05 どこへなりとも去れ

「へえ」

 成程ね、とタイオスはまた言った。

「まあ、俺には関係ない」

 何度も思ったことを口にして、彼はあごを撫でた。

「きちんと報酬を支払ってくれたことと、能力を認めてもらえたようなことには、礼を言っておく」

 戦士はにやりと笑った。

「さて、それじゃ俺はお役ご免。言っておくが、俺は〈カル・ディア戦士補償組合〉に加盟してるからな」

 タイオスの言葉に、今度はヨアティアが片眉を上げた。

「何だ、それは」

「あらかじめ金を払っておいて、怪我したら治療費を出してもらえる仕組みだよ。死ねば、指定した受け取り人に補償金が行く。あくまでも街のなか限定だがね」

「それが、何だ」

 戦士が何を言い出したものかと、男は眉をひそめた。

「聞いたことがない」

 銀髪の若者が口を挟んだ。中年戦士は笑う。

「人口の多いとこでないと成り立たない商売だ。ヨアティアやルー=フィンは知らんだろう。イズラン、あんたは」

「そういった組合は、確かに大都市圏に存在します。詳細は判りませんが」

 戦士と同年代の魔術師は答え、タイオスは勝ち誇った顔を見せた。

「ほらな」

 彼は言った。

「俺は、出鱈目なんぞ言わんのよ」

 片目などつむって、タイオスは言った。やはり誰も、にこりともしなかった。

「さっき、お前らに会う前、カル・ディアにきてることを届けておいた。出るときには、また届ける。居所の報告をさぼれば、契約は無効。払った金は無駄になる」

「つまり」

 と言ったのは魔術師だった。

「加盟した人物が死ぬか、行方をくらますなどしてカル・ディアを出る報告がなければ、組合は該当する受け取り人に補償金を払う。ただし、詐欺であっては困るから、徹底的に調査をする。その際に事件性があれば、町憲兵隊に届ける」

「そういうこと」

 タイオスはうなずいた。

「俺を殺そうなんて考えない方がいいぞ。組合はけっこう、しっかり仕事すんだ。なるべく自分らが金を払わずに済ませるためだから、当然だがな」

「しかし普通は、家庭を持つ戦士などが入会すると聞きます」

「まあ、俺は結婚はしてないが、コミンに世話をしてる女がいる」

 いい女だぞ、などとタイオスはにやにやした。イズランはちらりとタイオスを見てから、続けた。

「それから、固定給のある街道警備兵などが利用するもので、流れ戦士などには意味がないとも」

「確かに、街入りのたびに支払うのはきつい。だが、報酬のある危険な仕事じゃなく、街の喧嘩で死んで女房子供を路頭に迷わすのはご免だ、と考える戦士は珍しくないさ」

 説明をしながら、タイオスは顔をしかめた。

「俺が補償を求めちゃおかしいのか? それとも、あれか。出鱈目じゃないかと疑ってんのか」

 戦士は鼻を鳴らした。

「やっぱり、殺っちまおうって判断かい」

「どうであれ」

 ヨアティアは唇を歪めた。

「届けが行ったからと言って、どうだと言うんだ?」

 それはタイオス殺害計画を否定しない台詞だった。

「町憲兵隊など、イズラン、お前がどうでもできるだろう」

「そうはいきません、ヨアティア様」

 イズランが首を振る。

「魔術師協会と町憲兵隊はあまり仲がよくありませんが、だからと言って、彼らを術で騙すような真似はできません。不可能だと言うのではなく、個人がそんな真似をすれば協会もさすがに黙っていないという意味です」

「ほら」

 タイオスは胸を張った。

「慎重に行けよ」

 にやにやする戦士に、ヨアティアはむっとした顔を見せた。

「ついでにもうひとつ。俺は北部街道警備隊にもつてがある」

 重い袋を荷袋に詰め込みながら、タイオスは続けた。

「戦士どもってのは荒っぽいが、情に篤いところがあってな。連中は、もし俺が殺されたとなれば、マールギアヌの南端にくらい、まじで遠征するぜ」

「先ほどから脅しや警告のつもりなのだろうが、〈仔犬テュラッセの空威張り〉にしか聞こえないようだ」

 ヨアティアは相手にしなかった。

「だが、いいだろう。口にした通りの任を果たしたことと、殺されることを警戒するだけの頭に免じて、金貨も指輪もくれてやる。どこへなりとも去れ」

 戦士は立ち上がり、少しの間、彼らを見ていた。そんなことを言っておいて背後から襲いかかるつもりではないか、とばかりに疑いの視線を投げていたが、ひとつうなずくと踵を返した。

 ルー=フィンもイズランも、少なくともこのときこの場でタイオスを亡き者にしようと動くことはなく、中年戦士は五体満足のまま、カル・ディアの高級宿を出た。

 それから彼はしばらく、カル・ディアの街並みを出鱈目に歩いた。

 ヨアティアらが一旦帰国する予定だ、ということは聞いていた。何でも予定変更で、ヨアティアだけではなく、ルー=フィンもイズランも去るのだと言う。

 その出立を前にし、わざわざタイオスを尾行する手間などかけないようにも思ったが、慎重を期したのだ。

 彼のつまらないはったりをヨアティアがどこまで信じたか判らないが、イズランはとにかく「騒ぎを起こさない」という方向でいる。

 イズランが、タイオスが補償組合などに金を払う気質ことに気づいていたり、戦士連中は戦いのさなかであればともかく、一度分かれればけっこう冷たいことを知っていたとしても、ヨアティアにタイオス殺害を勧めることはないだろうと、彼はそう踏んだ。

(だがヨアティアの野郎、やたらとぺらぺら喋っていたな)

 死に行く男に何を洩らしてもかまわない、と考えているのではないか。タイオスはそこを疑っていた。

(見逃すようなことは口走ってたが、念のため、まじで、どこかに顔をつないでおくか)

 いまここで背中を刺され、海に放り込まれでもしたら。それは「身元の判らぬ死体」でしかなく、ヴォース・タイオスがどうなったのか、知る者は誰もいないということになる。

 戦士業はいつでも死と隣り合わせ。そうは思っているものの、誰にもその最期が伝わらないというのは、あまりぞっとしなかった。

 やったことに、後悔はない。

 罪悪感めいたものなら、少し覚えるようだ。

 ほかのやり方がなかったのだとは言うまい。岐路は何またにも分かれており、タイオスはそれを知っていた。それにも関わらず、この道を選んだのだ。

(いずれは、誰だって死ぬ。遅いか早いかだけのこと)

 戦士はそう考えた。

「さて」

 万一のために、誰になら追悼の言葉を述べてもらえそうか。コミンまで戻ればティエをはじめとする交友関係はいろいあろあるが、ここカル・ディアでは知り合いも特にいない。

(そうだな、情のありそうなのは)

 タイオスはひとつ思いついた。〈青薔薇の蕾〉。昨日、彼に声をかけてきた春女のリーラリーだ。

 昨日は突き放して分かれたが、ヨアティアとルー=フィンが姿を見せたためであり、本当に彼女を疎ましく思った訳ではない。自分を狙ってる奴らが追ってきたんだ、君を巻き込む訳にはいかなかった、と本当の話をすれば許してくれるんじゃないかと考えた。

 仮にリーラリーがタイオスを乱暴な男と思ったままでも、指名してくる客を断る春女なんてそうそういない。愛嬌のあるリーラリーと過ごして、今度こそひと休み。

 それから――。

 タイオスは息を吐いた。

(それから先は)

(なるようになるだろう)

 彼は肩の凝りをほぐすように腕を回しながら、暮れゆく街の人並みを縫った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る