14

「うめ゛ー! うますぎるぅぅぅ――」


 昼休みも中ごろ。教室に戻った空、川谷、小清水、湊。

 竹田は彼女とどこかで昼を食べるらしくここにはいない。


 毛ガニパンの美味を絶叫しているのは湊。

 大きな乳房とポニーテールを揺らし、いまさっき床に転がった。

 

 これを見ている三人は食べてみたいという興味が湧く。しかし、こうなってしまうのかという恐怖と戦っている。

 歓喜と狂気の入り混じった叫びの中、一人の勇者が立ち上がった。


 そう。ハイエナ小清水である。

 今日の小清水は色々と頑張っている。


 アヘ顔で転がっている湊からパンを奪い取り、ひと口かじる。

 勇者の目がカッと見開く。空と川谷はメロンパン片手に見守る。


「――うっ。――めぇ」


 そして、静かに崩れ落ちた。

 右手に毛ガニパンを持ったままうつ伏せに倒れ、ブルブルと震えている。

 左手の指は震えながらも、地面になにかを書いているようにも見える。その様はダイイングメッセージを残す死に際。

 

 川谷は近づきメッセージを読み取る。


「か……に……あ……れ……る――?」


 ここで勇者は力尽きた。

 空は気づく。


「まさか――カニアレルギーじゃ!?」

「え!? じゃ、じゃ、じゃあ急ごう! なにを? え。先生呼ぶ! 違う、救急車か? なん番だっけ。誰かー!」


 川谷も驚きしどろもどろになっている。

 空は急いで勇者小清水に駆け寄り仰向けにする。小清水の唇は大きく腫れ上がり、赤い湿疹も出ている。

 空は口の中にある物を指で掻き出す。

 そんなとき、勇者のヒーラーが現れた。


 それはさっきまでアヘっていた湊である。


 湊はすかさず小清水の鞄から太いマジックのような物を取り出し、小清水の太ももに突き立てた。

 すると小清水の震えは止まり、息を吹き返した。


****


「あんた馬鹿じゃないの! なんでアレルギーなのに食べるの!」

「すまん」

 

 小清水は正座。湊は向かいに立ちガミガミと怒っている。


 湊が取り出した太いマジックのようなものは、エピペンというアドレナリン注射である。

 小清水の症状は、アレルギー物質を口にした際に起きたアナフィラキシー症状。

 ヒーラー湊の活躍がなければ、命にかかわっていたかもしれない。


「あんたは本当に私が近くにいないと危なっかしいったらありゃしない」

「すまん。助かった」

 

 湊は怒っているからだろうか。少し顔が赤くなっていた。



 放課後。

 空と川谷は大通り公園に来ている。

 大きな噴水があるのでここが四丁目だということが分かる。

 周りには観光客やスーツを着た人。親子やカップル。芝生に座り込み弾き語りをする者。様々な人で賑わっている。


 しかし、空と川谷の二人は異様だった。


 ベンチに腰かけるわけでもなく、芝生に座るわけでもない。歩きながら風景を楽しんでいるわけでもない。

 焼きとうもろこしの売店。『とうきびワゴン』の陰に隠れているのだ。


 なぜ隠れているのか。

 当初の目的は、二人で図書室に行き貸出カードの件を済ませようとした。しかし、人見知りな二人は図書委員に話しかけることができず諦めた。

 悩んだ結果。ストーカーがいるなら小清水を尾行すればいいのでは。と。


 二人は焼きトウモロコシ片手に小清水を見張る。

 小清水は今一人ではない。湊と一緒である。

 空は口の中のトウモロコシを飲み込み、川谷に訊いた。


「あの二人って仲いいの? 今日の昼小清水が倒れたときだって、湊はエピペンのことを知っていたし」

「海山君知らないの? あの二人付き合ってるんだよ?」

 

「――え? 嘘だ」

「うっそー」


 川谷は変顔でそう言った。


「…………」

「…………」


 空は思った。川谷が可愛くなかったら殴りたい。と。

 悔しいのは、変顔すら可愛いということだ。

 

「……亜樹ちゃんから聞いたんだけど。小清水君とは幼馴染なんだってさ。中学のときはサッカー部員とマネージャーって関係だったみたい」

「へえ。それで仲がいいのか。幼馴染ならアレルギーの件も納得だ」


 話しをしていると小清水たちに動きがあった。

 どうやら狸小路たぬきこうじ方面へ向かうようだ。


 空は食べ終わったトウモロコシをゴミ箱へ捨てて尾行を続けようとした。

 しかし、その袖を引きとめる川谷。


「ん。なに?」

「あのさ。私……もっと、た――。一緒に……ここで……」


 川谷は視線をそらし、顔は赤い。袖を掴んでいない手は、胸元でもじもじとしている。

 空はドキッとした。可愛すぎるし、なんだこの感じは。と。


 二人の周りにはハトが集まってきている。皆首を動かしエサを待つ。


 息を飲む空とハト。

 

「――じゃがバターも食べたいのぉ!」

 

 顔をくしゃりとさせ恥ずかしさを隠すように川谷は叫んだ。

 ハトの群れはその声で飛び去る。


 空は半眼になる。変な期待して損した。と。


「でもねでもね。今とうきび食べたばっかりだし。……その。じゃがバターは二個セットだし。んと、二個は多いから……。一個食べてくれたら嬉しい……かな」

「……わかったよ」


 空は財布を出し150円を川谷に渡す。


「いいよいいよ。付き合ってもらうんだから私がおごるよ」

「だめだ。半分貰うんだから半分払う」


 川谷はクスっと笑いこれを受け取った。


 空はまんざらでもなかった。

 ――川谷ともっと一緒にいたい。もっと話しをしていたい。たまにイラっとすることもあるけど、それも可愛い。


 

 二人で近くのベンチに腰かけじゃがバターを食べる。

 小清水の尾行は一旦終了とした。


 空は鞄が異様に震えていることに気がつく。

 鞄を開けると、振動するクニツルがそこにはいた。

 画面には『危険! 直ちにこの場を離れよ!』と。メモ帳アプリが起動している。

 空は意味が分からなかった。


 川谷に聞こえないようにクニツルに訊く。


「なんだ? どういうことだ?」


 すると文字で返事がくる。


『空坊の帰りが遅いと小娘からメールがきた。俺様はじーぴーえすとやらを使って位置をメールで返信した。

 そしたら小娘から、絶対にそんなことない。ピッピ―マート以外行くはずがない。って返ってきてな。だから俺様は、女の声も聞こえるから友達と一緒に来ているんじゃないか。と返信したわけだ。

 返事は、そいつを殺りにいく。と。だから俺様は危険を知らせていたわけだな』

「なに!?」


 川谷がつぶやく。


「ねえ海山君。向かいのベンチに黒いオーラ出てる人がいるんだけど。なんかすごいね! マジックかなんかのパフォーマーかな?」


 空はオーバーヒートした脳で察した。

 危険が危ない。と。


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