
「そうそう! 空君! 覚えやすいって思ってたけど、逆に忘れちゃった」
「で、なんなの?」
「学校の案内してよ!
栗崎はぷくりと頬を膨らませてそう言った。
「いいけど……なんで俺なの? 他の女子とか、話してた男子とかいっぱいいたじゃん」
「あー。あいつらは死ねばいいよね」
栗崎は笑顔でそう言った。さらりと。
空は自分の耳を疑った。
「え? なんて?」
「だから。死ねばいいよねって言ったの」
栗崎の笑顔は変わらない。そして続ける。
「空君はがっついてこないでしょ? 休み時間とか皆がわーわー集まってくるのに、空君はあーしに興味がないみたいでさ。だからかな。安心できる」
空は言えなかった。
栗崎のような人気者には近づきたくないということを。
苦手なタイプというやつだ。
そして空の経験上、空に侮蔑の視線を送るグループの中心には必ず友達の多い人気者が中心にいることが多い。
「それじゃ行こ! この学校敷地が広いから楽しみだなー!」
栗崎は黙る空の手を引いて教室から出る。
空はまず授業で使うことの多い特別教室棟から案内することにした。
「ここが音楽室。で、その向こうが美術室」
「へー」
外からは野球部の声や金属バッドの音。
吹奏楽部の様々な楽器の音。
校内を部活で走っている生徒たちの音。
空は案内しながら訪ねる。
「そういえばなんで北海道に転校してきたの? 事務所の関係とか言ってたけどさ」
「あーしアイドルやってるって言ったでしょ? それで、新しいプロジェクトに参加することになったの……」
栗崎はうつむいて歩く。
空は言葉を待つ。
「簡単に言うと左遷みたいな感じかな。あーしは東京で地下アイドルやっててさ、三人グループだったんだけどね、ぜんっぜん売れてなくて……。結成したときはメンバーの二人もやる気出して頑張ってたんだよ。
でも、売れないって現実を見た瞬間にやる気はゼロ。あーしはそれでも必死にやったの。そしたらメンバーの二人になんて言われたと思う?」
「…………」
「円がいると雰囲気が乱れる。辞めてくれない? って言われたの。マネージャーも二人のこと贔屓してて、あーしに辞めてくれって。おかしいよね」
「…………」
空はこういう話が苦手である。
なんて言葉をかけてあげればいいのか分からないからだ。
「マネージャーはあーしを辞めさせるために本気を出したの。それで見つけてきたのが新プロジェクトの話。上の方ではスイスイ話が進んで、気づいたらあーしはここ」
「そっか。でも良かったじゃないか。協力的じゃないメンバーと組んでても楽しくないだろ? ここからまた頑張ればいいと思う」
「うん。ありがとう」
「なんか踏み入ったこと聞いちゃってごめん」
「ううん。少し愚痴ったらスッキリした。ありがと。それに、友達もできたしね!」
「友達?」
栗崎は空の前に出て、のぞき込むように腰を少し曲げた。
「空君だよ! さ、案内の続きしてよ! あ! あそこ行きたい、校門のとこの木のとこ!」
「ポプラ通りか。それじゃここ見たらそっちに行こう」
「うん!」
栗崎は空の手を引いた。その手はとてもとても熱かった。
ポプラ通りのベンチに腰かける二人。
栗崎は両手を天に伸ばし、大きく背中を反らす。
「やっぱり北海道はいいなー!」
「そうなのか? 都会の方が便利でよさそうだけど」
「あーし北海道好きなの。よく旅行で遊びにきてたし! 今年の四月頃にも来たんだよ?」
「へー。四月は北海道のどこに行ったの?」
「ここだよ。札幌。プロジェクトの話も決まってたから、家探しにきただけで観光はしてないけどさ」
「…………そっか」
空は脳裏でピッピーマートでの出来事を思い出す。そして椿沢が言っていたことも。
ぶつかった女性はもしかすると栗崎なのではないのか。と。
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