04 判断はお前がするんだ

「馬鹿な!」

 叫んだのは、ハルディールとルー=フィンの両方だった。

「我が父はケイダールだと、母が」

「弟の愛人だと、そういうことにしたのだ。ラウディールは婚約者の手前、ほかの女に手を出していたことなど知られたくなかったからな。ケイダールは金でその不名誉な役割を引き受けた。やがてルー=フィンを産んだアズーシャは、事実を吹聴すればシリンドルにいられなくなると理解し、口をつぐんだ。だが彼女は、私にだけは話したのだ、その事実を。王の長子を隠している重さに耐えかねて、告解をした」

「嘘だ!」

 またしても異口同音に、兄弟かもしれないふたりは叫んだ。

「本当のことだ。ラウディールが、弟もかつての愛人も信じられなくなって、刺客を放ったことも」

「出鱈目だ。お聞きになってはなりません、殿下。陛下がそのようなことを」

「するはずがないと言うか、アンエスカ。いいや、お前は知っているはずだ。ラウディールは子供の頃から目先のことしか見ない腰抜けだった。美しいアズーシャに目をつけては発覚を怖れ、見えないところへ追いやっては陰謀を怖れた」

「ヨアフォード! 父上を侮辱するにもほどがある」

 王子は声を震わせた。

「決して、父上は、そのような」

「格好をつけることばかりは一人前だった。シャーリス、お前はそれで国を案じたな。それ故、騎士の座を拝してラウディールの補佐を心がけた。だが見落とした。お前は幾つも、見落とした。その内のひとつが、ラウディールの凶行だ」

「出鱈目だ」

 アンエスカは繰り返した。

「ラウディール様には気の弱いところもおありだった。しかし、弟君とご婦人を闇に葬るような真似はされない」

「騎士には相談しなかったろう。ウィンベスかオローミか、どちらかの大臣の発案かもしれない。思い出せ、シャーリス」

 ヨアフォードは片手を上げた。

「十五年前、アズーシャが死んだ日のことだ。ハルディールが生まれてひと月も経たぬ頃だった。お前は益体やくたいもない用事を言いつかって、シリンドルを離れなかったか。ケイダールの訃報は、帰ってきてから聞いたはずだ」

「それは……」

 アンエスカは口ごもった。

 確かにヨアフォードの言う通りだった。彼は隣町に人捜しに出かけていた。結局見つからなかったが、彼を呼び立ててまで探しに行かせたラウディールが結果をろくに聞かなかったのを少し奇妙に思ったことを覚えている。

 だが、ケイダールが死んだ――しかも強盗殺人など、シリンドルでは何年に一度もない大事件だ。何のためだったにせよ、それどころではなくなったのだろうと思っていた。

「ラウディールは企みがお前に発覚することを怖れたのだ。あれはお前を手放したくなかったはずだからな。お前はあの小心な卑怯者に騙され、黙って仕えてきた」

 神殿長は大きく息を吸った。

「だが私は、黙り続けることはシリンドルに害しかもたらさないと判断したのだ!」

 目を爛々と輝かせて、ヨアフォードは叫んだ。

(何てこった)

 タイオスは呆然としていた。

(それが本当なら……いや、暗殺をしたヨアフォードが正義だとは言えないにしても)

(ハルの父親が正義だとも、言えなくなってくるじゃないか)

「出鱈目だ」

 ハルディールは言った。だがその声は先ほどよりも弱くなっていた。

「父上は……」

「父、だと」

 ルー=フィンは両の拳を握った。

「母を殺したのは、父だと言うのか!」

「このような形で伝えることになって残念に思っている、ルー=フィン。お前が王として落ち着いたときに、話すつもりでいた」

 ヨアフォードは息を吐いた。

「ハルディールは父親に似ているが、お前は母親に似ている。そのことを誇りに思うがいい」

「出鱈目、だ」

 三度みたび、王子は言った。

「そうだろう? そんなことは全部、嘘に決まっている。アンエスカ、嘘だと言ってくれ――アンエスカ」

 すがるように、少年は騎士を見た。騎士は、何も言えなかった。ハルディールの足はよろめき、タイオスは素早くそれを支えた。

「しっかりしろ、王子様。驚いたのは判る。嘘だと叫ぶ気持ちもな。これはあの野郎の出任せかもしれんが、真実かもしれん。だがお前が取り乱すな。お前は誰だ? シリンドルの王子だな? 神様の前で、駄々っ子みたいな態度を取るな」

