(4)「恐いことは、誰かと一緒なら半分になるの!」
伸びてきた枝を、鞭のようにしなった水が切り落とす。
「面倒くさいなあ。幹ごと落としちゃうか」
「あんまりざくざく伐るなよ! 村人たちの片づけが大変になるだろ」
言い返したイズキに、ラリーが小さく笑った。
「……相棒だなあ」
「吸血鬼を探さなくちゃね。魔術が使えるってことは、一般種かな?」
焦る様子もなく首を傾げたラリーに、イズキが問うた。
「探せるのか」
伸びてきた枝を、日本刀の一太刀で切り伏せる。乾いた感覚は、いつもの濡れた感覚より随分と気が楽だ。
「そこらにいるはずだよ。近くの家を片っ端からひっくり返してみる?」
「ラリー!」
「冗談だよ」
どこまでが本気か判らない口調で嘯いて、ラリーがついと手を持ち上げた。指先で空気をなぞる。
「魔術の使い方はあんまり上等じゃないね。見えてる」
「何が」
「魔力の流れだよ。これなら追える」
舞台の上の指揮者のように、細い手を振るう。水が周囲を踊って、二人に近づきかけていた枝を一斉に切り落とした。
「俺がちまちまやってんのが馬鹿らしくなるな」
「それは仕方ない。吸血鬼は強くて、人間は弱い。だからハンターにはパートナーがいる」
ちらりと、イズキはラリーを見やった。
「ティモシーにも同じこと言うのか」
「僕は正直者でね。――あぁ、気づいたなあ」
のんびりと言った言葉の意味を考えてから、青年が眉を上げる。
「気づかれたって、吸血鬼に?」
「正確には、気づかせただけどね。ほら、攻撃が止まった」
魔力の先にいる吸血鬼が、自分が狩る側から狩られる側になったことを察したのだ。悪あがきのように足下を這っていた蔦を丁寧に踏みにじってから、ラリーは微笑んだ。
「行こう、兄弟」
頷きかけたイズキは、視界の端を動いたものに顔を動かした。
村の奥から森の方向へ、ちょろちょろと動く影がある。村の子どもだ。
キットではない。保護者は近くにいないようだった。
「ラリー、そっち任せて良いか」
口にしたときには、既にイズキは走り出していた。後ろから声が追いかけてくる。
「良いけど、君は?」
振り返らないまま、イズキは言った。
「子守!」
見えた影は、キットではなかった。恐らくキットの同年代だろう、幼い少女だ。
「ったく、この村のガキはなんだってうろちょろと……」
ぼやきながら走り続ければ、すぐに子どもの背中に追いついた。周囲を見回しながら、恐る恐るといった様子で足を進めている。
「おい、クソガキ!」
ほとんど怒鳴りつけるようにイズキが呼びかけた。びくりとして転びそうになるのを、腕を掴んで止める。
「なーにほっつき歩いてんだ! 危ねえだろ、家に入れ!」
「あ、でも、」
怯えたように首を竦めて、けれどイズキを見上げて。
「キットくん、一人にしておきたくなくて」
この時間、いつも森の奥に花を摘みに行っているから。
必死で言い募る様子に気を抜かれて、青年はしゃがみ込んだ。低い位置から少女を見上げる。
「判った、あのガキは俺が守ってやる。だからとりあえずお前は家に入れ」
「わ、わたしも行く!」
思いも寄らないことを言われて、イズキは目をむいた。
少女の手足は細く、戦うどころか外で駆け回ることもどれほどあるか判らない。かたかたと体を振るわせて、涙目で、それでも彼女は続けた。
「キットくん、友達、だから」
「お前、」
「恐いことは、誰かと一緒なら半分になるの!」
もうほとんど泣きながら言い募られて、イズキは頭を掻いた。
家に無理矢理放り込んでも、下手をするとまた外に出てしまうかも知れない。ならば自分が守りながら、キットと合流する方が良いだろう。
結論を出して、一つ頷いた。
「……わーかった。連れてってやる、来い!」
立ち上がって、少女に手を伸ばす。少女がほっとした顔で、イズキの手に自分の手を重ねた。
瞬間だった。
「え、」
少女の足に、何かが巻きついた。
茶色い。緑色の何かがちらほらと見える。
枝だ、と気づいたときには、少女の体が枝に引っ張られて強引に引きずられていた。
「きゃああぁ!」
悲鳴を上げてずるずると引きずられていく少女の先に、
男の吸血鬼が、
「
イズキは日本刀を引き抜いた。地を蹴る。
「そいつを放せ、クソ吸血鬼」
低く、獣めいて唸る。
一歩で吸血鬼との距離が半分に削れた。もう一度、地を蹴る。
少女に手を伸ばす。男に抱えられた少女が、ほとんど事態を理解できていない顔で、それでもイズキに手を伸ばす。
「お兄ちゃ、」
イズキの眼の前で、吸血鬼は、
少女の細い首を己の鋭い牙でごっそりと引きちぎった。
「……ぁ、」
ことり、と細いの首が明らかに異常な角度で曲がって、それきり少女は動かなくなった。
伸ばした手が行き場を失う。イズキの手は、少女に届かない。
あのときと同じく。
「――テディ!」
名も知らぬ少女を前に、イズキは絶叫した。
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