秋刀魚

 納屋から出した七輪に炭を放り込み、慣れない手付きで火をおこした。苦労の末ついた火は、ガス火よりも幾段か暖かく感じられる。

 いそいそと網を置き、その上に秋刀魚を並べていると、飼い猫のチビが何食わぬ顔をして庭に下りてきた。チビは名前にそぐわぬその巨体で、屈んだ私の腿に乗ろうとしてくる。

 ので、私はさっと避けた。今の不安定な体勢でこいつの重みに耐えられる自信がなかったからだ。私はチビが入れる隙間を潰すように膝を抱えた。

 すると、チビは不満げに尻尾を大きく動かして、にゃあと一声鳴いた。

 揃って番をしていると、いい匂いが秋刀魚から立ち上ってきた。脂が爆ぜる音と相まって、私のお腹を刺激する。ひっくり返すと、丁度いい具合に焼き目が付いていた。

 もうすぐだね、とチビに声をかけると、楽しみだね、と背後から声がした。振り返ると、主人がにこにこ顔で立っていた。どうやら秋刀魚の香ばしい匂いに釣られて、二階から下りて来たらしい。

 寝癖がばっちりとついた主人の頭を見てひと笑いしたあと、私はチビの前脚をむんずと掴み上げた。四足歩行から二足歩行へと進化したチビは、体を捻って迷惑そうにしていた。私はぬいぐるみでも操るように、チビの前脚をひょこひょこと動かす。そうして普段よりも高い声を作って、主人に話しかけた。


「ご主人ご主人。大変です」

「ほうほう。なんだねチビくん」

「秋刀魚がもうすぐ焼き上がりそうだというのに、大根おろしが間に合っておりません」

「なに。大根おろしがないなんて、栗のない栗ご飯と同じじゃないか。大変だ。急いで準備しなければ」

「お頼みしてもよろしいでしょうか」

「うむ。僕に任せたまえ」


 主人は妙に芝居がかった調子で答えながら、炊事場へと早足で向かっていった。私はその様子を見て、ああ好きだなあ、としみじみと思ったのだった。

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