 優しい口調で、戦士は厳しいことを言った。

「神殿長がそう言った。証拠はない。騎士団長は、反射的な否定の言葉以上のものを口にしてない。だがこれも証拠にはならない。判断はお前がするんだ。結論がどちらでも、自分の足で立て」

「僕が……」

 ハルディールは呟き、きゅっと瞳を閉じて首を振った。

 それからタイオスの手をそっと払い、目を開ける。その視線はまっすぐ、ヨアフォードに向いた。

「僕は、そのようなことを信じない、神殿長」

「愚かな結論だ。だが致し方なかろうな。すぐさま信じられても驚きだ」

「時間をかけたところで、信じない。父は立派な王であり、お前はその殺人者だ」

「最後の部分だけは、間違いありませんな」

 ヨアフォードは肩をすくめた。

「ならば、殿下。そこで指をくわえて、ルー=フィンが扉を開くところをご覧になっているがよろしい。ルー=フィン」

 呼ばれて銀髪の若者は、のろのろと顔を上げた。そこには、憤り、怒り、迷い、様々な感情の混じった瞳があった。

「私は……」

「騙していたと、私をなじるか」

「そのようなつもりは、ありません。ただ……」

 彼は口ごもった。何を言えばいいのか判らないというようだった。

「やれ、ルー=フィン」

「ヨアフォード様」

 銀髪の剣士は、拳を握って恩人を見た。

「私は……ヨアフォード様、私は王位を継げません」

 ルー=フィンの口から出てきたのは、そうした台詞だった。

「何だと」

「私はハルディールに恨みを持っていない。ただ、ラウディールの子なれば、王位を継がせるべきではないと考えた。しかし、私が……本当にあの男の息子であるなら、私も、継ぐべきではない」

 のろのろと、考えるようにしながら、ルー=フィンは言い切った。

「何を言い出す」

 神殿長は苛立ったように手を振った。

「アズーシャを殺し、お前を殺そうとした男への復讐は、王座を奪うことで完成するのだぞ」

「そのつもりもありました。だが、同じ男の子であるのなら、王子としての教育を受けたハルディールの方が――シリンドルのためになる」

「ルー=フィン」

 少年王子は驚いて、兄なのかもしれない剣士を見ていた。

「血迷ったことを言うな。お前だ、お前が王になるべきだ。アズーシャのためにも」

「母がそれを望んでいたのか、いまとなっては判らない」

「望んでいたとも。だから彼女は私に告白をしたのだ。彼女は私に、どうにかしてほしいと思ったからこそ」

「もうよせ、ヨアフォード」

 アンエスカが口を挟んだ。

「ルー=フィンは、辞退したのだ。お前の計画は、頓挫した」

「ふざけるな、アンエスカ。よく考えろ、ルー=フィン。そうだ、ミキーナだ」

「何ですって?」

 若者は目をしばたたいた。

「王位に就くなら、ミキーナをやる。妻としてはエルレールを娶り、愛人としてミキーナを囲うといい。あの娘もそれで納得している」

「ヨアフォード様……私は」

 若者は困惑、それとも混乱した様子で、聖職者らしからぬ言葉を聞いていた。

「何なんだ、その言い草は」

 呆れたタイオスは言った。

「やるのやらんの、身勝手な父親じゃあるまいし」

「――読めた」

 アンエスカが呟いた。

か」

「ん?」

 戦士は目をしばたたいた。

「ヨアフォード。ミキーナはお前の娘だな」

 その言葉にヨアフォードは彼を睨み、ルー=フィンは目を見開いた。

「自身の娘を新王ルー=フィンに娶らせるつもりでいたのか。自らの血をシリンドル王家に……入り込ませるために」

「黙れ、シャーリス」

 ヨアフォードは歯ぎしりをした。

「いいや黙らん。エルレール様とヨアティアの婚姻という思いつきにも、正統なる血筋とお前のそれを混ぜるという動機があったのだな。だが王女という肩書きがルー=フィンの隣にほしくなり計画を変更した」

「待ってくれ、アンエスカ。だが」

 ハルディールは厳しい顔をした。

「もし、もしもだ。もし、本当にルー=フィンの父親が……」

 そこで少年は、言いづらそうに口を閉ざした。うなずいてアンエスカが続ける。

「ええ。もしも仮に、ヨアフォードの主張するように、ルー=フィンがラウディール様の子息であるのなら」

 騎士団長は唇を噛んだ。

「ルー=フィンとエルレール殿下は異母兄妹ということになります。そうと考えながらめあわせるなどは」

「黙れ。黙れ黙れ!」

 ヨアフォードの目は怒りに燃えていた。

 或いは、狂気に。

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