02 まやかしのようなもの

「何だと」

「〈シリンディンの騎士〉であれば当然、王の命令には従うだろうな?」

「あくまでもそれはシリンドルのためになると思えばこそだ。生憎だがな、ヨアフォード。仮に何かの作用でルー=フィンに扉が開いたとしても、ハルディール様を殺せというような命令など、私は死んでも聞かんよ」

「そのようなことを言っているのではない。薬草の話だ」

「またそれか」

 彼は唇を歪めた。

「それとて、同じだ。断じて言わん」

「王に逆らうと?」

「シリンドルのためにはならん」

「――では、何故黙認していた!」

 ヨアフォードは声を大きくした。小さな建物のなかに、声はわんわんと反響した。

「心の底では判っているはずだ。それは殊、治世力の疑わしい王の権威付けになると」

「……何を」

「ラウディールよりもケイダールの方が王に相応しいという声のあったこと、お前もよく知っていたはずだ。だからこそ、ラウディールであって正しかったのだという流れを作らなくてはならなかった!」

「私は当時、何も知らなかった!」

「嘘をつくな。ウォードがお前に団長を引き継いだ、ちょうどその頃だ。お前は、知っていた」

「前団長は私に話さなかった。あとでラウディール陛下から」

「神の御前で嘘を続けるか!」

「本当のことだ!」

 男たちは怒鳴り合った。王座に就こうと言う、ほかならぬルー=フィンを置き去りにして、互いを睨みつけていた。

 ルー=フィンはヨアフォードが何を言っているのか判らなかった。彼は、彼こそは何も知らなかった。若者の内にあるのは復讐心と愛国心、それから恩義を感じる心であり、そのために彼はここにいた。

「何の話、なのですか」

 ようよう、ルー=フィンは口を挟んだ。

「薬草? 権威付け? いったい」

「――何の話をしているんだ、アンエスカ」

 彼らからやや離れた、神殿の入り口の方から声がした。彼らは一斉にそちらを見た。

「やはりまだ、僕に話していないことがあるんだな」

「殿下」

 アンエスカはハルディールに、まず丁重な一礼をした。

「どうしてこちらに」

「神のお導きだ」

 ハルディールはそう告げた。

「現れたな、ハルディール」

 ルー=フィンはぱっと剣の柄に手をかけた。

「やめとけよ、聖域だろうが」

 ハルディールの肩に手を置いて、タイオスが言った。

「こんなところで血を流そうなんざ、神様だって嘆くだろうよ。どうしてもと言うなら、決闘を申し込む程度にしておくんだな。まあ、そうなれば俺が代理だが」

「お前になど任せられるか、やるならクインダンだ」

 むっとしてアンエスカは返した。

「怪我が治ればねえ」

 戦士は肩をすくめた。

「お初だな、神殿長さんよ。成程、悪そうなツラぁしてやがる。でもよ、ひっ捕らえるならやっぱり王女様の方が絵になったんじゃないか。そんな禿親父じゃなくて」

「誰が禿だ!」

「おっと、すまない。悪かった。禿げてないな。いまはまだ」

 おどけた調子でタイオスは言ったが、生憎と言うのか、誰も笑わなかった。

「アンエスカ。権威付けというのは、何の話だ」

 ハルディールは祭壇の奥に立つアンエスカをまっすぐに見つめた。

「それは……」

 騎士団長は躊躇った。ふん、と神殿長は笑った。

「この期に及んで、隠そうとは片腹痛い。殿下、ではわたくしがお話しいたしましょう。シリンドル王家が代々働いてきた、詐欺のことを」

「詐欺、だと」

 ハルディールはきつくヨアフォードを睨んだが、男は涼しい顔をしていた。

「王家には、奇跡の力など、無いのです」

 そう言ってヨアフォードは語った。奇病は、神殿が王家の依頼で作り出すものであるということ。王ははじめから判っていて、峠のどこかにある特殊な薬草を摘んでくるだけだということ。

