第29話


 木陰から出ると、気配を察したのかフラミィの顔がこちらに向く。

 浮かない表情ではあったが、目が合うとすぐにフラミィは困ったような笑みを浮かべた。


「おいおい遅すぎるぜクロヤ」


 平生と変わらないように見えるが、恐らく無理しているのだろう。


「早速勝負だって言いてーところだけど、先客があってヘマしちまって……」

「ああ知ってる」

「知ってる?」


 俺の言葉にフラミィが怪訝な様子を見せる。


「エクレとフラミィをぶつけたのは俺がやった事なんだ。さっきのも全部見てた」


 告白すると、フラミィの瞳孔がわずかに開くと、俺の足元にあるエクレが置いていった腕輪へと視線が向く。

 俺にはめられたのかという事が頭によぎっているのだろう。


「別にハイエナしようって魂胆でもないしエクレを利用して腕輪を奪おうって魂胆でも無い。ここに腕輪があるのはエクレ自身の意志だ」

「だったら何のために俺らをぶつけたってんだ?」


 まだ警戒しているようなので腕輪を拾い上げると、フラミィへと投げてよこす。


「俺はただ仲直りしてほしかったんだ」

「仲直り?」

「言ってただろ? "俺があいつの傍にいるとまた迷惑をかけちまう"って。だったらエクレがフラミィより強くなったことを証明すればまた一緒にいられるんじゃないかって思ったんだよ。そのためにエクレと特訓して今日の場を設けた」


 一通り説明すると、フラミィも納得したのかふっとフラミィの口元が緩んだ。


「なるほど、そういうわけか。なんつーかクロヤ、お前ってほんといい奴だな」

「同じ状況だったら誰だって行動するんじゃないか?」


 言ってて、妙な感覚をおぼえる。他人の関係に首を突っ込もうとするなんて、本当に俺らしくもない。


「それより、なんでまたエクレを突っぱねたんだ? お前もエクレと仲直りしたかったんじゃないのか?」


 なんとなく自らの行動に痒みを覚えたのでさっさと本題に入ると、フラミィがまっすぐな眼差しをこちらに向ける。


「クロヤは俺の事どう見える?」

「フラミィの事……?」


 不意に放たれた問いかけに意図を推し量りかねるが、とりあえず答えるとする。


「真っすぐで、正義感があって、友達思いで……まぁすげぇいい奴って感じか。あと強い」


 とりあえずぱっと思いついた事を並べると、フラミィは背を向けた。


「全部外れさ。俺はどこまでも曲がっていて正義感なんてへったくれもなくて、友達の事なんて思えるようないい奴じゃねぇ。強いっても間違いだな」

「そんな事ないと思うけど……」


 何故自分をそこまで卑下するのかは分からないが、少なくともフラミィの言うような人間はフラミィからかけ離れてると思う。


「なんでエクレを突っぱねたのか、なんでこれまで避けてたのか、本当の事を教えてやるよ」


 フラミィが上に顔を向けるので視線で追いかけてみると、靄がかった空は灰色だった。


「エクレといるとな、どうしても嫌な気分になっちまうんだ」


 嫌な気分……。という事はフラミィはエクレの事が嫌いだったというのだろうか。

 おもむろに放たれた言葉の意味を噛み砕こうとしていると、フラミィは補足する。


「エクレが嫌いなわけじゃないんだ。むしろ親友と思ってる」


 「でもな」と続けると、フラミィが吐き捨てるように言う。


「そんな相手なのに俺はその才能に嫉妬して悪意がわいてきやがるんだ。本当に醜いと思うよ」


 ……なるほど。フラミィほどの人間でもやっぱりそんな感情を抱いてしまうのか。確かに、フラミィの言う通りエクレは天才だ。大してフラミィは天才ではなく、努力することによってここまでの強さを手に入れたのだろう。エクレとの特訓の時、俺が一年以上かけて会得した劫火之備ごうかのそなえをたった一週間で七割がた読み切られた時は流石に驚いた。恐らくもう一週間あれば完全攻略されていただろう。


 エクレとフラミィはよく一緒に戦っていたという。だからフラミィも同じようにエクレの才能を肌で感じていたに違いない。そして圧倒的なスピードでこれまで培ってきたものを越えてに来たのだろう。


 でも、だからと言ってエクレから離れる理由にはならないと思う。それはただの停滞だ。

 確かにフラミィの気持ちも分かる。俺もかつて西洋の魔法に成すすべもなく絶望し、俺にも同等の力があればと嫉妬もした。


 だが無いものは仕方が無い。足りないものは相手の足りないものをこちらが努力で補い迎え撃つ。それが俺の出した答えだった。もっとも、もしそれを相手が補ってきたからと言って止まる気はない。また別の手立てを考えるまで。