「王家は、奇跡ごっこで、民を欺いてきた」

「――嘘だ」

 ハルディールは両の拳を握った。

「我らが王家は、そのような」

 王子はアンエスカを見た。少年の信じる男は、彼に目を合わせなかった。ハルディールは愕然とする。

「アンエスカ……」

「まあ、待て。そんなに動揺するな」

 タイオスは口を挟み、王子の肩を叩いた。

「お前には衝撃的かもしれんが、正直、俺には『成程な』と思える」

 戦士は言った。

 それが事実であるなら驚きではあるが、神秘や不思議より、余所者のタイオスには自然なことに思えると。

「権威付けだの、欺くだのと言うから印象が悪いんだ。一種の儀式だと思えば」

 いささか詭弁だな、と思いながらタイオスは続けた。

「ほら、王家ってのは必要以上に仰々しいことをやったりするもんだ。その方が受けるからな」

 言えば言うほど、空々しく感じた。いまの話は、華々しい祝祭のことなどではないのだ。子供の命を危うくしておいて、神の奇跡を――騙るという。

「あー、何だ、その」

 ええい、とタイオスは首を振った。

「よくあることだ! そうだろ、イズラン」

 仕方なくタイオスは、余所者仲間に話を振った。

「全面的に同意はできませんが、タイオスの言うことは判ります」

 王子と戦士の背後から姿を見せ、魔術師は答えた。

「『王家の権威』なんて、まやかしのようなものですからね。時に儀式などでそれを確固たるものにしていく、という意味合いでしたら、タイオス殿の言う通りかと」

「イズラン」

 そこで神殿長は、とうとうと語る魔術師をじろりと睨んだ。

「裏切ったのか」

「とんでもありません。彼らは自分たちで気づいて、あなた方のあとをついてきたんですよ。私が知らせた訳じゃない。ただ、ヨアフォード殿についていこうとしても追い払われるでしょうから、彼らに同行しただけです」

 魔術師はそう答えてにっこりと笑んだ。

「王位継承候補者がふたり。これはシリンドル史上、いままでなかったことらしいですね。これまで跡目争いがなかったとは、私は思いません。その代わり、ここにくるまでに解決していた」

 イズランは肩をすくめた。

「どんな形であれ、ね」

 魔術師がほのめかすのは、平穏な話し合い、という意味ではない。時に暴力で、時に金で、もしかしたら暗殺というような手段すら用いて政敵を追い落とす――それは世界中の王国で行われているであろう、何も珍しくない、どす黒いはかりごと

「その辺りであろうな」

 神殿長はうなずいた。

「シリンドル家の人間は、高潔の皮をかぶった、下賤なる神経の持ち主ばかりだったということ」

「父上のみならず、先祖まで愚弄するか」

 ハルディールは歩き出した。

「お前の目的は、王家を貶めることか、ヨアフォード」

「事実を事実として語っているのみでございます、殿下」

 あくまでも丁重に、ヨアフォードは返した。

 かっとなったか、ハルディールの歩調が速くなる。タイオスはすぐ隣に控え、イズランはのんびりした調子でついていった。

「殿下はお若い。いまにお判りになる。歴史書に残らぬ血生臭い身内争いがあったことも。崇高と信じた父王がどんなに悪辣であったかも」

「僕こそ、お前に決闘を申し込みたいくらいだ」

 それは、ヨアフォードの言葉を何ひとつ信じてなどいないという言明でもあった。

「ハル」

「大丈夫だ、本当に申し込んだりはしない」

 中央部分にある坪庭の横を通り過ぎると、王子はうなずいて足を止めた。

「ルー=フィンの血筋については、聞いた。正統なる王位継承者は僕だが、僕はまだ成人していない。そこに目をつけて、神の許可を得ようと言うのか、ヨアフォード神殿長」

「神が半年程度の融通を利かせないとは、私は思いませんな、殿下」

 ヨアフォードはハルディールに、軽い一礼をした。

「十五で成人、という前提は人間のものだ。相応しき素質を持っていれば、神は十歳の子供にも扉を開くと考えています」

「これは意外なことを聞くものだ。殿下が未成年である故にと摂政に名乗り出た男の台詞とは思えんな」

「成人しなければ王位には就けない、これは法だろう。法は遵守されるべきだ」

「成程。自らの独断と偏見で王を殺害してはならない、とは、法にはいちいち書いていない」

 皮肉たっぷりにアンエスカは返した。殺傷に関する法はあるが、そこを指摘しても仕方がない。ヨアフォードが知らぬはずもないからだ。

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