「だからと言って、なんでエクレから距離を置く理由になるんだ?」


 問うと、エクレの顔が再度こちらに向く。


「そんなの決まってんだろ。一緒にいたらエクレの事を嫌いになっちまうかもしれないからだ」

「それは逃げなんじゃないのか?」

「逃げ、だと?」


 フラミィにとってあまり好みじゃないワードなのか、どことなく視線が鋭くなる。


「お前はエクレを嫌いになりたくないからと言いつつ、才能から逃げているだけだ。努力を諦めているだけだ」


 言うと、俯きがちになったフラミィの拳がわなわな震える。

 ややあって、フラミィがぽつりとつぶやいた。


「そうさ……」


 その一言はフラミィの苦悩をすべて物語っているかのように重々しく吐き出され、やがて決壊する。


「でも仕方ねぇだろ! 所詮凡人は天才にはかなわなぇんだよ! いくら努力したって追いつけねぇ! エクレはな、俺が長年かけて積み上げてきたものをいともの簡単に乗り越える才能がある! 数年前、俺がエクレを避けるようになる前日に戦った時、嫌というほど思い知らされた! これが天才なんだと、俺のたどり着きえない領域なんだってよ! だったらいいじゃねぇかよ……こんな思いするくらいなら逃げたってよ。俺はエクレを親友だと思えるし、俺も苦しまなくて済む!」

「そんな事はない」


 否定するも、フラミィは聞く耳を持たず、荒々しく吠える。


「うるせぇ! クロヤに何が分かるっ! お前は俺と戦ってもまだ本気じゃなかった。まだ何か隠してやがった! にもかかわらず俺は負けたのさ。要するにテメェも俺とは相いれない天才なんだよ! だからエクレと並ぶことができるんだ。エクレと一緒に歩む権利がある!」


 言われて、はっとする。

 あの時、俺は決して手加減しようとかそういう意図はなかった。ただヒイラギの力なしで、自分の力のみで迎え撃ちたかった。ただそれだけだ。


 だが、戦った相手からすれば持てる力をすべて使わず、手加減したという事実に変わりはない。それはきっと大きな侮辱になる。そのせいでまたフラミィを苦しめたことは素直に反省しないといけない。


 ただ、俺は天才ではなく凡人だ。それは変わらない。逆に、西洋人は俺たちに無い魔法を持っている。そんな存在は俺からしてみれば天才と同等だ。


「……お前が俺を強いと感じる所以はこれだろ」


 ヒイラギの力を顕現すると、フラミィが一歩あとずさり驚きを表す。やはり左目が青く光っているのだろうか。


「はは、こいつぁ驚いた……。弥国人は魔法が使えないんじゃねぇのか?」

「魔法、ってわけじゃないけどな」

「それにしちゃあ痛いほど魔力があふれ出てるぜ?」

「そうなのか。まぁそんな事はこの際いい」


 ヒイラギの先見の能力についてはほとんど分かっていないが、特に気にする要素でもない。


「凡人が天才にどうやって勝つか教えてやろうか?」


 俺が西洋人という天才に勝った方法、それは単純な方法だ。


「努力し続けろ、とでも言うのか?」

「だいたいは正解だ。でも、ただ努力するだけじゃだめだ」


 天才にだってできない事がある。むしろ何か特化した人間ほどどこか欠落があるものだ。完璧な人間なんてこの世に誰一人いない。少なくとも俺はそう思っている。だから凡人はその部分を努力でのばせばいい。何も同じ土俵に立つ必要は無い。


「凡人が天才に勝つ方法、それは"相手の欠落を探し、努力をもって補い戦う"だ」


 俺は西洋人に足りないであろう体術を補った。それをもってフラミィと対等に渡り合う事ができたのだ。


「相手の欠落を補う……」

「試しにやってみようか。俺が持つこの能力は先見の能力と言って、一分後までの相手の行動が分かるというもの。ただ、常に流動する戦いにおいて一分後を見ている時間はほぼ無い。だから実戦だと多くて十秒ほどの先読みが限界だな」


 不如帰を構え、不動之備をとる。恐らくフラミィならあれだけで何をすればいいのかは理解したはずだ。前回の結果を踏まえればこの勝負、ヒイラギの力を顕現した俺にアドバンテージはある。だが、手の内をすべて明かした以上フラミィが何をしてくるかは未知数。十分に負ける可能性もある。だが、どちらに転ぼうとも努力が才能を打ち破る足がけになってくれるはずだ。


「そういう事かよ……いいぜやってやろうじゃねーか。ポイントはどうするよ?」


 ここで俺が負けるという可能性がある以上、退学しないためには何も賭けない方が賢明だろう。でも。


「賭けなきゃ面白みがない」


 言うと、フラミィがそうこなくっちゃなと笑む。

 しかし、フラミィが紅のダガーを構えた時だった。


「ひいいぃぃぃぃ」


 森の奥から男の悲鳴が聞こえる。

 何事かと目を向けえると、随分とおびえた形相で男子生徒が飛び出し、転倒した。


「ぼ、僕は悪くない! 悪くないんだ!」


 男子生徒は這いつくばり、懇願するように俺に縋り付いてくる。

 必死なその形相はただならぬ事態が起きたことを物語っていた。


「フラミィ」

「ああ」


 考えていた事はフラミィも同じだったようで、声をかけると大した間を置かずにうなずき返してくる。


 お互いの意思を確認したところで、この場はいったん刃を収め、男子生徒がやって来た方向へと走った。

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